結界の基点と【黒騎士】

 巨大なカエルの怪物──ガルガリバンボンこそが、【銀邪竜】ガーラーハイゼガの復活をもくろむ「銀の一族」である。

 そう聞かされて、ジルガとレディル、そしてレアスはしばし言葉を失った。

「え? え? ということは、お父さんとお母さんの故郷があのカエルに襲われたのって……」

 再起動を果たしたレディルは、先日の事件を思い出したようだ。

 彼女たちの両親、ストラムとハーデが所属していた「白鹿の氏族」の集落を、ガルガリバンボンが襲撃したあの事件。

 ガルガリバンボンが【銀邪竜】の眷属である銀の一族であれば、あの襲撃の意味は──。

「もしや……あの地底都市の遺跡に封印の基点があったのか?」

「ジルガの言う通りだ。【五王神】の各神殿から得た情報を纏めた結果、あの地底都市の更に地下……ガルガリバンボンが何らかの儀式を行っていたあの場所に基点があるらしい」

「つまり、カエルどもが行っていたあの儀式は、基点の破壊が目的だったわけか」

「ああ。地底まで鬼人族を連行したのは、基点の破壊に必要な贄だったのだろう」

「じゃ、じゃあ、『白鹿の氏族』の集落、また大カエルに襲われるんじゃ?」

 ガルガリバンボン──銀の一族の目的は【銀邪竜】の復活である。であれば、封印の基点を破壊するために、「白鹿の氏族」の集落、正確には小人族ドワーフの地底都市の遺跡を再度襲撃する確率は極めて高い。

 そのことに思い至ったレアスに、ライナスは深々と頷いた。

「そのことに関しては、既に弟に伝えてある。そして、弟の命で騎士団も動いているようだ。派遣された騎士団の指揮を執るのはネルガディス殿で、ストラム殿とハーデ殿には、集落までの道案内と『白鹿の氏族』への仲介役をお願いしてある」

「何? ネル兄さまが?」

「そう言えば、出かける時にお父さんとお母さんの姿、見かけなかったね」

「姉さん……この前、父さんと母さんがしばらく留守にするって言っていたよ? 聞いていなかったの?」

「え? そうだっけ?」

 鬼人族の姉弟が言い合う横では、ジルガが腕を組んで首を傾げていた。

「しかし、なぜネル兄さまが派遣されたのだ?」

「それは、彼が君の兄だからだろうな」

 苦笑をしながらそう答えたライナスに、ジルガはよく分からんと言わんばかりに視線を向けた。




「は……は? じ、ジルガ様の……【黒騎士】様のあ、兄君だと……?」

 ワジーロ連山の中にひっそりと存在する、「白鹿の氏族」の集落。そこに、今日は大勢の人間が押し寄せていた。

 人間たちの集団の中核を成す者たちは、比較的軽装とはいえ金属製の鎧を着込んでおり、その鎧の胸にはガラルド王国の紋章と、彼らが所属する騎士団の紋章が刻まれている。

 険しい山道を登ることを考えてか、騎士団といえども馬は連れていない。その代わりに、兵糧や予備の武具などを担いだ従卒や荷運び人足の姿が目立っていた。

「ええ。こちらのネルガディス様は、間違いなくジルガ様の実のお兄様よ」

 「白鹿の氏族」の族長であるエルカトは、にこやかにネルガディスを紹介するハーデと、当のネルガディスを交互に見比べた。そのに、驚愕と恐れをありありと浮かべながら。

「それで族長殿、本日は重要なお願いがあり、ストラム殿とハーデ殿に貴公ら『白鹿の氏族』との仲介役をお願いした次第だ」

 ここワジーロ連山はガラルド王国の領土外であり、どの国にも属していない地域である。そのため、ガラルド王国の貴族や騎士団といえども強権を発動することはできない。

 また、「白鹿の氏族」を始めとした鬼人族は排他的な種族であり、ネルガディスたちガラルド王国の騎士団が突然押し寄せれば、下手をすると武力衝突の可能性もある。

 そのため、「白鹿の氏族」と縁のあるストラムとハーデに仲介役を依頼したのだ。

 もっとも、今の「白鹿の氏族」において、ストラムとハーデが仲介するよりも、ネルガディスが【黒騎士】ジルガの実兄であるという事実の方が影響力は強いのかもしれないが。

「我らは王命により、この集落の近くにあるというソフィア遺跡街の調査と防衛のために来た次第だ」

「ソフィア遺跡街とは……あの地底湖の上にある廃墟のことか?」

「ええ、そうよ」

 エルカトの問いに、ハーデが頷く。ネルガディス率いる騎士団の団員たちは、鬼人族の言葉を理解できない。ストラムとハーデは通訳も兼ねているのだ。

 とはいえ、「白鹿の氏族」と直接交渉をするのは主にハーデだ。追放者であるストラムは彼女の隣で黙って立っているだけ。

 だが、今の「白鹿の氏族」の鬼人族たちで、ストラムがこの場にいることに文句を言う者などいない。彼とその家族が【黒騎士】と懇意にしていることを誰もが知っているからだ。

「貴公らに戦力を出せと言うつもりはない。ただ、この集落の外れを我らの活動拠点として一時お借りしたのだが、いかがだろうか?」

 険しい山の中で野営を続けるよりも、小規模かつ異種族とはいえ人里の近くに拠点を設ける方が、何かと利便性がいいのは間違いない。

 そう考えて、ネルガディスは「白鹿の氏族」に協力の要請をしたのだ。

「は、承知しました。【黒騎士】様の兄君の頼みを断るわけにはいきません。そんなことをして【黒騎士】様を怒らせ……い、いえ、【黒騎士】様は我ら氏族の恩人ですから」

 ぽろっと本音が零れかけたが、何とか言い繕うことに成功したエルカト。今、彼の表情には隠しきれない恐怖が浮かんでいる。

 それは族長であるエルカトだけではなく、「白鹿の氏族」の者であれば大なり小なり同じ思いだろう。

 それほど、【黒騎士】ジルガの存在きょうふは「白鹿の氏族」に大きな影響を与えたのである。

「では、すぐさま行動に移るとしよう。我らは二手に分かれて、地底都市の調査と活動拠点の構築を行う。ストラム殿かハーデ殿のどちらかに地底都市までの案内をお願いし、残った方に活動拠点と鬼人族の方々との仲介をお願いしたいのだが構わないか?」

「承知しました。俺が地底都市までの案内をするので、ハーデはここに残って両陣営の繋ぎ役を頼む」

「分かったわ。あなたも気をつけてね」

 互いに信頼と愛情のこもった笑みを浮かべ合い、頷き合う夫婦。そんな二人の姿を、某族長がどこか羨ましそうに眺めていたのだがそれはともかく。

 ガラルド王国騎士団は、早速二手に分かれて行動を開始するのだった。




「…………うむ、ネル兄さまが向かったのであれば安心だな」

 ソフィア遺跡街にあるという【銀邪竜】封印の基点。その防衛に実の兄が派遣されたと聞き、ジルガはふと思いついた疑問をライナスに問う。

「現状残っている封印の基点を守り抜けば、【銀邪竜】の復活を阻止できるのか?」

「基点のうち、いくつかが既に破壊されているのは間違いない。であれば、現状無事な基点を守り抜いても、最終的には【銀邪竜】の復活は阻止できないだろう。だが、残っている基点が多ければ多いだけ、【銀邪竜】が復活するまでの時間を稼げる。基点を守ることに意味はあるわけだ」

「なるほど。【銀邪竜】復活までの時間を稼ぐことができれば、我々にできることも増えるからな」

「ということは、私たちが向かっている場所って……?」

「封印の基点がある場所ってことだね」

 レディルとレアスが言葉を交わす。【黒騎士党】が向かっている場所にこそ、【銀邪竜】を封印する基点の在処だ。

 その場所には、現在王国騎士団がいるはずである。

 ガルガリバンボンの罠にかかり、壊滅した【雷撃団】。その罠から辛うじて逃げ延びたアインザムとアルトルを送り届けるため、イリスアークを含めた数人の騎士は王都に戻っている。だが、本隊はまだガルガリバンボン討伐のために現地に残っているはずだ。

「つまり、その騎士団と合流、協力してガルガリバンボンを打倒し、基点を守り抜くことが我々の目的というわけだな」

「現地にいるはずの騎士団は、君の弟たちを王都に送ったために数が減っているだろうから、その補充のためにもう少し人員が欲しかったのだが……今は時間を優先すべきと俺と母、そして弟は判断した」

「ふむ、ライナスの話は理解した。だが、どうして封印の基点という極めて重要なものを、そのような辺鄙な場所に設定したのだ? 先代王妃様には何か考えがおありだったのだろうか?」

 腕を組み、首を傾げるジルガ。そんな彼女に、これは俺と母の推測なのだが、と前置いてライナスが続ける。

「【銀邪竜】が封印されている地点を中心に、正確な五角形を描くように基点は配置されているようだな。【五王神】それぞれの力が他の基点に干渉しない距離を保ちつつ、封印の力を落とさないように考えられているのだと思う。そして、それを決めたのはミラベル母さんではなく、神々だったのだろう」

 あくまでも重要なのは、基点で正確な五角形を描くことと、他の基点に干渉することなく封印を維持できる距離。

 基点の周囲に何があるかなど、神々からすれば考慮する必要もない問題なのだろう。

「だけど、僕たちが今から向かっている場所って、小さな村って話じゃなかった? その村に基点があるのかな?」

「いや、その村に基点があるわけではないようだ。おそらく、基点を破壊するために必要な贄を、その村で得ようとカエルどもは考えているのではないか? 基点そのものは村の近くにあるのだろう」

「『白鹿の氏族』が襲われたのと同じ理由というわけか」

 レアスの質問にライナスが答え、それを聞いてジルガも納得する。

 そして、改めて視線を空飛ぶ船の進路方向へと向ける。

「む?」

 そのジルガは、船の進路の先にとあるものが見た。

 それは、森の中を切り拓くようにして存在する、小さな村だった。だが、その村が半壊していることが、近づくにつれて明らかになっていった。


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