これまた昔の記憶と【黒騎士】

「お、おい…………レメ……お、おまえ……」

「レメット……あ、あなた…………」

 地面に強烈に打ち付けられ、全身が上げる悲鳴を噛み殺しつつ。

 それでも何とか立ち上がり、にして、最も優れた魔導士である彼女──レメット・カミルティは、自身の体から伝わる違和感に首を傾げた。

「む……何やら妙に視点が低いようじゃが……それよりミラよ、はよ治癒魔法をかけてくれぬかの? 全身が悲鳴を上げておるわ」

 全身を襲う激しい痛み。いや、それ以上に妙に体が重だるい。

 おそらくは、敵の膨大な生命力を強引に吸収したことで、想像以上に体に負荷がかかったのだろう。

 全身が感じる痛みとだるさに顔を顰めつつ、レメットは仲間たちを見回す。

 と、二人の仲間は、なぜか茫然とした様子で自分をじっと見つめている。

「どうしたんじゃ、二人とも? 小鬼が大鬼に出くわしたような顔をしておるぞ?」

「い、いや、だってよ……なあ、ミラ?」

「え、ええ、そうね……私もガーランドと同じ気持ちよ」



「しかし、何がどうなってこうなったんだ?」

 黒髪で黒い大剣を持った青年──ガーランドが妖精族の最長老をまじまじと

 かつて……いや、少し前までガーランドとレメットの身長は同じぐらいだった。よって、二人とも立っている状態では、彼が彼女を見下ろすことはまずありえなかった。

 だが、今は二人とも立っているというのに、レメットを見つめるガーランドの視線は明らかに下を向いている。

「む? むむむむむ?」

 そのことに気づいたレメットが、眉を寄せながら自分自身を見つめた。

「…………儂、体が小さくなってね?」

「小さくなっているどころか…………なあ?」

「ええ…………」

 ガーランドとミラベルが、困ったように顔を見合わせる。

 そんな二人の様子を見たレメットは、魔力を操作して次元収納を開く。

 どうやら魔力はいつも通りに操れるようだ、と内心で安堵しながら次元収納からとある物を取り出した。

「な、なななな…………なんっ…………じゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 次元収納から取り出した物──ちょっと大き目の鏡を見たレメットは、思わず大声で叫んだ。

「わ、儂、若返っとるっ!?」

 そう。

 よわい2000歳以上であり、妖精族の最長老であるレメット・カミルティ。

 その姿は最長老と呼ぶに相応しい、深い皺を刻みつつも決して醜くはなく、貫禄と威厳のある、ある種の美しさを兼ね備えた「生ける偉人」と呼ぶに相応しいものだった。

 だが、今の彼女はまるで少女のような若々しい姿に変わってしまっている。

 その外見は、人間で言えば10歳より少し上ぐらいか。どう見ても、2000年以上生きた最長老の姿ではない。

「どう考えても…………【銀邪竜】の生命力を吸い上げたからでしょうね……」

「まあ…………それしか考えられねぇよなぁ…………」



 【銀邪竜】ガーラーハイゼガ。

 突然この世界に現われた、生ける厄災。

 何百、何千、何万という人々を害し、無数の町や村を破壊し、複数の国まで滅ぼした邪竜。

 この邪竜を討伐せんといくつもの軍や騎士団が出撃したが、その結果は全て壊滅。その力は人間や妖精族など「ヒト」では全く歯が立たず、もはや世界はこの生ける厄災に蹂躙されるのを待つだけだと誰もがそう思った。

 しかし、それでも最後まで抗うことを諦めなかった者たちがいた。

 後にガラルド王国を築き上げる三人の勇者たち。

 【漆黒の勇者】にして後の【勇者王】、ガラルド王国国父ガーランド・シン・ガラルド。

 【真紅の聖者】ミラベル・ペイスリック。彼女は後にガーランドの正式な妻となり、ガラルド王国初代王妃ミラベル・シン・ガラルドと名を変える。

 【黄金の賢者】であり、妖精族の最長老でもあるレメット・カミルティ。

 そして、彼ら三人に協力した勇敢な騎士や傭兵、魔術師や聖職者など、何人もの英傑たち。

 彼らは迫る【銀邪竜】とその眷属たちと激闘を繰り広げ、最終的には【銀邪竜】を封印することに成功したのだ。

 【銀邪竜】は強大である。だが、倒すことはできずともその生命力を弱めることで何とか封印することは可能であろう。

 そのことを古代の文献や資料から見つけ出した【黄金の賢者】レメット・カミルティは、これを実行することを【漆黒の勇者】に提言。

 この提言を受け入れた【漆黒の勇者】とその仲間たちは、どうやって【銀邪竜】を弱らせるかを考えた。

 その結果、古の呪具にして強大な武具でもある「ヴァルヴァスの五黒牙」に注目したのは、もちろんレメットだ。

 彼女の家系に伝わる資料を基に、封印されていた五黒牙の内、黒地剣エクストリームと黒聖杖カノンの二つを解放、この二つの呪具の力を使って【銀邪竜】の生命力を弱め、【真紅の聖者】ミラベル・ペイズリックが信仰する神に奇跡を嘆願して【銀邪竜】を封印する。それが彼らの立てた作戦であった。



「とはいえこの作戦、二つほど問題があるんじゃよ」

 【銀邪竜】との決戦を控え、二人の仲間を見回しながらそう告げたのは、【黄金の賢者】レメットだった。

「問題? 何が問題なんだよ、婆さん?」

 妖精族の女性にしてはかなり長身なレメットを見つめ、【漆黒の勇者】ガーランドが問う。

「【銀邪竜】の生命力を奪うには、黒聖杖カノンできゃつめの体に触れる必要がある。それも体表に触れるだけではなく、カノンをきゃつめの体内深くに届かせる必要があろうよ」

 封印を解除し、五黒牙が秘めた「真の力」まで使いこなせるようになったガーランドとレメット。

 黒地剣エクストリームが秘めていた真なる力は『斬撃』と『身体強化』。どんなものでも斬り裂く能力と、使用者の身体能力を爆発的に高める強力な能力である。

 一方の黒聖杖カノンの能力は、『生命力吸収』。カノンで触れた対象の生命力を奪う驚異的な能力と言える。

「ヒトやその辺の魔獣あたりであれば、体表に触れるだけでも十分な生命力は奪えよう。だが、【銀邪竜】ほどの相手となると、体表に触れる程度で奪える生命力はたかが知れていような」

「それでは、どうするのですか? レメットのことですから、何か方法を考えているのでしょう?」

「まあ…………手はあることはあるが…………のぅ」

 ちらりとガーランドを見たレメット。なぜか、どこか恥ずかしそうにしている。

「ガーランドの小僧と儂の間に魔力的な繋がりを作り、小僧がエクストリームをきゃつめの体内に突き立てる。さすれば、作った魔力的な繋がりを通じて、【銀邪竜】の生命力を奪えようよ」

「なら、何とかなりそうじゃね? エクストリームなら、奴の強靭な鱗だって斬り裂けるだろうしな」

「そう。そこは問題ではない。問題は……小僧と儂の間に作る魔力的な繋がりの方じゃ」

「魔力的な繋がり……? それは何か危険を伴う儀式のようなものでも行うのですか?」

 首を傾げながら、妖精族の最長老に問うミラベル。そんなミラベルから視線を外し、妖精族の最長老は恥ずかしそうにその方法を告げる。

「ぶっちゃけ……小僧と儂で男女の肉体的なアレを行う…………必要があるんじゃ」

「はあああああああああっ!? おい、婆さん、ふざけんなよっ!? 婆さん相手じゃ勃つモノも勃たねえだろ!」

「だから問題だと言っておるんじゃ!」

「ほ、他に方法はないんですか…………?」

「他にあるならそっちを先に言うわい」

 三者の間に、何とも気まずい沈黙が舞い降りる。

「ま……まあ、あれじゃな。勃つ勃たたんはその手の薬でどうとでもなる」

「いや、そういう問題じゃねえだろっ!?」

「とはいえ……さすがにこんな婆とじゃ小僧が可哀そうよな…………ふむ、ミラ」

「は、は…………はいっ!!」

「おぬしも一緒に閨に来い。さすれば小僧もやる気になるじゃろ」

「わ、わわわわわわわわわわわ私を巻き込まないでくださいっ!?」

「何を言うておるか。ここ最近、しょっちゅう小僧と閨を共にしておるくせに。儂が気づかんとでも思っておったかえ?」

「おう! ミラが相手なら一晩中でもイケるぜ! いっつも一晩中ひーひー言わせているしな!」

 にっこりと実にいい笑顔で、右手の親指をおっ立てるガーランド。対して、ミラベルはそれはもう【真紅の聖者】の二つ名に相応しいほどその顔を真っ赤にした。

「それで、もう一つ問題があるんだろ? そりゃ何だ?」

「それは……【銀邪竜】ほどの強大な生命力、普通の人間では受け止めることなどできぬということじゃが……そこは儂が何とかしようて」

「そ、それって【銀邪竜】の生命力をレメットの体に流し込むということですか? 大丈夫なのですか?」

「何も婆さん自身じゃなくても、何か別の器物に流し込むとか、空中に霧散させるとかできねえのかよ?」

「無理じゃな。この場合の生命力とは命そのもの。そんなもの、器物に流し込んだり空中に放り出したりできるモノではないわい。やはり命を有する体に流し込むしかないんじゃよ」

 言葉にすることはないが、二人は心配そうな視線を【黄金の賢者】へと向ける。

 その視線に、彼女は実に不敵な笑みで応えてみせた。

「この妖精族の最長老様をナメるでないわ。見事、きゃつめの生命力を受け止めてみせようて」

 呵々と豪快に笑うレメット。人間よりも遥かに長命な妖精族であれば、彼女の言う通り【銀邪竜】の膨大な生命力を受け止めることができるのかもしれない。

「さて、それよりも儂と小僧の間の繋がりを作らねばの。さ、小僧もミラも準備せい」

「おう、早速ヤろうぜ、ミラ。婆さんが一緒なのはちょいとアレだが、これはこれでおもしろそうだ」

「そ、そういう問題じゃありません! で、でも……それしか方法がないのなら……」

 相変わらず顔を真っ赤にしたまま、ミラベルの視線が二人の仲間の間を行ったり来たり。

 結局、その晩は三人で一緒に閨にもつれ込むのだった。



「────────────はっ!?」

 突然覚醒した意識に、彼女──レメット・カミルティはがばりと顔を上げて周囲を見回した。

 そこは広くはあるものの薄暗い部屋。周囲には無数と言っていいほどの書物が、綺麗に本棚に収納されている。

「いつの間にか寝ちゃってたのかー。しかし、何とも懐かしい夢を見たなー」

 かつて、何度も共に死線を乗り越えた仲間たち。今はもう神の許に召されてしまった彼らを思い出して、ちょっとだけ寂しい気分に陥る。

 だが、そんな下向きの気分はすぐに吹き飛ばす。そして、彼女はその視線を先ほどまで伏せっていた机へと向ける。

「ようやく見つけたよぅ。これでライナスちゃんとの約束は果たせたわけだね!」

 そこにあるのは一冊の古ぼけた書物。いや、書物というよりは書きつけた羊皮紙を無造作に束ねただけの、書物と呼ぶのもおこがましいほどのものだ。

「しっかし、あの時は何だかんだいってガーランドのやつノリノリだったよねー。しかも、若返ってからは何度も何度も相手させられたしー」

──婆さんの時もあれはあれでおもしろかったけど、今のおまえなら十分イケる! 一晩と言わず、三日三晩でもイケる自信があるぜ!

 親指を立てながらにっこりと笑うかつての仲間の顔を思い出し、レメットはちょっとだけにへらっと笑った。

「あいつ、閨の中では正真正銘の『勇者』だったからねぇ。いつも付き合わされたミラがちょっと可哀そうかなーって思ったけど、あの子もあの子で嬉しそうだったしねー」

 レメットは勢いをつけて椅子から立ち上がると、見つけ出した資料を手にして図書室の出口へと向かう。

「さて、これをライナスちゃんの所に届けてあげよっかな! んで、例のジールディアちゃんって子にも会ってみたいしね! いやー、楽しみ楽しみ!」

 陽気なステップを刻みつつ、【黄金の賢者】は薄暗い部屋から、陽光溢れる明るい場所へと飛び出していった。


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