夜の王城へ赴く【黒騎士】

 宙をはしるは、二筋の光条。

 ひとつは灼熱の赤光しゃっこう。もうひとつは全てを切り裂くせいこう

 どちらの光も空に浮かぶ異形から放たれ、標的たる【黄金の賢者】レメット・カミルティは、防戦一方へと追い込まれていた。

「くぅ…………っ!!」

 高速で放たれる二種類の光。レメットは何とか躱し、逸らし、弾いて防御するが、遂に防御が追い付かずに被弾してしまう。

 とはいえ、それは掠った程度。だが、切れ味鋭い青光は、彼女の左肩を深々と斬り裂き空中に深紅の花を咲かせた。

「くははははははは! 見ましたか、見ましたか、姉上様! 妾の放った青光が遂ににっくき耳長猿めを捉えましたぞ!」

「さすがは我が妹、よくやりました。ですが、妹よ。あの毛なし猿を侮ってはいけません。あれは相当狡猾ですからね」

「承知しておりますとも、姉上様」

 今もなお、両者ともに空に浮かんでいる。戦闘を開始した時は抜けるような青さの空も、今では赤を通り越して群青になりつつある。

 そんな群青色の空を背景に、レメットと異形は対峙を続ける。人数的に優位な相手はまだまだ余裕そうだが、攻撃、防御、自身の強化、そして飛行と様々に魔力を使用しているレメットは、そろそろ限界が近づいていた。

「これは……ちょーっとだけ相手の力量を見誤ったかなぁ……いよいよとなったら、奥の手を使うことも考えないとまずい…………かな?」

 力なくにへっと笑うレメット。そこに先ほどまでの余裕は全く見られない。かといって、これが何らかの罠のための演技ということもなさそうだ。

 そこまで追い込まれていた。三英雄の一人、【黄金の賢者】が。

 すなわち、それだけ敵が強いということ。

 銀の巫女姫。

 銀の一族を統べる女王にして、祭事を司る巫女でもある。

 まさに、銀の一族の頂点。その戦闘力もまた、一族のトップであった。

「決して油断することなく、忌々しい耳長猿の息の根を止めるのです」

「わかっておりますとも、姉上様! ここできゃつめを贄として捧げれば、我らが神の復活も一気に近づこうというもの」

「ええ、あなたの言う通りですね、妹よ」

 ゆっくりと。

 彼我の距離を詰めていく異形──銀の巫女姫。

 二対四枚の被膜状の翼をはためかせ、じりじりとレメットへと近づいていく。

「さあ、覚悟はいいですか?」

「命乞いはするだけ無駄じゃぞ!」

 至近距離……大人の腕三本分ぐらいまでレメットに近づいた銀の巫女姫。その大きく裂けた口の端をにたりと吊り上げ、の目がレメットを捉えて放さない。

「どーでもいいけど……無用心に近づきすぎじゃないかにゃ?」

 にたり、と。

 レメットもまた口角を吊り上げた。

「こ、こやつ! またしても罠をっ!!」

 先ほど見事なまでにはまった罠を思い出し、妹──巫女姫が警戒の声を上げる。

 レメットが構える杖、黒聖杖カノンの先に魔力の光が灯る。

 【黄金の賢者】は、「奥の手」を発動させるために必要な分を除き、残存する魔力のほぼ全てを愛杖へと注ぎ込む。

「さーて、こいつにはカノンの特性を乗っけてあるからねー。当たると痛いだけじゃすまないぞぅ」

 黒聖杖カノンの特性。それは「生命力吸収」。かつて、銀邪竜ガーラーハイゼガの生命力さえ吸い上げた恐るべき能力。

 その特性を乗せた攻撃は、ただ単にダメージを与えるだけではなく、同時に相手から生命力を吸い上げてしまう。そして、吸い上げられた敵の生命力は、杖の使用者であるレメットのそれを回復する。

 攻撃による直接的なダメージと、生命力吸収による間接的なダメージ。この二種類のダメージを同時に与えることこそが、黒聖杖カノンの真骨頂である。

 とはいえ、それだけ強力な攻撃である以上、そう簡単に放てるものでもない。

 カノンの特性を乗せるためには、長時間のが必要となる。そのタメの際には、多量の魔力をカノンへとチャージする必要もある。

 レメットは仕掛けた罠が通用しなかったとわかった時、即カノンへの魔力チャージを始めた。

 そのため、彼女は最低限の魔力運用で防戦に専念していたのだ。【黄金の賢者】が有する膨大な魔力、現存するそれのほぼ全てをカノンへと注ぎつつ、銀の巫女姫の猛攻を耐え抜いたのである。

「さぁて、一発逆転の大砲撃、いっっっっっってみよーっ!!」




 がらがらと馬車の車輪が軽快な音を立てる。

 その音は、静寂しじまが支配する夜の王都へと溶けては消えていく。

 時は深夜。

 既に王都の住民はそのほとんどが寝静まった時刻。

 この時刻に起きているのは、深夜でも営業を続ける酒場や一夜の夢を提供する特殊な宿、そして、夜の王都を警備する騎士や衛視たちだけだろう。

 泥酔した者たちが、酒場の床や路地裏で寝こける中、【黒騎士】ジルガと【白金の賢者】ライナスは二人だけで馬車に乗り、密かにとある場所へと向かっていた。

「ライナス……なぜ、王城へ行くのにこんな時間なのだ?」

「今回、こくけんエクストリームを借りるのは、あくまでも極秘裏に、だ。ことがことだけに、この件を知る人間は極力少ないほうがいい」

「だから、この時間にこっそりと王城へ向かうわけか。ならば、私の兄さまたちが聞いていないところで話した方が良かったのではないか?」

 昨日の夜、ライナスがエクストリームを借り受ける許可が出た話をした際、彼らの傍にはジルガの兄たちとレディルとレアスがいた。当然、兄たちはライナスの話を聞いていたのだ。

「君の兄たちであれば、特に問題もあるまい。君のことを愛して止まない彼らが、君の不利益になるようなことをするとは思えないからな」

 と、ライナスは苦笑しながら言う。ネルガディスとイリスアークの妹に対する過剰なまでの愛情は、ライナスが一番知るところである。

「レディルとレアスについても大丈夫だろう。幼いということもあるが、鬼人族である彼女らには、エクストリームが持つ意味をいまひとつ理解できていないだろう」

 王都に住む者であれば、いや、ガラルド王国の国民であれば、黒地剣エクストリームが持つ意味を誰もが知っているに違いない。だが、鬼人族であるレディルとレアスには、エクストリームが持つその意味を理解するのは難しい。

 なお、昨夜ライナスがエクストリームに関して告げた時、居間には数人の使用人もいたが、ナイラル侯爵家の使用人は総じて優秀なため、主人とその家族の不利益になるようなことを口外するようなことはない。

 黒地剣エクストリーム。

 それはガラルド王国の王権の象徴。ガラルド王国において、王の地位を表すのは王冠ではなくエクストリームそのものであり、ガラルド王国の王位継承はエクストリームを継承することで行われるのである。

 つまり、エクストリームを誰かに貸すということは、一時的に王位を貸し与えることにも等しい。

 当然、公にそんなことをするわけにはいかない。もしもエクストリームの貸与を公に行うのであれば、それこそ国の存亡がかかった時ぐらいだろう。

 そして極秘裏に行うにしても、本当に信頼できる者たちだけが立ち会って行う必要がある。

 そのため、ジルガたちはこんな時間にこっそり王城へ向かっているわけだ。

 彼女たちが乗っている馬車も小型で家紋などもなく、質素な造りのものを利用している。

 このような馬車は貴族がお忍びの際によく利用するため、仮に王都の住人に見られたとしても、誰も気にすることはない。

 下手に気にしすぎて貴族の不興でも買えば、その後にどうなるかなど説明するまでもないため、見て見ぬふりをするのが一般的である。

「むぅ……考えれば考えるほど、エクストリームを貸していただけることが信じられないのだが、ライナスは一体どうやって国王陛下に今回の件を頼み込んだのだ?」

「それは……王城についてから説明する」

「そうか。ライナスがそう言うのであれば……今は何も言うまい」

 そう言ったきり、ジルガは腕を組んで黙り込んだ。




 黒聖杖カノンの先端に集まる魔力光。その光が最高潮に達する。

「さあ! ここから一発逆転! 名付けて! 〈超撃・強撃・一撃必殺砲〉! いっくぞぅっ!!」

 今まさにカノンの先端に集まった魔力が解き放たれる──その直前。

「──────────ぅぐ……っ!!」

 カノンの先端に集められた魔力が、突然霧散した。

 なぜならば。

 何もない空中から、突然銀の刃がずるりと飛び出して、レメットの腹を背後から貫いたからである。

 銀の巫女姫、その、二つの顔が、にたりと同時に笑う。

「よくやりました、銀の剣」

「うむ、姉上様のおっしゃる通りじゃ! 褒めてつかわすぞ、銀の剣よ」

「恐悦至極」

 レメットの背後から、しゃがれた声が響く。

 だが、その声は銀の巫女姫が操る人間社会の一般的な公用語ではなく、まるで動物の鳴き声のようで。

 腹から全身へと駆け巡る激痛に歯を砕くほどに噛みながら、レメットがゆっくりと背後へと視線を向ければ。

 そこには、銀の巫女姫と同じような異形が一体、まるで空気の中から滲み出るように現れるところだった。



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