救出作戦と【黒騎士】

 近い。

 自分の一部ともいうべきモノが、かなり近くまで来ていることに、ソレは気づいていた。

 自分自身の身体に宿る、大いなるモノの一部。ソレと同じモノを宿す存在が、かなり近くまで来ている。

 それを感じ取り、ソレはぶるりと身震いをする。それだけで、ソレを縛る忌々しい呪縛がぎしぎしと軋む。

 呪縛はかなり弱まっている。ソレの眷属たちが、徐々に呪縛を弱めているのだ。

 このままでも、おそらく二百日も経たず呪縛は消え去るだろう。だが、ソレは二百日も待てない。

 よって、ソレは指令を下す。自身と繋がっている眷属たちの、その頂点たる「祭司」へと。

 一日でも早くソレを呪縛から解放すること。そして、ソレと同じモノを宿す存在を、決して殺すことなく自身の前に連れて来ること。

 自身に宿る大いなる存在の一部。それと同じモノを更に取り込むことで、ソレは今より一層力を得る。

 そうすれば、この世界をソレとソレに従う眷属たちのものとし、ソレと眷属たちが暮らすに都合のよい環境に作り替えることもできるだろう。

 ソレは「祭司」へと指示と同時に力の一部を送り込む。そうすることで「祭司」は新たな力を得、ソレを解放するためにより一層活動するだろう。


──さあ、我が力を宿し、新たな眷属を生み出すのだ。


 自身を縛る忌々しい呪縛を軋ませながら、ソレは闇の中でにやりとほくそ笑んだ。




「おおぅ……おお……おおぅ……」

「はぅ……んっ……こ、これは……」

 全身を襲う、ぞくりとした感覚。それは性的な興奮さえ呼び起こし、【銀の巫女姫】を突然襲った。

「こ、この感覚は……姉上様……これは……これは我らが主様からの…………」

「ええ、ええ……間違いありません。これは我らが神からの祝福です……」

 全身を包む万能感。性的興奮を孕みながら、【銀の巫女姫】はその体をぶるぶると打ち震わせながらその場に崩れ落ちる。

「お、おおぅ……う、生まれる…………生まれるぞえ……」

「我らが神から賜った祝福……見事、形にしてみせましょう……」

 どことも知れぬ闇の中。

 【銀の巫女姫】は、自身が崇める神から与えられた祝福を、しっかりとした形としてこの世に生み落とす。

 闇の中でずるずると何かを引きずるような音が響く。それは新たな命が【銀の巫女姫】の体から生み出される産声。

 それはまさに、新たな眷属の誕生を祝福する鐘の音に等しい音だった。




 地底湖の上に浮かぶ、古代小人族ドワーフの都市、その廃墟。

 廃墟の更に下に広がる空洞内で、組合勇者の一人がそれを見つけた。

 地下空洞の一角、以前槍を持った銀のガルガリバンボンが座っていた、玉座らしき椅子。

 その椅子の下の小さな隠し空間の中、それは確かに存在した。

「これが……封印の基点なのか……?」

 下手に動かすようなことはせず、隠し空間の中に鎮座する一抱えほどの宝玉を眺めながら、ネルガティスは呟く。

 発見された宝玉の色は乳白色。その中心部に形容しがたい神秘的な光を湛えている。

「この宝玉は動かしたり触れたりしても大丈夫なのか? 動かしたり触れたりすることで、封印の力が弱まるようなことは?」

 ネルガティスは、背後にいる部下の騎士に訊ねる。だが、その騎士もその問いに答えることはできず、ちらりと背後へと視線を送った。

 その視線の先には、一人の僧侶がいた。その身に纏う神官服と聖印から、彼が豊王神フージーブールーに仕える者だと分かる。

「我らが最高司祭デグズマン猊下より、無暗に動かしたり触れたりしないように言付かっております」

「ふむ、下手に触れずに良かったな」

 ネルガティスは苦笑する。好奇心に駆られて宝玉に触れ、【銀邪竜】の封印が僅かでも弱まれば大変なことになってしまう。

「さて、この宝玉を動かすことができない以上、我々はどんなことがあってもここを死守せねばならん。総員、警戒態勢に移れ!」

 指揮官であるネルガディスの命を受け、騎士団員たちは緊張した面持ちで配置につく。

 この場の警備が何日続くか分からない。だが、それでもこの場を守り切らねばならない。

 もちろん、「白鹿の氏族」の集落近くに築いた拠点にいる人員とは、適宜交代しながらの任務だ。それでも、この場を守る騎士たちは責任の重さから大きな重圧を感じていた。

 持ち込んだいくつかの照明用の遺産、そして、それ以外にも篝火をいくつも灯し、地下空洞内は明るく照らし出される。

 その灯りは僅かながらも、騎士たちの心を軽くする。やはり人間は、暗闇に多少なりとも恐怖を抱いてしまう生物なのだ。

 ネルガティスを筆頭に、騎士たちは照らし出された空洞を見回して、改めてこの場を守り抜く覚悟を決める。

 だが、そんな騎士たちの覚悟を嘲笑うかのような声が、地下空洞に響いた。

「げぇろここ、げぇこここ。げろげろげろ、げぇぇぇろげろげろんげ(訳:ご苦労、実にご苦労。我らに代わってそれを見つけてくれて、本当に助かった)」

 同時に、空洞の入り口方面から聞こえてくる、いくつもの足音と不気味な鳴き声。

 どこか粘着質な音が混じるそれを、騎士たちは緊張した面持ちで聞き、それぞれ腰から剣を引き抜いた。

「さっそくお出ましか。もしかして、我々は後をつけられたのか?」

「おそらくそうでしょうね」

 ネルガティスが隣に立つ騎士に訊ねれば、その騎士は肩を竦めながら答えた。

 明かりの届かぬ闇の中から現れたのは、数体の巨大なカエルの化け物たち。その先頭に立つのは、一際大きな銀色の体と長い銀色の杖らしき物を持った異形。

「げろげろげこここ、げんげろげろげここ、げぇぇろげろげろげ(訳:この銀の杖、【銀の巫女姫】様より賜った命、見事果たしてみせようて」




「では、あれに見える大カエル……ガルガリバンボンの上位種は、人間並みの知恵を有するとライナス様はおっしゃるのですな?」

 遠目にもはっきりと見える、一際大きなガルガリバンボン。銀と黒の斑な体色と、手に剣らしき得物を持ったその化け物を、騎士隊長のガイスト・オーヴァは改めて観察する。

 ライナスが「ストローバード」を使った偵察で、ガルガリバンボンの総数は八体、その内、銀色の上位種が一体いることが分かっている。そして、さらわれた村人たちの中に、今のところはまだ死人はいないようだ。

 更には、偵察に出たまま未帰還だった斥候たちもまた、捕らえられた人々の中にいることも確認された。

 おそらく、斥候たちも封印の基点破壊の生贄とするため、生きたまま捕えられたのだろうとライナスは推測している。

「普通種のガルガリバンボンは知能よりも本能の方が強いぐらいだが、あの銀色の大きな個体は別だ」

「それに、戦闘力も普通種とはけた違いだから要注意だな」

「なるほど……では、我らは手筈通りに」

「うむ。そちらは任せた」

 ガイストに短く答えたジルガは、こくらいフェルナンドを手にして、隠れていた木々の陰からゆっくりと広場へと向かって歩み出た。

 今、ガルガリバンボンたちと捕えられた人々がいるのは、森の中に切り拓かれたらしい広場である。

 どうやらガルガリバンボンたちが周囲の木々を切り倒して拓いたようで、広場の外縁には切り倒された木々が無造作に転がっていた。

 そして、広場の中央には一際太くて大きな樹が一本。その樹の一部には洞が存在しており、その中に一抱えほどの宝珠が存在している。

 洞の高さはジルガの視線よりやや低いぐらいか。あの宝珠が【銀邪竜】の封印を維持する基点のひとつに間違いあるまい。

 広場のほぼ中央に生贄のための人々が集められ、ガルガリバンボンたちはそれを囲むように立っている。

 堂々と近寄るジルガに、カエルの化け物も捕らえられている人々も当然気づく。

 げろげろ、げこげことガルガリバンボンたちが騒ぎ出す。そして、村人たちも同様だ。

 広場の中央に集められた人々は、かなり憔悴している。中には大きな怪我を負っている者もいて、ここに連れられてきてからガルガリバンボンたちにいたぶられたのだろう。

 死人が出ていないのは、生贄としての役目を長く続けさせるためか。手足を失っていたり、見るからに重傷を負っていたりする者もいるが、まだ皆生きている。ガルガリバンボンが何らかの手当てを施したのは間違いあるまい。

「苦痛を長引かせるために、傷つけては治療を繰り返す、か。カエルのくせに嫌な知恵が回るものだ」

 誰に告げるでもなく、小さく呟くジルガ。彼女はフェルナンドを肩に担ぐように持ち上げると、大きな声を発した。

「聞けぇぇぇぇい、カエルどもっ!! これ以上罪もなき人々を苦しめるのは、組合勇者たるこのジルガが断じて許さんっ!!」

 ジルガの役目は囮だ。彼女が囮となってガルガリバンボンたちの眼を引き付け、その間にガイストたちが捕らえられている人々を救出する。

 ジルガがいる以上隠密行動は土台無理。ならば逆に、そのジルガを思いっきり目立たせてしまおう、というのがライナスの立てた作戦である。

「さあ、かかってくるがいい! このジルガ、逃げも隠れもせんぞ!」

 ジルガの全身から、大きな戦意が膨れ上がった。



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