鬼人族親子と【黒騎士】
「では、お互いに有益な情報はなし、ということか?」
日が暮れて。
ナイラル侯爵家の王都タウンハウスの一室において、ジルガとライナスは互いの情報収集の結果を報告し合っていた。
「少なくとも、本日の勇者組合での聞き込みでは、ソフィア遺跡街もラカウ大湿原も知っている者はいなかったな」
「こちらも図書室で調べたのだが、それらしい地名に関する情報は見当たらなかった」
「どういうことだ? 我々が探している地は、ここからよほど遠い所にあるのだろうか?」
「その可能性もあるし、他の可能性もあるだろう」
「他の可能性……ですか?」
今、部屋の中にいるのはジルガとライナス、そしてレディルとレアスの四人。
ジルガ──いや、ジールディアの家族や他の使用人たちは、あえてこの場に近づかないようにしている。
ジールディアの家族たちは一緒にいたかったようだが、この場はあくまでも組合勇者【黒騎士党】の打ち合わせなのだ。それを理由に、ジールディアが家族の同室を拒否した。
今の彼女はナイラル家の令嬢ではなく、あくまでもナイラル家の客人である【黒騎士】ジルガだ。そのため、この家に寝泊まりしていても自室ではなく客間を利用しているほど。
ナイラル家の者や事情を知る使用人たちも、ジールディアの呪いに関することを漏洩させないため、この条件を飲み込んでいた。
そんな他の者の目がない場所であるためか、この家に来てから妙に遠慮がちであったレディルとレアスも、以前のように気楽な様子でライナスに尋ねた。
「そもそも、ソフィア遺跡街とラカウ大湿原という地名は、師から譲り受けた例の資料に記されていたものだ」
「うむ、レメット様がそうおっしゃっていたな」
「だが、この資料が記されたのは相当昔だ。今も当時と同じ地名が使われているとは限らんし、地形そのものが変わってしまった可能性さえある」
「でも、地名ってそんなに変化するものなのですか?」
「ああ、案外変わるものだ。その土地の支配者が変われば、新しい支配者の考え方次第でころころ変わるさ」
分かり易い例をあげるなら、戦争などで土地の支配者が変わることだろう。
それまでの地名が新支配者にとって都合が悪い場合──旧支配者にちなんだ地名だったり、旧支配者を称賛したりするような地名だったり──、地名を変更することは十分考えられる。
「じゃあ、地形が変わる場合は? 僕、地形が変わるなんて信じられないけど」
「確かに、地形はそうそう変わるものではないな。だが、地震などで山が崩れる場合もあるし、地下水脈の流れが変わることで湖が干上がることもある。更に言うなら、この世界には地形さえも変えてしまうほどの力を有するものもいる」
地形さえも変えてしまうもの。ライナスからそう聞かされたレディルとレアスは、思わず部屋に鎮座する黒い全身鎧の人物を見た。
「さすがのジルガさんも、地形を変えるまでは……ねぇ?」
「でも、ジルガさんならやりかねない気がしなくもないよな」
小声でぼそぼそと呟き合う姉弟。彼女たちが件の黒い人物をどう見ているかがよく分かる一面である。
そんな姉弟に苦笑しながらも、ライナスは言葉を続けた。
「実際、五、六十年ほど前に地形が変わるほどの激しい戦いがあったことだしな」
「おお、銀邪竜と三英雄の戦いか!」
「あの戦いの際、実際に山が削れたり海岸線が変わったりしたそうだからな」
もちろん、その情報源は当事者たる三英雄の一人、【黄金の賢者】その人である。
更に言うならば、ジルガの祖父も銀邪竜との戦いに参加し、そこで多大な武勲を挙げたことでナイラル家は侯爵にまで昇爵したという
ようやくヴァルヴァスの五黒牙に関する手がかりを得たものの、そこから先が進まない。そのことに、ジルガは漆黒の鎧の奥から唸るような声を零す。
「むぅ……なかなか進展しないな」
「探し物をする場合はそんなものだ。特に、こういう『宝探し』の場合はな」
「…………言われてみれば、確かにそうだな」
ライナスに言われて、ジルガも思い当たることがあった。
彼女が黒鎧に呪われてから三年以上。最近になってようやく呪いを祓う手がかりが掴めたものの、それ以前の三年間というものはほとんど手がかりらしいものはなかった。
それを考えれば、ライナスと出会ってからは随分と進展した方だ。
「これもライナスのおかげか」
「俺がどうかしたか?」
「なに、やはりライナスは頼りになるという話だ」
「君にそう思ってもらえるのなら何よりだな」
黒白の二人に間に、どことなくストロベリィな雰囲気が立ち込める。
その様子を、レディルはきらきらとした期待を込めた瞳で見つめ、レアスはまた始まったとばかりに天……いや、部屋の天井を仰ぐ。
その時だった。部屋の扉を控え目に叩く音が響いたのは。
「少々ご休憩されてはどうですか? もう随分と長いこと話し合っていますよ?」
お茶と軽食を載せたカートを押して部屋に入ってきたのは、レディルとレアスの母親であるハーデだった。
体力の方もかなり回復した彼女は、休んでばかりいては逆に体が鈍ってしまうからとナイラル侯爵邸で様々な雑用を引き受けるようになった。
もちろん無理のない範囲のことであり、夫のストラムもまた、庭仕事などを手伝っている。
当主のトライゾンやその妻のエレジアを始め、侯爵家の者や使用人たちは彼らを客として扱ってはいるが、当の本人たちがそれを望んでいるとあって好きなようにさせているのが現状である。
「かなり熱心に話し合っているのね? 一体、何について話し合っているの?」
お茶を淹れながら、ハーデは我が子たちに微笑む。
「実は古い資料に書かれていた場所を探しているんだけど……」
「ジルガさんやライナスさんが探しても、その場所が分からないんだよ」
姉弟は母親が準備した軽食のお菓子に手を伸ばしながら、自分たちの現状を説明する。
別に秘密にしておくようなことでもないので、ジルガもライナスも特にそれを止めることもない。
「お二人が探しても分からないことがあるのね」
「そりゃそうだよ。ジルガさんもライナスさんも凄い人たちだけど、万能じゃないからね」
「ふふふ、それもそうね」
ハーデは目を細めながら、どこか得意そうな様子のレアスの頭をなでる。
少し会わない内に、随分と立派なことを言うようになったものだ。これもやはり、ジルガとライナスに出会ったおかげだろう、とハーデは改めて黒白の二人に感謝の念を覚えた。
「それで、どんな場所を探しているのかしら?」
「ソフィア遺跡街とラカウ大湿原って場所なんだけど、知っている人が全くいないみたい」
「ソフィア……? それってもしかして……」
「お、お母さん、何か知っているの?」
頬に手を当て、首を傾げながら何やら考え込む母に、レディルとレアスが驚いたように立ち上がった。
ジルガとライナスでさえ、その顔に驚きの表情を浮かべて──ジルガの表情は兜のせいで読めないが全身の雰囲気で──いる。
「レディルたちが探している場所かどうかは分からないけど、私の故郷に伝わる伝承にソフィアって街が登場するの。もしかしたら、何か関係があるのかもしれないわね」
「私とハーデが生まれた氏族の集落近くに湖があるのですが、その湖の中央にソフィアという名前の街がかつて存在した、という伝承が残されております」
自分だけでは何だからというハーデの言葉を受け、庭仕事を手伝っていたストラムも交えて彼らの故郷に伝わる伝承についての説明を受ける【黒騎士党】の面々。
「なるほど……人間以外の種族に伝わる地名であったか」
「そこを考慮するのを忘れていた俺のミスだな、すまん」
「いや、何を言う。ライナスでも間違えることがあると分かって、私は逆にうれしいぞ?」
ヴァルヴァスの五黒牙に関する件の記録は、そもそも
最近、ちょっとしたことでストロベリィな雰囲気に陥る黒白二人組。
そんな二人をレディルはわくわくしながら、ハーデは微笑ましそうに、そして男性陣であるレアスとストラムはどことなくげんなりした様子で見つめる。
「それで、ストラム殿とハーデ殿の故郷はどちらにあるのだ?」
「……その件に関してですが……」
「……私と夫は、故郷を捨てた……いえ、追放されたのです……」
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