暗躍と【黒騎士】

 それは、ジルガたちが王都の実家に帰るより半年ほど前のこと。


「神託じゃ! 我らが創造主より神託が下った!」

 そのモノが両手を振り上げながら、集まったモノたちに大仰に告げる。

 そこはどことも知れぬ場所。光が全く差し込むことはないことから、おそらくは地下であろう。

 この世界のどこかの地下に存在する、巨大な空洞。その中心で、そのモノは周囲に集うモノたちへと、下った「神託」の内容を知らしめる。

「我ら【銀の一族】を創りし、偉大なるおんかた! その御方よりの神託によれば、御方……我らが主の目覚めは近い!」

 そのモノがそう告げた途端、周囲から一斉に大きな歓声が湧き上がった。

 両手を振り上げ、足を踏み鳴らし、喉が裂けんばかりに声を張り上げる。

 この場に集う誰もが全身を以てその歓喜と興奮を表現していた。

 だが、大空洞の中央に立つモノが音もなく片手を上げると、それまでの喧騒が嘘のようにぴたりと静まり返る。

「貴様らの喜びは我──この【銀の巫女姫】にもよく分かる! だが早まるな! まだ我らが創造主は目覚めてはおらぬ! 創造主が……御方が一日でも早くお目覚めになるために、我らは御方より与えられた役目を果たさねばならぬのじゃ!」

 一筋の光も差し込まぬ漆黒の闇の中。どことも知れぬ地下の大空洞に、【銀の巫女姫】の声だけが広がっていく。

「供物じゃ! 供物を集め、御方に捧げるのじゃ! さすれば御方の目覚めも早まろう!」

 再び、大空洞に響く大歓声。

「【銀の剣】、【銀の弓】、【銀の杖】、【銀の槍】……【銀の四英雄】よ、これへ」

「【銀の剣】、巫女姫様の御前に」

「【銀の弓】、見参」

「【銀の杖】、ここに」

「【銀の槍】、来たぜぇ」

 【銀の巫女姫】の告げる声に、四つの声が応じた。

 全く光のない大空洞だが、ここに集うモノたちには全てが見えている。

 今、【銀の巫女姫】の前には、四人……いや、四体の異形たちがいた。

 標準的な人間を遥かに上回る巨体、突き出した牙やその手にある爪、太短い足と異様に長い腕、そしてぎょろりと突き出した両の眼。

 ヒトからすれば異形としか呼びようのないその姿だが、大空洞に集うモノたちにはこの上なく頼もしく、また美しい姿であった。

 「美しき」巫女姫の前に控える四体のえいゆうたちの姿に、集うモノたちが更なる歓声を上げる。

「【銀の四英雄】よ! 貴様らが陣頭指揮を執り、御方に捧げる供物を集めるのじゃ!」

「分かりました」

「委細承知」

「わたくしめにお任せを」

「俺様にかかれば容易いことよ!」

「うむ、心強いことよ。既にいくつか斥候を放っておる。斥候が持ち帰る情報をもとにより多く、より効率的に贄を集めよ」

 巫女姫の言葉に、応と答えた【銀の四英雄】たちは、それぞれの配下たちを率いて大空洞を後にする。

「実に頼もしい奴らよ。おお、お待ちください、偉大なる御方よ。我らが創造主よ。より早くお目覚めが叶うよう、我ら【銀の一族】は尽力致しましょうぞ」

 光差さぬ大空洞に、巫女姫の声が響き渡る。そしてそれに応じるように、いくつもの声が大空洞のそこかしこから立ち昇っていった。



「その資料によると、こくらいフェルナンドはラカウ大湿原に、そして黒炎弓こくえんきゅうファルファゾンはソフィア遺跡街に封印されているみたいだね」

 ヴァルヴァスのこくの残る二つはいまだ封印状態であり、今レメットが告げた場所に封印されているようだ。

「師よ、もう少し具体的な場所は分からないのですか?」

「んー、もっと詳しくその資料を読めば分かるんじゃない? 私は途中で飽きて読むのやめちゃったけどー」

 あははー、と悪びれる風もなく言いのける師に、ライナスは頭痛を堪えるように自らの頭を押さえつつナイラル侯爵へと視線を向けた。

「トライゾン、国内の地図はあるか?」

「は、少々お待ちを」

 トライゾンは部屋の外に控えていた執事長のギャリソンを呼び、地図を持ってくるように命じる。

 しばらく後、ギャリソンが持ち込んだ地図を広げて先ほどレメットが告げた場所を四人で確認する。

 しかし。

「ラカウ大湿原もソフィア遺跡街も国内にはありませんね」

「俺も聞き覚えがなかったので地図で確かめたのだが……どうやらどちらも国外のようだな。師はこれらの場所に心当たりはありますか?」

「そだねぇ…………聞いた覚えはあるけど、どこにあるかまでは知らないね」

「その資料とやらを読み込めば、何か手がかりがあるのではないですかな?」

「ええ、お父様の言うとおりかもしれませんね。ところで、お父様はどうしてライナスにそのような口調で接するのですか?」

「む? い、いいいいいや、こ、ここにはレメット様もおられるしことだしな。つい、レメット様と話しているような気がしてしまったのだよ。は、ははははははははは」

 盛大に目を泳がせながらわざとらしい言い訳をする父を、ジールディアは不思議そうに首を傾げながら見つめた。

「残る五黒牙の封印場所は分かったが、肝心のその場所がどこにあるのか分からないとは……これはもう一度図書室で調べた方が早いかもしれんな」

「そうですか……では、私は勇者組合の方を当たってみましょう。組合は国内の組織ですが、依頼で国外へ赴く組合勇者も少なくはありません。そういった出先で何か情報を持ち帰った勇者がいる可能性もあります」

「確かにな。では、そちらは君に任せよう」

「はい、お任せください」

 ジールディアとライナスが、互いに顔を見合わせながら柔らかく微笑む。

 そんな二人の様子を、残る二人は黙って見つめる。

 もっとも、一人は内心でにまにましているし、もう一人は何とも複雑な様子なのだが。

「師はどうしますか? 俺と一緒に図書室へ?」

「んー、悪いけど、そっちはライナスちゃんにお任せかなー。私は私でちょいと確かめたいことがあるからね。明日にでも王都を発つつもりなんだ」

「…………図書室での調べ物が嫌なので、逃げるわけではありませんね?」

「い、嫌だなー。この大賢者たるレメットちゃんが、資料探しを嫌がるわけないだろー。ほ、ほんとに確かめたいことがあるんだってば。てなわけで、明日は早いから今夜はここに泊めてね、トライゾンちゃん」

「では、すぐに部屋を用意させましょう」

 再びギャリソンを呼び、トライゾンがあれこれと指示を与えた後、この場は解散となる。

 もちろん、部屋を出る前にジールディアは黒鎧を再装着することを忘れない。



 翌朝。

 本当に夜明けよりも早くレメットは旅立った。

 ジルガたちが気づいた時には既に彼女の姿はなく、置手紙などの類も一切ない。

 ライナスによると、それはいつものことらしい。

 突然ふらっと彼らの住処たる黎明の塔に戻ったかと思うと、いつの間にか再び姿を消す。

「風に吹かれて気ままに彷徨う雲のような人だからな、我が師は」

 と、呆れた様子でライナスがジルガに告げた。

「正直……噂に名高い【黄金の賢者】様が、あのようないいかげ……いや、自由なお方だとは思いもしなかったがな」

「無理して言葉を選ばなくてもいいぞ? 君の言っていることは間違っていない」

 と、ライナスが肩を竦めながらそう告げれば、それまで前方を見ていたジルガの視線が隣に立つ白い魔術師へと向けられた。

「ライナスはあの方には随分と辛辣だな」

「幼い頃からあの人と一緒にいてみろ。誰だって俺のようになるさ」

 どこか遠い目をするライナスに、漆黒の兜の中で微笑みを浮かべたジルガは、その視線を元のように前へと戻した。

 その視線の先──ナイラル侯爵邸の庭で、侯爵家の長兄であるネルガティスとレディルが互いに得物をぶつけあっていた。

「お嬢ちゃん、君の年でこれだけできるのはちょっと凄いな」

「はい! ジルガさんに鍛えられましたから!」

 ネルガディスが振るうのは、鍛錬用の両手剣。常人であれば避けるどころか受けることさえ難しい彼の豪剣を、レディルは風に舞う木の葉のようにひらひらと避け続ける。

 対して、彼女が使用するのはジルガから譲られた小型剣と短剣。これらを両手に構えてネルガディスの豪剣を躱しつつ、その隙を探り続ける。

 そして、剣を振るい続けた疲労からほんの僅かにネルガディスの体が泳ぐ。その小さな隙を見逃すことなく、レディルが撃ち出された矢のようにネルガディスの懐へと飛び込んだ。

「く、全く抜け目ないお嬢ちゃんだな!」

 だが、実力でいえばまだまだレディルはネルガディスに及ばない。素早く引き戻した両手剣、その刀身ではなく柄頭でレディルが振るう二振りの剣を迎撃した。

 きん、という澄んだ金属音と共に、レディルが手にしていた小剣が弾き飛ばされる。だが、レディルはそこで止まることなく、残された左の短剣で更にネルガディスへと迫る。

 しかし、それがネルガディスに届くことはなかった。

 踏み込んだレディルの足を、タイミングを見計らってネルガディスがひょいっと払う。当然、バランスを崩したレディルはその場ですっ転んだ。

「おっと」

 レディルの小柄な体が地面に激突するより早く、ネルガディスの腕が彼女の体を支える。そのおかげでレディルが怪我をすることもなく。

「相手が剣を持っているからといって、その刀身だけを警戒しちゃ駄目だぜ。今のように柄頭や蹴りを使ってくることは実戦ではよくあることだからな」

「うぅ~、私の負けかぁ……でも、さすがはジルガさんのお兄さんですね! 勉強になりました!」

 そんなやりとりを、黒白の二人組がじっと見つめる。

「ふむ、やはり今のレディルではネル兄さまに及ばないか」

「当然だろう。いくらレディルが年齢の割に腕が立つとはいえ、さすがに現役の騎士であるネルガディス殿に勝てるわけがなかろう」

「そこを踏まえてネル兄さまに相手をしてもらったのだ。ネル兄さまは指導の方も上手いからな」

 そう言う【黒騎士】の視線の先では、ネルガディスがレディルに細かな注意を与えていた。

 剣を構えた時の体勢や足運びの注意点など、ジルガとはまた違った観点からレディルを指導している。

 そんな一方で、レアスは同じ弓使いのイリスアークの指導を受けていた。

「ほらほら、始動と停止をもっと速く的確に! 一ヶ所に留まる時間は極力短く! その短い時間で正確な射撃を心掛けろ!」

「はい!」

 イリスアークがレアスに教えるのは、移動と停止を絶え間なく続ける戦闘方法。

 移動と停止を繰り返すことで弓による射撃点を常に変化させ、相手からの反撃を受けにくくする技術だ。

 移動から停止、そしてその僅かな停止の間に正確な射撃を行う。この戦闘方法は軍隊ではなく個人や少人数での戦闘を念頭に置かれている。

 射撃点の分からぬ正確無比な弓による攻撃が、どれほど恐ろしいかは想像するに容易い。

「あの射撃方法は以前に君がレアスに教えていたものだな?」

「ああ、イリス兄さまから聞いたことがあったからな。それをレアスに教えたのだ」

 弓も使えなくはないが、あまり得意ではないジルガは、以前に次兄より聞いたことのある射撃方法をレアスに教えたのだ。

 息を切らせつつ、何度もスタートとストップを繰り返すレアス。そのレアスの様子に、イリスアークも満足そうだ。

 どうやら、想定していた以上にレアスは弓に適性があるのだろう。その適性を見抜いたイリスアークは、まだまだ幼い少年に弓を教えることが楽しくなっていた。

「では、俺は出かけてくる。夕方には戻る予定だ」

「承知した。気を付けて行ってくるがいい。私もレディルたちの鍛錬が終わったら、勇者組合へ向かうとしよう」

 と、どことなく所帯じみた言葉を交わし、ライナスがその場を立ち去る。

 しばらく後、先ほど交わした言葉の内容を改めて思い出し、漆黒の全身鎧の中でとある侯爵令嬢が気恥ずかしさに悶えまくるのだが、当然ながらそれに気づく者は誰もいなかった。








~~~ 作者より ~~~

 毎年恒例の繁忙期につき、現在仕事がすげー忙しいっす。

 次回の更新は3月13日になります。

 すまぬ!




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