第6章

それぞれの勢力と【黒騎士】

「そ、それは本当なのか、シャイルード国王っ!?」

「おう、ホントもホント、紛れもない真実ってヤツだ。しかも、情報の出所は【黄金の賢者】だ。まさか、あの人が寄こした情報を疑おうってんじゃあるまいな?」

 と、一同を見回しながら告げたのは、ガラルド王国二代目国王にして【剣王】の異名を持つシャイルード・シン・ガラルドである。

 そのシャイルード国王とテーブルを同じくするのは、豪華な法衣を纏った五人の高僧たち。

「も、もちろん、あの方が……【黄金の賢者】様が言われたことを、拙僧が疑おうはずがなかろう」

 どこか焦った様子でそう答えたのは、【ようおう】アイボゥリィの最高司祭であるアノルド・ヤンセイン。

 【黄金の賢者】の名前を聞いてから、アノルド最高司祭は何故か大量の汗をかいていた。

「むぅ……陛下と【黄金の賢者】様の言われることを疑うわけではないが、いきなりかの厄災が復活すると言われてもな……」

 長く伸ばした髭をしごきながら呟くのは、【流王りゅうおう】ラーベンディルの最高司祭エドガルド・ティアゴである。

 エドガルドは髭をしごく手を止めることなく、目を閉じて何かを考える。

「先代王妃ミラベル様が、【おうしん】に嘆願してまで施した封印が、そう易々と破られるとは思えないのだけど?」

 シャイルード国王を疑わしそうに見つめるのは、【おう】コースモゥの最高司祭アナンシー・アックア。

 この場で唯一の女性であるアナンシーは、シャイルードを疑っているというよりは先代王妃を信じる気持ちが強いのだろう。

「ど、どうして……どうして私が最高司祭に就いた直後にこんな大問題が……ああ、我が神よ、これはあなたが私に与えたもうた試練なのでしょうか?」

 両手を組み合わせ、自身が信仰する神に祈りを捧げるのは、【ほうおう】フージーブールーの最高司祭たるデグズマン・ドンドン。

 彼は己が身に降りかかった不幸を嘆き、ぶつぶつと神のを何度も唱える。

「それで、おぬしが我らを集めたのは、来る厄災復活の際の戦力提供か? もちろん、それに応じようとも」

 鋭い眼光でそう問うのは、【げんおう】シルバーンの最高司祭アジェイ・サムソンであった。

 契約神の使徒にして【傭兵王】の異名を持つ彼は、わくわくした様子を隠そうともしない。

 そんな各教団──【五王神】と称される五つの教団のトップたちを前にして、シャイルードはにやりとした笑みを浮かべた。




 【五王神】。

 それはガラルド王国やその周辺諸国で最も信仰されている五柱の神々の総称である。

 【五王神】の配下には何柱もの従属神が存在するし、【五王神】からは完全に独立している神々もいる。だが、ガラルド王国やその周辺では【五王神】のいずれか、もしくはその従属神を信仰する場合がほとんどである。

 【陽王】アイボゥリィ。

 彼の神は、太陽神であり光と秩序を司るとされる。また、戦神としての側面も持ち、支配階級や騎士などから信仰される。

 【流王】ラーベンディル。

 移ろいゆくものの守護神であり、季節神、風神として、吟遊詩人などの旅に生きる者たちからの信仰が篤い。また、商売神としての側面も持ち行商人たちからも信仰され、同時に月の満ち欠けも司っているとされ、夜の守護神であるとも言われている。そのためか、博徒や娼婦などにも信者が多い。

 【魔王】コースモゥ。

 神秘と魔術を司る神であり、やはり魔術師の信者が多い。また、学問の神でもあることから、教師や学者が主に信仰する神でもある。

 【豊王】フージーブールー。

 豊穣の神、大地の神として信仰され、農民や狩人などが主な信者。一部だが、領主や地主などの土地を支配する者が、自分の土地がより富むようにと信仰する場合もある。

 【言王】シルバーン。

 その名が示すように言葉を司る神であり、契約を守護する神である。

 商人や役人など、言葉や契約にまつわる者たちから信仰され、時に契約を重視する傭兵などからも信仰される場合もある。

 各教団は王国からは独立した組織ではあるが、相互の関係は良好。どの組織も持ちつ持たれつで、互いに力を合わせてきたのである。

 当然、それは今後にも言えることだろう。

 厄災【銀邪竜】ガーラーハイゼガの復活は、どの組織にとっても他人事ではないのだから。




「それで、【黄金の賢者】様──レメット様はいつ頃厄災が復活するとお考えなのだ?」

 【陽王】の最高司祭アノルドが問う。

「オフクロが言うには、具体的なことはまだわからんが、どんなに遅くとも半年より先になることはないそうだな」

「…………思ったよりも猶予がないわね」

「……こ、これは急ぎ対策を練らねば……ど、どうしてこんなことになったんだ……」

 【魔王】の最高司祭アナンシーが呟けば、【豊王】の最高司祭であるデグズマンが悲痛な表情で頭を抱えた。

「がはははは! いいねぇ! 実にいいねぇ! こいつぁおもしろくなってきやがったぜ!」

「笑いごとではないぞ、この戦馬鹿が!」

 【言王】の最高司祭であるアジェイが実に嬉しそうに笑い、【流王】の最高司祭エドガルドがそれを叱責する。

 アノルド、アナンシー、デグズマン、アジェイはシャイルード国王とは同年代であり、昔からの顔なじみでもある。そのため、レメットがシャイルードのもう一人の母親であることも知っていた。

 唯一、エドガルドだけはやや年代が上であり、つるりと禿げ上がった頭部と、それとは逆に長く豊かな髭が特徴の人物で、【五王神】の最高司祭たちの中では纏め役的な立場でもある。

「して……レメット様には対【銀邪竜】に何か策がおありかの?」

 そのエドガルドがシャイルードに問えば、当のシャイルードは自信ありげに答える。

「おうとも、とはいえ、まだまだ策と呼べるほどでないらしいが、一応骨子的なものならあるらしいぜ?」

「ほう? それはどんな内容だ?」

「ほ、ホントかっ!? ほ、ホントにレメット様はかの厄災との戦いに勝機があるとお考えなのかっ!?」

「もっちろん! 勝ち目の見えない戦いはしない主義なんだにゃー、私はねー」

 突然、部屋の中に響く声。同時に部屋に唯一ある扉が外から開かれ、軽い足取りで一人の女性が乱入してきた。

「やあ、やあ、やあ! みんな元気そうでなにより! うん、エドガルドちゃん、アナンシーちゃん、デグズマンちゃん、アジェイちゃん、ひっさしぶり~! おっと、アノルドちゃんも変わりなさそうだね!」

 ちらり。

 乱入者たる少女──もちろん【黄金の賢者】レメットその人だ──は、部屋の中をぐるりと見回した後、汗をだらだらと流しているアノルドに意味深な視線を送った。

「ねー、アノルドちゃん。まだ、私に求婚する気はあるのかにゃ?」

「い、いえ、そ、その……で、できればもうその話は…………」

「おいおい、オフクロ。あまりアノルドをいじめてやるなよ。アノルドだって若かったんだから仕方ねえさ。そうだよな、アノルド?」

「む、むぅ……そ、そうだな……う、うむ」

 それはまだアノルドが成人するかしないかの頃。

 所用で王城の中を歩いていた彼は、一人の可憐なエルフの少女に一目惚れしてしまった。

 その後、アノルドはそのエルフ少女のストーカーと化す。王城に住む友人であるシャイルードと会うという名目で頻繁に城を訪れては、常にエルフ少女を探し、こっそりと後を付け回していた。

 最初こそ、こっそりとその姿を見つめているだけで満足していた彼だったが、その想いはどんどんと積み重なり、熱くなっていく。

 そして、思いつめた若き日のアノルドは、当時唯一とも言える友人に相談した。だが、その相談した相手が間違いだったと後に痛感することとなる。

 相談された相手──王太子になったばかりのシャイルードは、友人の想い人が誰なのかすぐに理解した。そして、目の前の友人にはわからないように内心でにたりとした笑みを浮かべる。

「そりゃあもう、告白するしかないだろ? そのエルフだって、おまえのことに気づいていながら何も言わないんだろ? きっとおまえに告白されるのを待っているんだよ!」

 内心でげらげらと笑いながらも、それを一切表に出さずにそんなことを告げたシャイルード。

 その後、アノルドがどうなったのかは…………語るまでもないだろう。

 想いを寄せる少女が三英雄の一人であり、なおかつ、国王のもう一人の妻でもあると知った彼は、数年間自室に引き籠った後、出家してアイボゥリィの神官となり今に至るのである。

 そのため、今でもアノルドはレメットがどうにも苦手だ。

 その他の面子もアノルドほど極端ではないものの、似たようなものだった。自分の幼い頃の黒い過去を知っている相手となれば、どうしたってやりづらいだろう。

「さぁて、では説明しちゃうよん。今度こそ、できれば【銀邪竜】を完全に倒す。もう……あの子のように誰かを犠牲にしたくはないからね」

 一同を見回しながら告げたレメットの脳裏に、親友の姿が浮かぶ。

 かつて彼女は、己の寿命を対価に【五王神】に嘆願する奇蹟を行使し、何とか【銀邪竜】を封印した。

 そのため、彼女──先代王妃にして【真紅の聖者】ミラベル・シン・ガラルドは、三十代半ばで神の許へと召された。

 もっともミラベル本人に後悔はなく、最後は家族に見守られながら、実に穏やかな表情で永遠の眠りについた。それでも、レメットにしてみれば辛く悲しい別れだった。エルフと人間では寿命が違うのは分かり切っていて、事前に覚悟はできていても辛いものは辛いのだ。

「あの思いを後世の誰かに味合わせたくはないからね。今回で確実にやつを……【銀邪竜】を仕留める。だから…………だから、皆の力を貸して欲しい」

 そう言って、レメットは一同に対して深々と頭を下げたのだった。




「それで、レメット様の容態はどうなのだ?」

 その頃、王城から離れたナイラル侯爵邸の居間にて。

 侯爵家の邸宅に見合う上質なソファにどっかりと腰を下ろした全身黒づくめの巨漢が、近くにいる白い魔術師へ質問していた。

「肉体的な怪我の方は、君から譲り受けた遺産で完治している。だが、やはり魔力は全く回復しないようだな」

「そうか……となると、レメット様はやはり戦力外か」

「いくらあの人でも、魔力がなければ戦えまい」

「ふむ………」

 腕を組み、何やら考え込むジルガ。

 そんな彼女の前には、三つの武具が宙に浮いている。もちろん、黒雷斧フェルナンド、黒聖杖カノン、黒炎弓ファルファゾンだ。

 黒地剣エクストリームだけは、今も国王の手元にある。さすがに王権を象徴するようなシロモノを、常時借り受けているわけにはいかない。

「なあ、ライナス」

「何だ?」

「五黒牙の本当の力を引き出すには、資格のある者が手にする必要があると言っていたな?」

「ああ、その通りだ。まあ、俺も師から聞いただけだがな」

 ヴァルヴァスの五黒牙の本来の力を引き出すには、五黒牙のかつての主である【獣王】ヴァルヴァスの魂の欠片を宿していなければならない。

 だが、ライナスはそのことをジルガには伝えていない。邪神の魂の欠片を引き継いでいるなど、誰かが知ればどのような噂が立つかわかったものではないからだ。

 それに、欠片を引き継いだ本人もあまりいい気はしないだろう。

 よって、五黒牙と【獣王】の関連性を知るのは、黄金と白金の二人の賢者のみである。

「ん? レメット様のことは相変わらず『師』と呼ぶのか?」

「…………まあ、長くあの人のことはそう呼んでいたからな。意識していないとつい今まで通りの呼び方になってしまうのさ。だが──」

 つい、とライナスの視線がジルガへと向けられ、ふわりと柔らかく微笑む。

「君の前でなら、あの人のことを母と呼ぶのもいいかもしれんな」

「う、む、え…………そ、そうか…………」




「あ、あいつら……昼間っからいちゃいちゃしやがってぇ……」

「これから来る厄災との戦いに備えねばならぬというのに……いや、ジールが幸せそうなのは別にいいのだ」

「そうだ! 気に入らないのはあいつの方だ!」

 早番で午後から家に戻った某双子の兄弟が、居間に入りたくてもとても入れそうもない空気に、扉の陰で悔しそうな表情を浮かべていたらしい。









 ~~~ 作者より ~~~


 新年早々、コロナにやられました。今年に入ってから、全く筆が進んでおりませぬ。

 よって、誠に勝手ではありますが、来週は更新をお休みさせていただきます。

 更新を再開した途端こんなことになろうとは、去年は思いもしませんでしたなぁ(笑)。


 病状の方は既に回復し、目立った後遺症もなさそうです。

 みなさんも体調には十分気をつけてください。

 では、改めて今年もよろしくお願いします。


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