銀の化け物カエルと【黒騎士】

「はああああああああっ!!」

 裂帛の気合と共に左右の剣を振り抜き、ガルガリバンボンに傷を負わせるレディル。

 その直後、彼女の背後からレアスが射た矢が、正確にカエルの化け物の頭部を貫きその命を一瞬で刈り取った。

 その光景を、地下の広場に集められた「白鹿の氏族」の者たちが、呆然と眺める。

「え? え? は、はらから……? でも、誰だ、あれ?」

「我が氏族の者ではないし…………それに、よく見ればまだ幼い子供ではないか!」

「こ、子供が我らの戦士でも苦戦した化け物を瞬く間に倒しただと……? はは、どうやら夢を見ているようだな……」

 助けに来たはずの鬼人族に恐れられ、ちょっぴり傷心気味のジルガが奥にいる銀のガルガリバンボンの方へと向かった後。

 「白鹿の氏族」の者たちの前に現われたのは、ジルガの後に続いていたレディルとレアスだった。

 あっけに取られるばかりの鬼人族たちを余所に、姉弟は次の獲物に襲いかかる。

「さすがはライナスさんの強化魔術! いつもより遥かに体が軽くて攻撃力も高くなっている!」

「身体強化と攻撃力強化、あと防御強化もかかっているよ、姉さん。でも、あまり魔術を過信しちゃだめだからな!」

「うん、分かっている! いつもライナスさんが言っているものね!」

 ライナスの魔術による支援を受け、先ほどのジルガによる奇襲直後と巧みな連携により、姉弟は一体を相手にするなら何とかガルガリバンボンと渡り合うことができている。

 だが、ガルガリバンボンの数は多い。カエルどもが我に返って反撃を始めれば、姉弟だけではあっという間に押しつぶされるだろう。

 しかし、彼女らは二人きりではない。その背後には頼もしい仲間がいる。

 突然、姉弟の近くの地面から何かが起き上がった。「白鹿の氏族」の者たちはその光景を見て怯えるが、それが何かを知っているレディルたちは逆に笑みを浮かべた。

 もちろん、地面から起き上がったのは岩ゴーレムである。ライナスの魔術によって一時的に命を吹き込まれた魔術人形が、その巨体を活かして姉弟を守る壁になる。

 岩人形の数は全部で四体。活動時間も短く動きも鈍いが、それでも壁としては十分だ。

 特に知能の低いガルガリバンボンは、目の前に現れた岩人形を本能的に攻撃する。

 多少知恵が回ればただの壁でしかない岩人形ではなく、攻撃役のレディルとレアスを狙うだろう。しかし、目の前で動くものを攻撃する習性でもあるのか、巨大カエルたちは小柄な鬼人族の姉弟よりも大柄で目立つ岩人形へと攻撃をしかけていく。

 そして、岩人形と巨大カエルが戦う隙を突くようにして、「白鹿の氏族」の者たちに素早く近づく者がいた。

「みんな! 急いでこっちへ来て!」

 突然聞こえたのは、間違いなく鬼人族が用いる言葉。そして、氏族の中にはその声を覚えている者もいた。

「は、ハーデ……? あれはハーデじゃないか?」

「追放者であるストラムと一緒に集落を出た彼女がどうしてここに……?」

「詳しいことは後! 今はここから逃げることだけを考えて! 手足を失った人たちにも手を貸してあげて! 怪我の方は後ですぐに治療するから!」

 毅然としたハーデの言葉に、「白鹿の氏族」の者たちは混乱しつつも従い始める。逆に混乱していたからこそ、突然現れたハーデを深く疑うこともなかったのかも知れない。

「ハーデ……本当に君なのか……?」

 よろよろとしつつ、そして周囲にいる岩人形に怯えつつも、一人の鬼人族がハーデの許へと近づいた。

「エルカト、詳しいことは全部後よ。今は同胞たちを守ることを考えて。もしかして、『白鹿の氏族』の今の族長はあなた?」

「あ、ああ。数年前に父から族長を引き継いだが……」

「だったら、尚更今は氏族の同胞たちを救うことだけを考えて。それが族長の役目でしょう?」

「た、確かに君の言う通りだ……だ、だが、一つだけ教えてくれ! ストラムは……ストラムはどうした?」

「もちろん、一緒にここに来ているわよ。この私があの人と離れるわけがないでしょ?」

 にっこりと、だがきっぱりとそう言い切るハーデに、エルカトは今の状況も忘れて唖然とする。

「さあ、早くみんなを! 私の子供たちがカエルの化け物を引き付けているうちに!」

「な……っ!? あ、あの少女と少年はき、君の……っ!?」

「そう。私とストラムの……愛しくも頼もしい子供たちよ」



「貴様が今回の件の黒幕だな?」

 今もなお、玉座に腰を下ろしたままの巨大な銀のガルガリバンボンを前にして、ジルガは全く怯えることもなく更に続けて問う。

「一体、何が目的で鬼人族たちをここに連れて来た? 先ほどの行為がライナスの言うように儀式であるなら、必ず目的があるはずだ」

「げこ? げろろろんおろろろんげろけろげ!(訳:なんだ、てめぇは? あの角あり毛なしザルどもの仲間かぁ?)」

「やはり言葉は通じない、か。どちらにしろ、あの儀式が平和的なものとは思えん! よって邪魔をさせてもらおう!」

 言い終わると同時に、ジルガは雷光の速度でハルバードを地面と水平に一閃する。

 これまでに数多くの魔物や魔獣を斬り裂いてきたジルガの一撃。だが、その重撃を銀カエルは座ったまま易々と受け止めた。

 その手に持った、巨大な銀色の骨によって。

「む? それは棍棒か? いや……」

 一体何の骨から作り出したのか見当もつかないが、銀カエルが手にした得物は長大な骨の棍棒だった。

 巨躯を誇る銀のガルガリバンボンの身長よりも尚長い、巨大な骨。ジルガの一撃を受け止めただけでも、それが驚愕に値する強度を持っていることが分かる。

 しかも、その骨はただ長く強靭なだけではなく、両端が鋭く削られているのだ。それはまるで──

「……槍だな」

 そう。

 ジルガの言うとおり、その巨大な骨は棍棒というより槍であった。

 両端ともが鋭く削られた穂先になっている、恐るべき凶器である。

 その巨大な骨の槍を手にして、銀のガルガリバンボンがその大きな口の両端をにぃぃと吊り上げた。

「げごげ。げろんげろげこ、げーろげろ! げろげーろ!(訳:ほう。毛なしザルにしちゃ、なかなかやるじゃねえか! こいつはちぃとおもしろくなりそうだ!)」

「何を言っているか、全く分からん!」

 銀のガルガリバンボンが、立ち上がりながら骨の槍を大きく振り上げる。それに合わせて、ジルガも後方へと飛び下がった。

「げげ、げろんちょげろげろ? げーろげろげこげろげこげげげ?(訳:さて、今度はこっちから行くぜぇ? 簡単に潰れてくれるなよ?)」

 ガルガリバンボンが骨槍を頭上で旋回させ、その勢いを殺すことなく振り下ろす。

 空気と漆黒の鎧を共に圧し潰さんと振り下ろされる骨槍。

 長大で強靭な骨槍は、その重量も相当だろう。ガルガリバンボンの膂力と骨槍の重量を合わせれば、大抵の物は圧壊することができるに違いない。

 だが。

 だが、ジルガは「大抵」の範疇には含まれていないようだ。

 頭上から振り落とされる超重量の骨槍を、今度はジルガがハルバードで受け止めた。

 ずしん、という重々しい音と共に、ジルガの足元の床が僅かに割れ崩れて彼女の体が僅かに地面に沈む。

 しかし、それだけだ。

 ジルガも彼女の得物であるハルバードも、決して圧し潰されることなく骨槍を受け切った。

「げろげぇ?(訳:なんだとぉ?)」

「さすがに重い攻撃だ。だが────っ!!」

 ジルガは両腕に力を込めて骨槍を弾き上げた。

 そして、骨槍を持った両手が跳ね上がった銀カエルの懐に素早く飛び込む。

 だん、という地面を踏みしめる音と、ばきん、という地面が踏み割れた音が同時に地下の空間に響く。

「げこぉ! げろげこげぇ!(訳:嘘だろ! 毛なしザルの力じゃねえぞ!)」

 驚愕──おそらく驚いている──の叫び声を上げる銀のガルガリバンボン。

 巨大カエルの懐に飛び込んだジルガも、ただ飛び込んだだけではない。

 驚異的な瞬発力で一気に接敵した彼女は、そのままハルバードの穂先をガルガリバンボンの腹へと突き入れた。

 ハルバードは、簡単に言えば斧と槍を組み合わせた長柄武器だ。他にも斧刃の反対側には鶴嘴があるなど複数の武器の集合体とも言える。

 よって、ハルバードは状況に合わせて様々な用い方が可能なのだ。

 半面、長くて取り回しが悪い、複数の武器を複合させているので重量がかさむなどの欠点も多い。だが、持つべき者が手にすれば、恐るべき凶器となるのは間違いない。

「げろろろろろろろろろろろろろろっ!!」

 腹部に深々と槍の穂先を埋め込まれたガルガリバンボンが、悲痛な叫び声を上げた。



 ハーデに導かれて、地上へと続く通路まで戻って来た「白鹿の氏族」の者たち。

 だが、そこに待ち構えていたモノを見て、思わず足を止めてしまう。

「安心してくれ。これは決して恐ろしいモノではない」

 突然ソレの向こう側から聞こえる聞き覚えのない声。しかし、それは間違いなく鬼人族の言語であり、ここまで導いたハーデが微笑んでいるのを見て、鬼人族たちはとりあえず敵ではなさそうだと判断した。

 目の前に鎮座するソレは、どう見ても大人一人がすっぽりと収まりそうな金属製の巨大な棺だった。なぜか、棺の形が女性を模しているようだが。

 鬼人族には馴染みがないが、人間が見れば百人中百人がこう答えるだろう。

──これ、絶対に拷問器具だろ! と。

 そう。そこにあったのは「乙女の血塗れ抱擁」と呼ばれる拷問器具である。金属製の棺の内側にびっしりと大小様々な大きさの針が取り付けられ、棺の中に入れられた哀れな犠牲者を穴だらけにするという、恐ろしくも悍ましいシロモノである。

 しかも、その「乙女の血塗れ抱擁」が、実に七個もそこにあった。無言で佇む七人の鋼鉄乙女たちの異様な迫力と圧迫感は、「乙女の血塗れ抱擁」を知らぬ鬼人族にも十分伝わっているようだ。誰もが一言も口を開くこともなく、ただ顔色を青ざめさせながら七人の乙女を見つめるばかり。

「大丈夫だ。こんな見てくれだが、これでも治癒の力を秘めた神器だからな」

 再び聞こえた聞き覚えのない声。鬼人族たちが声のした方へと目を向ければ、並んだ鋼鉄の乙女の向こう側から白いローブ姿の人間が現れた。

「に、人間……?」

「ど、どうして人間がここにいるんだ?」

「もしかして、あのカエルどもを操っていたのはこいつじゃ……」

 鬼人族たちが疑うのも無理はない。鬼人族と人間はほぼ交流がなく、極稀に個人的に友誼を結ぶ例外を除けば互いに不干渉を貫いている。

 その人間が怪しげな物体の陰から現れれば、疑いの目を向けるのは当然だろう。

「大丈夫よ。その方は敵ではないわ。ねえ、ストラム?」

「ああ……追放者である俺の言葉では信用できないかもしれないが、こちらの方は我ら家族の恩人だ。あの黒い騎士様と同じくな」

 白い人物──ライナスの後に続くように現れたストラムを見て、「白鹿の氏族」の者たちは再び押し黙るのだった。














※「乙女の血塗れ抱擁」

 もちろん元ネタはアレです。

 ただし、作中に登場したのは拷問器具ではなく回復系神器ですが(笑)。

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