洞窟の奥と【黒騎士】

 ライナスが使用した魔法の灯りを頼りに、【黒騎士党】は洞窟内を進む。

 洞窟内はほぼ直進、横道のようなものは一切ない完全な一本道。

 道幅は相当広く、天井は道幅よりも更に高い。大柄なジルガが得物であるハルバードを振り回しても、十分な余裕があるほど。

 間違いなく、この洞窟はガルガリバンボンの巨躯が通ることを想定されているのだろう。

 一行より先行するのはレディル。夜目が利く鬼人族である彼女は、魔法の灯りがほぼ届かない場所でも行動に制限がない。

 罠などに気をつけながら、慎重に歩を進める。

「ここまで襲撃などはないが……」

「そろそろ、歓迎されてもよさそうな頃合いだな」

 油断なく周囲を警戒しながら、ジルガとライナスが言葉を交わす。

 そんな二人の後ろにレアスとハーデが続き、殿をストラムが務めていた。

 ジルガはレアスに殿を任せようとしたのだが、まだ幼い息子にそんなことはさせられないとストラムが主張した結果、彼に殿を頼むことになった。

 母の隣、緊張した面持ちで歩いていたレアスが、ふと空気が変わったことに気づく。

 正確には、洞窟内をゆっくりと流れる空気に含まれる臭いに。

「ジルガさん、妙に生臭い臭いがしてきた」

「私もレアスと同じことを感じました。おそらく、この先に何かがいます」

 先行していたレディルが戻ってきて、弟と同じことを告げる。

「ということは、この先にいるのは……」

「ガルガリバンボンか、それを操っている黒幕か、だな」

 ジルガとライナスが互いに頷き合う。

「私が先を行こう。レアスは後方から弓で援護、レディルはご両親とライナスの護衛。いいな?」

 ジルガの言葉に、鬼人族の姉弟が真剣な表情で頷いた。

 間違いなく、この先に「白鹿の氏族」を襲った者たちがいる。そしてそれは、ガルガリバンボンとそれを操っていると思われる黒幕に違いない。

「よし、行くぞ。各自警戒を怠るな」

 仲間たちにそう告げたジルガは、いつもの歩調で奥を目指す。

 もちろん、がっちゃんがっちゃんと鎧を鳴らしながら。



「むぅ、待ち構えられていたか」

「当然だ」

 洞窟を進んだ先、そこはちょっとした広間になっていた。

 そしてその広間には、無数の大カエルとそれを指揮するガルガリバンボンが待ち構えていたのだ。

 洞窟内にジルガの鎧の音が高らかに響いていたため、こうして敵は万全の態勢で待ち構えていたのだろう。

「まあ、君と一緒に行動する以上、奇襲など最初から考えてはいないさ」

 ライナスが手にした杖をひょいと振るいながら詠唱を始める。そして短い詠唱の後、地面から二体の岩人形が出現した。

「極めて簡易的なゴーレムだ。精々10分ほどしか持続しないぞ」

「十分だ」

ジルガと同じくらいの体格をした岩人形。製作者であるライナスが言う通り、詠唱を最低限まで簡略化したため持続時間は短いし、性能自体も高くはない。

 それでも無数の大カエルの相手ぐらいはできる。

「雑魚は俺たちに任せろ」

「心得た」

 ライナスの言葉を背に受け、ジルガは愛用のハルバードを構えて突貫する。

 目指すは無数の大カエルの奥。そこに控えたのガルガリバンボン。

「邪魔をするな!」

 気合一閃、ジルガがハルバードを掬い上げるようにして振るう。

 その軌道上にいた大カエル数体が纏めて両断されながら吹き飛び、ジルガの前に短い道ができる。

 左右から大カエルが押し寄せて、ジルガが作り出した道はすぐに埋まりそうになるが、そこへライナスが作り出したゴーレムが割って入った。

 岩でできた魔術人形は、その頑丈な体と重量級の体重を活かして壁となり、大カエルを堰き止める。

 大カエルの主な攻撃手段は体当たりだ。普通の人間であれば吹き飛ばすことさえある威力の体当たりも、自身より大きくて重い相手にはあまり効果がない。

 それでもガルガリバンボンに命じられたためか、大カエルたちは岩ゴーレムへと体当たりを繰り返す。

 もちろん、たった二体のゴーレムで全ての大カエルを防ぎ切れるわけもなく、ジルガへ襲い掛かる大カエルもいる。

 しかし、彼女が纏う黒魔鎧ウィンダムはまさに動く要塞。大カエルの体当たりなど何の痛痒にもなりはしない。

 結果、ジルガは津波のように押し寄せる大カエルをものともせず、ハルバードを竜巻のように振るいながらどんどんと奥のガルガリバンボンへと近づいていく。

 そして、遂に漆黒の竜巻がガルガリバンボンへと到達した。



 一方、大カエルはジルガにだけ押し寄せたわけではない。

 後方に控えるライナスたちにも、ジルガほどではないがそれなりの数の大カエルが襲いかかっていた。

「ライナス様は後ろに下がってください!」

 ライナスたちの先頭に立つのはストラム。

 山刀を右手に、短刀を左手に構え、押し寄せる大カエルを斬り捨てる。

 狩人である彼が最も得意とする武器は弓だが、今は愛する妻と子供たち、そして大恩あるライナスを守るために接近戦を挑んでいた。

「あなた……私も一緒に」

 次々と大カエルを屠るストラムの隣に、妻のハーデが短刀を手にして並び立つ。

 彼女もまた鬼人族であり、戦闘の経験はあるのだ。

「私だってレディルとレアスを守りたいの」

「ああ。私たち二人で子供たちを守ろう」

 夫婦が互いに見つめ合い、頷き合う。

 二人の間にあるのは確固たる決意。何があっても子供たちを守ろうという、親としての愛と責務。

 だが、結果的に彼らの決意はあまり意味がなかった。

「はあああああっ!!」

 父であるストラムよりも速く鋭く、レディルはジルガより譲られた二刀を振るって大カエルを次々に仕留めていく。

 そして、そんな彼女の後方からは、正確無比な弓による射撃。

「………………」

「………………」

 両親たちに自分たちの成長を見せつけるかのごとく、姉弟は次々に大カエルを屠っていく。

「…………我が子の成長を喜ぶべきか、親としての不甲斐なさを嘆くべきか……」

「…………私たち、完全に必要ないわよね……」

 呆然と言葉を零す夫婦。そんな彼らを守るように、新たな岩人形たちが地面からせり上がってくる。

 新たに出現した魔術人形は全部で四体。その内の二体が先行するジルガの援護に、残る二体を自身の護衛にとライナスが指示を飛ばす。

「ストラム殿、ハーデ殿、あなた方の子供たちはもう、ただ守られるだけの幼子ではない。そのことを──子供の成長を喜びたまえ」

 愛用の杖を構え、ストラムとハーデに微笑みながらそう告げたライナスは、更なる詠唱を始める。

 その詠唱が終わると同時に、レディルとレアスの体を燐光が包み込んだ。

「防御力を上げる補助魔法をかけた。だが、魔法の補助を過信するなよ」

「はい、わかっています!」

「うん!」

 ライナスほどの実力者が行使する魔法で守りを固めようとも、決して無敵にはならない。大カエル程度の攻撃ならばほぼ無効化できるだろうが、怪力を誇るガルガリバンボンの攻撃ともなれば、精々半減させる効果しかないだろう。

 それを考えると、ガルガリバンボンの攻撃でさえ完全に無効化してしまうジルガの黒魔鎧ウィンダムが、いかに常識外れの存在かよくわかるというものだ。

 そのジルガは今、三体のガルガリバンボンを同時に相手取っていた。

 三方から怒涛の如く押し寄せる棍棒を、受け止め、躱し、時にあえて鎧に当てながら、ジルガは三体の魔物と真正面から渡り合う。

 大柄なジルガよりも、更に巨体なガルガリバンボン。それを三体も同時に相手取るとなれば、普通の人間ならあっという間に押しつぶされるだろう。

 組合所属の勇者であっても、三体ものガルガリバンボンを相手にするのであれば、階位二桁の勇者で五人、一桁であっても三人は必要だろう。

 だが、ジルガは単独で互角に渡り合っている。

 いや、互角どころか誰がどう見てもジルガの方が優勢だ。

 その証拠と言わんばかりに、真横に一閃されたハルバードでガルガリバンボンの一体が上下に両断された。

 耳障りな奇声──ガルガリバンボンの断末魔の叫びが洞窟内に木霊する。びしゃびしゃという血と臓物が周囲にぶちまけられる音も同時に。

 ガルガリバンボンの異臭を放つ返り血を全身に浴び、あちこちからそれを滴らせながら、ジルガは残る二体を睨みつける。

 その眼光と全身から放たれる鬼気に、巨大なカエルたちが思わず数歩後ずさった。

 そこへどん、と足音を響かせて踏み込む漆黒の鎧。あっという間に彼我の距離を食い尽くしたジルガが、下段に構えたハルバードを鋭く振り上げる。

 描かれるは鋭利な三日月。

 生じるは咲き乱れる血煙の花。

 ガルガリバンボンの左腰から右肩にかけて、銀の後を追うように黒が混じった赤い線がはしり抜けた。

 僅かな間を置いて、描かれた赤線から異臭のする臓物が溢れ出し、同時にガルガリバンボンの命もまた、その巨体から零れ落ちる。

 これで残る巨大カエルは一体。

「…………ふむ、大した脅威ではなかったな」

 と、平然と言い切る黒い死神。

 そんな彼女を自分以上の怪物であるかのように、最後に残されたガルガリバンボンが怯えたような目で見つめた。

 いや、実際にガルガリバンボンは怯えているのだろう。

 人間にはカエルの表情などまず分からない。それでも、巨大な怪物の左右に突き出した赤い目に、恐怖がありありと浮かんでいることに【黒騎士党】の面々は理解した。

 この頃になると他の大カエルは既にほぼ駆逐され、ライナスたちはジルガとガルガリバンボンの戦いを見守っていたのだ。

「本来であれば、『白鹿の氏族』の皆をどこへ連れ去ったのか聞き出すところだが……」

 ジルガの視線が背後のライナスへと向けられる。

 その視線に含まれた意味を理解した白い魔術師は、ひょいと肩を竦めて見せた。

「さすがに、カエルの言葉までは修得しておらんよ。言語理解の魔術はあるが、おそらく使うだけ無駄だろう。ガルガリバンボンに尋問が理解できるほどの知能はあるまい」

「………で、あるか」

 ぐっと腰を落とし、そのまま跳躍するジルガ。彼女のハルバードが空中で半円を描いた時、ガルガリバンボンの巨大な首がぽーんと軽快に宙を舞った。








~~~ 作者より ~~~


 来週はGW休み。

 次回の更新は5月15日の予定です。

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