情報収集の【黒騎士】

「おい、何だ、ありゃ?」

「また【黒騎士】の奴がおかしなことを始めたっぽいな」

「あいつ、時々変なことを突然やり始めるよな」

「ああ、前は何だったか……お、そうそう、竜笛の作り方を探しているとかどうとか言っていたよな」

「竜笛? 何だそりゃ?」

「俺が知るかよ。詳しいことが知りたきゃ【黒騎士】本人に聞け」

「え? い、嫌だよ。あいつ、何となくおっかねえもん」

 それは昼がほど近い勇者組合の建物内にて。

 早朝の一番混み合う時間帯が過ぎて、ほどほどに人が少なくなった勇者組合の建物内。それでもここは王都であり、人がまばらということもなくそこそこの数の組合勇者が居合わせている。

 そんな組合勇者たちの視線を、一身に集めている者がいた。

 もちろん、我らが【黒騎士】ジルガである。

 【黒騎士】は勇者組合の一角にどっかりと腰を下ろし、その背後にレディルとレアスが従者のように控えている。

 そして、【黒騎士】の傍らのテーブルの上には、何とも奇妙なモノが激しく自己主張していた。

 それは、一抱えほどの頭蓋骨。

 頭蓋骨と言っても人間のものではなく、肉食獣らしき動物か魔物のもの。その頭蓋骨が、大きく口を開けてテーブルの上に鎮座しているのだ。

「なあ、あいつ、今度は何をおっ始めたんだ?」

 一人の組合勇者が、手近な受付女性に訊ねる。

「え、えっと……【黒騎士】さんはちょっと前に組合にいらしたんですけど、何でもとある場所の情報を集めたいとかでああやって……」

「とある場所? 未発見の遺跡か何かか?」

「そこまでは私も知りませんけど、その場所を教えてくれた人には謝礼を払うとかで……」

 謝礼と聞き、その勇者の口元が歪に吊り上がる。

「へえ……で、何て場所なんだい?」

「えっと……ソフィア遺跡街とラカウ大湿原って場所らしいんですけど、どうやらこの国ではないみたいで。それでああやって……」

 受付の女性が【黒騎士】を見やる。建物内の一角に腕を組んで座り込んだその姿は、何とも言えない鬼気と迫力を周囲に振り撒いていた。

「しかも、その場所を教えた人には、謝礼として最大で金貨100枚を支払うそうです」

「ほう……そりゃまた気前のいいこって」

 その勇者の口元の笑みが更に深くなる。

 金貨1枚あれば、標準的な平民1家族──庶民1家族の構成は6、7人が一般的──が10日ほどは生活できるのだから、金貨100枚はかなりの大金だ。

 それだけその場所の情報は、【黒騎士】にとって重要なのだろう。ならば、上手く丸め込めばその金貨をかすめ取ることができるかもしれない。

 どうせ本人さえも知らない場所なのだ。適当なことをでっち上げてもばれはしない。仮にばれたとしても、金貨を手に入れたら早々に王都を去れば、さすがの【黒騎士】とて足取りを掴むことは難しかろう。

 口元に浮かんでいた歪な笑いを引っ込め、その勇者は先ほどとは逆の親しみやすい笑みを浮かべて【黒騎士】へと近づく。

「よう、聞いたぜ、【黒騎士】さん。ラカウ大湿原の場所を探しているんだって?」

「うむ、その通りだ。提示された情報の確度によって、下は金貨1枚、上は100枚の情報料を支払おう」

「実は俺、数年前だけどラカウ大湿原に行ったことがあるんだよ。もう一つの……何とか遺跡街の方は知らないが、大湿原なら正確な情報を提供できるぜ?」

「ほう! それはありがたい! では、早速──」

 【黒騎士】のごつい指先が、テーブルの上に鎮座している奇妙な頭蓋骨を指し示した。

「ん? 何だ、この骸骨は?」

「ああ、これは神器だ」

「へえ、これまた珍妙な神器だな。で、どんな効果があるんだい?」

「これは『真実のアギト』という名の神器で、嘘を判別する能力を持っているのだ」



 「真実のアギト」。

 見た目はただの大きな動物の頭蓋骨。だが、その秘めた力は嘘を判別するという強力なもの。

 その大きく開かれた頭蓋骨の口の中に手を入れながら言葉を発し、その言葉に嘘が含まれていた場合、頭蓋骨のアギトが閉じて手首を食いちぎるという恐るべき能力を有している。

 とはいえ、この神器にも弱点はある。言葉を語る者が嘘だと思っていなければ、情報が間違いだとしても嘘だとは判断されない。

 この神器はあくまでも「嘘かどうか」を判定するだけなので、その情報などが正しいかどうかはまた別問題である。

 もちろん、ジルガがこんな物を用意したのは、提示された情報が嘘でないことを確かめるためだ。

「私とて、提示された情報をそのまま鵜呑みにするほど愚かではない。こちらでそれ相応の保険をかけさせてもらう。併せて、情報への報酬はこちらで判断して決める。これらの条件を飲むのであれば、神器の口に手を入れてくれ」

 ぎろり、と漆黒の兜の中から鋭い視線が向けられた──ような気がして、その勇者は顔色を悪くした。

「あ、え、えっと……わ、悪ぃ、お、俺の思い違いみたいだったぜ。お、俺が知っている場所はラカウ大湿原ではなくて、ラガート湿原だったわ。い、いやぁ、名前が似ているから勘違いしちまった」

 ははははは、と引きつった笑みを浮かべて、その勇者は足早に建物から出て行った。

 そんな背中を見つめつつ、レディルが大きな溜息を吐く。

「……ライナスさんの言った通りでしたね」

「さすがはライナスさん。こうなることを見越していたんだな」

「全くだ。ライナスの言う通りにして正解だったな」

 当然ながら、この策を考えたのはライナスである。

 なんせ、適当な場所を告げられても実際に現地に行ってみるしか確かめる方法がない。

 であれば、前もってこちらを騙そうとする者を見定める必要がある。

 ライナスにそう忠告されたジルガは、自身が所持する神器の中から嘘を見破るものを選び出し、それを使うことにしたのだ。

 ジルガは改めて建物内を見回すと、がちゃりと鎧を鳴らしながら立ち上がる。

「誰かラカウ大湿原とソフィア遺跡街について知っている者はいないか? 情報を提示してくれれば、それに応じた謝礼を支払う準備がある。ただし、私を騙そうとした場合は相応の代償を覚悟してもらうがな」

 建物内に響き渡るジルガの声。だが、その声に応える者は現れることなく。

 結局、その日は夕方まで情報を提示する者は一人もいなかった。



「で、またわざわざ俺んとこへ来たの?」

 ジルガが勇者組合で情報を集めている頃、ライナスは再びとある人物に会っていた。

「前にも言ったが、図書室なら勝手に使えばいいんだよ。俺に変な遠慮をすんなっての」

「そうもいかん。図書室の正当な所有者は、一応とはいえおまえだ」

「相変わらず頭が固ぇなぁ。そんなことだと女にモテねぇぞ?」

「今更女性にモテる必要などない」

 ライナスの返答を聞き、男性の眉がぴくりと揺れる。

「んー、何か今の反応、あんたらしくねぇなぁ」

「…………そうか?」

「そうともよ。女にモテる云々というネタにゃ、これまであんたは一貫して無反応だっただろ?」

 にやり、と含みのある笑みを浮かべる男を見て、ライナスは思いっきり眉を寄せた。

 この男がこういう表情をする時、間違いなくろくでもないことを考えていることを彼はよく知っている。

「気になっている女でもできたか? もしそうなら、この俺がうまくいくように協力してやるぜ?」

「やめろ。おまえが口を挟めば、間違いなく協力ではなく混乱になる」

「ほうほう。『気になる女』って部分は否定しないのな。なるほど、なるほど。くはははははは」

 腹を抱えて大笑いする男を冷めた目で見るライナス。この男が今後どう動くか、ライナスにはよく分かっていた。

 半分とはいえ、同じ血を引いているのは伊達ではないのだ。

 よって、彼は早々にこの場を立ち去ることを決めた。撤退は立派な戦略であり、決して恥ずべき行為ではないのだから。

「まあ、待てよ。もっと詳しく聞かせろや。で、あんたが気になっているってのはどこの女だ? もしかして、庶民か? もしそうなら、あんたの身分に釣り合う家の養女にするって手もあるから、是非この俺に相談してくれや」

「俺の身分などあってないようなものだろう?」

「そうでもないだろう? なんせ、あんたは俺の──」

 ライナスは男が何かを言っている途中で部屋を出た。

 閉じた扉の向こうから、男の声が続いている。だが、それを一切無視してライナスは図書室を目指した。



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