目的達成と落胆の【黒騎士】
「おお! ようやく見つかったか!」
それは「白鹿の氏族」の力を借りて、地下にあるソフィア遺跡街を探索し始めてから、実に十日以上が経過したある日のこと。
ソフィア遺跡街に来た本来の理由である、ヴァルヴァスの五黒牙のひとつ
ファルファゾンを発見したのは、【黒騎士党】に協力していた「白鹿の氏族」の若者である。
「白鹿の氏族」はジルガたちに協力を約束したとはいえ、さすがに氏族総出で遺跡街を探索しているわけではない。
ジルガからいくつもの治癒系神器や治癒系遺産を借り受けてはいるが、怪我人全員が回復したわけではないし、氏族には小さな子供たちもいれば、その子供たちの面倒を見る大人たちもいる。
また、ガルガリバンボンによって破壊された集落の建て直しもあり、遺跡街探索に協力しているのは大体十人ほど。
それでも探索している人数と遺跡街の規模から考えれば、十日ほどで目的のファルファゾンを発見できたのは僥倖といえるだろう。
「それで、ファルファゾンは? こちらに運んでいる最中か?」
もしかすると、ファルファゾンに自分を縛る呪いを解く能力があるかもしれない。そう考えると、自然とジルガの気持ちも逸ってしまう。
そのため、ファルファゾン発見の報告に来た族長のエルカトと、実際に黒炎弓を発見した若者に対し、ずいっと思いっきり身を乗り出してしまったジルガ。
間近に迫った漆黒の兜と、その黒い巨体から放たれる異様な迫力と鬼気に、エルカトたちの顔色が思わず悪くなる。
「そ、それが……は、発見はしたのですが……で、できれば【黒騎士】様に発見場所まで来ていただけたら、と」
「む? 何か問題でもあるのか?」
「は、はい……」
エルカトは背後に控える若者へと目を向ける。そして、話を振られた当の若者は、先ほど以上に顔色を悪くしながら状況を説明していく。
「あ、あの……そ、その……た、確かにそれらしい弓を見つけた……い、いえ、見つけたのですが、そ、その場所から弓を動かすことができず……」
「どういうことだ?」
ジルガは若者の話を聞くと、隣に立つライナスへとその兜を向けた。
「ここであれこれ推測するより、実際にその場に行った方が早かろう。君、弓のある場所まで案内してくれるか?」
ジルガに比べればずっと話しやすくて優し気な白い魔術師の言葉に、鬼人族の若者は安堵の息を吐きながら何度も頷いた。
「これは……」
「なるほど。これは確かに動かせないな」
ジルガとライナスが見つめるその先。そこには本体どころか弦まで真黒で、どこか禍々しい印象の弓が一張あった。
そして、そのジルガとライナスの後ろでは、レディルとレアス、ストラムとハーデたち家族の姿もある。
ファルファゾン──と思われる弓──が発見されたと聞き、レディルたちも大急ぎでこの場所に駆けつけたのだ。
彼らにしても、ジルガが探している黒炎弓ファルファゾンがどのような姿形をしているのか興味があるし、もしもそのファルファゾンに黒魔鎧ウィンダムの呪いを祓う力があるとすれば、是非ともその瞬間に立ち会いたいと思っている。
だが。
「え、えっと……これ、どうやって取り出すんですか?」
ソレを見ながら、レディルが首を傾げた。
発見されたファルファゾンと思しき弓は、確かにそこにある。
透明な材質の、棺のような入れ物の中に確かにあった。
ライナスでも未知の透明な材質で作られた、棺のような入れ物の大きさは実際に人間一人が入れるほどで、その透明な棺の中央辺りにファルファゾンらしき弓はある。
「蓋……というか、入れ物に継ぎ目らしきものが一切ないな」
ジルガが言うように、その透明な棺には継ぎ目のようなものが一切なかった。まるで琥珀に閉じ込められた太古の虫のように、黒い弓は完全に透明な棺の中に封じられていた。
「単純にこの入れ物を砕けばいいのか?」
「いや…………おそらくこれは師の先祖……
「封印だと?」
「ああ。君も【漆黒の勇者】が
「もちろんだ。【黄金の賢者】に導かれ、【漆黒の勇者】は聖剣を手に入れるという有名な
この国──ガラルド王国に住む者であれば、それは知らぬ者はいないと言っていいほど有名な冒険譚だろう。
突如この国を襲った【銀邪竜】ガーラーハイゼガ。その【銀邪竜】を討つため、【漆黒の勇者】は【黄金の賢者】に導かれて聖剣エクストリームを手に入れるという、三英雄たちの英雄譚の一部であり、最も人気のあるエピソードのひとつである。
「その際、物語には『【漆黒の勇者】は【黄金の賢者】に導かれ、聖剣の
「なるほど! 聖剣エクストリームも黒炎弓ファルファゾンと同じヴァルヴァスの五黒牙のひとつだ。ならばエクストリームがそうだったように、ファルファゾンも封印されていると考えるべきか」
ライナスの話を聞き、うむうむと何度も頷くジルガ。
「我が師は、何らかの方法でエクストリームの封印を解いた。おそらくだが、
ライナスの師である【黄金の賢者】レメット・カミルティは、黒聖杖カノンを使ってジルガの黒魔鎧ウィンダムに逆干渉してみせたことある。
おそらくレメットは似たようなことをして、カノンからエクストリームへと干渉し、その封印を解いたのだろう。
「では、黒炎弓の封印を解くためには、この場にレメット様に来ていただく必要があるということか?」
「いや、その必要はあるまい」
と、ライナスはジルガを見た。
正確には、彼女が纏っているその漆黒の全身鎧を。
結果を言えば、ライナスの予想は的中した。
彼に言われてファルファゾンが収められている透明な棺にジルガが──正確には黒魔鎧ウィンダムの一部が触れた途端、透明な材質でできた棺は一瞬で粉々に砕け散ったからだ。
いや、棺が砕けたというよりは、棺の中から黒弓が飛び出してきたという方が正しいか。
それはまるで、長く飼い主からはぐれていた忠犬がようやく主に巡り会えたかのように、黒い弓は自身を封じる透明な棺を突き破り、主人たる黒鎧の腕へと自ら飛び込んできたのだ。
「…………どうやら、この黒弓がファルファゾンであることは間違いあるまい」
一連の様子を見ていたライナスは、ジルガの手に収まった黒炎弓ファルファゾンを見つめながらそう呟いた。
彼だけではなく、今の一幕を見ていた者は誰もがライナスと同じ思いを抱いただろう。
突如自らの手に収まった黒炎弓を、ジルガは無言でじっと見つめている。
「どうだ? 何か分かったか?」
「うむ……この弓は間違いなくファルファゾンだ。理由は分からんが、この弓に関する知識が頭に流れ込んできた」
「やはり、か。以前師も言っていたが、五黒牙の本体は君のその鎧だ。他の四つの武器はあくまでも追加兵装。ならば、親機たる鎧の着用者に子機たる兵装の情報が伝達される仕組みがあっても不思議じゃあるまい」
「私にはよく分からんが、そういうものか? まあ、ライナスがそう言うのであればそうなのだろうな」
「それで、肝心の黒炎弓の能力はどうだ? 君の呪いを祓うような力を持っているのか?」
「いや…………」
ジルガは手にしたファルファゾンの能力を完全に把握した。その結果、この神器には呪いを祓うような力はないと分かってしまった。
「ファルファゾンの能力は、一言で言えば超遠距離からの強力無比な一撃を放つことだな。それこそ、攻城兵器であるバリスタやカタパルトよりも強力な攻撃を放つことができる。更には、その名の通り放つ矢に炎属性を付与することも可能のようだ」
どこか気落ちしたような声色で、ジルガは黒炎弓の能力を説明する。
いや、実際に気落ちしているのだろう。ようやく手に入れた手がかりを経て手に入れたファルファゾンに、彼女が望む能力がないことが明らかになってしまったのだから。
「気落ちするな……というのは無理な話だな。だが、五黒牙まだ一つ残されている」
「…………ああ、そう……そうだな。まだ希望は残されている。ここで気落ちするより、次のことを考える方が建設的というものだ。そもそも、期待が外れたことなど今回が初めてというわけでもない」
ジルガはこれまでいくつもの治癒系神器や治癒系遺産を手に入れてきた。だが、それらの道具たちはどれも彼女が望む能力を有していなかったのである。
その結果が、次元倉庫の中に放り込まれた無数の神器や遺産というわけだ。
「…………本当に…………強い女性だな、君は……」
「ん? 何か言ったか?」
何でもない、と答えたライナス。彼が心の中に抱えたある「モノ」が更に大きく育っていたのだが、それに気づいているのはライナス本人ばかりのみ。
「よし! そうとなれば、こんな辛気臭い場所は早々に立ち去ろうではないか! そして、王都へ帰って次なる目的地、ラカウ大湿原についてもう一度調べてみよう!」
こうして、ジルガ率いる【黒騎士党】の鬼人族「白鹿の氏族」の集落までの遠征は終了した。
この後、彼らは王都セイルバードへと帰還し、次なる目的地となったラカウ大湿原について調べることになる。
だが。
散々苦労してようやく見つけたラカウ大湿原。その中央にそびえる塔の最上階。
そこにジルガたちが求める
塔の最上階に存在する大部屋にあったのは、黒炎弓ファルファゾンが収められていたものと同じ、謎材質による透明な棺。
そこにあったのは、その透明な棺が無残にも粉々に砕かれた残骸が散らばっているだけだったのだ。
~~~ 作者より ~~~
以上で第4章は終了。
いつものように2,3話ほど閑話を挟み、5章へと入る予定です。
余談。
当作に登場するキャラ名や土地名の多くを、某オンラインゲームのアイテムやマップの名称を流用していたりしますが、その某オンラインゲームに最近槍を持った大カエルのボスが登場したんだけど……もしかして、そのゲームの運営スタッフさんにこれを読んでいる人がいたりする?(笑)
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