謎の儀式と【黒騎士】

 扉を押し開いたその先は、ホールだった。

 がらんとした広い空間と、朽ち果てた木製の椅子やカウンターの残骸。

 そして、そのホールのあちこちで見かけられる大カエル。

「…………まるで勇者組合の受付のようだな」

「大昔にここが政庁……役所だったことを考えれば、それも当然かもな」

 かつて、この遺跡街が小人族ドワーフの都市として機能していた時代、役所であるここには多くの市民が詰めかけていたことだろう。

 そのような市民を整理し管理していたであろうこの場所は、ジルガがよく知る勇者組合の受付と同じような様子だったに違いない。

「目的が同じであれば、形式もまた似たようなものになるというわけか」

 ジルガが納得したように何度も頷く。

 その一方で、ホールの中を探索していたレディルとレアス、そして彼らの両親であるストラムとハーデは、ここに連れ込まれたであろう鬼人族たちの手がかりを探していた。

 周囲にたむろする大カエルたちは、【黒騎士党】に対してとくに敵対的な行動を示さない。このカエルどもが敵対するのは、ガルガリバンボンに操られた時に限られるようだ。

「ジルガさん! ライナスさん! こっちに地下に続く通路があります!」

 レディルの声がホールに響き、黒白の二人組がそちらへと向かえば、彼女が言うように確かに地下へと続く階段があった。

 ただし、この遺跡の他の建造物よりも見るからに造りが雑であり、小人族が作ったものではないことは明らかだ。

「この通路を見る限り、ガルガリバンボンが掘った穴がたまたまこの廃墟に通じた感じだな」

「ライナスの推測通り、化け物カエルがここに棲みついたのは最近ということか」

「おそらくな」

 周囲に大量にいる大カエルは、もしかすると最初からこの地底湖に生息していたのかもしれない。だが、ガルガリバンボンは最近この地底都市跡へとやって来た可能性が高い。

「ライナス様、十数年前に現われたあの怪物と、今回の集落襲撃は関係がないということですか?」

「何度も言うが、単なる俺の推測だ。仮に十数年前に現われたガルガリバンボンが今回の件の斥候だとしたら、十数年という時間は長すぎだろう」

 偵察から襲撃までの間が十数年も開くというのは、どう考えても不自然だ。もっとも、ガルガリバンボンたちの時間感覚が人間や鬼人族よりも遥かにのんびりとしたものであれば、偵察から十数年後に襲撃することもあるかもしれないが。

 それに、ストラムたちが集落を離れた後、ガルガリバンボンの襲撃を何度も受けた可能性もあるが、それも低いと思われる。

 もしもガルガリバンボンの襲撃が何度もあったのなら、「白鹿の氏族」はもっと前に滅んでいるか、集落を捨てて氏族ごと移動しているだろう。

「ここであれこれ考えていても始まらん。今は一刻も早く鬼人族の安否を確かめることを優先すべきだろう」

 ジルガの言葉に、他の面々が無言で頷く。

 そして、一行は更なる地底へと足を踏み出していった。



「何だ、あれは?」

 階段──と呼ぶのもおこがましほど雑な造りの段差──を降り切ったその先。

 そこは広々とした空間だった。その広さは、上にあった役場のホール跡の三倍から四倍はあろうか。

 そんな広大な地下空間の中心に、「白鹿の氏族」と思しき鬼人族たちが集められていた。

 鬼人族を囲むように、十体近いガルガリバンボンがいる。そして、その周囲には無数の大カエル。

 だが、ジルガが訝しんでいるのは、その光景ではない。彼女が見つめながら首を傾げているのは、この地下空間の最奥だ。

 丁度ジルガたちが降りてきた通路の対面に、まるで玉座のような巨大な椅子がある。

 その玉座のごとき巨大な椅子に腰を下ろしているのは、やはり巨大なガルガリバンボン。

 ガルガリバンボンは個体ごとに多少の差はあるが、大抵は緑や赤茶の体色をしている。だが、その玉座に座る個体の体色は銀色だった。

 更にはその巨体。ただでさえ巨躯を誇るガルガリバンボンだが、銀の巨大カエルはどう見ても周囲にいるガルガリバンボンよりも二回りは大きい。

「ガルガリバンボンの変異種……もしくは、上位種といったところか」

 ジルガと共に通路の陰から銀色のガルガリバンボンを見つめながら、ライナスが零す。

「げぇこ。げこここ、げぇぇぇこ、げこげこげこここげ!」

「げぇぇぇぇぇ!」

「げぇぇぇぇぇ!」

「げぇぇぇぇぇ!」

「げぇぇぇぇぇ!」

「げぇぇぇぇぇ!」

「げぇぇぇぇぇ!」

「げぇぇぇぇぇ!」

「げぇぇぇぇぇ!」

「げぇぇぇぇぇ!」

「げぇぇぇぇぇこここげぇこ!」

 玉座に鎮座する銀のガルガリバンボンが何かを叫べば、鬼人族を取り囲む通常のガルガリバンボンたちが手にした棍棒を振り上げて足を踏み鳴らす。

「………………ライナス?」

「カエルの言葉は俺にも分からんと言ったはずだ。しかし、たとえ言葉は分からなくても推測はできる。あのカエルどもは、何らかの儀式を行っているように俺には思えるな」

「儀式だと?」

 奥にいる巨大な銀のガルガリバンボンの叫び声──鳴き声?──に合わせて、他のガルガリバンボンたちは叫び声を上げ、足を踏み鳴らし、そして踊っているかのようにくるくるとその場で回転している。

 確かにそれは、何らかの儀式を行っているように見えなくはない。

「もしも連中が行っているのが儀式であるなら、鬼人族たちの役割は…………」

 生贄。

 ライナス以外の面々の脳裏に、そんな言葉が浮かび上がる。

 巨大カエルたちが行っている儀式が、平和的なものだとはちょっと考えづらい。確かにその可能性もゼロではないだろうが、限りなくゼロに近いだろう。

 実際、広い空間の中央に集められている鬼人族の中から、一人の男性がガルガリバンボンによって選び出され、その場で片腕が食いちぎられた。

 通常のカエルとは異なり、ガルガリバンボンの口には小さく鋭い牙がサメのように何列も生えている。そのことを、これまでに倒したガルガリバンボンを調べてジルガたちはよく知っていた。

「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!!」

 腕を食いちぎられた鬼人族の男性が叫び、周囲に血が飛び取る。

 腕を食いちぎったガルガリバンボンは、口の中からちぎれた腕を取り出し、それを高々と掲げた。

 奥にいる銀のガルガリバンボンが、両手を振り上げる。それに合わせて、他のガルガリバンボンたちがそれぞれ、手近にいる鬼人族へと手を伸ばす。

 カエルの化け物に捕らえられた鬼人族が持ち上げられ、そのまま腕や足を食いちぎられていく。

 その後、犠牲となった鬼人族を適当に放り出し、ガルガリバンボンたちは食いちぎった手足を銀の大ガルガリバンボンの前へと積み上げる。

 その様子は、祭壇に贄を捧げるよう。

 よく見れば、積み上げられた手足の下には鬼人族の遺体らしきものも見えた。おそらく、集落を襲撃した際に命を落とした戦士の亡骸だろう。

 この光景を見た一行は確信する。ライナスが言うように、これは何らかの儀式に違いないと。

 再びガルガリバンボンたちが、「捧げ物」を作るために鬼人族を捕らえて持ち上げる。

「は、放せっ!! 俺を放せよ、この化け物カエルがっ!!」

 中には、捕らえられて必死に抵抗する者もいる。その者は自分を持ち上げるガルガリバンボンを何度も蹴りつけるが、まるで効いた様子はない。

「あ、あれは…………」

「エルカト……」

 通路の陰から様子を見ていたストラムとハーデが、震える声を零した。

 今、ガルガリバンボンに掴み上げられ、必死に抗っている者こそ、彼らとは深い因縁のあるエルカトのようだ。

 エルカトは何度も何度も蹴りつけるが、化け物カエルの巨体は全く揺らぐこともない。

「げぇぇこげこげろげろげ!」

「げげげげげろろげんげここ!」

「げぇぇぇぇぇこ、げこげろ!」

 銀のガルガリバンボンが何かを叫び、それに応えて他のガルガリバンボンがそれぞれ持ち上げた鬼人族の腕や足を食いちぎろうとする。

「ライナス! 後は任せた! これを使ってくれ!」

「ああ! 行け、ジルガ!」

 白い魔術師に小さな何かを放り投げた後、その声に押されるかのように黒いふうが飛び出す。

 その後を追うようにして、鬼人族の姉弟も駆け出していく。

「ライナス様! 俺たちも!」

「気持ちは分かるが少し待て」

 焦るストラムを制しながら、ライナスはいくつもの魔術を続けて行使する。

 先行する姉弟たちに身体強化と防御強化、そして、同じ魔術をストラムとハーデにも付与した。

 最後に、〈言語理解〉の魔術を仲間たちに施す。

 これは未知の言語を理解できるようになる魔術だ。ただし、効果時間はそれほど長くはなく、相手の言葉が理解できるようになるだけ。互いの言葉を「翻訳」するものではないため、意思の疎通を図ることはまずできない。

 それでも、ガルガリバンボンたちが独自の言葉を用いているのであれば、連中の言葉が分かるのは大きいだろう。

 そして、ライナスが全ての魔術を行使し終えた時、漆黒の暴風がガルガリバンボンの一体の首を刎ねていた。



 どしゅ、という鈍い切断音。少し遅れて、しゅわわわという液体が噴き出す音がした。

 それらの音を聞いた鬼人族たちだが、何が起きたのかまでは理解できていない。

 首を失ったガルガリバンボンの体がゆっくりと傾ぎ、やがて音を立てて地面へと倒れ伏した。

 そして、鬼人族たちは見る。

 突然首を失って倒れたガルガリバンボンの背後から、カエルの化け物よりも遥かに恐ろし気な鬼気を放つ、漆黒の悪魔の姿を。

 その黒い悪魔は巨大なハルバードを手にし、全身からガルガリバンボンの返り血を滴らせている。

 あまりにも恐ろしいその姿に、鬼人族の女性は何人も気を失い、幼い子供たちは失禁しながら泣き叫ぶ。

 カエルの化け物よりもなお恐ろしそうな、その黒い悪鬼が首を巡らせた。

 頭全体を覆う兜のため、その視線は定かではない。だが、その悪鬼の視線に捉われた途端に命を奪われるのでは、と鬼人族たちは全身を恐怖に震わせる。

「安心するがいい。助けにきたぞ」

 血の底から響くような低くおどろおどろしい声。

 泣いていた子供たちがびくりと一度だけ震えるとそのまま押し黙り、大人たちの中にも恐怖のあまりに失禁する者が出るほど。

「…………ああ、『白鹿の氏族』は今日で滅亡するのか……」

「……な、なんて日だ…………カエルの化け物に続き、更に恐ろしい黒い悪魔まで現れるとは…………」

「我らを守護せし祖霊よ! 我らはあなた様に見放されたのかっ!? 俺たち、何か悪いことしちゃったっ!?」

 何とか意識を保っている者たちも、口々にこの世の終わりを嘆いている。

「…………だから、私は助けに来たのだが……」

 鬼人族の言葉は、ジルガには分からない。だが、彼らの雰囲気から何となく察せるものはあるのだ。

「げぇぇぇぇぇこ!」

「げぇここげぇぇぇぇご!」

「げぇ!」

「げげこげぇぇぇぇぇ!」

「げろんげぇぇぇぇぇろ!」

「げろろろろろろろ!」

「げろんちょ! げろばんちょ!」

 ライナスが行使した〈言語理解〉もウィンダムが無効化している。よって、ジルガだけがカエルの言葉を理解できていない。

「……まあいい。あのカエルどもを倒せばいいだけのことだ」

 鬼人族を取り囲むように立つガルガリバンボンたち。そして、この地下広場の最奥でいまだ玉座に座っている銀色の巨大カエル。

 漆黒の全身鎧の鋭い視線が、悪夢のようなカエルの化け物たちへと向けられた。

 そこに、猛る闘志の炎を宿しながら。


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