将来の展望と【黒騎士】
「……なあ、ジルガ。君は自身を縛る呪いが解けたら……その後はどうするつもりなんだ?」
どこか真剣な雰囲気を含んだ声で問われ、ジルガは得物の手入れを一時止めてその視線を白い魔術師へと向けた。
「…………決まっている。私は貴族の家に生まれた娘だ。貴族の娘である以上、当然どこかの貴族家に嫁ぐことになる…………だろうな」
ライナスへと向けていた視線を横へとずらし、ジルガは寂し気な声でそう答えた。
「貴族の娘である以上、当主であるお父さまが決めた相手と結婚するのは当然だ」
ジルガは──いや、ジールディアは侯爵家の娘である。その相手となれば当然高位貴族、少なくとも伯爵以上の家柄の令息が相手となるだろう。
「さすがにナイラル家の娘を後妻や側室として迎えることはないだろうから、私は将来、どこかの家の奥を支配する身となるだろうな」
武の名門ナイラル侯爵家。ガラルド王国の重鎮であり、現当主であるジールディアの父親は国王とも公私にわたって親しい。
そんな家柄の娘を、既に年配となった貴族の後妻や、もう正妻がいる貴族の側室として迎えるような家はまずあるまい。
ジールディア・ナイラルを妻として迎え入れるのであれば、それは伯爵以上の家柄の当主正妻として。
「一応、この鎧に呪われるまでは、貴族の娘としての教育も一通り受けてきたのだぞ」
相変わらずライナスと目を合わせることもなく、ジールディアは軽い調子でそう告げた。
「私は貴族の娘であり……貴族の娘である以上、その責任は果たさねばならない……ならないのだ…………」
「…………そうか」
ライナスは視線を逸らしたまま寂しそうに告げるジルガに、真剣な目を向けていた。
「む?」
「どうした、ライナス?」
どことなく気まずい沈黙が黒白二人組の間を揺蕩っていると、突然ライナスが声を上げた。
「いや、それが…………次元倉庫の検索機能をあれこれ弄っていたら、『
「『希少度』順? どういうことだ?」
「次元倉庫に収められている物を、『珍しさ』を基準に一覧化する機能だ。例えば──」
ライナスが鍵を弄れば、空中に表示されている収納物一覧が変化する。
「ロープや革袋、調理用のナイフや食器、普通の衣服など、どこにでもある物が一番上に表示されるというわけだな」
「ほうほう、おもしろいな」
ジルガはライナスの手元を覗き込みながら興味津々の様子。もっとも、一覧に用いられている言語は古代の公用語であった古神語のため、ジルガには読めないのだが。
なお、先ほどライナスが読み上げたロープや革袋などは、ジルガが次元倉庫に収めた物である。
「つまり、この一覧の下にいくほど『珍しい物』というわけか」
「そういうことだ。ん? 並び方を順逆入れ替えることもできるのか」
ライナスが更に鍵を弄ると、それまで表示されていた一覧の中身が変化する。古神語は読めないジルガでも、その並び方が変化したことだけは分かった。
「並び方の順逆を入れ替えるということは、今度は珍しい物ほど上に来たということだろう? で、一番上にはどのような物が表示されているのだ?」
昼間、次元倉庫の収納物の半分ほどを調べたジルガたち。はっきり言って、その中身は珍しい物ばかりだった。
確かに扱いや処遇に困るような危険なシロモノばかりだったが、それでも珍しい物であることは変わりない。
そんな珍しい物ばかりが収められた次元倉庫、その際たる物は一体どのような物なのか。
ジルガでなくても興味を引かれようというものだ。
「……………………」
だが、ライナスはジルガに問われても全く返事をしない。まるで彼女の声など聞こえていないかのように、じっと表示された一覧を見つめている。
「ライナス? どうかしたのか? そんなに収納物一覧を見つめて……」
不思議そうに首を傾げるジルガ。そんな彼女に返事さえすることなく一覧を見つめていたライナスだが、ようやくぽつりと一言零す。
「……………………『ランタンは真下を照らせない』とは、まさにこのことか……」
そう零したライナスは、非常に疲れた様子だった。
「え、えっと……?」
「じ、ジルガさん? それは一体どこから……?」
翌朝。
レディルとレアスが目覚めた時、「ソレ」は確かにそこに存在した。
巨大な樹木──樹齢は余裕で数百年以上だろう──の根元から這い出した、これまた巨大な根っこ。その根っこに腰を下ろした漆黒の巨体のすぐ横に、「ソレ」は確かに存在した。
「あ、あの…………ジルガ様? も、もしや……そ、その巨大な黒い斧は…………?」
恐る恐るザフィーアが尋ねれば、ジルガはどこか気まずそうに視線を逸らした。
「まあ、皆の言いたいことは理解できる。とっても理解できるとも……」
根に腰を下ろしたジルガのすぐ近く。こちらは樹に背中を預けて立っていたライナスが、疲れ果てた様子でそう告げた。
そう。
彼らのすぐ近くには黒い巨大な斧があった。
巨大な両刃とその柄はどこまでも漆黒。だが、刃先近くと柄には黄金の
だが、やはりその斧から漂うのは、何とも言い表し難い禍々しさ。間違いなく、ジルガが纏う黒魔鎧ウィンダムが放つものと同種のモノ。
「じゃあ、その斧が……」
「レディルの言う通り、これこそが我々が探し求めていた
根に腰を下ろしたまま、がっくりと首を下ろすジルガ。その姿からは、普段の鬼気というか覇気というか、そういったものが全く感じられなかった。
「それが黒雷斧フェルナンド……で、でも、一体どこにあったんだ?」
レアスの疑問ももっともだろう。
本来ならば「大森林」の中に立つ塔に封印されていたはずのフェルナンド。だが、塔にフェルナンドは既になく、誰かに持ち去られていたはずだ。
「そ、それはだな…………」
言いづらそうに、ジルガが視線を泳がせる。
そんな【黒騎士】に苦笑しつつ、ライナスが彼女の言葉を補足する。
「実は、ジルガの次元倉庫の中にあったんだ」
「はい?」
「は?」
「え?」
レディル、レアス、そしてザフィーア。
三人はそれぞれ呆気に取られた顔をする。
「ど、どういうことですか?」
しばらく呆然としていた三人だが、真っ先に我に返ったレディルが質問した。
経緯は全く不明だが、と言い置いたライナスが言葉を続ける。
「誰かがあの塔に封印されていたフェルナンドを持ち出したのは間違いない。その後、どこをどう経由したのかは分からないが、フェルナンドはジルガが持つ次元倉庫に収められた。そしてそのまま時が流れ……フェルナンドを収めた次元倉庫をジルガが手に入れた、というわけだな」
「じゃあ、フェルナンドはずっとジルガさんが持っていたってこと?」
「少なくとも、あの次元倉庫をジルガが受け継いでからはそういうことになるだろう」
レディル、レアス、そしてザフィーア。
ライナスの言葉──推測を聞いた三人が、項垂れたままのジルガへと目を向けた。その視線には、ちょっぴりしょっぱいものが含まれていて。
「う、うう……し、知らなかったのだ! ほ、本当に私は知らなかったのだっ!! 私の次元倉庫にフェルナンドが入っていたなんて、本当の本当に知らなかったのだっ!!」
そんな【黒騎士】の叫び声は、朝方の静かな「大森林」の中に溶け消えていった。
これも俺の推測に過ぎないが、とライナスが項垂れるジルガに苦笑しながら更に続けた。
「ジルガが所有する前の次元倉庫の持ち主は、この倉庫を危険物の封印場所にしていたのだろう」
「そういや、昨日もライナスさんがそんなことを言っていたっけ」
「昨日までは確信はかなり低かったが、今ではまず間違いないと思っているよ」
誰が、いつの時代に、この次元倉庫を封印場所として使っていたのかは分からない。
だが、実際にジルガの次元倉庫には、ろくでもないシロモノが相当数収納されている。誰かが意図的に厄介な神器や遺産ばかりをこの次元倉庫に放り込んでいたと考えた方が自然だろう。
「じゃあ、フェルナンドはどうしてこの次元倉庫に?」
「おそらく…………見た目で判断されたのではないか?」
ライナスのその言葉に、レディルたち三人は、「あー」という言葉を零しながら深く納得した。
黒雷斧フェルナンド。その見た目はどう見ても禍々しいとしか言いようがない。そのため、かつての次元倉庫の持ち主は、フェルナンドを「呪物」と判断して次元倉庫へと収納したのだろう。
もしくは以前の持ち主が、フェルナンドをヴァルヴァスの五黒牙のひとつと知っていて、封印代わりに次元倉庫へと収納した可能性も捨てきれないが。
「ま、まあ、経緯はどうあれ、探していたフェルナンドが見つかったのだから、良かったんじゃないですか?」
「…………ああ、そうだな……」
あえて明るく振る舞ったレディル。だが、いまだに沈んだ様子のジルガを見て眉を寄せた。
「も、もしかして……フェルナンドにジルガさんが求めていた力は……」
レディルが恐る恐るそう問えば、ジルガはゆっくりと首を振った。縦に。
レディルとレアスは理解した。ジルガが妙に落ち込んでいたのは、フェルナンドがすぐ身近にあっただけではなく、この黒斧に呪いを祓う力がなかったことが大きかったのだろう。
普段は見ることのないジルガの落ち込んだ様子。
鬼人族の姉弟は、助けを求めるようにライナスを見た。
そんな姉弟の視線を受けて、ライナスは凭れていた樹から体を離す。
「もうひとつだけ、可能性が残っている」
「…………可能性?」
ライナスの言葉を聞き、漆黒の巨体がぴくりと反応した。
「ヴァルヴァスの五黒牙は、その名が示す通り五つの武具が揃った状態を指す。であれば、五黒牙が全部揃った時に初めて発現する力があるかもしれん」
黒地剣エクストリーム、黒雷斧フェルナンド、黒聖杖カノン、黒炎弓ファルファゾン、そして黒魔鎧ウィンダム。この五つを以て、ヴァルヴァスの五黒牙は初めて完成すると言ってもいい。
現在、ジルガたちの許にあるのは黒魔鎧ウィンダム、黒炎弓ファルファゾン、黒雷斧フェルナンドの三つ。残るは黒聖杖カノンと黒地剣エクストリームの二つであり、その所在は明らかだ。
「し、しかし、カノンを所持しているレメット様は事情をご承知なので、お願いすれば一時的にカノンを貸してくださるかもしれん。だが、エクストリームは──ガラルド王国の王権の象徴でもあるあの剣を、一時的にでも借り受けるのは難しいだろう?」
ガラルド王国の国父である【漆黒の勇者】ガーランド・シン・ガラルドが所持していた、黒地剣エクストリーム。
かの剣は、ガラルド王国の王権の象徴として現国王に引き継がれている。そんな国宝ともいうべき剣を、一時的にでも他者に貸すことはまずありえないだろう。
「前にも言ったと思うが、エクストリームに関しては俺に伝手がある。黒地剣に関しては俺に任せてはくれないだろうか?」
ライナスはジルガをじっと見つめる。その視線に込められているのは、紛れもなく真摯。
そんな視線を真正面から受けて、ジルガは──ジールディアは漆黒の兜の中で誰にも見られることなく頬を赤らめた。
「わ、分かった。エクストリームに関してはライナスに任せる」
「ああ、任せてくれ。となると、残る問題は今もどこかをほっつき歩いている師だな」
「ま、まあ、あの方は本当に自由だからな……」
「あ、あの……」
「はい?」
背後からザフィーアに声をかけられて、レディルとレアスは首を傾げた。
「じ、ジルガ様とライナス様が何を話しておられるのか全く理解できないのだけど……」
君たちには分かるの? というザフィーアの問いに、レディルとレアスは互いに顔を見合わせてからにっこりと笑う。
「実は私たちにもよく分からないんですよね」
「まあ……なんせジルガさんとライナスさんだからなぁ」
「でも、お二人に任せておけば、大抵のことは解決できちゃいますから」
「大抵はジルガさんが力技でどうにかするんだけどね」
にこやかにそんなことを言い合う二人の様子を、ザフィーアは引き攣った笑みを浮かべながら内心で思った。
──この子たち、もうすっかりアレに毒されちゃっているのね……。
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