ばったり対面の【黒騎士】

 ユージンという名の闘技者。彼は世間では鬼人族だと言われていたが、実は人間だった。

 彼が鬼人族だと言われていた理由は、彼が愛用するハチガネにある。

 額を守るために巻かれたハチガネには、2本の角のような装飾が施されていたのだ。

 この角を模した装飾から、いつの頃からか【鬼人】という異名が定着し、今に至っているのであった。

 つまり、勇者組合に届けられた情報は、この【鬼人】という異名を鬼人族と勘違いしたものだったようだ。

「────なるほど。貴殿らはそちらの子供たちの両親を探していて、自分の噂を聞き込んだわけですな?」

 ジルガに匹敵しそうなほど大柄なユージン。だが、その様子は実に落ち着いた感じだ。

 闘技場の闘技者といえば、どうしても乱暴者というイメージが付きまとうが、上位者ともなればそうでもないらしい。

 実際、ただ乱暴なだけの者が勝ち続けることができるほど、闘技場は甘い場所ではない。勝利を掴むために対戦相手をよく研究し、動きの癖などの弱点を見極める必要があるからだ。

「いや、こちらも最初から確度の低い情報と承知していたのだから、貴殿が気にする必要はない。そして、この情報が間違いであったと判明しただけでも収穫というものさ」

「このひょろい奴の言う通りじゃな。お主は別に悪くはない。さて、折角こうして出向いてくれたのだから、少し話でもしようではないか。【黒騎士】殿、いかがか?」

「オルグ師の言う通りだ。こうして顔を合わせたのも何かの縁であろう。闘技者としての話を聞いてみたいな」

「【黒騎士】…………? もしや、噂に名高い勇者組合の【黒騎士】殿か? その漆黒の全身鎧からもしやそうではないかと思っていたが、やはり本人であったか」

 ぱあっとユージンの表情が輝く。どうやら【黒騎士】ジルガの活躍は彼の耳にも入っているようだ。

 彼は別に闘技奴隷というわけではなく自由参加の一般闘技者なので、どこかの酒場でジルガの噂を聞き及んでいたのだろう。

「貴殿が竜を単独で打倒したという噂は本当であるか? 本当であれば、是非その時の様子を聞かせていただきたい!」

「それは構わないが、話を聞いてもそれほどおもしろくはないと思うぞ。なんせ、どの竜もそれほど強くは感じられなかったからな。もしかして、竜の強さというものを世間では少し勘違いしてはいないだろうか?」

 腕を組み、至極真剣な様子──顔は見えないが全身の雰囲気でそう思える──でそう答えるジルガ。

 そのジルガに対し、彼女の横に座っているライナスは深々と溜め息を吐いた。

「そんなことが言えるのは君だけだと、いつも言っているだろう」

「そうだろうか?」

「ライナスさんの言う通りだと思うなぁ」

 黒白コンビの隣に座っているレアスも、どこか呆れた様子だった。



 ユージンとの顔合わせは特に問題なく終わった。

 竜とジルガとの戦いの様子を聞いたかの闘技者は、非常に興奮した様子だった。

 彼も闘いに身を投じる者として、いつか竜に挑むことを目標としているらしい。

 個人であれグループであれ竜を倒したという実績は、戦士や傭兵の間では相当なステイタスとなる。「竜斬の栄誉ドラゴンスレイヤー」は、いつの世でも最高の武勲のひとつなのだから。

 ジルガが話す竜との戦いの様子に、ユージンはまるで子供のように興奮していたほどだ。

 それはユージンだけではなく、オルグとライナスの魔術師たち、そしてレアスも興味深そうな様子であった。

 そんな一方で、落ち込んでいるのを隠せない者もいた。

「残念だったな」

 闘技場の特別室を後にして、闘技場の外へと通じる通路を歩きながら、ジルガは落ち込んでいるレディルの頭を優しくなぜた。やはり、父親の消息が掴めなかったことが響いているらしい。

「ユージン殿は君の父親どころか鬼人族でさえなかったが、君たちのご両親はきっと無事だ。遠からず会えると私は信じている」

「ジルガさん……」

 憂いを帯びた双眸が、漆黒の兜へと向けられる。その兜に隠された素顔を知るレディルは、彼女が優しく微笑んでいることが理解できた。

「……はい! 私、まだ諦めません! きっとお父さんとお母さんに会えるって信じています!」

「うむ、その意気だ!」

 ぽんぽんと優しくレディルの背中を叩くジルガ。

 そんな彼女たちの背中を、後ろから優し気に見つめるライナスとレアス。

 更には、ライナスの様子を横目に見ながら、にやにやとした様子のオルグ。

「…………この他人に無関心な男が、これほど興味を示すとは……【黒騎士】ジルガ、ただ腕が立つだけの人物ではなさそうじゃな」

「ん? 何か言ったか、オルグ?」

「いや、何も言うてはおらん。ところで、これからどうする?」

「そうだな……まずは勇者組合で鬼人族に関する新しい情報がないか確認するつもりだ。そこで何もなければ……一度王都へ戻ってみる」

 師が図書室で何か見つけたかもしれんからな、とライナスはオルグにも聞こえないほどの小声で続けた。

「そうか……では、またこの町に来た時は訪ねてこい。一応は歓迎してやるわい」

「ああ、そうさせてもらおう」

 旧友同士がそう言葉を交わしていると、先頭を行くジルガとレディルは既に闘技場の外へ出ていた。

 そろそろ空の色が変わろうかという時刻。本日全ての対戦が終了した闘技場から、多くの人々が吐き出されてくる。

 笑顔の者、悲壮な顔の者、興奮した者……様々な表情を浮かべた人々が、闘技場から次の目的地へと足を向ける。

 次の目的地の多くは酒場であろうか。闘技場で賭けに勝った者は祝杯を上げるため、逆に負けた者はヤケ酒を呷るため。中にはそのヤケ酒を飲む資金さえも失った者たちもいるらしく、重々しい足取りで顔を伏せながら町のどこかへと消えていく。

 そして、その男もそんな全てを失った者の一人だった。

 大柄な体を小さく丸め、頭からすっぽりとフードを被ったその男。体格から男なのは間違いなく、また、闘技場での賭けに負けたのもそのどんよりとした雰囲気から一目瞭然だ。

 ふらふらとした足取りで闘技場から出て来たその男は、前をよく見ていなかったからか小柄な少女とぶつかってしまった。

「………きゃ」

 その小柄な少女──レティルは、突然横合いから体格のいい男にぶつかられて、思わず倒れ込む。

 そんなレティルに、フードの奥から視線が注がれ、男はその動きを止めた。

「大丈夫か、レティル?」

「はい、大丈夫ですジルガさん」

「…………れ………レ……ティル……?」

 フードの奥から零れ落ちる、小さな声。その声を、聴覚に優れた鬼人族であるレティルは、雑踏の喧騒の中でもはっきりと捉えていた。

「………………………………………………え?」

 ジルガに手を借りて立ち上がったレティルの、その両目が大きく見開かれる。

「お、お…………おとう…………さん……?」

 彼女の問いに応えるように、男は震える手で被っていたフードを背中へと落とした。

 そこには。

 最後に見た時からかなりやつれているものの、レティルとレアスが物心ついた頃から一緒に暮らしていた人物──父ストラムの顔があった。



「れ、レティル……? レティルなんだなっ!? ぶ、無事でよかった……」

 ストラムは弱々しいながらもレティルを抱き寄せて、涙を流しながら呟いた。

「お、お父さん? 本当にお父さんなんだよねっ!?」

 レティルも泣きながら父親にしがみつく。

「れ、レアスは……レアスはどうしたっ!?」

「大丈夫、レアスも一緒だから。ほら、そこに」

 涙に濡れた目でレティルが背後を見れば、そこには姉同様に涙を流しているレアスがいた。

「レアス! おまえも無事だったんだな!」

「父さん……? 父さんっ!!」

 レアスは父に抱きつくような勢いで駆け寄る。

 ストラムは地面に膝をつき、泣きながら我が子たちを抱き締る。

 レティルとレアスもまた、久々に感じられる父親の温もりに声を上げて泣いている。

 闘技場前という人が大勢集まる場所で、抱き合いながら泣いている親子。はっきりいってめっちゃ目立っている。

 だが、人々が周囲に集まってくるようなことはない。抱き合って泣く親子のすぐ傍に、鬼気を振りまく漆黒の全身鎧が佇んでいるからだ。

「ライナスよ。儂はあの子らの詳しい事情を知らぬが……【黒騎士】殿が周囲から変な誤解を受けたりはせんだろうか?」

「そこは大丈夫だろう。勇者組合の【黒騎士】の評判はそうそう揺るがんよ。それに……できれば今はそっとしておいてやった方がいい」

 おそらくあの鎧の中で、あいつも一緒に泣いているだろうから、と心の中で呟くライナス。

 しばらく抱き合っていた鬼人族の親子。だが、何かを思い出したようにストラムが顔を上げると、きっとした表情を傍らに立つ全身鎧に向けた。

「貴様が……貴様が我が子らを連れ去った連中の親玉かっ!?」

 ただならぬ雰囲気を周囲にまき散らす鎧姿の人物。その悪鬼めいた姿と滲み出る迫力から、ストラムはこの人物こそが人攫いの元締めだと判断した。

 人間たちに連れ去られた我が子たちが、こんな禍々しい奴の傍にいたのだ。きっとこいつこそが諸悪の元凶だろうとストラムが判断したのも無理はないかもしれない。

「レティル! レアス! 今日まで怖い思いをさせて済まん! だが、すぐに父さんがこいつを倒しておまえたちを救い出してやるからな!」

 ふらつきながらも立ち上がったストラムは、我が子たちを背中で庇う。

 一方、父親が激しく勘違いしていることにまだ気づいていない子供たちは、きょとんとした表情で父の背中を見つめるばかり。

 そして、ようやく父親の誤解に思い至ったレディルとレアスは慌てて父親を止めようとする。

「ち、違うの、お父さん! あの人は……ジルガさんは私たちを助けてくれた人なの!」

「そ、そうだよ! ジルガさんたちは悪い人間じゃないんだ! 勘違いしないでくれ」

「何を言うんだ、おまえたち! あんな邪悪そうな格好をした奴が、悪い奴じゃないわけがないだろう!」

「た、確かにジルガさんの見た目はちょっとアレだけど、中身はとっても素敵な人なんだから!」

「そ、そうだよ! 姉さんの言い方にちょっと感じるものがないわけじゃないけど、ジルガさんは悪い人じゃないから!」

「だ、だが……」

 背後の我が子たちと、目の前の漆黒の鎧を何度も見比べるストラム。我が子の言うことを信じるべきか、それとも自分の目に自信を持つべきか。その二つの間で彼の心がゆらゆらと揺れ動く。

「そ、それより、どうしてお父さんが人間の町にいるの?」

「そうだよ、母さんは? 母さんは? 母さんは一緒じゃないのか?」

 子供たちの問いに、ストラムの体から急に力が抜け落ちてその場に崩れるように座り込んでしまう。

「母さんは……母さんは……」

 ストラムの両目から再び涙が溢れ、ぼたぼたと地面の色を濃くしていった。


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