銀の一族と【黒騎士】

「とんでもないシロモノだな、これは……いや、実際にのだが……

 乾いた笑みを浮かべながら、ライナスは自身の左右を高速で流れていく雲を眺める。

「わぁ……すっごいですねー!」

「とうとうジルガさんはこんなモノまで……はぁ…………」

 そのライナスから少し離れた場所では、レディルとレアスが眼下のを眺めていた。

 とはいえ、レディルは心底楽しそうなのに対し、レアスはどこか呆れた様子をにじませていたが。

 今、ジルガ率いる【黒騎士党】は空にいた。それも、真っ黒で禍々しい「空飛ぶ船」に乗って。

 もちろん、この空飛ぶ船──その名を「宵の凶鳥」という──は神器である。

 船といっても、その外見は翼を広げた漆黒の鳥に似た姿をしていて、ぱっと見では船とは思えないだろう。

「いやはや、私もこんな便利な乗り物が次元倉庫に入っているとは思ってもいなかったぞ」

 と、ジルガは空飛ぶ船の舳先近くに仁王立ちしながら呵々と笑う。

 彼女が言うように、この空飛ぶ神器は次元倉庫に以前から収められていたものだ。例のごとく、次元倉庫の鍵をライナスがいじって見つけ出したのである。

 とはいえ、「宵の凶鳥」はこのままの姿で倉庫に収められていたわけではなく、発見当時は小さな鳥籠に入れられた黒い鳥のオモチャでしかなかった。だが、その黒い鳥のオモチャを鳥籠から取り出し、特定のキーワードを口にすることでこの空飛ぶ船へと変貌するのだ。

「俺は来たる銀邪竜との戦いに、何か役立ちそうな物が次元倉庫に入っていないか探していたのだがな……」

「この空飛ぶ船だって、十分戦力になるだろう?」

「確かに、この神器は貴重な戦力となるだろう。とはいえ、まさかあんなオモチャがこのようなとんでもないモノになろうとは、さすがに思いもしなかったがな」

 発見当時の「宵の凶鳥」の姿を思い出し、ライナスはどこか遠い目をする。

 鳥籠に入れられた、黒い鳥のオモチャ。だが、その黒い鳥のオモチャが兎にも角にもグロテスクだったのだ。

 眼窩からぎょろりと飛び出した不気味な目。嘴からでろりとはみ出た毒々しい舌。体のあちこちからぶしゅぶしゅと噴き出すのは、悪臭を放つ謎の液体。

 そして極めつけに、ぎょへぎょへぎょへと気味悪く鳴くのである。

 一体、誰が何の目的でこのような姿のオモチャを作ったのか。ライナスはこの神器を見た時、思わず制作者の狂気を疑ったものだ。

 だが、そんな不気味なオモチャが、実はとんでもないシロモノだったことにライナスは二度驚くことになる。

 「くそったれな黒鳥よ、腐った卵を産め」というこれまた狂気を疑うキーワードを唱えた途端、グロテスクな鳥のオモチャが空飛ぶ船へとその姿を変えたのだから。

 ちなみに、件のキーワードはぎょへぎょへぎょへと気味悪く鳴く合間に、実に聞き取りづらい小声で黒鳥のオモチャが呟いていたのを、レディルとレアスが気づいたのである。

 聴覚に優れた鬼人族だからこそ、気づけたのだろう。

 その呟き自体はレディルたちの知らない言語だったが、彼女たちから知らされたライナスが注意深く聞き取った結果、「くそったれな黒鳥よ、腐った卵を産め」というキーワードが判明したのだ。

 更にちなみに、キーワードを唱えて何が起こるか不明だったため、ジルガたちは王都の外で検証を行った。そのため、この鳥の姿をした空飛ぶ船は誰にも見られることはなかった。

 もしも誰かに見られていたら、【黒騎士】ジルガに更なる「名声」が付け加わることになっただろう。

 何しろ、この空飛ぶ船の姿が何とも禍々しいのだ。その名の如く、まさに「凶鳥」と呼ぶに相応しい黒い船体を中心に、左右に大きく張り出した翼。長く尾を引くように伸びる尾羽。そして、船体全体から黒い瘴気のようなモノを振り撒きながら飛ぶ姿は、誰が見ても不吉な怪物にしか見えないだろう。

 実際のところ、飛び散る黒い瘴気のようなモノは、ただそう見えるだけで特に害はない。だが、そんなことは見ただけでは絶対に分かるはずもなく。

 今も空を征く「宵の凶鳥」を地上から偶然見てしまった人々は、頭上を飛ぶ不吉な黒鳥を見てその場で恐れおののいていた。

「…………使用する際に代償も必要なく、便利で有用な神器なのだがなぁ…………」

 そう呟いた白い魔術師の声は、高速で流れる周囲の風に乗って遥か後方へと流れていった。




「それで、どこへ向かっているのだ?」

 舳先近くに立っていたジルガが、船体後方にいるライナスへと振り返りながら尋ねた。

 問われたライナスは船体後方に陣取り、彼の周囲を取り巻くいくつもの魔法陣に手を翳して何やら操作している。

 どうやら、この魔法陣が「宵の凶鳥」の操縦装置らしい。当然ながらジルガやレディル、レアスに魔法陣の操作などできるわけもなく、ライナスが「宵の凶鳥」の操縦担当となったのは当然な流れだった。

 そのライナスが、魔法陣から目を離すことなくジルガの問いに答える。

「もちろん、君の弟がガルガリバンボンに襲われたという村だ」

「確か、王国北部の村だったか? 組合で聞いたところによると、あちらの方で何体かあの大カエルが暴れていたとか」

「君の弟は、ガルガリバンボンが罠を張っていたと言っていた。囮を使って、君の弟とその仲間たちを罠──数体の大カエルが待ち構えている場所に引き込んだようだ」

「だが、北部で数体の大カエルが暴れていると勇者組合から聞かされていたのだろう? ならば、複数に襲われることをアインたちはなぜ警戒しなかったのだ?」

「それについて組合で改めて聞いたのだが、どうやら一体ずつのガルガリバンボンが北部各地で出没していると報告されていたようだな。おそらくだが、そのようにあのカエルどもが仕向けたのだろう」

 ガルガリバンボンは、決して知能の低い魔物ではない。そのことを、ジルガたちはよく知っている。いや、より正確に言うならば、ガルガリバンボンの中にも高い知能を有する上位種が存在する、ということを知っている。

 だが、一般的にはそうではない。ガルガリバンボンは目撃されること自体もあまりない魔物で、その見かけと同程度の知能しか持ち合わせていないと考えられてきたし、実際に一般的なガルガリバンボンの知能はそれほど高くはないのだ。

「それに、君の弟によると、現れた複数のガルガリバンボンの中に、一際大きな銀色の体色をした個体がいたらしいぞ」

「銀色の個体だと?」

「ああ。おそらく、俺たちが以前出会ったモノと同じモノだろうな」

「あの槍を持った銀色のヤツか」

 ジルガも、ガルガリバンボンの上位種らしきその個体のことはよく覚えている。

 彼女をして、「なかなかの強敵」と言わしめるだけの実力を持った怪物であり、今回現れた銀カエルも、槍を持った銀カエルと同等かそれ以上の強さを持っていると考えるのが自然だろう。

「それに、結界の基点防衛のために、できればもう少し人手が欲しかったのだが……」

 ライナスは魔法陣で「宵の凶鳥」の操作を維持しながら、ちらりと周囲を見回す。

 この「宵の凶鳥」という空飛ぶ神器は、それほど大きくはない。

 その大きさはおよそ馬車三台分に満たないほどで、乗員も標準的な体格の大人ならば六人か七人が限界であり、荷物を積み込むための専用スペースもないため、何らかの荷物を積むなら更に乗員は減るだろう。

 武装なども一切施されておらず、船でいえば甲板に当たる部分に乗員用の椅子が四脚あるだけ。この神器が少人数を高速で運ぶことだけを念頭に置いて作られたのは間違いなかった。

「ん? 結界の基点だと? 何の話だ?」

 ライナスの言葉の中に聞き慣れない単語があったことに気づいたジルガは、彼へと視線を向けて問う。

「ああ、そう言えば、君にはまだ説明していなかったか。実は俺も最近になって師……いや、母から聞かされたのだが──」




 かつて、【銀邪竜】ガーラーハイゼガを封印した【真紅の聖者】ミラベル・シン・ガラルド。彼女は己の寿命を対価に【五王神】へと嘆願し、【銀邪竜】を封印するという奇蹟を起こした。

 そして、嘆願に応じた【五王神】は【銀邪竜】を封印した後、その封印を維持するための基点を各神がそれぞれ一か所ずつ、合計五か所に定めたのだ。

 五つの基点には各神の力を宿した宝珠を安置し、それを要として【銀邪竜】を封じる結界は維持されている。

「そして、その基点の場所はそれぞれの神殿の最高司祭だけが知る最重要機密であり、母でさえもその詳しい場所を知らなかった。だが、今回各神殿が協力するにあたり、それぞれの基点の位置も公開し合ったらしい」

「なるほど。いかに最重要機密とはいえ、この非常時に各教団間で秘匿しておく意味もないわけか」

「その辺りはまあ…………母がかなり強引に言いくるめたらしいがな」

 苦笑しながら肩を竦めるライナス。各教団の最高司祭たちを昔からよく知る【黄金の賢者】は、彼らの古い黒歴史などを持ち出して強引に基点の位置を白状……もとい、公開させたのだろう。

 その時の様子が簡単に思い描けるだけに、ライナスは軽く溜息を吐く。

「そして、その基点なのだが、【銀邪竜】の封印が弱まっていることから、既にいくつかは破壊されていると俺と母は考えている」

「ふむ……確かに道理だな。その基点とやらを破壊したのが、レメット様がおっしゃっていた銀の一族とやらか」

 ジルガは腕を組み、何やら考え込む。そして、何かに思い至ったらしく改めて口を開いた。

「では、今から我らが向かうのは……」

「ああ。君が考えている通り、残された封印基点の一つだ。その基点を壊されると、【銀邪竜】の復活が一気に早くなってしまうからな」

 現状、既に1つか2つは結界の基点が壊されているだろう、というのがライナスとレメットの予測である。

 そのため、レメットが想定していたよりもかなり早く結界にが来ているのだ。基点が数個壊されているので、今後封印は徐々に弱まっていくだろう。

 この状況で更に基点が壊されてしまえば、封印の緩みは更に加速してしまう。

「ふむ……となると、アインたちを襲った大カエルどもと、基点の破壊を狙う銀の一族……その両方を相手にする必要があるわけか。確かに我らだけでは戦力が足りなくなるやもしれんな」

 漆黒の兜に守られた顎に手をやり、ジルガが呟く。その呟きを耳にしたライナスは、やや首を傾げながら彼女に問う。

「何を言っている? 今君が言った勢力はどちらも同一のものだぞ?」

「何? どういうことだ?」

「ああ、そうか。これもまだ君に説明していなかったか」

 そう前置いたライナスは、自身もつい最近母親から聞かされた事実を説明する。

「『ガルガリバンボン』とは、古代エルダーの言葉で『銀に従うもの』という意味だ。つまり────」

 ライナスの説明をそこまで聞いたジルガが驚いて彼へと振り返る。いや、彼女だけではなくレディルとレアスもびっくりした表情を浮かべて白い魔術師を見ていた。

「ガルガリバンボン。あの連中こそが、【銀邪竜】の眷属にして彼の厄災を神とも主とも崇める『銀の一族』なのだよ」











 ~~~ 作者より ~~~


 現在、仕事が多忙なため来週の更新はお休みさせてくだされ。

 次回は3月4日に更新の予定。

 ここのところ休みばかりで、ホント申し訳ない。

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