突然の来客と【黒騎士】

「もー、ライナスちゃんったら、居所を変えたのなら連絡しておいてよね! 〔黄金の木の葉亭〕までわざわざ行ったのに、ライナスちゃんたちは引き払ったって聞かされてさー。もーどうしよーって悩みに悩んじゃったよ。あははははは!」

「それは申し訳ありませんでした、師よ」

 ここはナイラル侯爵家の王都タウンハウス、その応接室。

 この場にいるのは現ナイラル侯爵であるトライゾン・ナイラルと、その娘であるジールディア・ナイラル。そして、今は侯爵家の正式な客人として認められているライナス。

 その三人が相対するは、突然ナイラル侯爵邸を訪れた建国の三英雄が一人、【黄金の賢者】レメット・カミルティその人である。

 生きた伝説にも等しい【黄金の賢者】の突然の来訪に、ナイラル侯爵家の家族や使用人たちは大慌て。平然としているのは、彼女の奇行をよく理解しているライナスと、人間社会のことにまだまだ疎い鬼人族の家族、そして、幼い頃に【黄金の賢者】と何度か顔を合わせたことがあるトライゾンぐらいか。

「しっかし、トライゾンちゃんも随分と老けたねー。最後に見た時はまだまだちっちゃな少年だったのに」

「いや、最後にレメット様とお会いしたのは、もう40年近く前ですから。私とて年を取って当然でしょう。ですが…………レメット様は全くお変わりありませんな」

 侯爵家の応接室に相応しい、豪華な革張りの椅子。そこにちょこんと座るのは、見た目15歳に満たない一人の少女。

 だが、その中身は齢2000年を超えるの最長老。

 しかも、彼女は普通の妖精族ではなく、古代種エルダーの血を引くいわば妖精族の上位種。通常の妖精族の寿命が大体300年ほどなのに対し、古代妖精族の寿命は六倍から七倍ほどとされている。

「いやー、これでも見かけだってちょっとは変化しているんだよ? もっとも、一番大きな変化は口調なんだけどさー。さすがにこの見かけで年寄り臭い口調は似合わないから、がんばって矯正したんだからね」

「はい? 何かおっしゃいましたか?」

「んーにゃ、こっちのこと。それよりも──」

 小声で何か呟いていたレメットは、その視線を愛弟子の隣に座る漆黒の巨漢に向ける。

 その視線にどこか剣呑なものが含まれていることに気づいたのは、長い付き合いのあるライナスだけだ。

「ふーむ。ホントにウィンダムを使いこなしているんだねぇ。ライナスちゃんの言葉を疑っていたわけじゃないけど、まさかここまでとは。こりゃ、相当大きな魂の欠片を引き継いじゃったかなー?」

 古代妖精族の末裔であり、世界最高峰の魔術師でもあるレメットの目は、先天的に普通では見えないモノも見えてしまう。

 そんな彼女の目には、漆黒の全身鎧が完全に覚醒起動していることが窺えた。

「師よ、それはどういう意味ですか?」

 見るからに不機嫌そうに問いただしてくるライナスを見て、レメットは嬉しそうに微笑む。

──この子がこれだけ興味……いや、執着を見せるなんてね。これは将来が楽しみってものじゃん!

 心の中でそう呟きながら、レメットは魔力を操作して次元収納よりある物を取り出した。

 それこそが、彼女がここに来た理由である。

「ようやくが見つかったからさー。こうしてライナスちゃんに届けに来たんだよ!」



 手渡された物を見て、ライナスが軽く目を見開く。

「これが……以前、師が言っていた物ですか?」

「そうそう。これが私のご先祖様が書き残した、『ヴァルヴァスのこく』に関する資料だよん」

 ライナスの手中にあるのは、ぼろぼろの羊皮紙を乱雑に纏めたもの。とてもではないが、「書物」とか「資料」とか呼べるようなシロモノには見えない。

「…………師よ、もう少し物は大切に扱ってください。分かっているとは思いますが、これはとても貴重な物なのですよ?」

 かみの時代──「かんづきの闘争の時代」において、邪神の王【獣王】ヴァルヴァスと敵対した陣営。

 後の世に「善神の陣営」と呼ばれる側に属していた、レメットの先祖。純血の古代妖精族エルダーエルフであるその人物は、善なる神々と共に【獣王】率いる邪神悪神やその眷属たちと直接戦ったという。

 そして神月の闘争を生きながらえ、【獣王】の遺物である「ヴァルヴァスの五黒牙」の管理と研究に残りの人生を費やしたとされる。

 その研究成果を纏めた手記。それは、歴史的にも神学的にも天文学的な価値がつくのは想像に難くはない。

 数千年前とも数万年前とも言われる「神月の闘争の時代」。その時代に書かれたオリジナルの手記が、今ライナスの手の中にある。

 たとえ、見た目はただのごみ屑にしか見えないとしても。

 当然、経年劣化もあるだろう。仮に「神月の闘争の時代」が数千年前──レメットの年齢が2000歳以上のため、実際に数千年前ということはありえないが──だったとしても、それだけの月日にただの羊皮紙が耐えられるとは思えない。

 おそらく、この研究結果を纏めた人物が、保存状態を維持するための魔術を行使したと思われる。

 もちろん、ごく普通の羊皮紙であろうとも、徹底的に保存状態を管理すれば数千年保たせることはできるかもしれない。

 だが、長い月日を手間暇かけて保存状態を維持するよりも、経年劣化を防ぐ魔術を行使した方が手っ取り早い。

 百年程度の経年劣化を防ぐ魔術であれば、ライナスにだって使えるのだ。遥か大昔に実在した古代妖精族の大魔術師が、その魔術を使えないとは考えづらい。

 古代妖精族が行使した、保存状態を維持する魔術。それでもなお、貴重な資料がここまでぼろぼろになったのには、当然それなりの理由があるはずなのだ。

 ライナスはその理由に心当たりがあり、じっとりとした目を師であるレメットに向けた。

「だ、だって仕方ないじゃん! あちこち旅した時、鞄の中に入れっぱなしにしておいたのを忘れちゃっていたんだから! 傷んでも仕方ないと思わない?」

 そう問いかけられたのは弟子であるライナスではなく、その彼の隣に座っている人物だった。

「ねえ、ジールディアちゃん。あなただってそう思うでしょ?」

「あ、いや、そ、その……」

 そんなに貴重な物であれば、持ち歩かずにどこかに保管しておけばいいのでは? と言いたいところだが、相手は建国の三英雄の一人。

 とてもではないが、そんなことが言えるはずもないジールディアである。

 助けを求めるように、隣に座るライナスへとその漆黒の兜を向けるジールディアと、そんな彼女を微笑ましく見つめるライナス。

 そんな二人を見ていたレメットが、突然にやりとどことなく邪悪っぽい笑みを浮かべた。

「やーっぱり、そんな無骨な鎧を着ていたんじゃ話しにくいよねー」

 再び次元収納を開き、そこから黒聖杖カノンを取り出すレメット。

 そしてカノンを両手で保持し、自身の体内を巡る膨大な魔力を操作してカノンの「真なる力」を励起させる。

「──黒聖杖子機より黒魔鎧親機へ干渉。干渉を確認。黒魔鎧親機の機能の一部を掌握…………と。ふむふむ、これが鍵かな? えっと……〈開門せよ。堅牢不落なる神の城〉」

 レメットがその「鍵なる言葉」を紡いだ瞬間、漆黒の全身鎧は瞬く間に消え失せ、それまでとは真逆の白い肌をした女性が現れる。

「は? え? あ?」

 それまで感じ得なかった、肌に直接空気が触れる感触。次の瞬間、彼女は自分がライナスと父親の前で全ての素肌を晒していることに気づいた。

「きゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 悲鳴を上げながら、顔だけでなく胸元まで真っ赤にしたジールディアが、ソファから転げ落ちるようにして床の上で蹲る。

 必死に裸身を隠そうとする彼女。そうしていても真っ白な背中とお尻は隠せていないが、そんなことまで考える余裕は全くない。

「もー、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃん? ここにいるのは同性の私と父親であるトライゾンちゃん、そして、どうせこれまで何度も肌を見せたライナスちゃんしかいないんだしさー」

「な、何度も見せてなんておりません! ライナスに見せたのは一度きりですっ!!」

「…………一度? 一度とはいえ、見たことがあるのか…………?」

 ぎろり、とした視線をライナスへと向けるトライゾン。そして、その視線を全くスルーしつつ、ライナスは立ち上がると窓へと近づく。

「トライゾン、カーテンを使わせてもらうぞ」

 と言い置き、当のトライゾンが返事をするより早く窓辺のカーテンを力任せに引き剥がし、それで蹲ったままのジールディアの白い裸身を覆い隠す。

「あ、ありがとうございます、ライナス」

「いや、こちらこそ我が師が無神経なことをした。馬鹿な師に代わって謝罪しよう」

「い、いえ、ライナスが悪いわけではないのですから……」

 先ほどとは別の意味で顔を赤くしながら、ライナスの手を取って再びソファに腰を下ろすジールディア。

 どこかストロベリィな雰囲気で、二人だけの世界にいるかのようなその姿を、一人はにまにまとしながら、もう一人は何とも複雑な表情で眺めていた。



「しかし、黒聖杖から黒魔鎧へと干渉ができるとは思いませんでした」

 侍女を呼び、ジールディアの身支度──昨夜のように裸身にシーツを巻き付けた最低限のもの──を済ませた後、改めて対話が再開された。

「まーねー。誰でもできるってものじゃないんだけど、そこはほら、私だし? こう見えても世界最強の一角だし?」

 ふふふん、と薄い胸を反らしながら、ドヤ顔のレメット。

「その資料を改めて読んでみたんだけど、やっぱり五黒牙の本体は黒魔鎧の方で、残りの四つはオプションというか拡張兵装というか、そんな感じみたいなんだよね」

「つまり、五黒牙は全て黒魔鎧を中心に魔術的に繋がっていると?」

「そゆこと! 普通なら黒魔鎧親機から黒聖杖子機への一方的な干渉しかできないんだけど、こう、ががずがぁぁぁぁぁぁぁぁんって感じで力押しで何とかしちゃった。えっへん」

 何とも軽く言っているが、実際はとんでもないことである。

 一方通行の干渉を力押しで逆流させた上、一部とはいえ本体の機能まで掌握したのだから。

 レメット以外にこんなことができる者など、他にはいないだろう。

 もっとも、レメットであっても掌握できたのは一時的でしかなく、既に黒魔鎧の自律式防衛機能がその掌握を奪い戻している。

 おそらくは干渉逆流にも防衛機能が何らかの対策を施したと思われるので、レメットといえども同じことはもうできまい。

「で、ここからが本題なんだけど……その資料に、残る二つの五黒牙の封印場所が記されてあったんだよね」


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