王国騎士団と【黒騎士】


「……感じる。感じるぞ。この言い表しようのない不快な感覚……これがどもが我が神を封印した力に違いない。巫女姫様が言われた通りだ」

 全身の皮膚をじりじりと炙るような、同時に頭をぎりぎりと締め付けられるような不快な感覚。その感覚に異形──銀の剣と呼ばれる異形の英雄は、にぃとその巨大な口の端を吊り上げた。

 彼らの神である【銀邪竜】ガーラーハイゼガを封印した、にっくきどもの忌まわしき力。

 その力は【銀邪竜】の眷属たる銀の剣にもわずかに及んでおり、彼は封印の力を不快感として感じ取っていた。

 この感覚が強くなる方に、彼らの神を封じる力の基点がある。銀の剣は銀の巫女姫からそう教えられていたのだ。

 封印の基点の在処は厳重に隠されている。だが、【銀邪竜】の眷属でも特に力の強い巫女姫や異形の四英雄たちであれば、封印の力を感じ取ることで逆にその場所を知ることができる。

 そして今、銀の剣は不快な感覚を全身で捉えていた。この感覚が強くなる方へと向かえば、封印の基点を発見できるだろう。

 異形の群れの先頭を歩く銀の剣は、眼だけを動かして背後を見る。顔の両側に突き出すように存在する彼らの眼の視界はかなり広い。

「まだ贄を殺すなよ。贄としての役割を果たした後であれば、好きに食らってもかまわん」

 彼の言葉に、彼に従う眷属たちが喜声を上げる。もっとも、その声は人間たちにはただの奇声にしか聞こえない。

 げろげろ、ごろごろ、げえげえと、カエルが鳴く声にしか聞こえない。

 銀の剣とその眷属たるガルガリバンボンたちは、十数人の人間を引き連れていた。中には手足を失っているなどの大きな怪我を負っている者もいるが、それでも全員がまだ生きていた。

 【銀の巫女姫】が作り出した秘薬を用いて、生贄たちは重傷を負いながらも何とか生きているのだ。

 この人間ども──ガルガリバンボンたちが言うところの毛なし猿どもは、封印の基点を破壊するための贄である。

 基点のある場所でどもの眷属である毛なし猿をいたぶれば、猿どもが感じる苦痛や悲しみが基点の力を弱める。

 巫女姫から聞いたところによると、毛なし猿どもが抱える負の感情を大きく育て、育て切ったところで猿どもを殺す。そうすれば、いまわの際に開放された負の感情が穢れとなって基点の力を弱める、とのこと。

 銀の剣には詳しいことはよく分からない。だが、巫女姫から与えられた使命は絶対であり、彼はただそれを成し遂げるだけ。

 絶望を顔に浮かべ、ガルガリバンボンたちに突き立てられるように無言で歩く毛なし猿ども。

 この猿どもは、近くにあった猿の巣から集めたものだ。今、絶望に追い込まれた猿どもが抱える負の感情はかなり大きい。これから基点のある場所まで行き、そこで更に苦痛を与えてから皆殺しにする。そうすれば、銀の一族の神を封印する力は一段と弱まり、神が復活する日が近くなる。

 そうなれば、この世界は彼ら銀の一族のものとなる。この地上に銀の一族の楽園を築き上げることができるのだ。

 その日を夢想し、銀の剣はげこりと一声上げると、眷属と贄どもを導くように黙々と不快感が強くなる方へと歩き続けた。




 ガラルド王国の騎士団がその村に到着した時、その村は完全に無人だった。

 村のあちこちに血痕などは残されていたが、死体は一つも見つかっていない。

 途中の道中で傷だらけの少年と少女を保護し、偶然にも騎士団の中にその少年の兄がいたため、その兄と数人の騎士を護衛として後方へ送った。

 本来であれば、数人とはいえ人手が減るのは歓迎できることではないが、保護した少年が王国内でも有力な貴族であり、騎士団の将軍の子息ともなれば保護しないわけにもいかない。

 その後、ガルガリバンボンが出没したという村に到着した騎士団は、すぐに村の中を捜索したが村人は一人も発見されなかった。

 それから一夜明けて。村の中とその周囲を改めて丹念に探索した結果、村から遠ざかるように続く無数の足跡を発見した。

 そして、その足跡の周囲には無数の血痕も残されており、同時に明らかに人のものではない足跡も見つかっていた。

「……どういうことだ? カエルどもは村人たちを全員、どこに連れ去ったんだ? その目的は一体何だ?」

「そんなこと、私に分かるわけがないじゃないですか。カエルどもに直接聞いてください」

 騎士団を纏める隊長であるガイストが腕を組みながら首を傾げると、その片腕たる副官が肩を竦めながらもそう言った。

「だが、足跡やその周囲に残されていた血痕からして、村人たちは怪我をしていながらもまだ生きているようだ。急げば救出できるやもしれん」

「現在、斥候隊が足跡を追跡しています。間もなくカエルどもがどこに向かったのか判明するでしょう」

 だが、結局その日の内に斥候が戻ることはなく、騎士団は誰もいない村で一日足止めをくらうことになった。

「どうします、隊長? もう一度斥候を送りますか?」

「いや、これだけ待っても戻らないということは、送り出した斥候は大カエルにやられたと考えるべきだろう。ならば、再び斥候を出しても各個撃破されてこちらの兵力が減るだけだ」

「では、どうするんです?」

「ここにいる団員総出で足跡を追いかける。時間をかければ、連れ去られた者たちがどうなるか分からんからな」

「承知しました。すぐに出発できるように命令を出します」




「やっぱり、全員で動くと行軍が遅くなりますね。輜重隊だけでも村に置いて来た方が良かったのでは?」

「いや、その輜重隊を狙われると我らは詰む。それぐらいなら、総員で探索を進めた方がいいだろう」

 ガイストは、副官の言葉に首を横に振った。

「まあ、糧食がなくなった軍隊ほど悲惨なものはありませんからねぇ」

 現在、この地に派遣されている騎士団は総勢で五十名ほど。荷物運びの人足などの戦闘要員ではない者も含まれているので、実際に戦える兵力は三十五人前後だろうか。

 それに加えて、件の村は鬱蒼とした森に囲まれており、問題の足跡も森の奥へと続いていた。

 そのため、この地まで糧食や予備の武具などの物資を運んできた馬車はここから先には進めず、さすがに馬車と馬だけは村に置いてきたのだ。

 よって、現在は総員が相当な荷物を抱えての行軍になっている。それもまた、一行の足を遅くする原因になっていた。

「…………」

 ガイストは難しい顔で進行方向を見つめる。ここで自分たちが遅くなれば遅くなるほど、連れ去られた村人たちがどうなるか──そう考えているのだろう。

 身軽な組合勇者とは違い、軍隊はどうしても足が遅くなる。この村に到着するまででさえ、組合勇者よりも時間がかかっているのだ。

 果たして、村人たちは無事だろうか。

 ガイストとその副官が心中でそう呟いた時、後方を警戒していた騎士の一人が慌てて隊長の許へと駆けつけて来た。

「た、隊長! 後方より、見たこともない巨大な黒い鳥が近づいております!」

「何だとっ!?」

「まさか、カエルどもの仲間か?」

 ガイストと副官はすぐに全軍に警戒するように命じた。

 騎士団は素早くその場で陣形を整える。後方から迫る謎の黒鳥を敵と想定したのだ。

 生い茂る木々が邪魔で、空はよく見えない。だが、それでも上空を飛ぶ謎の黒鳥の姿ははっきりと分かった。それほど、その黒鳥は巨大だった。

「木々が邪魔でよく見えませんが……」

「だが、あれが禍々しいことだけははっきりと分かるな」

「何か、瘴気のような黒いモノが全身から噴き出していますね。やはり、カエルどもの仲間でしょうか?」

「分からん。分からんが……あの禍々しい巨鳥が、味方とは考えづらかろう」

 ガイストの言葉に、副官は無言で頷いた。

 やがて、黒い巨鳥が彼らの頭上に差し掛かる。

「総員、戦闘準備! 黒鳥がこちらを狙って降下してくるのを見計らって反撃を加えろ!」

「弓隊、射撃よぉぉぉぉぉぉぉいっ!!」

 ガイストと副官の命令が飛び、重装備の騎士たちがどっしりと盾を構え、比較的軽装な弓兵たちが森の中へ散らばって矢を射る準備をする。

 そして、ガイストの命令が下される。まずは弓兵が一斉に矢を放つ──いや、矢を放とうとした瞬間、樹々の上で空を覆うように存在していた巨鳥が、なぜか一瞬でその姿を消したのだ。

「──────────は?」

「巨鳥が………消滅した……?」

 思わず唖然とするガイストとその副官。いや、彼らだけではなく、騎士団の誰もが巨鳥が突然姿を消した空を呆然と眺めていた。

 そして、突然どん、という重々しい音が響き、一同は反射的に音の発生した方へと視線を向ける。

 そこに。

 黒い悪魔がいた。

 地面に片膝を突き、蹲るような態勢で黒いナニかがそこにいた。

「ま、まさか……あの巨大な黒鳥が人の姿に化けた…………のか?」

 ガイストを始めとした騎士団員たちには、空にいた巨大な黒い鳥が人の姿になって地上に舞い降りたようにしか思えない。

 何より、先ほど黒い巨鳥が放っていた禍々しい雰囲気と、地面に降り立った漆黒の悪魔が周囲に放つ鬼気は、どちらも尋常なものではない。そのことが、ガイストたちに巨鳥が人の姿に化けたと認識させた。

 そうこうしているうちに、黒い悪魔がゆらりと立ち上がる。

 漆黒の兜で覆われているためその表情は窺えないが、誰もがその兜の奥に紅く輝く眼を幻視した。

「──────────問おう」

 漆黒の鎧の奥から、地の底から響くような声が発せられた。

「貴公らがこの地に派遣されたガラルド王国の騎士団に相違ないか?」

 黒い悪魔は、手にした巨大な黒い戦斧の柄尻を、どん、と大地に叩きつけながらそう問うた。



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