巨大カエルの行方と【黒騎士】
改めて「白鹿の氏族」の集落内を調べてみたところ、集落内には老人から子供まで誰一人として残っている者はいなかった。
争った形跡は集落中にある。集落のあちこちで見つかった血痕は、集落の戦士のものだろうか。少なくとも、全くの無抵抗で住人たちが連れ去られたわけではなさそうだ。
そう。
この集落で暮らしていた鬼人族たちは、ガルガリバンボンによって連れ去られたとライナスは推測した。
ライナスからその推測を聞き、一流の狩人であるストラムが改めて調べてみれば、鬼人族のものと思われるいくつもの足跡が、集落の外へと続いていたのだ。
更には、その足跡を踏み潰したような形でガルガリバンボンの足跡も見つかっている。
「ここの住民たちは、ガルガリバンボンに背後から脅されるようにしてどこかへ連れて行かれたようだな」
「では、何の目的があってこの集落の者たちを連れて行ったのだ? それに、そんなことをするだけの知恵がガルガリバンボンにあるとは思えないのだが?」
「それに関しては俺も同感だ。間違いなく、ガルガリバンボンを操っている者がいるのだろう。そいつが何を考えて鬼人族たちを連れ去ったのか…………そこまでは分からんが」
ライナスとの会話を切り上げたジルガは、入念に足跡を調べているストラムへと尋ねる。
「ストラム殿、足跡を追うことはできそうか?」
「はい、ジルガ様。足跡を追跡することは難しくありません」
残された足跡ははっきりとしている。優れた狩人であるストラムであれば、いや、少し心得がある者ならば、この足跡を辿るのは難しくはないだろう。
加えて、足跡がそれほど古いものではないことをストラムは告げた。
「足跡が刻まれてから、三日も経ってはいないでしょうな」
「であれば、連れ去れた鬼人族たちが生きている可能性も少なくはない、か」
ジルガは視線を足跡が続く先へと向けた。
そこには、複数のガルガリバンボンと、それらを操る黒幕がいる。
「ストラム殿、足跡の追跡を頼めるか?」
「それはもちろん……ですが、ジルガ様がどうして『白鹿の氏族』の危機に関わるのですか?」
ストラムの疑問ももっともだろう。
これは鬼人族「白鹿の氏族」の問題であり、人間であるジルガやライナスには全く関係のない話だ。
これが勇者組合を通した依頼であればまた別だが、ジルガたちがこの件に進んで関わる理由はないはずである。
そんなストラムの疑問を、ジルガはあっさりと吹き飛ばす。
「決まっている。ここがレディルとレアス、そしてストラム殿とハーデ殿に関わる場所であり、『白鹿の氏族』が危機に瀕している。ならば、手を差し伸べるのは当然だろう?」
「要するに、我々は勝手に首を突っ込むだけだ。もしも『白鹿の氏族』から介入を拒まれたら、その時は潔く手を引く…………が、お人好しな誰かさんはそれでも勝手に手を差し伸べるだろうさ」
ジルガの大きな肩をぽんと叩きながら、ライナスが柔らかく微笑む。
「そして、その誰かさんがそうするのであれば、俺もまたそれに倣うだけだな」
「うむ、ライナスならそう言ってくれると信じていたぞ」
嬉しそうに何度も頷きながら、白い魔術師を見つめ返す漆黒の全身鎧。
そんな二人を、にこやかに見つめる鬼人族の姉弟。
どうやら、【黒騎士党】としての意思は纏まっているようだ。
「私より、ストラム殿はどうなのだ? ここは貴殿の故郷とはいえ、追放された身だろう? それでもなお、この集落の人々を助けるつもりか?」
「もちろんです。ここが私とハーデの故郷なのに違いはありませんから。たとえ追放された身でも、同胞たちを心配する思いに違いはありません。私は一人でも多くの同胞を助けたい」
決意のこもった視線を、ジルガに向けるストラム。
彼自身は確かに氏族を追放されたが、それでも氏族には親しかった者たちがいる。彼らが危機にさらされているのであれば、可能な限り助け出したい。
加えて、その中にはハーデの家族もいる。特に彼女の両親には幼い頃から世話になったこともあり、無事であるなら救出したい。
「つまり、私とストラム殿は同じ考えというわけだな!」
「確かに。我々はお互い相当なもの好きというわけですな」
「うむ! では急ぎ足跡を追おう。早く動けばそれだけ犠牲者を少なくできるかもしれん」
ジルガのその言葉に感謝の念を抱きながら、ストラムは残された足跡の追跡を始めた。
ひゅん、と風を切る音が樹々の間に響く。
同時に、べしゃりという湿った何かが潰れたような音も、また。
ジルガたちの目の前に次々と現れるのは、巨大なカエルたち。一般に大カエルと呼ばれる魔物であり、個体の脅威度はそれほど高くはない。
それこそ、駆け出しの組合勇者でも余裕で倒せるぐらいの強さだ。
だが、そんな弱い魔物でも数が揃うと厄介な敵となる。
ジルガたち【黒騎士党】の周囲を埋め尽くすように、大カエルたちがいる。その数は百や二百では足りないだろう。
大カエルの主な攻撃手段は、その巨体を活かした体当たりだ。中には毒を有する種類もいて、体当たり時に体表から滲み出る毒を塗り付けてくることもある。
1メートル近い大カエルが真正面から勢いよくぶつかってくれば、それだけで大きな衝撃となる。とはいえ、その動きは単調であり、体当たりを避けるのは難しくはない。だが、それが四方八方からとびかかってくるとなれば話は別だ。
「ストラム殿はハーデ殿から離れるな! レディル、君も母親を守れ!」
「わかりました、ライナスさん!」
「レアスは木に登って上から援護! このカエルは体が大きすぎて木に登れないだろうから、上から落ち着いて狙っていけ!」
「はい!」
仲間たちに補助魔法をかけながら、ライナスも飛空魔法で宙に浮かぶ。
「レディル、カエルの毒に気をつけろ! 血や体液を浴びるなよ!」
宙に浮かびながら、次々に指示を出していくライナス。だが、その声に切羽詰まったものはない。
なぜなら、彼らの目の前では漆黒の旋風が吹き荒れているからだ。
次々に襲いかかってくる大カエルを、漆黒の疾風──ジルガは手にしたハルバードで両断していく。
彼女の体に大カエルの血や体液が降りかかるが、
また、いくら大カエルが体当たりを繰り返そうが、漆黒の巨体は揺るぐことさえない。
結果、ジルガは一方的に大カエルを解体していく。
彼女がハルバードを一閃する度に、4、5匹のカエルが両断されて宙に舞う。
ひゅんひゅんひゅんと連続して風を切り裂く音が響くと、風切り音の数倍のカエルが断末魔の叫びを上げながら解体されていく。
その光景を、ストラムとハーデはぽかんとした表情で見つめるばかり。
「つ、強いとは思っていたが、ジルガ様はあそこまで…………」
「正直言って私、ジルガさんより強い人ってすぐに思いつかないんだよね」
思わず呟いた父親の声に、レディルが苦笑しながら答えた。
「あ、あの強さは……呪いの黒鎧の影響なのか……?」
「それが……ライナスさんが前に言っていたけど、鎧のせいばかりじゃないみたい」
黒魔鎧ウインダムの真価は、その卓越した防御力にある。
竜の炎さえも受け付けない、まさに鉄壁の防御力こそがウインダムの特性。
確かに装着することで身体能力も多少は上昇するが、特筆するほどでもない。
それなのに、ジルガが圧倒的な戦闘力を誇るのは、ジルガ──いや、ジールディア自身の才能とこれまで積み上げてきた経験と努力の結果だ。
武の名門といわれるナイラル侯爵家。女性でありながら、彼女は「戦いの遺伝子」とでもいうべきものを一番色濃く受け継いだ。
その才能に加え、鎧に呪われてから三年に亘って彼女は数々の依頼をこなしてきた。
それこそ、普通であれば相当な実力者が数人がかりで挑むような依頼を、彼女は全て単独で達成してきたのだ。
その結果、秘められた才能が花開き、更に積み上げた経験と努力がジールディアを今の階梯へ──単独で竜さえ打倒するほどにまで押し上げたのである。
もちろん、それはウインダムの圧倒的な防御力に支えられてこそ、可能であっただろう。
しかし、決してウインダムの力だけではない。
もしもこの場に【黄金の賢者】がいるのなら、【獣王】の魂の欠片を受け継いだことを理由のひとつとしてあげるに違いない。
先祖代々受け継いできた武の才能、絶え間なく続けられ、積み上げられた努力と経験、そして、【獣王】の魂の欠片がもたらす力と黒魔鎧ウインダムの防御力。
その全てが揃ったからこそ、今の彼女がある。
気づけば、一行の周囲には無数の大カエルの「残骸」が散らばっていた。
「うむ、数だけは多かったが、それほどの脅威ではなかったな」
と、涼しい顔──兜で素顔は見えないが──で、言い切るジルガ。
そんな彼女に、他の面々は既に呆れるしかなかった。
その後も大カエルの襲撃は続いた。
だが、その全てを【黒騎士党】は撥ね退けた。もちろん、大カエルの八割方を倒したのはジルガである。
そして今、一行の目の前には巨大な洞窟があった。
「ストラム殿、ハーデ殿、この洞窟を知っているか?」
洞窟の正面に仁王立ちし、漆黒の闇がわだかまる洞窟内をじっと見据えながら、ジルガはここの地理に詳しい二人に聞く。
「い、いえ……このような場所に、洞窟なんてないはずですが……」
「少なくとも、私たちがこの地を飛び出すまで、ここに洞窟なんてありませんでしたよ?」
二人の返答を聞き、ジルガはゆっくりと頷いた。
彼らの足元には、いくつもの足跡。もちろん「白鹿の氏族」に属する鬼人族たちのものであり、その足跡は洞窟へと続いていた。
「この中には何がいるのやら……だが、行くのだろう?」
「当然だ」
ライナスの言葉に、彼の方を振り向くことなくジルガは答えた。
そして、がちゃりがちゃりと鎧を鳴らすジルガを先頭に、【黒騎士党】は闇がわだかまる洞窟内へと踏み込むのだった。
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