厄災の復活と【黒騎士】

「…………ちょっと待ってくれ、オフクロ。そりゃ、どういう意味だ?」

「どーもこーもないよ。近々【銀邪竜】が復活しそう……いや、確実に復活する。その事実があるだけだにゃ」

 レメットの言葉を聞き、その場にいた全員が息を飲む。

 それほど、【銀邪竜】という名の厄災は彼らにとって──いや、ガラルド王国に住む者にとって大きな意味を持っていた。

「銀の一族……あいつらが生き残っていてね。で、連中の女王が先頭に立って【銀邪竜】を復活させようとしているんだよ」

 銀の一族。その言葉に反応を示したのは、【白金の賢者】ライナスと筆頭宮廷魔術師のサルマンの二人だった。

「銀の一族と言えば、【銀邪竜】の眷属にして【銀邪竜】を神として崇拝する者どもだったな」

「レメット様たち三英雄と【銀邪竜】が戦った際、あの一族は滅んだと聞いておりましたが?」

「うん、私もてっきりあいつらは滅んだとばかり思っていたんだけど……どうも生き残っていたみたいだね。それも一番厄介なやつ──銀の巫女姫が」

「銀の巫女姫ですと? その名前は父から聞いたことがありますな。確か、レメット様たちが【銀邪竜】と戦っているなか、一族を率いてガラルド王国の前身であったアルティメア王国に攻め入り、多大な被害をもたらしたと」

 トライゾンの言葉に、レメットは重々しく頷いた。

「トライゾンちゃんの言う通りだね。私たち三人が出払っている隙を突いて攻め入ってきたのが銀の巫女姫率いる銀の一族だったんだ。で、ザイビオ──トライゾンちゃんの父親が率いる当時のアルティメア騎士団や兵士たちが何とか連中の侵攻を食い止め、銀の巫女姫も他ならぬザイビオに討たれたはずだったんだけど……」

 どうやら巫女姫を含めた少数が生き残っていたみたい、とレメットは続けた。

 そして、レメットは自分を見つめる者たちの一人へと、その視線を向けた。

「ジルガちゃん……いえ、ジールディアちゃん」

「何でしょうか、レメット様」

「【銀邪竜】が復活したら、あの厄災と戦うのは──ジールディアちゃんになると思う。もちろん、ジールディアちゃんだけに戦わせるわけじゃないけど、それでも【銀邪竜】との戦いで先頭に立つのはジールディアちゃんになる。勇者組合はこういう時のためにウチの宿六が組織したんだけど、まだまだあの宿六と肩を並べられる人材は育っていない。でも、ジールディアちゃんだけは宿六にかなり近い実力を持っている」

 だから、と続けたレメットは、空間を操作してそこから漆黒の杖を取り出した。

「はい、これ。黒聖杖カノン──これをジールディアちゃんにあげるよん。きっと、【銀邪竜】との戦いに必要になると思うからね」




「どうだ?」

 ライナスの問いかけに、ジルガはゆっくりと首を横に振った。

 今、彼女の目の前には、四つの武器が浮いている。

 黒地剣エクストリーム、黒雷斧フェルナンド、黒聖杖カノン、そして黒炎弓ファルファゾン。ヴァルヴァスの五黒牙の本体である黒魔鎧ウィンダムのオプションたる、四つの武器が揃ったのだ。

 だが、五黒牙全てが揃った時、秘められた能力が解放されるかもしれない、というライナスの予測は外れることになった。

「特に隠されていた能力はなさそうだ。だが……」

 ヴァルヴァスの五黒牙が全て揃ったものの、期待していたような秘められた能力はない。しかし、五黒牙を揃えたことは決して無駄ではなかった。

「ああ、俺にも分かるぜ、ジールディア。エクストリームは明らかに性能が増している。ヴァルヴァスの五黒牙とやらは、全部揃うと全ての武具の性能が上がるようだな」

 そう言ったのはもちろん、現在のエクストリームの所有者であるシャイルードだ。

 彼は宙に浮く自分の愛剣を、感心したように見つめている。

「見ただけで分かるのか?」

「そりゃあ分かるぜ、兄貴。エクストリームは数十年間ずっと傍らに置いていた俺の体の一部のようなもんだ。これが分からないようじゃ、【剣王】の異名が廃るってモンだ」

 ライナスの問いに、シャイルードがにやりと笑いながら答えた。

「【銀邪竜】が復活した際は、俺の名代として公式にエクストリームをジールディア……いや、【黒騎士】ジルガに一時貸与すべきだな。オフクロが言うように、【銀邪竜】と戦うには能力を全開放したヴァルヴァスの五黒牙が必須になる」

「その点に関しては俺も同意だ。サルマン、トライゾン、今の内からエクストリームの公式貸与に関して根回ししておいた方がいいだろう」

「は、仰せの通りに」

「ライナス様のご指示に従います」

「おいおい、おまえら……俺の指示よりも兄貴の指示に従う時の方がよっぽど素直じゃね?」

 苦笑を浮かべるシャイルード。自分の旧友にして悪友、そして腹心たるトライゾンとサルマンが、自分よりもライナスを余程信頼している点に呆れる。

「この件が片付いたら、俺がアーリバル公爵になって、兄貴が国王に即位した方がいいんじゃねえか?」

「それは悪くない考えだな」

「うむ、その方が国のためにもなるだろう」

「おい、おまえら! そこは嘘でも俺を立てるトコだろうが! ったく、今のでおまえらの本心が透けて見えたぜ」

 旧友たち三人組が軽口を言い合うのを、ライナスは苦笑を浮かべながら、それでいて優し気に見つめる。

「どうした、ライナス?」

「いや、こいつらは昔から変わらないと思ってな」

「ほう、そうなのですか、伯父上?」

 ジルガとライナスの会話に入ってきたのは、もちろんジェイルトーンである。

「それより、【黄金の賢者】様の言われたように【銀邪竜】が復活するのであれば……」

「ああ、激戦は必至だろう。今の内から、打てる手は打っておかねばな」

「そうなると……レメット様の脱落が痛いな」

 現在、レメットの怪我はジルガが使用した遺産でほぼ回復したのだが、その魔力のほとんどを失っていた。

 その理由は、彼女が銀の剣から逃げるために使用したとある神器にある。

 転移の宝珠。

 そう呼ばれる神器こそが、レメットが用意していた「切り札」であった。

 この神器の能力は、名前が示すように転移を可能にすること。起動するために微量の魔力を消費するが、転移の距離に制限はなく、発動もほぼ一瞬という極めて強力な神器である。

 とはいえ、この神器を使用するにはいくつかのデメリットも存在する。

 ひとつめに、どこに転移するか分からないこと。使用者が「最も印象に残っている場所」に転移するのだが、それがどこかまでは分からない。

 ふたつめは、一度しか使えない使い捨て型の神器であること。

 そして最後に、使用者の魔力をしばらく──大体半年ほど──回復不能にすること。

 神器の発動こそ僅かな魔力があればいいのだが、私用するとなぜか使用者の魔力の回復を妨げる──おそらく、一種の呪いだと思われる──のだ。この回復には自然回復の他にも魔力回復薬などの使用も含まれるため、レメットも最後の最後まで使用を温存していたまさに「切り札」だった。

 しかも、この宝珠を使用した時のレメットは銀の巫女姫と激闘中だっため、保有魔力がほぼ底をついていた。

 よって、現状レメットの魔力は限りなくゼロに近く、その魔力が回復するのはほぼ半年後。

 【銀邪竜】の復活がいつかまでは分からないが、半年以上も先とは思えないというのがレメットの判断である。よって、レメットは戦力外と考えざるをえない。

「しかし、レメット様の転移先が私たちのいた場所だったのは不幸中の幸いだったな」

「あの部屋は、母にとっても大切な場所だったのだろうな」

 かつて、ライナスがまだこの城にいた時。

 彼の家族たちは大抵あの部屋にいた。

 もちろん、先代国王や先代王妃は公務もあったが、仕事の合間や仕事が終わった後は、決まってあの部屋でくつろいでいたのである。

 父親がいて。二人の母親がいて。そして、自分と弟がいて。

 時には喧嘩もしたが、あの部屋こそがライナスたち家族の「家」だったのは間違いない。だからこそ、転移の宝珠を使用したレメットはあの場所に飛ばされたのだろう。

「そうか……ライナスたちはいい家族だったのだな」

「ああ。元より二人の母同士の仲が良かったからか、よく聞く王の寵愛を巡るいざこざなどは全くなかったよ。できれば──」

 ライナスはその視線を弟たちから隣に立つ漆黒の鎧へと向けた。

「──俺も両親たちのような家庭を築きたいと思うのだが……協力してくれるな?」

「う…………………………………………う、うむ…………」

 何とかそれだけ答えたジルガ。その兜に隠された顔がどのような表情を浮かべていたのか、知る者は誰もいない。




「ん? どした、ジェイル? そんな変な顔して?」

 シャイルードは、なぜかげんなりとした顔で自分たちに近づいてきた息子へと声をかえた。

「い、いえ……そ、その、伯父上とジールディア嬢の傍にいるのは…………他ならぬ当人に失恋したばかりの私にはちょっと居づらくてですね……」

 苦笑しながらそう答えたジェイルトーンに、悪友三人組は納得したとばかりに何度も頷くのだった。


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