空っぽの塔と【黒騎士】

「どういうことだ、これは?」

 の集落が数多く点在する、「大森林」と呼ばれる森林地帯のとある一角。

 その地に住まう妖精族の言葉で、「再生の大地ジョカ・ルク」と呼ばれる場所のほぼ中央にそびえる黒い塔。

 その塔の最上階に唯一存在する大きな部屋の中にて、【黒騎士党】のリーダーである【黒騎士】ジルガは、床に散らばる材質不明の透明な欠片を見つめながらそう零した。

「この最上階の部屋に至るまでの様子から、もしかしてとは思っていたが……」

 床に散らばる透明な欠片の一つを拾い上げながら、ライナスがジルガの言葉に応えた。

「この最上階の部屋に来るまで、魔物とか罠とかほとんどありませんでしたからね」

「塔の中にいたのは、たまたま入り込んでいたっぽい野生動物ばかりだったもんな」

 そう。

 レディルとレアスが言うように、塔の中にいたのは偶然塔内に入り込んでいただろう小型の野生生物──虫とか小さな動物とかが、石造りの壁の僅かな隙間から入り込んだらしい──ばかりだった。

 中には魔物に分類される個体もいくらかいたが、やはり小型ばかりでさして脅威でもなかった。

 また、罠らしきものは全て発動するか、解除されるかしていた。

 つまり、この黒い塔は既に誰かに攻略されていたのである。

「おそらくこの塔は、こくらいフェルナンドを封印するために建造されたものだろう。そして、塔を建造したのは『大森林』に住まう妖精族たちで間違いあるまい」

「【黄金の賢者】様が妖精族であるならば、そのご先祖もまた妖精族であろうからな。この塔を造ったのが妖精族というのは私でも理解できるぞ」

「もしかすると、師はこの『大森林』の出身なのかもしれんな」

「ん? レメット様がどこの出身なのか、ライナスは知らないのか?」

「知らんよ。あの人がそんなことを話すわけがなかろう」

 最近ジルガの中で、世間一般的に共有されている【黄金の賢者】像がどんどん崩れている。いや、最早土台部分しか残っていないと言っても過言ではないぐらいだ。

 よって、彼女はライナスが話すことを本当なのだろうなと理解した。

「さて、師の出身地がどこかよりも重要な問題を考えるべきだろう?」

「だな。一体どこの誰が黒雷斧をこの塔から持ち出したのか?」

「加えて言うなら、いつの時代に、というのも問題かもしれないな」

 ここに封印されていたはずの黒雷斧フェルナンド。そのフェルナンドを誰かが持ち出したのは間違いない。

 ならば、その「誰か」は「いつ」フェルナンドを持ち出したのか?

 それが最近であれば、その「誰か」の足取りを追うことも可能かもしれない。だが、仮にフェルナンドを持ち出したのが数百年前なら、その足取りを追うことは極めて難しいだろう。

「まずは、この周辺に存在する妖精族の集落を片っ端から当たってみるか。運が良ければ、集落に住まう妖精族の誰かがフェルナンドを所有しているかもしれない」

「しかし……一体誰がどうやってフェルナンドの封印を解いたのか……」

 ジルガが今後の方針を立てている傍らで、ライナスは砕かれた透明な破片を見つめていた。

 ジルガが纏うこくがいウィンダムがあれば、フェルナンドの封印を解くことは難しくはない。

 実際、黒炎弓こくえんきゅうファルファゾンに施されていた封印は、ウィンダムを着用したジルガが触れただけで、あっさりと解けたのだから。

 だが、逆を言えばウィンダムがなければ、フェルナンドの封印を解くのは容易ではなかったはずだ。

 しかし、黒聖杖こくせいじょうこくけんの封印をウィンダムに頼ることなく解いた実例もある以上、封印を解くのにウィンダムが必須というわけではないのだろう。

「もしかしてですけど、ライナスさんのお師匠さんがフェルナンドを持っているなんてことはありませんか?」

「ライナスさんのお師匠さんって、他の五黒牙の封印を解いたことがあるんだろ? だったら、ここにあったフェルナンドもあの人が持って行ったってことはないかな?」

「そういえば、かなり昔のようだがこの近辺でレメット様らしき妖精族を見かけたという話もあったな」

「ああ、ありましたね。以前は湿地だったこの辺りを、一瞬で荒地に変えちゃったって人のことですよね?」

「いや、さすがにそれはないだろう。いくら師でも自分がフェルナンドを所有していれば、五黒牙の話が出た時にそう言うはず………………いや、あの師だぞ? フェルナンドのことなどすっかり忘れて? ううむ、レディルたちが言ったことも…………」

 何やらぶつぶつと呟きつつ、真剣な表情で考え込むライナス。本気で彼の師である【黄金の賢者】が、うっかりでフェルナンドを所有していることを忘れている可能性を検討する。

「考えれば考えるほど、レディルの言う可能性が高い気がしてきた……」

 ライナスは片手で両目を覆いながら、小さく頭を振る。

「これは一度、レメット様に話を聞いてみた方がいいのではないか? 少なくとも、この『大森林』に存在する妖精族の集落を、片っ端から訪ねるより早いと思うだが?」

「問題は、その師が今どこにいるか、だな。師の足取りを追うのと、『大森林』に点在する集落を片っ端から訪ねると、どっちが早いかと言えば…………」

 ライナスの呟きに、残る三人が互いに顔を見合わせた。

 ジルガたちがレメットに実際に会ったのはまだ数度だが、その数度で【黄金の賢者】の性格はすっかり把握してしまった彼女たちである。

「今度レメット様にお会いしたら、何か連絡が取れる神器か遺産を渡しておいた方がいいだろうか?」

「連絡用の神器か遺産を何か持っているのか?」

「いや、私の次元倉庫を探せば、そういう用途の神器や遺産もあるのではないかとふと思ってな」

「ふむ……そういえば、君の次元倉庫の中を確かめてみようと思っていたな」

「それもあって、私も次元倉庫の中を確認してみようと思ったのだ」

 ジルガが所有する神器の次元倉庫の中は、彼女が入手する前に収められていた物品が数多くあり、ジルガ自身もその全てを把握してはいない。

 そのため、一度次元倉庫の中身を確認してみた方がいいだろうと、ジルガたちも話していたのだ。

 もしかすると、五黒牙やジルガを苦しめている呪いに関する有用な手掛かりが、次元倉庫に収められている可能性だってるのだから。

「フェルナンドがなかった以上、この塔にはもう用はない。早々に妖精族の里に戻り、今後どうするかを相談しよう」

 ジルガのその言葉に頷いた【黒騎士党】の面々は、そのまま塔を降りてザフィーアが待つ妖精族の里へと戻るのだった。




「お、お帰りなさいませ、ジルガ様。で、ですが、そ、その……想定していたよりもお帰りが早いのでは……?」

 ザフィーアが待つ妖精族の里に戻ったジルガたち。

 相変わらずびくびくといながらジルガたちを出迎えたザフィーア。予想以上に早かった【黒騎士党】の帰還──どうせならこの里を素通りして森の外に出て欲しかった──に思わず首を傾げた。

「いや、それがだな、ザフィーア殿。我々が向かった塔なのだが、既に誰かに攻略されていたのだよ」

「そ、そうなのですか? で、ではジルガ様が探しているという秘宝も、既に持ち去られて……?」

 ザフィーアは、ジルガたちの目的をそれほど知っているわけではない。彼女が知っているのは、ジルガたちが何らかの力を秘めた秘宝を探しているということと、その秘宝のひとつが自分の故郷である「大森林」に隠されているだろう、ということぐらいだ。

 あまり出しゃばって好奇心のままあれこれと質問を浴びせて、ジルガに目をつけられることを恐れたからである。

「うむ、ザフィーア殿の言う通りだ。我々が探していたものは、既に誰かが持ち去っていたようだ。実は、その件に関してザフィーア殿にふたつほどお願いがあるのだが」

「じ、ジルガ様のおっしゃることなら、な、なんなりと……」

 内心では真逆のことを考えながらも、そんなことは絶対に口にできないザフィーア。

 ここで【黒騎士】の反感をかって、故郷である「大森林」を無へと還すわけにはいかないのだから。

「…………つ、つまり、この『大森林』に存在する妖精族の里に、ジルガ様が探しているという黒い斧が存在、も、もしくは何らかの情報が残されていないか調べて欲しい、と?」

「そうだ。だが、確実に妖精族が所有しているわけでも、何か知っているというわけでもないだろう。しかし、調査をしないわけにもいかない。そこで、可能な範囲でいいので黒い斧について調べてもらいたい」

「しょ、承知いたしました。と、とはいえ、私や私の友人知人だけでは探せる範囲も限られて…………な、なんせ、この『大森林』は広大で……」

「うむ、ザフィーア殿の負担にならない範囲で構わないとも」

「で、では、そちらはそのように手配いたします。それで……もうひとつの願いとは?」

「どこか、人目につかず、それでいて、それなりに開けた場所はあるだろうか? できれば、余人が近づかないように手配してくれると、更にありがたい」

 ジルガの切り出した頼み事に、ザフィーアは首を傾げながら問う。

「そ、そのような場所であれば、『大森林』の中にいくらでもありますが……い、一体、ジルガ様はそこで何を…………?」

「いやなに、ちょっと倉庫の大掃除をしようと思ってな」




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