追放者と【黒騎士】

「そうか……全て理解できたぞ!」

 押し黙ったまま、無言でストラムを見つめる「白鹿の氏族」の者たち。

 そんな同胞たちを押し退けるようにして前に出たのは、「白鹿の氏族」現族長であるエルカトだった。

「おまえの仕業だったんだな! 追放された腹いせに、あのカエルどもを操って俺たちに復讐しに戻ってきたのだろうっ!!」

 「白鹿の氏族」の前に立ち、ストラムを指差しながらそう言い放つエルカト。

 氏族の者たちも、自分たちの族長の言葉を信じたようで、恨みの篭った視線をストラムへと向けている。

 もちろん、中にはエルカトの言葉を完全に信じてはいない者もいて、彼らはストラムとエルカトを何度も見比べていた。

「追放された俺が、おめおめとこの地に戻ってきたのは事実だ。だが、祖霊に誓って俺とあのカエルどもは無関係だ」

「ストラムの言う通りよ。そもそも、今日この集落に戻って来たのは全くの偶然だしね」

 夫の言葉を継ぎ、ハーデが言う。

「で、では、なぜ戻って来た? そこにいる人間と何か関係があるのかっ!?」

「それは俺から説明しよう」

 エルカトの追及を、白い魔術師──ライナスが鬼人族の言葉を操りながら応えた。

「我々はある物を探している。その探し物がこの地底の廃墟にあり、ここまでの案内をストラム殿とハーデ殿に頼んだのだ。そして、先ほどハーデ殿が言ったように我々が今日この地に来たのは全くの偶然であり、あのカエルどもとは全くの無関係だ。それよりも、酷い怪我を負っている者たちがいるのだろう? 早くこの鋼鉄の乙女の中に怪我人を入れたまえ」

 ライナスがそう言い終えると同時に、乙女を模した鋼鉄の棺が全てその蓋を開いた。

 本来ならその中にあるはずの鉄針はなく、穏やかで優しい光が棺の中に満ちている。

「こんな怪しい見てくれだが、これでも立派な治癒系の神器だ。その名を『癒しの乙女』といって、失われた四肢でさえ再生させることができる最上級の治癒系神器だよ」

 「癒しの乙女」。その名の通りにこの鋼鉄の乙女に抱かれた者は、どのような怪我でさえも回復させることができる。

 ただし、怪我の回復には極めて強力な力を発揮する「癒しの乙女」だが、呪いに対しては全くの無力。そのためジルガの目的には沿わず、手に入れたはいいが次元倉庫の中に放り込まれてそのままになっていたのである。

 実に七人もの鋼鉄乙女が次元倉庫には死蔵されており、今回はジルガが先ほど投げ渡した鍵を使って、ライナスが鬼人族を癒すために取り出したのであった。

 とはいえ、「癒しの乙女」にも欠点はある。回復にかかる時間は怪我の程度によるのだ。四肢を再生させたり、致命傷を癒したりするには一日から三日ほどの時間が必要だろう。

「怪我の酷い者からこの中に入れたまえ。ああ、俺の言うことが信用できないのであれば、それでも構わないぞ。その場合、助かるはずの命、治るはずの怪我がそのままになるというだけだ」

「ライナス様の言う通りよ。本来、ライナス様やジルガ様が今回の件に関わってくださる必要なんてなかったのよ。それなのに、ご厚意で『白鹿の氏族』を助けるためにカエルたちと戦ってくれているし、こうして治療用の神器まで提供してくれたの。そこをよく考えて」

 ハーデがエルカトに向かってはっきりと告げる。

「………………信じて……いいのか……?」

「ええ。もし人間であるジルガ様やライナス様、追放されし者であるストラムが信じられないのなら私を信じて」

 信念の篭った真摯な目で、ハーデはエルカトを見つめた。

 そのエルカトは、ハーデと彼女の隣に立つストラムを何度も見比べた後、背後の氏族の者たちへと振り返った。

「みんな、聞いた通りだ! 俺はハーデを信じる! 追放されし者や見知らぬ人間ではなく、『白鹿の氏族』の一員であるハーデの言葉を信じる!」

 そして、エルカトはストラムへと振り返る。

「何があろうとも、おまえが追放されし者である事実は覆らない。我らの集落におまえの居場所はもうないことを忘れるな!」

 そんなかつての親友の言葉に対し、ストラムは特に何かを言うこともなく告げる。

「分かっている。今の俺にはもう居場所がある。この集落に戻るつもりはない」

「…………ちっ!!」

 舌打ちを残して、エルカトは怪我人たちがいる所へと向かう。その背中を、ストラムはただ無言で見つめた。

「いいのかね? ジルガが所有する神器を使えば、ストラム殿の無実を証明することもできると思うが?」

 ストラムの傍らに立ち、そう尋ねたのはライナスである。その問いに対し、ストラムは一切の迷いなく断言する。

「はい。俺は既に『白鹿の氏族』を離れた身です。今回は大恩あるジルガ様のため、この地までの案内を務めたに過ぎません。私にとって最も大切なのは、氏族ではなく家族ですから」

「そうか。他ならぬストラム殿がそう言うのであれば、俺たちがとやかく言うことでもないな」

「ええ。俺にはハーデとレディル、レアスがいます。彼女たちこそが俺のかけがえのない家族であり、彼女たちがいる場所こそが俺の居場所ですから」

 ストラムは、きっぱりとした表情でそうライナスに告げた。



 ぎぃん、という鈍い音が地底の儀式場に響く。

 音の本は、漆黒の騎士が振るうハルバードと、巨大な銀カエルが振り回す骨槍がぶつかり合ったこと。

 互いに膨大な質量を誇る武器と武器が、何度も何度も打ち合わされ、薄暗い地下に眩しい火花を散らす。

「げげげげこ! げぇぇぇろ、げろ! げこげろげげげげろげここげこ!(訳:はははは! 強ぇな、おまえ! 毛なしザルにしておくには勿体ないぐらいだぜ!)」

「相変わらず何を言われているのか分からんが、なぜか不快ではないな!」

 互いに得物同士をぶつけあっているからか、相手の意思のようなものが何となく理解できる気がするジルガであった。

 体長5メートル近い、まさに巨人ともいうべき銀のガルガリバンボン。その巨体に宿る膂力は計り知れない。

 そんな剛腕が繰り出す鋭い刺突を、ジルガはハルバードで受け流す。

 まともに受けては、さすがのジルガでも態勢を崩されかねない。少しでも態勢を崩せば、そこから一気に押し切られる。

 それが分かっているからこそ、彼女は骨槍に込められた驚異的な力──人間一人を楽に圧殺するだけの威力を、全て受け流して無力化しているのだ。

 常人であれば見ることさえできない、まさしく雷光のごとき刺突。しかも、一瞬で十回近い刺突を銀のガルガリバンボンは繰り出してくる。

 その刺突を、ジルガはあろうことかその場から一歩も動くことなく全て受け流した。

 巨木が静かに根を張るように。

 山岳が無言で聳えるように。

 ジルガは一歩も動かない。引くこともなければ進むこともなく、右にずれることもなければ左に避けることもなく。

 驚異的な技術と集中力で、豪雨のごとき骨槍を全て受け流す。

 ががががががが、と連続して打撃音が響き渡る。

「げぇぇこ……げろげろんげろんご……っ!!(訳:てめぇ……この毛なしザルが……っ!!)」

 銀のガルガリバンボンは、先ほどまでとは違って信じられない思いで目の前にいる黒い人間を見つめる。

 人間──彼らが言うところの「毛なしザル」は、決して強い生き物ではない。彼らに比べて体も小さく力も弱い。小さな体を活かして多少すばしっこいが、それでも彼の目で追えないほどでもない。

 捕まえて軽く引っ張るだけで手足はもげるし、少し強めに殴るだけで頭が弾ける。

 そんな軟弱な毛なしザルが、あろうことか自分が繰り出す骨槍をことごとく打ち払い、無力化している。しかも、その小さな体は一歩たりとも動くことなく彼の槍を受け流すのだ。

 その事実が信じられない。その現実が彼の自尊心をごりごりと抉る。

「げぇぇぇこ、げこげこげろげげげ! げぇぇろげろげんげこげろげこっ!!(訳:てめえ、いつまでもスカしてんじゃねえぞ! これでもくらいやがれっ!!)」

 銀のガルガリバンボンが、下から掬い上げるようにして骨槍を振るう。

 だが、その動きはジルガにははっきりと見えていた。彼女は下から襲い来る凶撃を、その衝撃を全て受け流すためにハルバードを操る。

 だが。

 だが、下から襲い来る骨槍の軌道が変化した。

 骨槍とハルバードがぶつかりあう直前、骨槍はまるで蛇のようにするりとハルバードを躱し、ジルガの横っ腹へと叩き込まれる。

 ジルガは誰もが認める、力と技量に優れた戦士であろう。そして、彼女が対峙する銀のガルガリバンボンもまた、ただその怪力に頼るだけの存在ではなかった。彼もジルガと同じく、力と技量共に備えた恐るべき「戦士」だったのだ。

 ジルガの横腹に叩き込まれたのは、骨槍の穂先ではなく柄の部分だ。たとえ柄でも下手な剣よりも強度のあるその柄で殴られれば、致命傷は免れない。

 だが、ジルガが纏う黒魔鎧ウィンダムは規格外中の規格外。どれだけの衝撃であろうが、その衝撃が鎧を通してジルガの──ジールディアの体にまで届くことはない。

 しかし。

「むぅ……? な、なんと………………っ!?」

 下から掬い上げるような銀カエルの槍さばきは、ジルガの体を宙に浮かせることに成功したのだ。

「げここここここげろ、げんげぇぇこげろげろげこここここげげげろ!(訳:いくらてめえの技量が優れていようが、宙に浮いちゃあ満足に動けねえだろ!)」

 銀カエルの言うとおり、さすがのジルガも空中では自在に動けない。その彼女に向かって、地上から立ち昇る逆流星のごとき無数の刺突が、轟音と共に何度も何度もジルガの体に突き刺さる。

 下からの苛烈な突き上げが、彼女を地上へと帰還することを許さない。

 結果、彼女は銀のガルガリバンボンが繰り出す強烈無比な無数の刺突の全てを、宙に浮かんだままその身に叩き込まれ続けるのだった。


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