閑話─ナイラル家の末っ子4
「えっ!? そ、それは本当ですかっ!?」
組合勇者としての仕事が一段落つき、実家に帰ったアインザムは、二人の兄たちから聞かされた話に驚愕の表情を浮かべた。
「あ、姉上が婚約……? で、では、姉上の呪いは祓うことができたのですか?」
姉を縛る忌まわしい呪い。その呪いが祓われたからこそ、姉は婚約することができたのではないか?
アインザムはそう考えたのだが、どうもそうではないらしい。
「いや、ジールの呪いはまだ解かれてはいない」
「まあ、あいつ……いや、あの
そういう兄たちは、どこか忌々しそうだ。そんな兄たちの様子から、アインザムは今更ながらな疑問を覚えた。
「そ、それで姉上と婚約されたって方は、どなたなのですか?」
もしや、一時ちょっとだけ話題に上がったことがあるジェイルトーン王太子殿下が姉の婚約相手では、という考えがアインザムの脳裏を過ぎる。
だが、兄たちの話からすると、それも違うようだ。
「まあ……以前話しただろ? ジールが連れて来た白い魔術師のこと」
「ええ、イリス兄上から聞きました。あまり頼りになりそうもないのに、ジール姉上と親しくし過ぎているとか」
「いや、確かに以前はそう言ったけどよぉ……」
「実はその魔術師こそがジールの婚約相手でな」
渋い顔で言葉を濁すイリスアークの後を、ネルガディスが続けた。
更には、件の魔術師が先王【漆黒の勇者】と【黄金の賢者】の間に生まれた、現王の兄であり近々公爵位を得ることなどを二人の兄は弟に知らせた。
「そう……ですか……姉上が婚約を……」
アインザムの胸中は複雑だ。姉が婚約したことはめでたく思う。呪いが原因とはいえ、姉が嫁き遅れてしまうことは弟としても悲しい事実だから。
だが、大好きな姉が遠くに行ってしまうような寂しさもまた、アインザムは感じていた。
しかも、婚約相手は王兄であり、公爵であり、分家扱いとはいえ正式に王族として認められる家系になるという。侯爵家令息とはいえ三男で将来的に爵位を継ぐことはないであろう自分とは、身分的にも大きな差が生じてしまうことになる。
喜ばしくも、それ以上に悲しくて寂しい。そんな感情がアインザムの中で吹き荒れていた。
「ほう、それはめでたい話ではないですか」
「ほえー、お姉さんが婚約して、将来は王族とかさー。いやー、庶民でしかないアタイからしたら、想像さえできない世界なんですけどー」
「確かに、アルトルの言う通り庶民には縁遠いどころか、一生関わり合うこともない話だな」
兄たちから姉の婚約を聞かされた翌日。王都にある勇者組合の建物の一角にて、【雷撃団】に所属する魔術師のコステロ、弓使いのアルトル、斥候のヴォルカンがアインザムの話にそれぞれ感想を述べた。
「でも、アインくんのお姉さんって、病気とか言っていなかった? 病気、治ったの?」
「い、いえ、姉の病状は相変わらずで……今も領地で療養中です。そ、その婚約者って方が、病気なのを知っていながらも姉との婚約を望んだらしくて」
「ふむふむ、ナイラル侯爵家のご令嬢と言えば、以前は国一番の美姫とも噂されたお方ですからねぇ。病気を患っていてもなお、妻にと望む男性は多いのでしょう」
うんうんと何度も頷きながら、一人納得するコステロ。そこへ、所用で少し離れていた【雷撃団】のリーダーであるサイカスと、サブリーダーであるジェレイラが戻ってきた。
「お? 美人の話か? だったら俺も混ぜろよ」
浮き浮きとした表情を隠すことなく、斧使いのサイカスが口を挟む。だが、他の面々はサイカスではなく、彼の後ろに立つジェレイラへと視線を向けていた。
「ふーん。私の前で他の女の話をするなんて、実にいい度胸じゃない。ねえ、サイカス?」
にっこり。
微笑むジェレイラに、アインザムたちの顔色が一気に悪くなる。そして、サイカス自身も例外ではなかった。
そんなサイカスは、わざとらしく前髪をかき上げると、白い歯を見せて気障ったらしく微笑む。
「もちろん、俺にとって世界で一番の美女はジェレイラさ。だけど、少しぐらい他の女の話をするぐらい……仲間たちと美人の話をするぐらいいいじゃないか。別にその女と浮気をするわけでもないしな」
「も、もうっ!! あ、相変わらず口だけはうまいんだから……っ!!」
青から赤へ。ジェレイラの心境の変化を色で表すとするならば、そんな感じだろうか。
そして、そんな二人の様子を見て仲間たちは小声で言葉を交わし合う。
「さっすが、リーダー。ジェレイラの扱いに慣れているねー」
「まあ、あの二人も長いからなぁ」
「いいじゃないですか。仲がいいことは良いことです」
アルトルたち三人が顔を寄せ合って話しているのを、アインザムも微笑みながら見つめる。【雷撃団】に加入して3年。彼が何度も見て来た光景だ。
「ところでサイカスさん。何か組合から話があったんじゃないですか?」
頃合いを見計らって、アインザムはサイカスに話を振る。【雷撃団】のリーダーとサブリーダーが席を外していたのは、勇者組合から何か話があったからだ。
おそらくは、勇者組合から【雷撃団】へ仕事の依頼があったのだろう。
「ああ、王国の北部でガルガリバンボンが何体か暴れているらしくてな。その討伐を緊急依頼で頼まれたんだ」
「またガルガリバンボンですか? 最近妙に出没回数が増えていませんか? 我々への依頼だけでもこれで3回目ですし」
「あの大カエル、確かそんなに多く見かける魔物じゃなかったよね?」
「だが、あれが相手であれば、実力の低い組合勇者に依頼するわけにもいくまい」
コステロ、アルトル、ヴォルカンがサイカスの話に応じる。
ガルガリバンボンと聞いて、アインザムの脳裏にその異形の姿が浮かぶ。
直立する大カエル。足は短く腕は長く、口は大きく目も大きい。簡単に説明するならば、そんな感じになるだろうか。
アインザムも少し前、実際にこの魔物と戦った。どこかユーモラスでさえある見た目とは違い、実に恐るべき魔獣である。
今のアインザムでも、一対一で倒すのはかなり厳しい。それぐらいの強敵であった。
「俺はこの依頼を請けようと思う。反対のやつはいるか?」
サイカスが仲間たちを見回すが、誰も異を唱えることはない。
「よし、決まりだ! 緊急依頼ってこともあるし、明日の朝一番に王都を発つ。今夜中に準備をしておけよ!」
「そういうリーダーも寝坊しないようにね」
「レジェイラも気をつけてくださいね? サイカスと一緒に寝坊なんてしたら……」
「お、おう、大丈夫だって。なあ、レジェイラ?」
「え、う、うん、だ、大丈夫よ。絶対に寝坊なんてしないから」
かつて、依頼の前日に酒を飲み過ぎ、そのまま一緒に夜を明かして出立を遅らせた前科のあるサイカスとジェレイラは、どこか冷たさの宿る視線を向けるコステロにそう答えるのであった。
「ガルガリバンボンか……いつかはあの怪物を一人で倒せるぐらいにならないと……」
翌朝一番の出立ということもあり、その場で解散となった【雷撃団】。アインザムは特にどこかへ寄ることもなく、家であるナイラル侯爵邸への帰り道を歩いていた。
その途中、ふと彼は思い至る。
「もしかして……家に姉上がいるかもしれないじゃないか!」
今、【黒騎士党】は王都に滞在しているらしいと勇者組合で聞いている。組合としては、できれば彼らにもガルガリバンボン退治を請けて欲しいらしい。それぐらい、王国のあちこちであの大カエルが出没しているそうなのだ。
であれば、姉とその仲間たちは侯爵邸で寝泊まりをしているだろう。今朝がた、アインザムが侯爵邸を出る際には既に姉の姿はなかった。噂の婚約者も同様だったので、二人でどこかに出かけたのだろう。
だが、太陽が天頂を過ぎてかなりの時間が経った。そろそろ姉も家に帰っているかもしれない。
そう思い至り、アインザムの足が自然と早まる。
そして、屋敷の門を潜って敷地内に足を踏み入れた時。
アインザムの足が自然と止まった。
「あれ? どなたですか?」
彼の目の前には見覚えのない少女が一人、首を傾げて立っていた。
身なりからして、新たに雇った使用人といった感じではない。なぜなら、その少女が身につけているのは紛れもなく革鎧であり、腰には二振りの剣を差していたからだ。
かと言って、盗賊の類でもなさそうだ。まだまだ日が落ちるには猶予のある昼間に押し入る盗賊がいるとは思えない。それにもしもこの少女が盗賊ならば、こうも堂々とはしてはいないだろう。
「き、君は……誰だ?」
「私、レディルって言います。もしかして……ジールさんの弟さんですか?」
「そ、そうだけど……あ、レディル? って、もしかして兄上たちが言っていた、姉上の仲間の……?」
「はい! 弟さんのことはジールさんから聞いています!」
元気よく答えるレディルという名の少女。
よく見れば、額の両側に小さな角がある。そういえば、二人の兄たちが姉の仲間は鬼人族だと言っていたことをアインザムはようやく思い出した。
「この家の方々には、私たち家族が本当にお世話になっちゃって。いつか、このご恩返しをしないといけないね、ってよく家族で話しているんです。だから、ご恩返しの一環として当面はジールさんの呪いを祓うことに協力して……」
レディルと名乗った少女は、笑顔を浮かべて実に愉しそうに話す。
だが、その話をアインザムはほとんど聞いていなかった。
なぜなら。
一人の少年の胸の奥に、一輪の美しい花が見事に咲いていたのだから。
~~~ 作者より ~~~
次回、もう一回弟くんの閑話予定(笑)。
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