騎士隊長と【黒騎士】
「ここがジールの言っていた、基点があると思しき地下空洞か……」
ガラルド王国騎士、ネルガティス・ナイラルは、目の前に広がる光景を驚きの表情を浮かべながら眺めた。
「地底にこれだけ巨大な都市の遺跡があり、その更に地下にこのような場所があるとは……ジールの言葉を疑っていたわけではないが、実際に目にすると驚き以外にないな」
「以前ここに来た時は同胞たちを助けることで精一杯だったので、改めて見ると確かに驚きですな」
ネルガティスの隣に立ち、彼と同じように目の前の光景を眺めるのは、騎士団をここまで案内してきたストラムである。
そして、その思いは他の騎士たちも同様らしく、彼らもまた驚愕しながら地下のある種神秘的な光景を見つめている。
「さて、いつまでもこうして眺めていても仕方ない。ジールたちの言っていた封印の基点とやらを探さねば」
「【黄金の賢者】様がおっしゃるには、その基点は宝珠の形をしているそうですが……」
「以前、ストラム殿たちがここに来た時に、その宝珠らしき物は見なかったのか?」
「見ていませんな。前に来た時はカエルの化け物を倒し、怪我をした同胞たちを地上へ連れ帰ることを優先しましたので」
「なるほど……よし、では手分けをして探索しよう」
ネルガティスの指示に従い、騎士たちが地底の祭壇らしき場所の探索を開始する。
今、この地底に来ているのは、ネルガティスとストラムを含めて十人ほど。全員が正規の騎士であり、戦闘力だけ見れば数体のガルガリバンボンとでも互角に渡り合えるだろう。
だが、騎士たちはこのような探索には不慣れだ。よって、ネルガティスは勇者組合に掛け合い、探索に優れた組合勇者を三人ほど雇ってこの場に来ていた。
「では、騎士様。俺たちゃ探索に入るが、万が一カエルの化け物どもが現れたら、その対処は騎士様たちに任せますぜ?」
「うむ、それは任せてくれ。貴殿らは探索に集中するが良かろう」
今回雇った組合勇者たちは、探索には優れるが戦闘力はそれほど高くはない。彼らはいわゆる
三十代後半と思しき組合勇者の男性が、残りの二人に指示を出して探索を開始した。どうやらこの男性が一番のベテランらしく、今回雇われた組合勇者のリーダー格のようだ。
もちろん、騎士たちもただ見ているわけではなく、彼らも彼らなりに探索を始める。だが、やはりその作業は本職たちには及ばない。
しばらく探索を続けていると、組合勇者の一人が壁の一部に隠された空間があることを発見するのだった。
「総員抜剣! 絶対に油断するな!」
突如、空から舞い降りた黒い悪魔。
その悪魔の全身から放たれる異様なまでの鬼気に、ガラルド王国騎士団の隊長、ガイストは一瞬だけ硬直するものの、すぐに我に返ると部下に戦闘態勢を取るように命じた。
ガイストの命令に従い、騎士たちがすらりと剣を抜く。同時に、弓兵たちは周囲に散開、矢を番えていつでも放てるように弓弦を引き絞る。
だが、抜かれた剣が銀閃を描くことも、引き絞った弓が矢の雨を降らせることもなかった。
「待ちたまえ。我らは敵ではなく、シャイルード陛下の命の下にここに来たのだ」
という声が上空より降ってきたからだ。ガイスト以下騎士たちが一斉に空を見上げると、そこに白い魔術師が浮いていて、ゆっくりと降下してくる。なぜか、まだ幼い子供が二人、その魔術師にしがみついていたが。
「国王陛下の命令だと……何か証拠はおありか?」
ガイストもシャイルードの名を出されれば攻撃を加えるわけにはいかない。だが、その言葉をすんなりと信じるわけにもいかない。
もしも目の前の白い魔術師らしき人物が国王陛下の名を騙るようであれば、黒い悪魔もろともこの場で斬り捨てると覚悟を決めながら証拠の提示を求めた。
「それならば、陛下より書状を預かっている。目を通してもらいたい」
地上に降りた白い魔術師が、一通の書状を取り出す。副官がそれを受け取ってガイストに手渡せば、その書状には蝋封が施されており、そこには確かに王家の紋章が刻まれていた。
「…………どうやら、陛下からの書状であるのは間違いないようだ」
ガイストは腰から短剣を引き抜き、その刃で書状を開封する。そして、その内容を目にした途端、驚愕の表情を浮かべながらその場に跪いた。
「し、失礼致しました、王兄殿下!」
ガイストの態度と彼が発した言葉から、他の団員たちも慌てて隊長に倣う。
そして、当の本人はそんな様子をじっとりと見つめ。
「…………あの
「は! 私はガイスト・オーヴァと申します!」
「では、ガイスト殿。悪いが、陛下からの書状を見せてもらえないだろうか?」
そう言われたガイストは、恭しく書状をライナスへと手渡す。そして、その書状を見た白い魔術師は、思わずその書状を握り潰したくなった。
なぜなら、書状にはこう書かれていたからだ
〈この書状を持って来た白くてヒョロい奴は、腹違いとはいえ間違いなく俺の兄貴だ。兄貴の言葉は俺の言葉だと思え。これは命令である。 皆から愛されし王様、シャイルード・シン・ガラルド〉
「───ウチの弟は、本物の馬鹿だったようだ」
そう呟いたライナスの顔には、表情らしきものが一切浮かんでいなかった。
「では、村には既に誰もいなかったと?」
「はい、ライナス様。我々が村に到着した時、既に村は空でした。そして、村から森の奥へと続く足跡が残されておりました」
ジルガたち【黒騎士党】は、ガイストより状況を聞いていた。
そして、その状況はかつて「白鹿の氏族」の集落を訪れた時に非常に酷似している。
そのことから、ガルガリバンボンは村人を贄にして封印の基点を破壊するつもりだとライナスは判断した。
「ジルガ、聞いたな?」
「無論だ。どうやら、一刻を争う状況のようだな。レディル、レアス」
「はい!」
「任せて!」
ジルガに名を呼ばれた鬼人族の姉弟は、詳しいことを聞くまでもなく動き出し、二人は森の木々の中へと駆け込んでいった。
「あ、あの、ライナス様? あの鬼人族の子らはどこへ……?」
「もちろん、偵察だ」
事もなげに告げるジルガに、ガイストは怒気をはっきりと浮かべて彼女へと迫る。
「あのような幼い子どもを、恐るべき化け物どもがいる場所へ行かせただとっ!? 貴様、自分が何を彼らに命じたのか分かっているのかっ!?」
ガイスト配下の斥候隊がいまだ未帰還なのは、おそらくガルガリバンボンに発見され、攻撃を受けたからだろう。
その事実は既にジルガたちに伝えてあり、それなのにまだ幼いレディルとレアスを偵察に行かせるなど、ガイストにしてみれば愚行以外のなにものでもない。
「ライナス様! 不敬を承知で申し上げます! このような得体の知れぬ者を……幼子を危険な場所へと平気で送り出すような者を、お傍に置くのはお止めになった方がよろしいかと!」
ジルガが放つ鬼気に怯える様子もなく、怒気を露わにするガイストは、ジルガにじろりと視線を向けた後でライナスに進言した。
対して、睨まれたジルガと進言を受けたライナスは、目の前にいるガイストという騎士に対して好感を抱く。
このガイストという騎士は、真面目で正義感が強い人柄のようだ。不敬と取られるかもしれないと承知の上で厳しい言葉を発し、ジルガ相手にもひるまない。
だから、黒と白の二人組は穏やかな表情──片方は兜で見えないが──を浮かべた。
「あの二人なら心配はいらないさ。鬼人族は生まれながらの生粋の狩人だし、このジルガが日頃から熱心に鍛えているからな。そこらの大人よりもよほど頼りになる」
「ジルガ……?」
ライナスの言葉を聞いたガイストは、改めて白い魔術師の隣に立つ大柄な漆黒の戦士を見やる。
「もしや……最近よく噂に聞く、勇者組合の【黒騎士】ジルガか?」
「いかにも。勇者組合に所属するジルガとは私のことだ」
胸を張るように宣言したジルガを、ガイストはそれまでとは違った感情を抱きながら改めて見つめた。
「【黒騎士】ジルガ……最近の組合勇者の中では、最強と噂される戦士……」
「ジルガは見た目こそ少々
さらっと意味深な言葉を吐くライナス。そして、この場で唯一その意味が理解できた漆黒の戦士は、その黒兜の中で白い美貌を真っ赤に染め上げていた。
ガイストの命令により小休止をしていた騎士団。そこへレディルとレアスが戻ってきた。
「発見しました。十体ぐらいの大きなカエルと、数十人の人間たちでした」
「カエルの中に、一際大きな銀色……っていうか、銀色に黒の斑模様をした奴がいたよ」
姉弟の報告に、ジルガとライナスは揃って頷く。
その傍らで、ガイストとその副官が感心したように無事に戻った鬼人族たちを見ていた。
「ライナス様が言われた通り、彼らは幼くても極めて優秀なのだな」
「ウチの隊に斥候として欲しいぐらいですねぇ」
斥候の最も大切な役目は、見聞きした情報を持って帰ることだ。今、ガイストたちが最も必要とする情報をこうして無事に持ち帰ったレディルとレアスの実力を、王国の騎士たちは改めて実感した。
「それで、ヤツらはどこにいる? 捕らわれた村人たちは無事か?」
「この先の……森の中の広場みたいな所に集まっているみたいです」
「村の人たちが無事かどうかは……正直、よく分からない。広場は結構広くて、隠れる場所もなかったから遠くからしか見ることができなかったから……でも、村の人たちが動いているのは見えたから、少なくとも死んではいないと思うよ」
「うむ、それだけ分かれば十分だ。どう思う、ライナス?」
「実際に見てみないことには詳細は分からないが、カエルどもがすぐに村人を殺すということはあるまい。儀式の贄として使うつもりだろうから、何らかの準備をしているのではないか?」
「連中の居場所が分かったのだ。例の小さな鳥のゴーレムでもっと詳細に偵察できないか?」
「やってみよう。ゴーレムを操っている間、周囲の警戒は任せるぞ?」
「ああ、任された」
【黒騎士党】の何とも手際のいいやり取りに、ガイストとその副官は黙って見入っている。
特にジルガとライナスの間の絆は相当深いように見受けられる。先ほどライナス自身が言った言葉に嘘はなかったのだと、ガイストは改めて先ほどの自分の言葉をジルガに謝罪するのだった。
~~~ 作者より ~~~
まだまだ仕事が忙しい状況が続いております。
来週はちょっとお休みして、次回は4月1日に更新します。
もうすぐ……もうすぐ繁忙期も終わる……(笑)。
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