素顔で家族と会う【黒騎士】
「ジールが帰って来たというのは本当かっ!?」
「報せを聞いて、大急ぎで帰って来たぜっ!!」
突然家の前が騒がしくなったかと思えば、ばたばたという騒々しい足音が近づいてきて。
ばん、と勢いよく開けられた居間の扉から、二人の男性が飛び込んできた。
「ネル兄様! アーク兄様!」
そう。
居間に飛び込んできたのは、ジールディアの双子の兄たち。
「ジール!」
「よく無事で帰って来たな!」
嬉しさに涙さえ浮かべながら、二人の兄は鎧姿のジールディアに近づいて、順番に彼女をがしっと抱擁する。
「申し訳ありません、兄様たち……いまだ、この身を縛る呪いを祓うことはできず……」
「そんなこと、些細な問題だ!」
「兄貴の言う通りだぜ! 俺たちはジールが元気なだけで十分なんだからな!」
「ネル兄様……アーク兄様……」
どこかで聞いたようなやり取りだが、当のジールディアはその言葉がよほど嬉しかったのか、二人の兄を順に抱き締める。
なお、この光景を傍から見ていたレディルたちは、「邪悪なナニかが二人の青年を絞め殺そうとしている」ようにしか見えなかったが、それは彼女たちだけの秘密。
「アインの奴も帰って来られればいいのにな」
「そりゃ無理だろ、兄貴。あいつ、今は勇者組合からの依頼で遠方まで出かけているはずだ」
「ああ、確か……テグノ河で暴れている淡水魚竜を退治するとか言っていたな」
「テグノ河の淡水魚竜? それなら私が既に五体全部倒しましたが?」
兄たちの話を聞いていたジールディアが口を挟めば、その兄たちが──いや、家族全員が目を見開いて彼女を見た。
「どうやら、淡水魚竜退治の依頼がブッキングしたか、行き違ったかしたのだろうな」
「そんなことがあり得るのか、ライナス? 勇者組合が管理している依頼だぞ?」
「そう滅多に起こることではないが、絶対にないとは言い切れまい? 勇者組合も人が管理運営している組織だ。どこかで行き違う可能性はあり得るさ」
「私たちの方が早く現地に着いたから、私たちが依頼を請けることになったのかな?」
「多分そうじゃないかな? ジルガさんの弟さんたちが僕たちよりも遠い場所で依頼を請けたから、現地に着くのが遅くなったとか?」
ライナスの言葉にレディルとレアスも加わる。彼女たちにしてみればつい最近のことなので、記憶もまだまだ鮮明である。
荒れる水面を自在に駆け回りながら、五体もの巨大な淡水魚竜を次々と首を刎ねていく【黒騎士】。忘れたくても、そう簡単に忘れられる光景でもない。
「た、淡水魚竜を倒した……ジールが……?」
「し、しかも五体も……? って、おまえたち、誰?」
この時初めて、ネルガディスとイリスアークはジールディア以外の者が居間にいることに気づいた。
妹のことしか頭になかった二人は、それ以外のことに全く気を配っていなかったのだ。
「彼らは私の仲間で、私の呪いを祓うことにも協力してくれている者たちです。ライナスは特に頼──」
「おい、おまえ!」
「そこの白いやつ!」
ジールディアの言葉を遮り、双子は鋭い言葉と視線をライナスへ投げかけた。
「何当然な顔をして俺たちの妹の隣に座っている?」
「どこのどいつか知らないが、俺たちの妹の隣に平然と座るなどちょっと非常識なんじゃねえか? 今でこそこんな姿だが、ジールはれっきとした侯爵家の令嬢なんだぜ?」
殺気さえ感じられるほどの威圧を込めて、二人の兄が妹の隣に座っている魔術師風の青年を睨む。
彼らからしてみれば、最愛の妹の隣に当然とばかりな態度で座っている、出自不明の青年が気に食わない。
未婚の女性の隣に座ることを許されるのは、家族やまだ幼い子供を除けば婚約者やそれに近しい者だけ、というのがガラルド王国の貴族の間においての常識だ。
いかに恐ろし気な全身鎧を着込んでいようと、ジールディアはれっきとした侯爵家のご令嬢。当然、未婚の女性でもある。
そんな彼女の隣に平然と座っている見知らぬ青年を、彼女の兄たちが気に入るわけがない。
「ああ、そう言えばそんなしきたりもありましたね。ですが、当の女性が隣に座ることを許可した場合は例外となる」
そうでしょう? と、ネルガディスとイリスアークの刺すような視線に、不敵な笑みを浮かべて答えたライナスは、そのまま隣に座っているジールディアの顔──いや、フルフェイスの黒い兜を見た。
「俺がここに座っていても構いませんか、お嬢さん?」
「と、ととととと当然だろう? ら、ライナスならば、と、とととと特別に許可しよう」
突然「お嬢さん」と言われたからか、それとも別に理由があったからか。
なぜか挙動不審になりつつ答えたジールディアを、双子の兄たちは不審そうに、父であるトライゾンは複雑そうに、そして母であるエレジアはどこか納得したような顔で見つめていた。
「そうか……家を出てから今日まで、本当にいろいろなことがあったのだな……」
数刻後。
ジールディアからこれまでのことを聞き、トライゾンはそっと目元の涙を拭った。
「なあ、兄貴……兄貴って一人で竜を倒せる?」
「無理に決まっているだろう」
「もしかして今のジールって……」
「鎧の能力を加味したとしても……竜を倒せるジールは、間違いなく俺たちよりは強いだろうな……」
一方、二人の兄たちはこそこそと何やら囁き合っている。今日までに彼女が何体もの竜を倒したと聞いて、何やら思うところがあるのだろう。
「今日まで大変な思いをしたことでしょう……なのに、呪いの方はまだ……」
「悲しまないでください、お母様。確かにまだ呪いは祓われておりませんが、今の私には心強い仲間たちがおります。彼らの協力があれば、必ず呪いを祓うことができると信じております」
と、にこやかな笑顔で母を励ますジールディア。今の彼女は鎧を脱いでおり、その身を幾重にも巻き付けたベッド用のシーツで隠している。
今、彼らナイラル侯爵一家がいるのは、他ならぬジールディアの部屋。ここにいるのは家族だけであり、ジールディアもシーツで体を隠しつつも鎧を脱ぐことができていた。
ちなみに、念のために数人の侍女──当然、ジールディアの秘密を知っている──が壁際に黙って控えているが、侯爵家の者たちにとってそれはいないも同然である。
「ライナスはもちろんのこと、レディルもレアスもとても頼りになります。二人とも、今では私の妹や弟のようなものですから」
「まあ。あのライナス様という方は、あなたがそこまで言うほど頼りになる方なのですね」
「ええ、そうです。彼は【黄金の賢者】様のお弟子であり、出会ってからまだそれほど経ってはいませんが、その優れた魔術と豊富な知識で何度も助けていただきました」
「ん? 彼はミレット様の弟子というわけではな──」
「まあ、まあ! あの方は【黄金の賢者】様のお弟子なのですね? それで、それで? あの方はどのような殿方なのです?」
何かを言いかけたトライゾンの言葉を遮るように、エレジアが弾んだ声を上げた。
そして、一方的な質問をジールディアに浴びせかける。ジールディアもまた、母の質問に丁寧に、そしてどこか嬉しそうに答えていく。
「……な、なあ、兄貴。もしかしてジールの奴……」
「……認めん! 俺は絶対に認めんぞ! たとえ【黄金の賢者】様の弟子であろうとも、どこで生まれてどこで育ったかも分からん奴に、俺たちの大事な妹を託すわけにはいかん!」
「だよな! だよな! ジールだって侯爵家の令嬢だ。それ相応の地位と身分のある奴じゃないと認められないよな!」
母と妹が何やら楽しそうに会話するのを聞きながら、相変わらず小声で囁き合う双子の兄弟。
そして、とても何か言いたそうにしていた父親は、誰も自分の話を聞いてくれないので一人静かに娘の部屋を後にした。
そっと娘の部屋を出たトライゾンの前に、一人の男性が立っていた。
その姿を見たトライゾンはその場に片膝を突こうとするが、当の男性にそれを止められる。
「そのままで構わない」
「は、仰せのままに」
「少し話せるか? 君と……トライゾンと話をするのも随分と久し振りだ」
「確かに……もう何十年になりますかな? 最後にあなた様にお会いしたのは、私たちがまだ子供の頃でしたか」
「そうだな……お互い、年を重ねたものだ」
「ははは、あなた様は私ほど変わってはおりませんでしょうに」
「それでも、もう我らは子供ではなくなったさ」
「おっしゃる通りですな。では、私の部屋へ。何か飲み物でも運ばせましょう」
男性を先導するように、トライゾンが自室へと向かう。途中、出会った使用人に酒と軽く摘まめるものを頼むと、そのまま何も言わずに廊下を進んで行った。
~~~ 作者より ~~~
以上で、今章は終了。そして、今年の更新もこれで終了。
次回の更新は1月9日、閑話をいくつか挟みまして物語は次章へと入る予定です。
引き続き、お付き合いいただけると幸甚です。
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