突然の報せと【黒騎士】

「では、【五王神】の各神殿とは協力態勢が築けたのですか?」

「うんうん。【銀邪竜】の復活に関しては、神殿側も他人事じゃすまないからねん。それに、今の最高司祭たちはみーんな私の顔見知りばっかりだから、お願いしやすかったってのもあるかな」

 と、夜になって侯爵邸に戻って来た【黄金の賢者】は、ジルガの質問に手にしたグラスを傾けながらそう答えた。

「元々、いろいろと見込みのありそうな子たちだったからねー。彼らが今の地位に就いていても不思議じゃないかなー」

「レメット様は各神殿の猊下方ともお知り合いなのですか?」

「まあ、見た目はこんなだけど、結構長生きしているからねー。あちこちに知り合いがいて顔が利くんだよん」

 今のレメットの見た目は十代の少女のものだが、これでも千年以上を生きる妖精族の最長老だ。それでいて他の妖精族のように森に引きこもりがちなわけでもなく、あちこち彷徨い歩いている。そのため、本人が言うように友人や知り合いがあちこちにいるのである。

 中には友人本人ではなくその子孫たちとの交流もあったりするが、親しくしている相手はそれなりの数に上るのだろう。

「そういった知り合い連中にも、打倒【銀邪竜】の協力を呼び掛けてみるよ。ジールちゃんも、力を貸してくれそうな相手がいたらお願いしてみてねー」

「ふむ……私の知り合いか……」

 ジルガも組合の勇者として、あちこちに出向いて依頼をこなしてきた。その先々で知り合った者も多い。頼めば力を貸してくれる者もきっといるだろう。

「わかりました。私の方でも協力者を探してみます」

「うん、戦力は多いに越したことはないからね。それに、直接戦わないにしても食料や武具などの物資、各種資金を提供してくれるだけでも助けになるしね」

 戦いとは金や物資が必要なものである。戦う相手が何であれ、経費ゼロで戦うことなどできない。

 戦いに赴くための食料や、使えばどうしたって消耗する武具、そして、それらを維持したり新規購入したりするための資金など、戦うために必要なものはたくさんある。

 直接戦う力はなくとも、それらの必要な物資を提供してくれるだけで十分な援護となるのは言うまでもない。

 特にジルガは組合勇者として様々な問題を解決してきた。その際に知り合った者は数多く、中には大きな商会の経営者なども含まれている。

 そんな者たちの中にはジルガを見た目だけで判断せず、心から彼女に感謝している者たちもいる。彼らならば、ジルガが申し出れば快く協力してくれるに違いない。

「あとは……はい、これ」

 レメットが残された僅かな魔力を操作して、次元の歪みの中からやや大き目な革袋を取り出した。

「頼まれていた例のブツだよん。いやー、まさかこれほどの量があるとは、さすがの私でも予想外だったにゃー」

「おお、できたのですか! ありがとうございます!」

 ジルガが嬉しそうに、レメットが差し出した袋を受け取る。

 その様子を、ジルガの隣に座っていたライナスが興味深そうに見ていた。

「もしやそれは……?」

「ああ、この前言っていたアレだ。早速レメット様にお願いして作ってもらったのだ」

「いや、待て。少し待て……………………確認するが、この袋に入っているモノ、全部がアレなのか?」

「そうだが?」

 何を当然なことを聞くのだ? と言わんばかりのジルガに、ライナスの顔が僅かに引きつる。

「いやー、ホントびっくり。アレを作ってくれと言われた時も驚いたけど、まさかこれほどの数があるとは、さすがの私も思わなかったさー」

 あははーと呑気に笑う実母の声を聞きながら、ライナスは天井を見上げることしかできなかった。




「お、お嬢様!」

 ジルガとライナス、そしてレメットが談話中の居間に、執事長のギャリソンが慌てた様子で駆けこんできた。

「どうした、ギャリソン? いつも冷静なギャリソンがそんなに慌てるとは、一体何があったのだ?」

 ナイラル侯爵家の執事長として、いつも冷静で慇懃な態度を崩すことのないギャリソン。その彼がこれほど慌てている姿を、ジルガは初めて見た。

「た、たった今、勇者組合から使いの者が来まして……あ、アインザム様が…………」

「アイン? アインがどうかしたのかっ!?」

 最愛の弟の名前を聞き、思わず立ち上がるジルガ。いつもとは違うギャリソンの様子から、嫌な予感が彼女の脳裏をかすめた。

「アインザム様が所属する【雷撃団】は、組合からの緊急依頼を請けて魔物の討伐に向かわれていたのですが、討伐に失敗して手酷い被害を受けたと──」

「な、なんだとっ!?」

「く、組合からの使者が申すには、【雷撃団】はほぼ壊滅、生きて戻ったのはアインザム様ともう一人だけとのこと。そのお二人も相当酷い怪我を…………」

「大至急、王城にいるお父さまやお兄さまたちに使者を出せ! そして、組合からの使いには、アインたちをこの屋敷に運び込むように伝えるのだ! 急げっ!!」

「御意!」

 ギャリソンは一度だけジルガに向かって頭を下げると、慌てて居間を飛び出していった。

 そして、その場に残った三人は、互いに顔を見合わせるとすぐさま動き出す。

「私はエレジアちゃんにこのことを伝えに行くけど……手段はあるんだよね?」

 何の手段とは、レメットも問わない。そんなことを言っている場合ではないのか、それとも言う必要がないと判断したからか。

「もちろんです。ライナス、全て任せる」

 と、ジルガがライナスに向かって放り投げたのは、いつものように次元倉庫の鍵である。

「君の弟の具体的な容態を聞いていないから断言はできないが、大怪我を負いながらも無事に魔物から逃げおおせたのであれば、今すぐ命に関わる可能性は低かろう。となると、どの治癒系の神器や遺産を使うべきか……」

「任せると言っただろう? どれでも好きに使ってくれ」

「心得た」

 ライナスが頷いたのを見届けると、ジルガはそのまま居間を出る。そして、傍にいる使用人たちに指示を出していく。

「もうすぐ怪我人が運ばれてくる! すぐに受け入れ態勢を整えるのだ!」

 ジルガの正体を知る一部の者たちは、彼女の指示に従ってすぐさま動き出す。そして、正体を知らない使用人たちもまた、漆黒の巨漢から滲み出る鬼気というか迫力というか、とにかく得体の知れない不気味な圧力に押されながら、顔色を悪くしつつも動き出した。

──【黒騎士】の言葉に逆らえば、どんなことをされるか分からない。

 「彼女」を「彼」だと思っている者たちは、胸中でそんなことを思いながら必死に役目を果たすのだった。




「…………え?」

 彼、アインザム・ナイラルが目を覚ました時、そこは見慣れた自室だった。

「あ、あれ? ど、どうして僕は自分の部屋に……? た、確か僕たちは──」

 アインザムの脳裏を過ぎるのは、彼が遭遇した悪夢のような光景。

 巨大なカエルの怪物、ガルガリバンボン。彼が所属する【雷撃団】は、そのガルガリバンボンの討伐を請け負った。

 勇者組合から提供された情報によると、とある村がこのガルガリバンボンに襲われたらしい。

 もちろん王国軍もガルガリバンボン討伐のために動き出してはいるが、腰の重い軍が動くには時間がかかる。

 そこで、軍よりも遥かに身軽な組合勇者にも、大カエル討伐の依頼が出された。

 軍より先んじて魔物が現れた村に急行し、可能であれば魔物を討伐。もしも討伐が難しいようであれば、軍が到着するまで村人を守りながら村から脱出する。

 それが【雷撃団】が請け負った依頼内容だ。

 そして【雷撃団】が問題の村の間近まで来た時、彼らはガルガリバンボンと遭遇した。

 村に着くより前に魔物と遭遇したのは想定外だったが、それでも【雷撃団】は経験を積み上げた勇者組合のパーティであり、すぐに落ち着いて魔物との戦闘を開始した。

 強大な魔物とはいえ、敵はたったの一体。勇者組合でも階位二桁を複数有する【雷撃団】は、危なげなくガルガリバンボンを追い詰めていく。

 追い詰められた大カエルは、命の危機を察したのか逃亡を選択した。もちろん、易々と見逃す【雷撃団】ではなく、魔物を完全に仕留めるべく追撃を開始。

 だが、この選択こそが間違いであった。

 当初の目的地であった村へと逃げ込むガルガリバンボン。それを追って村へと踏み込む【雷撃団】。

 だが、【雷撃団】の勢いはそこで止まる。彼らを包囲するように、複数のガルガリバンボンが村のあちこちから姿を現したのだ。

 先ほどまで追いかけていた個体以外に、五体ものガルガリバンボンが現れた。その五体の中には、一際大きな体を持った銀色の大カエルがいた。

 素材不明の銀色の剣を持ち、銀色にぬめぬめと輝く体のあちこちに黒い斑点を浮かばせた、バケモノの中のバケモノ。

 明らかにガルガリバンボンの上位種か変異種。そして、この銀の大カエルこそが合計六体からなる魔物の集団の首魁であるのは間違いなかった。

「……ま、まさか……ガルガリバンボンが罠を張っていたというのですかっ!?」

 そう叫んだのは、【雷撃団】に所属する妖精族の魔術師だった。その直後、【雷撃団】のリーダーである戦斧使いの戦士は決断した。

「撤退だ! 大至急撤退する!」

 彼我の戦力差を比べ、リーダーは即座に撤退を選択した。

 リーダーの相棒にして恋人である、大盾を構えた女戦士を先頭にして、【雷撃団】は密集隊形を取る。

「やつらに背中は見せるな! 背中を見せて走っても、絶対に追いつかれる!」

 パーティの斥候役の男性が仲間たちに叫ぶ。

 ガルガリバンボンはカエルの化け物だ。その跳躍力はカエル同様に凄まじく、人間が走るよりも遥かに速い。

 そして、その巨体からは想像もできないほど機敏でもある。背中を見せて全力で走っても、大カエルから逃げることは極めて難しい。

「…………くっ」

 アインザムは愛用の槍を握りしめる自分の手が震えていることに気づいた。彼の隣で、弓使いの少女もまた全身をがたがたと震わせている。

「アイン」

 前方の魔物の集団から目を離すことなく、リーダーが告げる。

「アルトルを連れて先に逃げろ。何があってもおまえがアルトルを守れ。いいな?」

 リーダーは振り返らない。

「この状況……絶対に組合に伝えるんだよ?」

「これまでガルガリバンボンが群れを作ったという話は聞いたことがありませんでした。これは認識を改めねばいけませんね」

「悪いな。斥候の俺の実力が足りなくて、こんな窮地におまえらを付き合わせちまった」

 リーダーだけじゃない。他の仲間たちも前だけを見ている。

 だが、全員が優しい笑顔を浮かべているであろうことに、アインザムは気づいていた。

 彼らはここで、命を捨ててでも足止めをするつもりなのだ。パーティ最年少である、アインザムと弓使いの少女のために。そして、今の状況を勇者組合や王国に伝えるために。

 これまでただの魔物だと思われていたガルガリバンボンの新たな側面。

 群れを作り、罠を張るだけの知性をこの大カエルは持ち合わせているという新事実。

 実を言えば、【黒騎士党】──より正確に言えばライナスによってガルガリバンボンに知性があることは、王国や勇者組合に伝えられていた。

 だが、王国や勇者組合を以てしても情報の伝達速度は決して速くはなく、不幸なことに【雷撃団】にはこの新たな事実が伝わっていなかったのだ。

 もしも、【雷撃団】が王都を発つのが1日か2日遅かったら。

 もしも、アインザムがナイラル侯爵邸でライナスと顔を合わせていたら。

 もしも、アインザムがレディルとゆっくりと会話する機会があったら。

 【雷撃団】は今とは違った未来を迎えたかもしれない。だが、その未来はもう訪れない。

 仲間たちの覚悟を悟り、その覚悟を無駄にしないために。

 アインザムはぎりっと強く歯を噛み締めた後、隣にいる弓使いの少女の手を取った。

 そして、仲間たちをその場に残し、一心不乱に走り出した。

 心の中で、仲間たちに最後の別れを告げながら。



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