閑話─ナイラル家の末っ子2

「はあ? 淡水魚竜はもう倒されただとっ!?」

 とある町の港で。

 勇者組合に所属する【雷撃団】のリーダーであるサイカスの大きな声が響き渡った。

「え、ええ……ほんの少し前に、下流のラームスの町から鳥便が来ましてね。勇者組合の【黒騎士】って人が率いる一党が、五体もいた淡水魚竜を全て倒してしまったそうです」

「く、【黒騎士】だとぉ? またあいつかよ!」

 サイカスが悔し気にそう吐き捨てた。

 そんな彼を見て、他の【雷撃団】のメンバーたちが苦笑しながら小声で囁き合う。

「サイカスって、異様に【黒騎士】のことを敵視するのよねぇ」

「以前、リーダーはその【黒騎士】に腕試しを挑んでけちょんけちょんにされたらしいぞ」

 【雷撃団】の盾役タンクであるジェレイラと、斥候スカウトのヴォルカンが言葉を交わす。

「ふーん、それでリーダーはいっつもその【黒騎士】のことを敵視してるってわけか」

「ですが、【黒騎士】の方はサイカスのことはそれほど注目していないそうで……だから、余計に敵意をむき出しにするのでしょうね」

 小柄な弓使いアーチャーの少女アルトルと、の魔術師コステロも、サイカスの態度に呆れた様子だった。

「…………勇者組合の【黒騎士】。まだ直接会ったことはないけど、その人はおそらく…………」

 誰に告げるでもなくそう呟いたのは、【雷撃団】の最年少メンバーであるアインザムだ。

「……【黒騎士】の正体があの人なら、噂に聞く活躍も納得できるかな」

「ん? アインくん、何か言った?」

「あ、いえ、最近よく【黒騎士】って人のことを耳にするので、一体どんな人なのかなって」

 アルトルの問いに、アインザムは適当な言い訳で答える。

 彼──アインザム・ナイラルには、噂の【黒騎士】が誰なのか、ほぼ分かっていた。直接会ったことがないので確実とは言えないが、それでも彼は自分の推測が正しいと信じている。

「私も数回しか会ったことはありませんが……できれば、もう二度と会いたくはありませんねぇ」

「あー、私もコステロと同じ思いかな。あいつ……【黒騎士】を前にすると、なぜか足が竦むんだよねぇ」

 脳裏に【黒騎士】の禍々しい姿が浮かび上がり、ジェレイラはそれを掻き消すかのように頭を数回振る。

「アタシはまだ【黒騎士】に会ったことがないんだけど、ジェレイラ姐さんがそこまで言うなんて……その【黒騎士】って人、どんだけおっかない人なの? 逆に、アタシはちょっと会ってみたくなったかな?」

「止めておけ。できるなら【黒騎士】には会わない方がいい。あいつの威圧感は本当に人間かどうか疑わしいぐらいだからな」

 仲間たちが好き勝手に言い合うのを聞きながら、アインザムはリーダーのサイカスに問う。

「サイカスさん、これからどうしますか? 請けた仕事はなくなったわけでしょう?」

「決まっているだろ! この町の勇者組合の支部に行って、依頼がブッキングした文句を言ってやる! で、それ相応の詫び料をふんだくってやるさ!」

 おそらく、今回依頼が重なったのは勇者組合の手違いだろう。ならば、サイカスが言うように依頼の重複による詫び料が支払われるはずだ。

「私の推測でしかありませんが、我々と【黒騎士党】がほぼ同時期に別の支部で淡水魚竜討伐を請け負ったのでしょうね。その後、【黒騎士党】の方が早く現地であるこの町に到着し、淡水魚竜を討伐したといったところかと────ところでサイカス?」

「な、何だよ?」

 にっこりと微笑むコステロに、サイカスは何やら感じるところがあるのか態度が急に弱腰になる。

「我が【雷撃団】が【黒騎士党】より出遅れた理由……心当たりがありませんか?」

「こ、心当たり……? さ、さあ、分からないなぁ」

 視線をコステロから逸らし、白々しくそんなことを言うサイカス。

「淡水魚竜討伐に出かける前日に酒を飲み過ぎて、翌日に二日酔いで体調を崩したために出発が一日遅れたのは誰のせいなんでしょうかね?」

「え、えっと……そ、そんなことあったかな? はははは…………」

「ジェレイラ?」

「え、な、何だい、コステロ?」

「サイカスが酒を飲み過ぎた日、あなたも一緒だったんですよね? どうして注意しなかったんですか?」

「え、えっと、そ、それは私もサイカスと一緒に飲んでいて…………」

「あなたたちが一緒に酒を飲もうが、その後に同じベッドで朝を迎えようが好きにして構いません。ですが、【雷撃団】全体に迷惑を及ぼすことは以後、慎んでいただきたい。い・い・で・す・ね?」

 妙な迫力を纏いながら、リーダーとサブリーダーに詰め寄る妖精族の魔術師。

「アインくん。君に限って大丈夫だとは思いますが、くれぐれもこんな大人にならないように。分かりましたか?」

「は、はい……っ!!」

 今回のことで、アインザムははっきりと分かった。【雷撃団】の真のリーダーが誰なのかを。

 そして、今後絶対にその「真のリーダー」を怒らせないようにしようと、少年はその胸にしっかりと刻み込むのであった。



「薄々気づいていましたけど、サイカスさんとジェレイラさんって恋人同士だったんですね」

「あの二人、同じ村で生まれ育った幼馴染なんだってさ。で、一緒に村を出て組合の勇者になって、今日までずっと一緒らしいよ?」

 アインザムの問いに、アルトルが楽しそうに答えた。

 歳が近いせいか、【雷撃団】の中ではアルトルが最もアインザムと仲がいい。

「あの二人、組合の勇者としてそれなりに稼いだら、故郷に戻って一緒に宿屋を開業するのが夢なんだってさ」

「え? それってつまり、お二人は……」

「うんうん、将来は結婚するつもりだって」

「へえ、いいですね。お似合いですよ」

 今、【雷撃団】の面々は王都へと向かっていた。

 勇者組合の支部に突撃し、それなりの詫び料を手に入れた一行は、一度拠点でもある王都へと戻ることにしたのだ。

 一行の先頭を歩くのは、リーダーのサイカスとサブリーダーのジェレイラ。二人は実に楽しそうに笑い合いながら、それでも油断することなく最低限の注意は周囲に向けている。

 この辺りが、勇者組合でも上位に食い込む実力者たる所以だろう。

 その後ろを、魔術師のコステロと斥候であるヴォルカンが続く。

 仕事中であれば斥候として一行より先行するヴォルカンも、仕事以外ではのんびりと足を運ぶばかり。もっとも、彼もサイカスたちと同様、決して油断はしていない。

 コステロはと言えば、先頭をゆくリーダーとサブリーダーを微笑ましく眺めていた。【雷撃団】最年長であり、妖精族でもある彼からしてみれば、サイカスとジェレイラは手のかかる弟と妹のようなものなのかもしれない。

 そして、最後尾をいくのがアインザムとアルトル。【雷撃団】で最も年若く、経験も浅い二人は先輩たちほど周囲を警戒することなく、ただただのんびりと歩いていた。

「ねえねえ、アインくんは将来どうするつもり?」

「将来……ですか?」

「そうそう。組合の勇者なんて、いつまでも続けられるものじゃないでしょ? 勇者を引退したら、どうするつもりなのかなって」

 勇者組合に所属するのは、若い年代の者たちが大勢を占める。どうしたって荒事を避けられないのが組合の勇者であり、上位者ほど激しい戦闘を繰り返してきた。

 体力的、精神的に耐久力のある若い内はまだいいが、年齢を重ねるごとにどうしたってその耐久力は衰えていく。

 そして、その辺りの判断を間違えた者から、大怪我が原因で引退したり、最悪の場合は命を落としたりすることになる。

 肉体的、精神的に衰えを感じることができる者は、最悪の事態が起こる前に勇者を引退するものだ。

 そして、現役中に稼いだ資金を元に何らかの商売を始めたり、現役時代に築き上げた人脈や名声を利用して別の仕事に就いたりするのである。

「アルトルさんはまだまだ引退するのは先でしょう? 今から引退した後のことを考えるのですか?」

 確か、アルトルはまだ15歳で、勇者組合に属してからもそれほど長くはなかったはずだ。それなのにもう引退後のことを考えている彼女に、アインザムは不思議そうに首を傾げた。

「そりゃそうよ。いつ、どこで、どんな大怪我するか分からないのが組合の勇者だし。ある程度のことは今から考えておかないとね」

「そういうものですか……」

 アルトルに言われて、アインザムは今後自分がどのような人生を歩むのかを想像する。

 彼が勇者組合に所属したのは、姉の呪いを祓うためだ。勇者組合に所属し、呪いに関する情報や知識を集める。そして最終的には姉を縛る呪いを祓うことこそがアインザムが勇者組合に所属している理由だった。

 そして念願成就して姉の呪いを祓うことができたら。

 それから自分はどうするのだろうか。

 実家の侯爵家は長兄であるネルガティスが継ぐ。仮にその長兄に何かあったとしても、家を継ぐのは次兄のイリスアークである。

 三男であるアインザムが、侯爵家を継ぐことはまずないと考えていい。

 ならば、どうするか。

 領地であるナイラル侯爵領には、侯爵家が抱える私兵団がある。その私兵団に所属し、家を継ぐ兄を支えるのもいいだろう。

 それとも、どこか別の家に婿として入る可能性もある。

 その辺りを判断するのは父であり、彼の意思が必ずしも通るという保証はない。それが貴族というものだからだ。

「正直、自分の将来なんてまだよく分かりませんよ。そういうアルトルさんは何か将来の展望とかあるんですか?」

「アタイ? そうだねぇ、アタイはねぇ…………」

 と、アルトルがちらりとアインザムに「意味ありげ」な視線を送る。

「どこかのお金持ち……大商人とかお貴族様とかの奥さん……は無理でも、愛人とか愛妾とかなら狙えるんじゃないかなーって思っているんだ」

 ちらっ。ちらっ。

 アルトルの「意味ありげ」な視線に全く気付くことなく、アインザムは無邪気に微笑む。

「いえ、アルトルさんなら可愛いし、正妻だって十分狙えますよ」

「ホント? ホントにアインくんはそう思う?」

 ぱあっと顔を輝かせながらアルトルが尋ねれば、アインザムも更に笑みを深くして大きく頷いた。

「そっかー! よーし! じゃあ、本気でお貴族様の正妻を狙うかなー! ──とはいえ、さすがにそれは無理だろうから、やっぱり愛人狙いが妥当かな?」

 最後の方にぽそぽそっと小さく付け加えたアルトル。その最後の言葉は届けたい相手には届いていない模様。

 一方、そんなアルトル言葉の意味が全く分かっていないアインザム。数年後、彼女の言葉の意味をようやく理解した彼がどうなったのかは────それは未来のお話。






~~~ 作者より ~~~


 これにて、第三章は終了。

 二週間ほど休みを挟み、次章へと続く予定です。

 そろそろ仕事も毎年恒例の繁忙期だなぁ(笑)。

 仕事も執筆もがんばらないと!


 では、次回の更新は2月6日(月)です!

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