野営の見張りの【黒騎士】
深紅の熱線が宙を
それは、宙に浮かぶ異形から放たれたモノ。
平べったい頭部に、ぎょろりと突き出した双眸。
左右に大きく開いた口からは、薄肉色の長い舌がべろりと覗き。
長い手と短めの足は白銀色ながらも、ぬめぬめとした質感に覆われて。
背中から生えた皮膜状の二対四枚の翼を大きく震わせ、空を自在に駆け回る。
そんな異形の口から、高熱の赤光が放たれた。
高速で宙を
「ほらほら、もっと良く狙わないとー。そんなこっちゃ、この私に当てることはできなよーん」
「お、おのれ、耳長猿の分際で! 姉上様が放つ赤光を躱すなど生意気じゃぞっ!!」
「さすがは毛なし猿どもの中では最強と言われる一匹。侮れる相手ではありませんね」
「おりょ? もしかして、私って侮られてたん? だとしたら、ちょーっとばかり自惚れすぎじゃなーい?」
その後も異形の口からは何発もの赤光が放たれる。だが、それが標的──【黄金の賢者】レメット・カミルティの体を焼くことはなく。
「ほらほらほらほら、もっともっと良く狙わないと! それともこれで全力なのかにゃー?」
これみよがしににまにまとした笑みを浮かべて回避を続けるレメット。そんな彼女に対し、更に多くの赤光が放たれる。
「お! 今のはいいセン行っていたよ! 回避が間に合わなくて障壁を使っちゃったよん」
放たれた赤光の数が多すぎたのか、レメットは全てを回避することができずに自身の周囲に魔力障壁を展開して、牙を剥く赤光を遮った。
「抜かせ! そろそろ限界なのじゃろうが! 姉上様! 一気に叩き伏せましょうぞ!」
「ええ、あなたの言う通りですね」
「ありゃ、これはちょっとまずいかにゃ?」
「姉妹」の会話を聞き、レメットはそれまで浮かべていた笑みを引っ込め、引き攣ったモノへと変えた。
そして、彼女は後退する。宙に浮かんでいるため体の正面を「姉妹」へと向けたまま、背後を気にすることなく高速で離脱を試みる。
「逃がすとお思いですか?」
「姉上様! 一気に近づいてあの耳長を地面に叩き落とすのじゃ!」
逃げるレメットを「姉妹」が追う。その様子を見て、それまで焦っていたはずのレメットが再びにやりとした笑みを浮かべた。
「はーい、ごっくろーさん! わざわざ策にはまってくれちゃって感謝感謝」
「なぬ!」
焦った声を上げる「妹」。同時に、「姉」は周囲に巧妙に隠されていた仕掛けに気づく。
「こ、これは……埋設型の攻撃術式! いままで回避に専念しているように見せかけつつ、これを周囲に設置していたわけですか!」
「そゆことー! ふはははは! かかったな! そこは私の領域の中心だ! なーんちって!」
レメットがぴん、と指をひとつ弾くと、それまで周囲に溶け込んでいたいくつもの魔法陣が浮かび上がった。
無数の魔法陣は「姉妹」を取り囲むように展開し、その内部に秘めた術式を一斉に解き放つ。
四方八方からの集中砲火。もちろん、砲火の中心は「姉妹」である。
「お、おのれぇぇぇぇ耳長猿の分際でぇぇぇぇぇっ!!」
魔力の集中砲火。周囲に響き渡る爆音、弾ける爆炎、迸る閃光。その中心で「妹」が苦し気な声を上げた。
だが、「姉」の声は一切聞こえない。そのことに気づいているレメットは、決して油断することなく己が施した罠の結果を見届ける。
そして。
設置された全ての魔法陣が力を失って消えていく。
同時に爆炎と閃光もまた徐々に消えていき──異形の姿が健在だと判明する。
「ありゃ、これだけの攻撃でも息の根を止められないとは……ちょーっと誤算だったかにゃ? 今の罠はけっこー自信があったんだけど……」
レメットは冷たい何かが背中を滑り落ちていくのを、はっきりと感じた。
ぱちぱちと火にくべられた薪が爆ぜる。
ここは、先ほどまで大量の神器や遺産が広げられていた広場。
その広場の片隅で、【黒騎士党】は野営をしていた。
彼らがなぜ、妖精族の集落ではなく森の中で野営をしているのかと言えば……もちろん、真っ黒な誰かさんが大層恐れられて、集落へ入ることを拒否されたからだ。
また、排他的な妖精族の集落には、他種族の者を宿泊させるための施設がないのも理由のひとつだろう。
排他的ではあっても、同族同士での結びつきは強い妖精族。集落同士の交流はそれなりにあるため、妖精族が別の集落を訪ねる時は、知り合いの家に泊めてもらうのが普通だ。
よって、妖精族の集落に宿屋は必要ないのである。
ぱちぱちと爆ぜる焚火を囲むのは、黒白の二人組。
年若い鬼人族の姉弟は、現在就寝中。もう少し時間が経過すれば、黒白の二人と見張りを交替する予定だ。
いつもであれば、ジルガとレディル、ライナスとレアスで見張りのコンビを組むことが多い。
感覚の鋭い鬼人族の姉弟を別々にして、彼らのフォローにジルガとライナスが加わるというのが最も確実な見張りの組み分けであろうからだ。
だが、今日の姉弟は少々疲れ過ぎたのか、早い時間から眠そうだった。
そのため、先に二人を休ませ、ジルガとライナスが長めの見張りを務めることになったのである。
なお、妖精族のザフィーアも姉弟と一緒に就寝中だ。
「神器や遺産に珍しいものが多かったからか、少々はしゃぎすぎて疲れたのであろうな」
「だが、楽しそうではあった」
昼間の姉弟の様子を思い出し、二人は穏やかな笑みを浮かべる。
もっとも、片方は兜で覆われて外からは見えないが、彼女が自分と同じ気持ちであることをライナスは疑っていない。
他の同年代の子供たちと比べて、レディルとレアスはかなりしっかりしているし、自分に与えられた仕事もよくこなしてくれる。
人間よりも鬼人族の方が種族的に早熟ということもあるだろう。それでも、まだまだ子供である二人が嬉しそうにはしゃぐ姿は、ジルガとライナスを穏やかな気持ちにさせた。
「まあ……単純に楽しめたかどうかは疑問だがな」
ライナスが苦笑を浮かべる。
「そ、それはその……わ、私も自分の次元倉庫にあれほど危険なシロモノばかり入っているとは思わなかったのだ……」
「仕方あるまい。君はこれの使い方をよく分からなかったようだからな」
と、ライナスは先ほどからずっと弄っていたものを軽く振ってみせる。
もちろん、それはジルガの次元倉庫の鍵である。鍵に付属している検索機能を、彼は野営を始めた時からずっとあれこれと弄っていたのだ。
「この鍵の検索機能は実に多機能だな。収容物の呼び出しを始め、収容物を様々な形式で分類もできるようだ」
「む? 私にはよく分からないが……ライナスがそう言うのであればきっと凄いのだろうな」
一方のジルガは愛用のハルバードの手入れを行っている。彼女が持つハルバードはかなりの業物だが、それでも遺産や神器の類ではない。よって、定期的なメンテナンスが必要となる。
「そろそろ、本職の鍛冶屋に手入れを頼まねばならないか……」
刃毀れが目立ってきた得物をまじまじと見つめ、ジルガは大きな溜息を吐いた。
「このハルバードは極めて頑丈で、私が全力で振り回しても壊れることはない。だが、さすがに刃毀れまでは……」
「君の力に耐えられる時点で、神器とはいかなくても十分遺産として認定されそうなものだがな」
「むぅ……それは微妙に私を貶していないか?」
「気のせいだ」
きっぱりと言い切るライナス。しばらくの沈黙の後、二人は同時に楽し気な笑い声を上げた。もちろん、野営中なので声は控えめで。
「ジルガ……前々から君に聞きたいことがあるのだが、いいか?」
と、ライナスは手中の鍵を弄りながら。
「何だ、改まって。ライナスの質問であれば、可能な限り答えるぞ」
と、ジルガは得物の手入れを続けながら。
「……なあ、ジルガ。君は自身を縛る呪いが解けたら……その後はどうするつもりなんだ?」
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