整理整頓と【黒騎士】
突然、目の前に出現した扉。
その扉の向こう側から、次々と運び出される数々の神器や遺産たち。
その光景を目の当たりにして、ザフィーアは開いた口が塞がらなかった。
ここは「大森林」の一角。
ザフィーアの故郷である集落から、更に奥まった所に存在する開けた空間。
この森の中にぽっかりと開いた空き地は、集落に所属する
その森の中の広場に、静かな森には不釣り合いなモノが次々と運び出されてくる。
「よし、この辺りに下ろすぞ、レアス。足元と手の指を挟まないように気をつけるのだ」
「分かっているよ、ジルガさん」
今、ジルガとレアスが扉の向こうから運び出したのは、全長が2メートルほどある巨大な木彫りの像である。
一体、何をモチーフにしたのか全く理解できない、見る角度によってその姿──犬、猫、熊、鹿、蛇など様々に変化するその像は、「不気味」としか表現できないシロモノだ。
「ライナス、この不気味な像は一体何だ?」
どうやらそう感じたのはザフィーアだけではなかったようで、ジルガが次元倉庫の鍵をあれこれいじっているライナスに尋ねた。
「…………収納物一覧によると、この像は『定まる姿なき獣の神像』らしい。『定まる姿なき獣』とやらは、邪神の一柱で【獣王】ヴァルヴァスの配下だそうだ」
「次元倉庫の収容物一覧には、そんな詳細なことまで記されているのか?」
地面に下ろした不気味な神像を、様々な角度から眺めつつジルガが更に尋ねる。
「一口に次元倉庫と言っても、様々な種類があるらしい。まあ、俺も書物から得た知識だけで、実物はコレしか見たことはないがな」
と、ライナスはジルガから借りた次元倉庫の鍵を軽く振ってみせる。
次元倉庫。それは有名でありながらも、かなり
その秘めた能力は今更説明するまでもないが、ライナスが言うように一口に次元倉庫と言ってもその収納容量や付加能力は様々だ。
容量は小さなものなら大型の箪笥ひとつ分ぐらいで、大きなものになると収容限界がないものまである。
ジルガが所有する次元倉庫はかなりの大容量タイプで、容量無限ではないものの大きな城ひとつ分くらいの収容力があるようだ。
更には鍵に検索機能もついている。
この検索機能も次元倉庫によって様々で、単に収納物の名前を空中に表示するだけのものから、用途や種類に合わせて分類できたり、空中に表示された名前に触れることで倉庫の扉の前に呼ぶ出すことができたりと、こちらも数多くの種類がある。
ジルガの次元倉庫の場合は、収納物の名称表示から収納物の検索と並び替え、呼び出し機能、更には収納物の使用方法やその効果まで解説されているかなりの「上級品」のようだった。
そして今、ジルガたちはライナスが検索機能を操作しつつ、倉庫内に眠っているものの整理を行っている。
このように人目を避けて整理を行っているのは、収納物に何か予期せぬ危険なものがあるかもしれないためであった。
なお、今ジルガたちが運び出した木彫りの神像こそ、その危険なもののひとつである。この神像を破壊することで、神像のモデルである「定まる姿なき獣」を七日間呼び出すことができるのだ。
ただし、呼び出した邪神をコントロールすることは不可能で、呼び出された邪神は手当たり次第に周囲を破壊するだろう。
せめてもの救いは、呼び出されるのが邪神「定まる姿なき獣」本体ではなくその分体であり、人間でも「最強」と呼ばれる者たちであれば何とか倒すことも不可能ではないことか。
それでもそこらの組合勇者や兵士、騎士あたりでは相手にもならないため、もしも呼び出してしまえば相当な被害を覚悟しなければなるまい。
「ライナスさん、これは何ですか?」
倉庫の中から出てきたレディルが、手にした古ぼけた水袋のような物を掲げる。
その水袋らしき物と手元の収納物名簿を見比べながら、ライナスはどこか疲れたような様子を見せた。
「…………それは「貪欲魔神の胃酸」と呼ばれる神器だろう。効果はその水袋…………いや、胃袋に入れた物は何でも溶けてしまうようだ。更には、中に入っている胃酸を少しでも零せば、零れた胃酸が無限増殖して周囲全てを溶かし尽くした地獄絵図が展開される……らしい」
「レアス、これ、あげる」
「ちょ、ちょっと姉さんっ!? そんな厄介なモノを僕に押し付けないでっ!!」
「わ、私だってこんな怖いモノ持っていたくないのよぅっ!!」
わーきゃーと騒ぐ姉弟をよそに、倉庫に入ったジルガは次に毒々しい紫の小瓶を持ち出してきた。
「これは何だ?」
「ふむ、少し待て…………なに、『永久完全脱毛剤』だと?」
「なにっ!?」
永久完全脱毛と聞いて、何故かジルガの声が鋭くなった。
禍々しい全身鎧に包まれていようとも、中身はやはり年頃の女の子。ムダ毛の処理にも常に気を遣うお年頃である。
「それは素晴らしい薬なのではないか?」
「いや、この薬は君が考えているようなモノではないぞ」
一覧から収容物の効果を確かめたライナスは、大きく肩を落としながらそう告げた。
「この薬を飲むと、全身の体毛が全て抜け落ち、二度と生えてこなくなるそうだ」
「それは………………………………頭髪もか?」
「頭髪もだろうな」
「な、なんて恐ろしい薬なんだっ!!」
「というか、君の次元倉庫の収容物の八割近くが厄介で危険そうなモノばかりなのだが…………まさか、この次元倉庫はそういう類の神器や遺産を封印するためのものだったのではあるまいな?」
というライナスの呟きは、誰の耳に届くこともなく「大森林」の木々の間へと消えていった。
その光景を見て、ザフィーアは呆然とするしかなかった。
彼女も組合に所属する勇者である。階位は三桁半ばとそれほど高くはないが、それでも組合勇者である以上、神器や遺産の価値はよく分かっている。そして、次元倉庫の希少性とその価値もまた。
今、「大森林」の中にある空き地に次々と運び出されてくる神器や遺産の数々を目の当たりにして、ザフィーアの心は驚きを通り越して呆れの領域に入り込んでいた。
──な、何、この無茶苦茶な数の神器や遺産は……? もしかして、ジルガ様はどこかの国でも攻め落とすつもりなんじゃ……?
目の前に次々と運び出されてくる神器や遺産たち。それらを使えば、おそらくは中隊規模の兵力でも小国ならば数日で攻め落とせるだろう。
もしくは、それらの神器や遺産を売り払えば、国をひとつ丸ごと買えるぐらいの金額になるに違いない。
どのような方法にしろ、ジルガがその気になれば国を落とすことさえ難しくはない、ということだ。
更には、聞こえてくる会話がこれまた途轍もない。彼女にはよく分からないが、森の広場に広げられている数々の神器や遺産は、そのほとんどがろくでもないモノらしい。
邪神を呼び出すだの、周囲を溶かし尽くすだの、全身の毛が抜け落ちて二度と生えてこないだの、酒の席でもなかなか聞くことのできないような規模の会話ばかり。
普通であればこんな与太話を信じるわけがないのだが、この会話をしているのがジルガである以上、信じないわけにはいかない。
とある依頼を終わらせて、拠点としている町まで帰る途中、彼女と彼女が所属するパーティ【蒼影】は、偶然凶悪な魔物と遭遇してしまった。
双頭岩蜥蜴。文字通り二つの頭と岩のごとき頑丈な皮膚を持つ魔物であり、【蒼影】の実力ではどう足掻いたって倒すことはできない相手である。
勝てないと判断した【蒼影】のリーダーは、すぐに逃走を図った。だが、巨体でありながらも動きの素早い双頭岩蜥蜴は、【蒼影】の逃走を許さなかった。
逃走は不可能と思い知らされた【蒼影】のリーダーは、抗戦を決意する。ほんの僅かな生き残りの可能性。それにかけて【蒼影】は決死の覚悟で双頭岩蜥蜴に得物を向ける。
だが。
だが、彼らの決意は全くの無駄に終わる。
戦場に突然吹き込んだ漆黒の颶風が、死へと向かう【蒼影】の運命を変えたのだ。
漆黒の颶風──もちろん我らが【黒騎士】ジルガである──が手にしたハルバードを振るう度、双頭岩蜥蜴の体の一部がぽんぽーんと派手に斬り飛ばされ、最後にその巨大な二つの頭部がすっぱりと斬り落とされて。
双頭岩蜥蜴の返り血やら臓物の欠片やら肉片やらを全身に纏いつかせた「ソレ」が、「大した相手ではなかったな」と呵々と笑った時。
【蒼影】に所属する組合勇者たちは、双頭岩蜥蜴以上の恐怖と鬼気をまともに浴びて、今度こそ死を覚悟したのだった。
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