隠し通路の先と【黒騎士】

「…………この隠し通路のことに、妙に詳しくはないか?」

 王城へと繋がる真っ暗な隠し通路の中。ジルガはこの通路に入ってからずっと感じていたことを先導するライナスに問いかけた。

 魔法の灯りを頼りに、ライナスは迷う様子さえなく隠し通路を進む。それはまるで、この隠し通路を熟知し使い慣れているかのようだった。

「最近、この通路を使う機会が多くてな」

「どういうことだ? この通路が城へと続く隠し通路であるならば、その存在を知るのは王国でもごく一部のはずだろう? なぜ、ライナスがこの通路のことを知っているのだ?」

「この通路の存在は、俺の両親から聞いていた。そもそも、この通路の魔術的な仕掛けは俺の母親が施したものだ」

 この隠し通路に入ってからここまで、いくつもの罠が仕掛けてあった。その罠はどれも魔術的なものであり、入り口の合言葉による施錠も含めてこの通路に魔術師──それもかなり高位の術師が関わっているのは間違いない。

 この通路が緊急時に王族が使うのである以上、罠が施されているのは理解できる。誰かが偶然この通路を発見、もしくは王国や王族に害意ある者が城の奥へと繋がるこの通路を知れば、それは国王やその家族たちにとって極めて危険な状況になる。

 そんな侵入者を防ぐため、通路に罠が仕掛けられているのは当然と言えるだろう。だが、入り口の合言葉といい、各所に施された罠の存在といい、ライナスはそれら全てを知っていた。

 そのことがジルガには疑問だったのだ。

「この通路は王城が攻められた時などの緊急時の際、王族が脱出するために用意されたものだ。つまり、王族なら通路に関する知識があっても不思議ではあるまい?」

 通路に施された罠の位置が分かれば、そこを避けて通ることもできる。施された罠の種類が分かれば、何らかの方法で一時的に作動しないようにすることもできる。

 そして、この国の王族であるならば、それらを知っていても不思議ではない。確かにライナスの言う通りだ。

 しかし。

「どういうことだ? その言い方だとまるでライナスは──」

「着いたぞ」

「──む? 行き止まりではないか」

 ジルガの言葉を遮り、ライナスは行き止まりとなった通路で立ち止まると、彼はそこでジルガには理解できない言語で何かを呟く。

 すると、行き止まりにしか思えなかった通路の壁が、音も立てずに横にずれた。

 そして、ずれた壁の向こうからは、ライナスの魔法の灯りとは別種の灯りが漏れてくる。

 同時に、その向こうから数人の人の気配も。

「この先に誰かいるのか?」

「俺たちがここに来た目的を考えれば、この先に誰がいるのか分かるだろう?」

「は? ま、待て! ということは……ま、まさかこの先におられるのは…………」

 通路の壁──いや、隠し扉が完全に開ききると、その先は部屋のようになっていた。

「む? これはまた豪華な部屋だ…………え? お父さまとサルマンさま? そ、それに……」

 通路の先の豪華な部屋。そこに自分の父親と幼い頃からよく知る父の友人がいることにまず驚き、部屋にいた残る二人の姿を見て、ジルガはその漆黒の兜の中で顔色を青ざめさせた。




 隠し通路へと繋がる秘密の扉が開き、そこから通路に蟠る闇よりもなお黒い「ナニカ」が姿を見せた。

 その禍々しい「ナニカ」は、部屋の中をぐるりと見回した後に、驚いたかのようにびくりとその大きな体を震わせる。

「な、何奴っ!? どうやってこの通路の存在を知ったっ!?」

 なぜか落ち着いてソファに腰を下ろしたままの父親を庇うように、ジェイルトーンは禍々しい「ナニカ」の前に立ち塞がる。

 一方、父である国王シャイルードはにやにやとした笑みを浮かべ、トライゾンとサルマンはどこか遠い目をしていたのだが、突然現れた黒い「ナニカ」に気を取られているジェイルトーンはそのことに気づかない。

 国王の命を狙った暗殺者か、それとも妖術師に使役された悪魔が王太子たる自分を亡き者にするために現れたのか。

 護身用の短剣──この部屋に入る時は帯剣などしない──を構えたジェイルトーンは、油断なく黒い「ナニカ」と対峙する。

 だが。

「こ、国王陛下に、王太子殿下! し、失礼を致しました!」

 と、隠し通路より湧き出た黒い「ナニカ」は、慌ててその場に片膝をついて頭を垂れた。

「────────────────はい?」

 思わず、ぽかんとした表情を浮かべるジェイルトーン。

 それも無理はあるまい。突然現れた黒い「ナニカ」を、てっきり国王か王太子である自分を狙った暗殺者とばかり思っていたジェイルトーン。その「ナニカ」が突然恭順の意を示したのだから、思いっきり肩透かしを食らった形である。

「ほう、ほうほうほう、貴様が今噂の勇者組合の【黒騎士】か。なるほど、大した迫力だな」

「え?」

 実に気楽そうに声をかけた父王に、ジェイルトーンは思わず振り返る。

 目の前に存在する正体不明の「ナニカ」から、視線を逸らすという愚行に気づくことさえなく。

「ち、父上……い、今何と…………?」

「…………なあ、おい。本当にその黒いヤツの中身は彼女なのか? ちょーっと、信じられねえんだけどよ?」

 だが、シャイルードは息子の問いを無視して、隠し通路からゆっくりと姿を現した白い人物へと問いかけた。

「本当だとも。それについてはトライゾンとサンマンも証言したのだろう?」

 部屋の奥のソファに座っているトライゾンとサルマンは、白い人物──ライナスの言葉に無言で頷いた。

「だがよぉ? このデカい奴がトライの所の娘だって言われて、はいそうですかと信じられるかぁ? 噂の【黒騎士】を実際に見て、余計に疑わしくなっちまったぜ?」

「おいルード、おまえは私たちやライナス様の言葉が信じられないのか? ライナス様がおっしゃる通り【黒騎士】ジルガは間違いなく我が娘だ」

「たとえ片親が違うとはいえ、兄君であるライナス様のお言葉が信じられないとは……長年の友として実に嘆かわしい」

「うっせえぞ、おまえら! おまえらは昔っから俺より兄貴を一方的に信頼しやがって! まあ……俺たち三人は幼い頃に兄貴にゃ随分と世話になったから仕方ないが、いくら兄貴やおまえらの言葉とはいえほいほい信じるわけにゃいかねえのよ! しかも、今回はコトがコトだけに余計になぁ!」

 片膝をついて控えたままのジルガと、ことの成り行きにいまだ茫然とするジェイルトーンをほったらかしにして、この場にいる父親世代の三人はしばらく実に仲良さげに軽口を叩き合うのだった。




「あ、あの……父上? 先ほど、父上のお言葉の中に私としてはどうしたって無視できないものが含まれていたのですが……」

 ようやく混乱から回復したのか、いまだ軽口の応酬を続ける父親に、ジェイルトーンはおずおずと質問した。

「お? おう、何でも、この黒いヤツはトライの娘らしいぞ? 俺としては到底信じられねえんだけど、兄貴がそう言う以上は本当なんだろうなぁ。いや、ホント信じられねえけどよぉ」

「え?」

「え?」

 シャイルードの声に反応したのは二つの声。

 一つは息子であるジェイルトーン。そしてもうひとつは片膝をついたまま、思わず頭だけ上げたジルガであった。

 ジェイルトーンは控えた【黒騎士】をまじまじと見つめ、ジルガは自分の横に立っている【白金の賢者】をじっと見る。

「こ、この【黒騎士】ジルガが……ジールディア嬢?」

「お、おい、ライナス! い、今、国王陛下はおまえのことを兄と呼ばなかったか?」

 そんな二人を、相変わらずソファに座ったままのシャイルードが、にまにまとした笑みを更に深くして言う。

「お、ジルガ……あえて今はまだそう呼ばせてもらうぞ? まあ、それはいいとして、おまえは俺と兄貴のことを知らなかったのか? ってか、兄貴は説明していなかったのかよ?」

「説明する必要がない」

「そういうトコ、全然変わってねぇなぁ……」

 呆れているのか、それともおもしろがっているのか、判断のつかない表情のシャイルード。

「そもそも、片田舎に隠棲していながら『実は王族だ』と言っても、誰も信じやしないだろう?」

「はは、それもそうだな。では、ジルガにジェイル、改めて紹介しよう。この白くて細っこい奴は、ライナス・シン・カミルティ。先代国王【漆黒の勇者】ガーランド・シン・ガラルドと、【黄金の賢者】レメット・カミルティの間に生まれた、腹違いとはいえ正真正銘俺の兄であり、近々ライナス・シン・アーリバル公爵として、その生まれと立場を正式に王国中に発表する予定だ」

 ちなみに、アーリバルって姓は親父が国王になる前に使っていた姓だ、とシャイルードは続けたが、ジルガとジェイルトーンは全く聞いていなかった。




「ら、ライナスが先代陛下と【黄金の賢者】様の間に生まれた子……?」

「こ、この方が伯父上? た、確かに幼い頃から数度とはいえお会いしていたし、その時はいつもおもしろい話を聞かせていただいたり、ためになる知識をお教えいただいたりしたが…………まさか、伯父上であったとは……」

 いまだ片膝ついたままのジルガと、こちらもまだ短剣を構えたままのジェイルトーンが、近々アーリバル公爵となるライナスを凝視する。

 と、そんな二人──いや、ジルガへとシャイルードが改めて声をかけた。

「さて、兄貴の件はとりあえずここまでにして、今日の本題に移ろうじゃねえか」

 シャイルードはそれまでのにやにやとした笑みを消し、真逆な光をその目に宿してジルガを見る。

「兄貴からの要請通り、エクストリームをこの場に限りおまえに貸す。だが──」

 国王の双眸に宿る光が、一層鋭くなる。それを見たジェイルトーンが、思わず数歩後ずさるほどだ。

「兜を被ったままツラも見せねぇってのは、さすがに礼儀に反しているとは思わねえか? おまえがトライの娘かどうかは関係ねぇ。さまに大切な物を貸せと頼むんだ、そのツラを見せるのがせめてもの礼儀ってモンだろ? 俺におまえの顔を直に見せろ。それがエクストリームを貸す条件だ」

「ま、待てルード! その条件では──っ!!」

「黙れ、トライ。俺は何も間違ったことを言っちゃいねえだろ?」

「間違っているとかどうかではない! 娘は……ジールは今……」

「お父さま、陛下の言われることは正しいと私は思う」

「ジールっ!?」

 尚も何か言おうとする父親を制し、立ち上がったジルガは〈鍵なる言葉〉を口にする。

 次の瞬間、部屋中を威圧せんばかりの漆黒の騎士の姿が消え、代わりに真逆なまでに白い裸身を露わにした女性が現れた。

「お見苦しい姿で御前に出ることをお許しください。改めて、お初におめもじさせていただきます。わたくしはトライゾン・ナイラルが娘、ジールディア・ナイラルにございます」

 顔どころか首元までもを赤く染め、両手で必死にその裸身を隠しながら。

 鎧を脱いだジルガ──いや、ジールディアは再びその場に片膝をついて顔を伏せるのだった。


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