師と弟子と【黒騎士】

「おお、遅かったな、ライナス」

 日も落ちかけた〔黄金の木の葉亭〕にて。

 ようやく帰ってきたライナスを、ジルガたちは宿の酒場で出迎えた。

「悪かったな。少々用事が立て込んでしまったものでな」

「なに、気にすることもない。それぞれ、何かしらの用事ぐらいあって当然だ。それよりも、明日からのことを相談したいのだが」

 ライナスはジルガの声に耳を傾けながらも、昼間に師である【黄金の賢者】から聞かされたことを思い出していた。

 そしてその話の内容を、本人に伝えるべきかどうかを考える。

 本来であれば、師の話をジルガ……いや、ジールディアに伝えるべきだろう。だが、それを聞いた時、彼女が自分自身をどう思うのか。

 自分が、カケラとはいえ邪神の魂を受け継いでいるなどと知れば。

 それを考えると、ライナスは事実をジールディアに告げることを思い留まってしまう。

 ライナスは昼間に師より聞かされた話を思い出していた。



「つまり──『継承者』ってのは、ヴァルヴァスの魂の欠片を受け継いでいる者たちのことさ」

 「かんづきの闘争の時代」の終盤、邪神の王である【獣王】ヴァルヴァスは討ち果たされ、その魂は無数に砕かれた。

 そして、砕かれた魂の欠片たちは、輪廻の輪へと流れ込んだ。

 何度も輪廻を繰り返すことで邪神としての力は薄れていき、やがて普通の魂と変わらぬ存在になるだろう、と当時の識者たちは考えたそうだ。

 そして、その何度も何度も輪廻を経て現代に転生したのが「継承者」であり、ヴァルヴァスの五黒牙を使ことができる者なのである。

「では、先代国王陛下……【漆黒の勇者】は……」

「うん、アイツも『継承者』の一人だね。そして、この私も……ね」

 ぱちり、とウインクを飛ばすレメット。彼女も五黒牙のひとつであるこくせいじょうカノンを所持している。つまり、彼女も「継承者」なのは間違いあるまい。

「ということは、今の国王も『継承者』なのですか?」

 現ガラルド王国の国王、シャイルード・シン・ガラルド。彼は【漆黒の勇者】の実子であり、【漆黒の勇者】崩御の後に黒聖剣エクストリームを受け継いでいる。

「ううん、あの子は『継承者』じゃないよ。五黒牙を使うことなら誰でもできるんだ。でも『継承者』以外が五黒牙を使っても、ちょっといい武器って程度の性能しか発揮しないんだな、これが」

「つまり、『継承者』でなければ五黒牙の本当の力を引き出せないわけですか」

「そゆこと。で、ライナスちゃんから話を聞く限り、ジールディアちゃんはウィンダムを使いこなしているっぽい。つまり、ジールディアちゃんもまた『継承者』なんだろうね」

 ジールディアがウィンダムの本当の力を引き出しているのは間違いない。これまでの彼女の活躍を見れば、そこに疑いの余地はないだろう。

 そこまで考えて、ライナスは他の疑問についても師に尋ねてみる。

「では、ウィンダムのあの呪いは? 他の五黒牙にもあのような呪いがかかっているのでしょうか?」

「へ? 呪い? 何のこと?」

 きょとんとするミレット。その様子を見たライナスは、師が自分をからかうために演技をしているのではないかと疑う。

 だが、そのような様子は見いだせず、どうやら本当に師は呪いに関して知らないのだと判断した。

 改めてライナスは、現在ジールディアを縛り付けている呪いについて説明した。

「ほへー、それはまた奇妙奇天烈な呪いだねぇ。そんなヘンテコな呪い、これまで聞いたこともないよ」

 呆れているのか、それとも感心しているのか。よく分からない表情の師を見て、ライナスは更に言葉を続ける。

「黒聖杖カノンには、黒魔鎧ウィンダムのような呪いはないのですか?」

「うん、カノンに何らかの呪いが発動したことはないね。おそらく、黒地剣エクストリームにも呪いはないんじゃないかな。少なくとも、私があいつの傍にいた時、それらしい様子はなかったさ」

 では、なぜウィンダムにのみ呪いが発動するのだろうか。封印されたままの残り二つの五黒牙に呪いがかかっているかどうかは不明だが、カノンとエクストリームに呪いがないことを考えれば、その二つにも呪いはない可能性が高い。

「おそらくだけど……ウィンダムこそが五黒牙の本体だからじゃないかな? 残る四つの武具は、あくまでもウィンダムのオプション。そう考えれば、本体にのみ呪いが仕掛けられていたって不思議じゃないと思うな」

 確かに師の言い分は納得できる。では、残る四つの五黒牙に、本体の呪いを祓う機能はないのだろうか。

 そのことを、ライナスは質問してみた。

「うーん、少なくともカノンに呪いを祓うような能力はないね。エクストリームにも多分ない……と思うけど、正式な所有者だったガーランドならともかく、私では詳しいことまでは分かんない。で、残る二つは……やっぱりそれもよく分かんないや。あははー」

「先程、先祖が残した記録があるようなことを言っていましたが、その記録とやらに詳しいことは記載されていないのですか?」

 【獣王】ヴァルヴァスが滅んだ後、五黒牙の管理はレメットの先祖が請け負った。であれば、何らかの資料がレメットの家系に残されていても不思議ではない。実際、五黒牙に関する記録があるようなことを、レメット本人が口にしていたのだ。

「き、記録ね、記録……う、うん、もちろん何か書かれているかもしれないねー。あははー」

 ライナスからあからさまに視線を逸らし、乾いた笑いを浮かべるレメット。その態度から、ライナスはとあることを考えた。考えてしまった。

「ま、まさか……五黒牙に関する記録を紛失してしまったのでは……」

「な、何を言うのかなー? そ、そんなことあるわけがないじゃないかー。とっても貴重な記録を、この【黄金の賢者】が無くしたりするわけがないだろー」

「…………本当ですか?」

 棒読みな台詞を吐く師を、ライナスはじっとりとした目で見つめる。

「ほ、本当だってば。五黒牙に関する記録がどこにあるのかは分かっているんだよ。ただ…………どこにあるのかが分からないだけで…………」

「…………はい?」

 ライナスには師の言っていることが理解できなかった。「どこにあるのかは分かっているのに、どこにあるのかが分からない」とは、一体どういう意味なのだろう。

「え、えっとね? 以前、その記録をぽいっとこの大図書室に放り込んで……」

「…………そのまま分からなくなった、と?」

「そゆことー!」

 ライナスに向けてぐっと伸ばされたレメットの右腕。その拳の親指は、なぜか堂々とおっ立てられていた。



「だ、だってさー! 旅をしている内に段々と増えて重くなった荷物を整理するつもりで、持っていた書物のいくつかを何気なーくこの大図書室に放り込んだの! で、それら書物の中に件の記録も含まれていたの! もう何十年も前のことなんだから、忘れちゃっても仕方ないと思わない?」

 師の言葉を聞き、ライナスは呆然と周囲を見回した。

 どうやらヴァルヴァスの五黒牙に関する記録は、このガラルド王国大図書室のどこかにあるのは間違いないらしい。

 だが。

 だが、ガラルド王国大図書室の蔵書数は膨大だ。そんな中から一冊の書物を見つけることが、どれだけ難しいことか。

 本来ならば、その膨大な蔵書を専門の魔法生物が管理している。この大図書室に書物を保管する際、まずはその魔法生物が書物の内容から分類、その後分類によってそれぞれ同じような分類の収納エリアに収められる。

 実際、ライナスも【獣王】ヴァルヴァスに関する書物を収納してあるこのエリアまで、その管理用魔法生物に案内してもらったのだ。

 だが、レメットはそのような手順を踏まずに件の記録を勝手に放り込んだのだろう。そのため、五黒牙に関する記録を纏めた資料は、この無数の本の群れの中に紛れ込んでしまった。

 図書室の本は全て複数体いる管理用魔法生物が常に分類別に整理整頓してはいるが、正式に登録されていない書物はその管理下にはなく、適当に書架に放り込んだらずっとそのままになる。

 余談だが、その魔法生物は無数の節足と無数の触手を有したイソギンチャクのような姿をしていて、この図書室の利用者からの評判──性能は極めて優秀だが、あくまでも見た目の評判は──はあまり良くはない。そして、その魔法生物の製作者は、誰あろう【黄金の賢者】その人だったりする。

 レメットはその記録を数十年も前に適当な書架に放り込んだので、誰かが移動させていなければ今もそのままなはず。

 しかし、その放り込んだ書架がどこなのか、彼女はすっかり忘れてしまっていた。

「〈探知ロケート〉の魔法で探せないのですか?」

「い、いや、それがさ? 〈探知〉の魔法って、魔術的な目印をつけた物か、術者がよく知っている物じゃないと効果がないじゃない?」

「…………つまり、師はその記録がどのような装丁をしているのか、完全に忘れてしまった、と?」

「………………………………………………………………てへ」

 舌を覗かせながらにっこりと微笑むレメットを、ライナスは心底呆れたように大きな溜息を吐き出した。



 その後、レメットはライナスによって件の記録を見つけるように約束させられた。その際、「必ず記録を見つける」という内容の〈命令ギアス〉の魔術を受け入れさせた辺り、弟子は師のことをよく理解しているのだろう。

「王都にいる間、俺たちは〔黄金の木の葉亭〕に泊まっていますので、記録を見つけたら使い魔を飛ばして連絡してください」

「ええー? ライナスちゃんは手伝ってくれないのー?」

 口元で両の拳を揃え、上目遣いにライナスを見つめながら。レメットはそんなことを言うが、当のライナスは平然としたままだ。

「俺は俺で忙しいですから。師の手伝いをしている暇はありません」

「もー、またそんな堅苦しい呼び方をするぅ。そんな堅苦しい呼び方じゃなくて、私のことは昔みたいに呼んで欲しいなー。ほらほら、呼んでみ、呼んでみ? 前みたいにおか──」

「では、俺は失礼します。可及的速やかに問題の記録を発見してください」

 レメットの言葉を遮るように言い置き、ライナスは踵を返した。どんどんと遠くなる彼の背中を見て、ひとり残された【黄金の賢者】は唇を尖らせる。

「ちぇー、ライナスちゃんってば冷たいんだからー。昔は私の傍を絶対に離れないような子だったのになー。でも…………」

 もう見えなくなった弟子の背中。その背中が消えた方から目を逸らすことなく、レメットはにやりと意味深な笑みを浮かべる。

「それだけ、今はの傍から離れたくないってことなのかなー? これはこれでおもしろくなってきたかも?」



「おい、ライナス! 聞いているのか?」

 自分を呼ぶジルガの声に、ライナスは我に返る。

「あ、ああ、済まない。少々考え事をしていた」

「珍しいな。ライナスさんがぼうっとするなんて」

「もしかして、お疲れですか?」

 心配そうな目を向けるレディルとレアスに、ライナスは首を横に振ってみせる。

「俺なら大丈夫だから、心配しなくてもいい」

「どちらにしても、明日は夜明けと共に王都を発ち、テグノ河を下ってラームスを目指すから、今日はゆっくりと休んでおくことだ」

「承知した。では──」

「はいっ! 昨日と同じ部屋割りでいいですよねっ!」

 しゅたっと片手を上げながら、昨日と同じ部屋割りを希望したのはレディルだ。

 レディルは漆黒の全身鎧の中身を知ったことで、同性としてのジールディアに強い憧れを抱いたらしい。

「ね、姉さん……? そ、そこまでジルガさんに…………」

 一方のレアスはレアスで、何か誤解をしている模様。

 こうして。

 一部ではややこんがらがった人間模様を描きつつ、【黒騎士党】は次の目的地をラームスへと定めたのだった。


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