実家に戻る【黒騎士】

「……………………………………」

「……………………………………」

 目の前で恥ずかしそうにはにかむ女性を、ストラムとハーデは信じられないものを見る目で凝視してしまった。

「…………二人の気持ちがよく分かるな」

「そうですよね。私も最初に見た時はびっくりしましたから」

「僕もついさっき、びっくりしたところだよ」

 苦笑するライナスとレティル。そして、いまだショックが抜けきらない様子のレアス。

「あ、あの……」

「はい、何でしょう?」

 目の前の女性に、ストラムが恐る恐る声をかける。

「あ、あなたが……あなたが、本当にジルガ様…………なのです……か?」

「はい、間違いなく私が【黒騎士】ジルガ……本名をジールディア・ナイラルと申します。このようなはしたない姿でお目にかかることをお許しください」

 ぺこり、とどこか優雅さを感じさせる仕草で頭を下げる女性──ジールディア。

 彼女は今、あの黒鎧を脱いでストラムとハーデに対面している。

 とはいえ、全裸のままでいるわけではない。

 その白い裸身を守るように、旅用の毛布を巻き付けている。黒魔鎧ウィンダムの呪いも、「衣類」や「鎧」に該当しないものにまでは及ばない。

 もちろん、旅で用いるための毛布なので、決して綺麗というわけではない。だが、それでもジールディアの気品を損なうことはなく、薄汚れた毛布が逆に彼女の美しさを際立たせているほどだ。

 周囲はすっかり夜の黒に覆われ、ジールディアたちを照らすのは焚火のオレンジばかり。

 そのオレンジの灯りが、ジールディアの金の髪をきらきらと輝かせている。

「ま、まさか、ジルガ様が少女と呼ぶべき年齢のまだまだ若い女性だったとは……」

「あなた? あまりジールディア様をじろじろと見ては失礼ですよ?」

 驚きのあまり、ついジールディアを凝視してしまったストラムを、ハーデがやんわりとたしなめる。

「あ、ああ、これは失礼しました」

 焚火のものではない赤に顔を染めて、ストラムがジールディアから視線を逸らした。対するジールディアもまた、ストラムと同じ色で顔を染めて、恥ずかしそうにはにかむ。

「彼女の呪いに関する詳細は俺から話そう。ジルガ……いや、ジールディアはもう鎧を着てもいいぞ」

「ええ、よろしくお願いしますね、ライナス」

 ライナスの言葉に、どことなく嬉しそうに返事をしたジールディアは、「鍵なる言葉」を唱えて黒魔鎧を顕現させる。

 一瞬で【黒騎士】の姿になったジールディア──ジルガに、ストラムとハーデが再び彼女を凝視した。

「ほ、本当にジルガ様だったんだな……」

「私も驚いたわ……」

「さて、彼女の身を縛る呪いに関してだが──」

 ぱちぱちと焚火にくべられたたきぎが爆ぜる音を耳にしながら、ライナスは自分が知っている限りのことをストラムとハーデ、そしてレティルとレアスに話していった。



 ガラルド王国、王都セイルバード。

 王都の中心に聳えるは、この国を治める国王がおわす王城。

 その王城を取り巻くように、豪華な家々が幾つも軒を連ねている。

 ここは王都に暮らす貴族たちの家が存在する区画。王都で暮らす民たちからは、「貴族街」と呼ばれる区域である。

 大きな家々が整然と並ぶ貴族街の大通りを、奇妙な一行が堂々と歩いていた。

 先頭を歩くのは、漆黒の全身鎧を纏った大柄な人物。悪魔か魔神をモチーフにしたのか、見るからに恐ろし気で禍々しい全身鎧である。

 その鎧を着た人物の手には、これまた危険な香りを周囲にまき散らす巨大なハルバード。その姿を見ただけで、気の弱い者ならその場で気を失いそうだ。

 実際、鎧の人物と同じ大通りに居合わせた人たちは、その姿を見て悲鳴を上げ、慌てて建物や路地へと駆けこんでいる。

 そんな周囲の様子を気にすることもなく、全身鎧の人物は慣れた様子で貴族街の大通りを闊歩する。

 そして、その鎧姿の後ろには、白いローブを纏った魔術師風の人物。洗練された物腰と堂々とした態度は、この区画に住む貴族にも劣らぬ気品と風格が備わり、その整った容貌は人目を集めて止まない。

 だが、今だけはその人目を引く容姿も、前を歩く漆黒の鎧のせいで全く目立つことはなかった。

 更に、四人の人物が黒と白のコンビの後に続いている。

 うち、二人はまだ幼いと言ってもいい年齢の子供たち。その子供たちに挟まれて、大人の男女が落ち着かない様子で周囲を何度も見回していた。

「こ、これが人間の街か……なんて賑やかで、綺麗な家が一杯あるんでしょう……」

「初めてラームスの町に入った時も驚いたが、明らかにここはラームス以上だな……」

「私たちもしらばく王都にいたけど、この辺りには来たことなかったよね」

「そうだね、姉さん。この辺りは『キゾク』っていう偉い人たちが暮らす場所だから、あまり近づかない方がいいってライナスさんが言っていたし」

 どうやら親子らしいその四人。彼らの額からは一対の小さな角が飛び出しており、彼らが人間ではなく鬼人族と呼ばれる種族であることを物語っている。

 だが、誰も鬼人族についてあれこれ言う者はいない。人間社会ではまず見かけない鬼人族が貴族街にいることよりも、先頭を行く黒鎧にどうしても人目が集まってしまうからだ。

「ストラム殿、ハーデ殿、疲れてはいないかね? 王都までの旅はお二人には辛いものがあったのではないかな?」

「お気遣い、ありがとうございます。私も妻も、日に日に回復しております。これも全てジルガ様のお陰です」

「毎日美味しいものをいただいたのですから、体力だってすぐに回復します」

「医師でも賢者でもない私には、それぐらいしかできないからな。はははは」

 ジルガ……いや、ジールディアが自分の正体を明かしたあの夜から、ジルガたちはストラムとハーデの体力回復を第一にのんびりと旅をしてきた。

 旅の途中では二人の体力回復のため、味がよくて滋養のあるものを選んで食事としてきたのだ。

 ラームスを旅立った数日こそ麦粥を中心とした胃腸に優しい食事を優先したが、ある程度体力と胃腸が回復してからは、道中でジルガやレティルたちが食料となる動物や魔物を仕留めたり、値段を顧みることなく高額な食材を買い込んだりしてきた。

 そのおかげか、今では二人ともかなり回復してきており、こうして王都を散策がてらに歩くことができるほどである。

「もうすぐ目的地──私の実家が見えてくる。あと少しがんばってくれ」



「ここはナイラル侯爵閣下のお屋敷である! 許可なく立ち入ることは許されておらぬ!」

「早々に立ち去られよ! さもなくば、実力行使で立ち退かせることになるぞ!」

 がちゃん、という音を立てて、二本の槍がジルガたちの前で交差された。

 ジルガたち一行の前に立つのは、二人の門番。ナイラル侯爵家に仕えている兵士たちである。

 彼らは白昼堂々と侯爵家の屋敷に近づいて来た怪しい人物たちを、訝し気に見つめていた。

 実を言えば、ジルガが放つ凄まじい鬼気に内心ではがたがたと震えていたのだが、決してそれを表に出すことなく毅然とした態度を保っている。

 それだけで、ナイラル侯爵家に仕える騎士や兵士たちがどれだけ鍛えられているのかがよく分かるというものだろう。

 そんな彼らに、ジルガは満足そうに何度も頷く。

 彼女は間違いなく、ここナイラル侯爵家の令嬢である。そして、門番である彼らもジールディアの顔はよく知っている。

 だが、そのジールディアが妙な鎧に呪われたことは、侯爵家の中でも上層部、特に信頼されている者たちにしか知られていない。

 そのためこの門番たちは、目の前に立つ禍々しい鎧の中身こそが自分たちが仕える家の令嬢であることが分からなかったのだ。

「私は勇者組合に所属する【黒騎士】ジルガという者である。突然の来訪で誠に申し訳ないが、侯爵閣下、もしくは執事長のギャリソン殿に取り次いでいただけないだろうか?」

「侯爵閣下かギャリソン様に直接取り次げだと?」

「き、貴様のような見るからに怪しい者を、はいそうですかと取り次げるわけなかろうが!」

 門番たちは槍の穂先をジルガたちに向ける。確かに彼らの態度は職務に忠実であり決して間違いってはいない。

「おい、ジルガ」

 先頭に立つジルガの横で、ライナスは小声で彼女に話しかけた。

「勇者組合から紹介状か何かをもらってこなかったのか?」

「自分の家に帰るだけなのに、紹介状を準備するわけがなかろう?」

「……………………確かに君の言う通りだな……」

 一体誰が、自分の家に帰るのに他者からの紹介状が必要になると思うだろうか。

 自分の現状を冷静に考えれば、紹介状が必要になることに思い至っただろうが、ジルガ自身も久しぶりに実家に帰ることができることでやや浮足立っていたようだ。

「おい、何をこそこそ話している!」

「他の兵士たちも集めろ! こいつら、どうにも怪しいぞ!」

 門番の一人が首から提げていた緊急招集用の笛を鳴らす。

 途端、屋敷の中から数人の兵士たちが、武器を手に駆け寄ってくる。

「じ、ジルガ様……事情は分かりませんが、一旦引き下がった方がよいのでは……?」

 妻と子供たちを背中にかばいつつ、ジルガの横に並び立つストラムが彼女に問う。

「そうだな……ここは一旦引き上げて、勇者組合から紹介状を出してもらおう。ストラム殿とハーデ殿には、疲れているところ申し訳ないが──」

「そのようなこと、お気になさらず」

 男臭い笑みを浮かべた後、すぐに真顔に戻ったストラムは、集まった兵士たちから目を逸らすことなくゆっくりと後退する。

「騒がせてしまって申し訳ない。正式な紹介状を用意してくるので──」

「その必要はございません」

 ジルガの言葉を遮るようにして、張りのある低音が響いたのはその時だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る