本来の目的と【黒騎士】
「しかし、よく七体もの『癒しの乙女』を所有していたな」
現在鬼人族たちの治療にフル活動中の鋼鉄の乙女たちを見つめながら、ライナスが呆れたように言った。
「ん? そういえば、私がとある遺跡で手に入れた『癒しの乙女』は一体だけのはずだが……なぜ、全部で七体もの『癒しの乙女』があるのだ?」
と、ライナスの言葉に応えたジルガは、不思議そうに首を傾げた。
「君から次元倉庫の鍵を預かり、鍵の収蔵物検索機能を使ったところ、七体もの『癒しの乙女』が出てきたのだが?」
「鍵の検索機能? そんな能力があったのか?」
「…………知らなかったのか……」
もはや呆れを通り越して感心さえしている様子の白い魔術師に、黒い騎士は気まずそうにふいっと視線を逸らした。
以前、彼女はとある筋から某遺跡に「癒しの乙女」が隠されているという情報を仕入れ、自身を縛る呪いを解くために迷宮に潜った。その結果、いろいろありながらもなんとか目的の「癒しの乙女」を手に入れたのだ。
しかし、結果的に「癒しの乙女」の力では呪いを解くことはできず、落胆したジルガは「癒しの乙女」を次元倉庫に放り込んでそのまま忘れてしまった。
そして今回、「白鹿の氏族」の鬼人族たちが大怪我を負う場面を目にし、「癒しの乙女」が使えるのではないと思い至り、ライナスに倉庫の鍵を預けて取り出すように頼んだのである。
彼女自身はガルガリバンボンとの戦いに駆け出し、ライナスはその頼みを聞いて次元倉庫を開いた。
その際、ライナスは鍵に収蔵物の検索機能があることに気づく。その機能を使えば、延々と通路が続く次元倉庫に入って目的の物をわざわざ探す必要もなく、必要な物が扉を開けると同時に扉の前に現われるのだ。
そしてライナスがその機能を使って「癒しの乙女」を呼び出したところ、実に七体もの鋼鉄の乙女が縦列に並んでいて、さすがの白い魔術師もびっくりしたほどである。
「まあ、今回は『癒しの乙女』がたくさんあって助かったな。しかし、鍵にそんな機能があったとは……」
「全ての次元倉庫の鍵に検索機能があるわけではないし、検索機能にもいろいろ種類があるらしいがな。以前読んだ書物に書かれていたことを思い出したので、ちょっと試してみたら──」
「う、うむ、便利な機能があることが分かって、これから次元倉庫がより使いやすくなるな!」
と、ジルガはライナスから視線を逸らしつつ、何かを誤魔化すかのようにそう言った。
「ジルガさん、この場所には特に何かが隠されている様子はないみたいです」
ジルガとライナスの許に、地下の儀式場を探索していたレディルとレアス、そしてストラムが報告に戻ってきた。
彼女たちには、一応この場所を探索してもらったのだ。だが、ここに何かが隠されているようなことはなく、本当に儀式のためだけの場所らしい。
「そうか、となると探し物はやはり上の廃墟のどこか、か」
「そうなりますよねぇ。でも、地下の街とはいえ、結構広いですよ?」
「この遺跡の中から目的の物を探すとなると……結構大変じゃないかなぁ」
レディルとレアスが互いに顔を見合わせながら、うーんと唸る。
「ライナス様、ここはひとつ『白鹿の氏族』に助力を頼んではどうでしょう? 今回の件で彼らには貸しができましたし、頼めば引き受けてくれると思うのですが……」
ストラムがやや遠慮がちにそう言う。彼自身は氏族から追放された身であるため、直接「白鹿の氏族」に頼める立場ではないからだろう。
「妻から頼めば、おそらく引き受けてくれると思います」
「そうだな。やはり、この地下廃墟の探索には人手が必要だろうし、ここはハーデ殿に交渉してもらうとしよう」
「は、妻にはそのように申し伝えます」
というような仲間たちのやりとりを、ジルガは首を傾げながら眺めている。
最近、顔を兜で覆い隠していようとも、何となく彼女の感情が分かるようになってきた仲間たちは、【黒騎士】が何を考えているのか分かってしまう。
「あ、あの、ジルガさん? 私たちがここに来た目的、覚えていますよね?」
「……………………………………おおぅ!」
がしゃん、と篭手に覆われた手を打ち合わせるジルガ。ライナスたちは「やっぱり忘れていたか」という思いをありありと顔に浮かべながら、はぁと溜息を吐いた。
「ジルガ……我々がここに来た目的は、この遺跡街に隠されているであろう
「も、もちろんだとも! も、もちろん覚えているぞ! も、もちろん忘れてなんかいないとも!」
黒い騎士は、白い魔術師からふいと再び視線を逸らした。
「ひ、人手が必要と聞きましたが…………」
ハーデから話を聞いたエルカトが、恐る恐るといった感じでジルガの前にやってきた。
「白鹿の氏族」を含めたジルガたちは、一旦地上の「白鹿の氏族」の集落まで戻っている。
地下にいるとカエルの化け物にいつ何時襲われるか分からないという恐怖に、「白鹿の氏族」の者たちが耐えられなかったからだ。
特に、幼い子供や女性、ガルガリバンボンとの戦いで怪我をした戦士などはその傾向が強く、いつまでも地下にいるのは落ち着けないという意見が多かった。
ジルガたちもその気持ちは理解できるため、一旦集落まで戻ってきたわけである。
なお、怪我の酷い者は「癒しの乙女」の中で治療中。その「癒しの乙女」は七体とも一旦次元倉庫へと収納し、現在は集落中央の広場に安置されて怪我をした鬼人族たちをその内部で癒している。
地下にはガルガリバンボンとの戦いで命を落とした戦士たちの亡骸もあったが、そちらは地下の湖に沈められた。
死ねば自然に還るべき、という鬼人族の文化としては、湖に沈めるのも立派な供養の方法なのだとか。
そうして鬼人族たちが一旦落ち着いた後、ハーデからジルガの頼みを聞かされた族長のエルカトが、氏族を代表してジルガの前まで来たわけだ。
「うむ、その通りだ。我々はとある理由からあの地下の都市を探索したい。だが、族長殿も見たから分かると思うが、あの地下都市は広い。我々だけで探索したら、どれだけの時間がかかるか分からない。そこで、『白鹿の氏族』の力を借りたいのだ。無論、タダとは言わない」
「そ、その辺りのことはハーデから聞いております。怪我をした同胞のため、治療用の道具を追加で貸してくださると」
現在、七体の「癒しの乙女」で特に怪我の酷い者を治療中である。だが、怪我人の数はそれ以上に多い。
儀式の場で重傷を負わされた者たち以外にも、ガルガリバンボンが攻めてきた際に怪我を負った者もいれば、あの地下へと強制的に連行されていく途中でガルガリバンボンに食われかけて──実際に食われた者や、体の一部を食われた者もいる──負傷した者もいる。
七体の「癒しの乙女」だけでは、遠からず命を落とす者が出ても不思議ではないのが、今の「白鹿の氏族」の現状だった。
「私としても、折角助けた者たちが命を落とすのは忍びない。どうだろう? 私たちに力を貸してはくれないだろうか? もちろん、怪我人の治療が終わってからで構わない」
「そ、それはつまり……さ、先に治療用の道具をお貸しくださると?」
「報酬の前払いというやつだな」
と、ジルガと話している最中も、エルカトはちらちらと黒い巨漢の背後にいるストラム一家へと視線を向けていた。
【黒騎士】の背後に控え、ストラムとハーデは仲睦まじそうに、そして二人の子供たちは楽しそうに両親にじゃれついている。
絵に描いたような「幸せな家族」の姿に、エルカトの心がずくりと痛む。
実は彼、いまだにハーデへの想いが断ち切れず、独身を貫いていた。
追放されたストラムについていったと思しきハーデ。「白鹿の氏族」の中しか知らない彼女が、集落の外で満足な生活が送れるわけがない。
やがてストラムとその生活に愛想をつかしたハーデは、集落に戻って来るだろう。そうしたら彼女を妻に迎えたい、という想いをずっとその胸に抱いていたのだ。
だがしかし。
今日、集落に戻ってきたハーデは、とても幸せそうだった。
夫であるストラムと、その間にできた二人の子供たち。
今のハーデはどこからどう見ても、慈愛に溢れた母親であり、幸福な女性であった。
ストラムはライナスに言った。彼自身はエルカトや「白鹿の氏族」に対して特に報復などは考えていない、と。
だが、ハーデと二人の子供たちと一緒に幸せそうな様子を見せることは、エルカトにとって最も痛烈な「報復」となったのかもしれない。
「族長殿? どうかしたかね?」
「あ、い、いえ、な、何でもありません……要請に関しては、氏族の者たちと話し合ってみます。ですが、【黒騎士】殿の要望に極力沿うようにする所存です」
「うむ、そうしてもらえると助かる。私たちは集落近くで野営する予定だ。明日の朝にでも話し合いの結果を聞かせてくれるとありがたい」
空は既に群青色に染まっている。「明日の朝まで」という期限はエルカトや「白鹿の氏族」の者たちにとって、果たして長いのか短いのか。
もちろん、ジルガ自身は何か意図して「明日の朝まで」という期限を設けたのではない。ただ単にあまり考えもせずに「明日の朝まで」と言っただけだ。
「あ、朝まで………………ですか、しょ、承知しました。早速氏族の者たちと協議いたします」
なぜか、顔色を悪くしてジルガたちの許を去っていくエルカト。
今はカエルの化け物たちに襲われた直後であり、エルカト自身は再びあの恐ろしい地下の遺跡へ向かう気にはどうしてもなれない。
おそらく、「白鹿の氏族」の同胞たちも同じ思いだろう。
だがしかし、目の前の【黒騎士】は明日の朝までに結論を出せと言う。
ここで、【黒騎士】の言葉に異を唱えることはエルカトにはできない。
そんなことをして、化け物カエルにも劣らない目の前の怪物の怒りに触れでもしたら、と考えるだけで彼の足が震えだす。
それに、目の前の黒い巨漢の気分を害せば、貸し与えてもらえるはずの治療用の道具も貸してもらえなくなるかもしれない。
それらのことを考えながら、エルカトは氏族の顔役たちと夜通し喧々諤々と協議した。やはり、あんな恐ろしい地下の遺跡にはもう二度と行きたくないという意見がほとんどだったが、最終的には族長であるエルカトと共にジルガに協力することになった。
なお、「白鹿の氏族」がそう判断した理由として、「断ると何をされるか分からない」とか「要請を聞き入れないと呪われるかもしれない」とか「言うことを聞かないと生きたまま食われる」とか物騒なモノが何件も上がったのだが、幸いにもそれがジルガ自身の耳に入ることはなかった。
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