継承者と【黒騎士】
「もしもラームスまで行くのなら、陸路を行くよりも船を使った方が早いと思うよ」
王都セイルバードの南に存在する港街ラームスへ行くには、組合職員が言うように船を利用した方が早い。
ラームスは王国内で最も大きな港街である。当然、そこには様々なものが集まり、それを求める人々もまた集まる。
そして、国内最大の街である王都セイルバードとラームスの間には、大きな街道が整備されていた。
加えて、王都の近郊を流れるテグノ河は南のラームスまで続き、陸路以上の「街道」として利用されている。
船を使えば馬車以上に人も物も大量に運べるため、テグノ河がセイルバードとラームスを繋ぐ「街道」として利用されないわけがなかった。
「ふむ……確かに船を使うのはアリだな。ライナスが戻ってきたら相談してみるか。レアス、ライナスがどこへ行ったのか、聞いていないか?」
「んー、知り合いに会ってから、ショコとかいう場所へ行くって言っていたかな?」
「知り合いにショコ……書庫のことか? もしかすると、ライナスは師匠殿──【黄金の賢者】様に会いに行ったのかもしれんな」
そのライナスはと言えば、ジルガが言うように師である【黄金の賢者】と会っていた。
もっとも、自ら会おうと思ったのではなく、ここガラルド王国大図書室で偶然再会したのだが。
「現在封印が解けている『ヴァルヴァスの
薄暗い大図書室の一角で、世界で最も高名な賢者の一人である、【黄金の賢者】の講義が密やかに開かれていた。
その講義を聴くのは、【黄金の賢者】唯一の弟子……いや、唯一の
「三つ……ですか? この国の王権の象徴とも言うべき
そう答えたライナスの脳裏に、漆黒の全身鎧が浮かび上がる。が、今はレメットの話を聞くことを優先する。
「ありゃ? ライナスちゃんには教えていなかったっけ?」
きょとんとした顔のレメットが、ぼそぼそと何かを唱える。すると、彼女の傍らの空間がぐにゃりと歪み、【黄金の賢者】はその歪みへと無造作に手を突っ込んだ。
そして、その手が戻された時には一本の漆黒の杖が握られていた。
「それは師が以前から愛用している……」
「うんうん。実はこの杖、
黒聖杖カノン。それは間違いなく、ヴァルヴァスの五黒牙の一つである。
レメットがこの杖を昔から愛用しているのをライナスはもちろん知っていたが、まさかそれが五黒牙の一つだったとは。
初めてその事実を聞かされ、思わず間抜けな表情を浮かべるライナス。
「おっかしいなー? ライナスちゃんにカノンのこと、言ったとばかり思っていたんだけどなー?」
「………………間違いなく初耳です、師よ」
腕を組み、うーんと唸るレメットと、深々と溜め息を吐くライナス。
余人が立ち入らぬ大図書室の一角は、何ともいえぬ雰囲気に包まれていた。
もしも師であるレメットが五黒牙の一つを所持していると知っていれば、間違いなくライナスは最初に彼女と接触しようと試みたことだろう。
もっとも、どこをほっつき歩いているか全く分からないレメットと連絡を取ることは、下手をすると他の五黒牙を探し出すより難しいかもしれないが。
「で、話は戻るんだけどね? 三年ほど前に三つ目の五黒牙が解放されたみたいなんだよねー。で、封印されている三つの内の何が解放されたのか、ちょっと調べようと思ったわけさー」
「…………おそらく、師が言う解放された三つ目の五黒牙は、
「およ? どうしてライナスちゃんがそんなことを知ってんの?」
驚きで目を見開くレメットに、ライナスはこれまでの経緯を説明した。
「なるほどー。ナイラル侯爵家に開かずの扉ねー。そんなトコにウィンダムがあったとは私も盲点だったなー」
美しい金髪をがりがりと無造作に掻きながら、レメットはふうと溜息を吐いた。
「で、そのジルガちゃん……じゃなくてジールディアちゃんは、本当にウィンダムを使いこなしてんの?」
「はい、それは間違いなく。俺も実際に何度もそれを目にしましたから」
漆黒の全身鎧を身に纏い、無敵と言っても過言ではない活躍を見せるジルガの姿をライナスは何度も目撃してきた。
あの黒鎧が黒魔鎧ウィンダムであるのは、もう間違いないだろう。そして、五黒牙が神話通りの存在である可能性も高くなったのではないかとライナスは考えながら、右手の人差し指を何やらふりふりしつつ考え込んでいる師を見やる。
「そっかー。ウィンダムが解放されちゃったかー。ってことは、そのジールディアちゃんてやっぱり『継承者』なんだろうなー。ウィンダムを使いこなしているってライナスちゃんが言っているし、『継承者』なのはまず間違いないねー。そもそも、『継承者』じゃなければ封印が解けるわけないし……」
ぶつぶつと一人呟くレメット。そのレメットが零す言葉の中に、ライナスは聞き慣れない単語があったことに気づく。
「師よ、その『継承者』とは一体何のことですか?」
「ああ、『継承者』ってのはねー……って、それを説明する前に、ライナスちゃんはどこまで五黒牙のことを知っているのかな?」
ヴァルヴァスの五黒牙。
それは遥か昔、二派の神々が激しく争っていた「
そして「神月の闘争の時代」の終盤、【獣王】ヴァルヴァスは名もなき一人の戦士に討ち取られたと神話は伝える。
その際、五黒牙を含めた【獣王】の財産は、全てその名もなき戦士が受け継いだ、とも。
「……その後、五黒牙を含めた【獣王】の財産は、その全てが行方不明になっていると記憶しております」
「うんうん、それで間違いないよ。でも、ちょっとだけ違うかな? 【獣王】の財産のうち、五黒牙はウチのご先祖様が管理することになったんだよね、これが」
「…………はい?」
またもや、師の口から飛び出す衝撃的な事実。
「ヴァルヴァスが討たれ、『神月の闘争の時代』はゆっくりと終焉を迎えた。で、その後にどうしてそうなったのかまでは知らないけど、五黒牙はご先祖様が引き受けたらしいんだな、これが」
あははーと気楽そうに笑うレメット。
人間よりも寿命の長い
レメットが言うところの「ご先祖様」とやらは彼女から十代ほど血統を遡った人物であり、実際に「神月の闘争の時代」を神々と共に戦い抜いたそうだ。
「我が家に代々伝わる記録によると、ヴァルヴァスが討たれた直後の五黒牙は、そりゃあもうボロボロだったそうだよ。でも、数日ほどで完全に復元したらしいんだ」
ライナスが知る黒魔鎧ウィンダムは、まさに無敵の鎧と呼ぶに相応しいものだ。そのウィンダムがボロボロになるほど、【獣王】ヴァルヴァスを討つための戦いは激しいものだったのだろう。
「最初、五黒牙は全て廃棄する予定だった。だって、【獣王】が愛用していた武具だよ? 誰だって使いたくもなければ所持もしたくないっしょ?」
師の言葉にライナスも頷く。邪神の王である【獣王】ヴァルヴァスが愛用していた武具を、誰が好き好んで用いようとするだろうか。
「でも、変わり者はどの時代でもいるもので、そんな五黒牙を欲しがったヤツもいたらしい。ま、その考えも分からなくはないよね。だって、五黒牙はどれもが武具としては超絶に強力なんだからさ」
ヴァルヴァスの五黒牙を全て──いや、その内の一つでも自分のものにできれば、自分は更に強くなれる。
戦いに身を置く者であれば、より強力な武具を求めるのは当然のことだろう。
だが、その望みは叶わなかった。
「だって、誰も五黒牙を使うことはできなかったから。いや、
一旦は破壊されたものの、数日で復元したヴァルヴァスの五黒牙。それを実際に使ってみようと試みたが、【獣王】ヴァルヴァスが使っていた時のような驚異的な性能はカケラも発揮されなかったらしい。
「で、その原因を当時の神々を含めた識者たちはあれこれ考えた。その結果、導き出された答えが……さっきの『継承者』ってわけ」
ヴァルヴァスの五黒牙は、【獣王】ヴァルヴァス以外には使えない。そのような仕掛けが施されているのだろうと考えられたわけだ。
「話は前後しちゃうけど、【獣王】ヴァルヴァスを討った際、【獣王】の肉体は滅びたけど、魂の方は無数の破片になって砕け散った。つまり、決して消滅したわけじゃない」
「では、砕け散った【獣王】の魂は……?」
「砕けた【獣王】の魂の欠片たちは、それぞれが輪廻の輪へと流れ込んだみたい」
輪廻の輪。つまり、【獣王】ヴァルヴァスの魂の欠片はそれぞれ転生する機会を得た。
邪神の王だった【獣王】ヴァルヴァス。その魂の欠片は本来の【獣王】には及ばずとも、十分すぎるほどに強大な力を秘めていた。
「でも、当時の人たちはこうも考えた。転生を何度も繰り返すことで、【獣王】の魂たちは徐々ににその力は薄れさせていくだろう、って。結果だけみれば、その推測は間違いじゃなかったんだけどさ」
転生を何度も繰り返すことで、ヴァルヴァスの魂の欠片たちは徐々にその力を弱めていった。それでも、【獣王】の魂の欠片を宿した者たちは、常人を遥かに凌ぐ能力を有している場合が多い。
「つまり──『継承者』ってのは、ヴァルヴァスの魂の欠片を受け継いでいる者たちのことさ」
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