再会と【黒騎士】

「珍しいな。あんたの方から俺に会いに来るなんてよ?」

 王都セイルバードのとある場所。

 前触れもなく早朝より姿を見せたライナスを見て、その男は驚くと同時に楽しそうな笑みを浮かべた。

「あんたがここに来るってことは、余程重要なことなんだろ? 一体、どんな内容だ? おもしろそうな話なら、俺にも咬ませろ」

 加齢による外見の変化こそあるものの、内面的には最後に会った時から何も変わっていない様子のこの男を前にして、ライナスは嬉しいやら呆れるやらでちょっと複雑な思いだった。

「少々面倒な調べ物があってな。ここの書庫を使わせて欲しい」

「なんだ、そんなことかよ。あんたも俺たちの一族なんだから、書庫を使うぐらいいつでも遠慮なく使えばいいんだよ。一々俺に断る必要さえねえぐらいさ。で、その面倒な調べ物ってな何なんだ? おもしろそうなことなんだろ?」

「たとえおまえでも、それは言えないな」

「なんでぇ、ケチくさいこと言うなよ。俺とあんたの仲だろ?」

「それでも、言えないものはある。それぐらい、おまえなら分かるだろう?」

 気安く言葉を交わす二人。そんな二人の間には、一定以上の信頼と信用があることが分かる。

「ま、あんたがそう言うなら仕方ねぇ。だが、ちょっとぐらいの余裕はあんだろ? 偶にはウチの倅にも会ってやってくれよ。ガキの頃からあんたに懐いていたんだしよ」

「お前の息子か……そうだな、少しぐらいならいいだろう」

「ははは、倅のやつ、喜ぶぜぇ? って、そういや倅は最近、あのクソ馬鹿野郎ンところの娘に妙に入れ込んでやがってなぁ。まあ、そういうお年頃っていや、そうなんだけどよ」

「おまえの息子なら、女性の方からいくらでも寄ってくるだろう?」

「そりゃ、俺の息子だからな。俺の若い頃と一緒で女にはモテまくっているさ。が、どうも本命の女とは上手くいっていないみたいでなぁ」

「そこは親であるおまえがどうにかしてやるべきでは? あ、いや、おまえが口を挟むと絶対に悪い方へとこじれるから止めておけ。それよりも、聞いているか? 噂では、あの人が王都に来ているらしいぞ」

「あの人って……も、もしかして、オフクロのことかっ!?」

 とある人物の姿を脳裏に思い浮かべ、その男の顔色が一気に悪くなった。

 どうやら、この男は「あの人」とやらが相当苦手らしい。

「ほ、本当にオフクロが王都に来ているのか? も、もしかして、ここにも顔を出したりする?」

「さて、な。あくまでも噂であり、本当に来ているのかどうかも分からん」

「マジかよ……? 何で今更オフクロが……もしかして、何かがバレたんじゃ……」

「おまえ……あの人に怒られるような心当たりがあるのか?」

「ぶっちゃけ、あり過ぎてどれのことやら分からんぐらいだ」

「…………おまえは幾つになっても本当に変わらないな……」

 目の前で慌てふためく男を眺めて、ライナスは楽し気な笑みを浮かべる。昔から目の前の男は、あの人のことを敬愛しながらも苦手としていたのだから。

「さて、俺は書庫へと向かう。後でおまえの息子にも会いに行こう」

 頭を抱え、むむむむむと唸っている男にそう告げたライナスは、部屋を出て勝手知ったるといった感じで書庫へと向かうのだった。



「おや? ライナスさんはどうしたんだい? 今日は一緒じゃないのかね?」

 勇者組合へと到着したジルガたちを見て、いつもの職員が首を傾げながら問うてきた。

「どうやら、何か用事があるようでな。今日は三人だけだ」

 【黒騎士党】が四人一緒に行動しないなんて、珍しいこともあるもんだね、と職員は呟いた。

「あ、そうだった、そうだった。以前より、ジルガさんたちが依頼していた鬼人族についてなんだけど、ちょっとした情報が入ったんだ」

「な、なんだってっ!?」

「そ、それは本当ですかっ!?」

 職員のその言葉に食いついたのは、ジルガではなくレディルとレアスだった。

 それまで静かにジルガの後ろに控えていた二人が、突然詰め寄ってきたことに職員が驚いて目を見開く。

「あ、う、うん、情報って言っても、本当に噂程度で確度もかなり低いなんだけどね。でも、ジルガさんはどんな情報でもいいって言っていたし、一応耳に入れおこうかなって」

「それで、その情報とやらはどんなものだ?」

「それなんだけど……ジルガさんたちは、ラームスの町を知っているかい?」

 ラームスと聞いてレディルとレアスは互いに顔を見合わせながら首を傾げる。まだまだ世俗的にあれこれと疎い彼らは、当然そんな街のことは知らなかった。

「ラームス? 確か、この国の南に存在する、港町だったな」

「そうそう、港街ラームス。別名を、『戦いの町ラームス』とも呼ばれているんだけど、その理由はラームスには闘技場があるからなんだよね」

「ああ、噂には聞いたことがあるな……もしかして……?」

「そう。噂によるとその闘技場に、ここ最近鬼人族が出場しているらしいんだよ」



 そこは薄暗い部屋だった。

 相当に広い空間だが、窓の類は一切ない。なぜなら、陽の光は書物にとって大敵だからだ。

 ガラルド王国大図書室。それがここの正式な名称である。図書室という名ではあるが、ここは誰でも気軽に利用できるような場所ではない。ごく限られた一部の者だけが、ここを利用できるのだ。

 広大な空間を埋め尽くすかのように膨大な数の書架が並び、そこには無数と言っていいほどの書物が収められている。

 書物に悪影響を与えないよう、最低限の明度に絞られた魔法の灯りが、ぼんやりと書物の森ともいうべき空間を照らし出している。

 余談だが、この明るさでは本を読むには適さないため、別に読書用の小部屋が用意されており、ここの書物はそちらで読むように定められていた。

 初めてここを訪れるわけではないライナスは、慣れた足取りで書架の間を歩いていく。

 背表紙に刻まれた様々な文字を読みながら、ライナスは目的の書物を探していく。

 もちろん、彼が探しているのは『ヴァルヴァスのこく』に関する書物だ。

 とはいえ、『ヴァルヴァスの五黒牙』に関する情報が記載された書物はそう多くはない。仮にあったとしても、そのほとんどが既にライナスが知り得ている情報が記載されていることだろう。

 それでも、まだ見ぬ情報があるかもしれない。そう考えながら、ライナスは書物の森の中をゆっくりと歩いていく。

 と、彼の前方に僅かながら気配があった。どうやら、この書庫を利用しているのは彼だけではなかったようだ。

 先客の邪魔にならぬよう、気配から離れようとするライナス。だが、その試みは失敗に終わる。他ならぬその先客が、彼に向って言葉をかけてきたからだ。

「ありゃ? 誰かと思ったらライナスちゃんじゃん。珍しい所で会ったもんだねー。ってか、引きこもりのライナスちゃんが自分から黎明の塔を出るなんて……もしかして、近々この国が滅亡したりする……?」

 切れ長の目を大きく見開き、驚いて数歩後ずさりまでするその人物。

 相変わらず、自由すぎるその人を前にして、ライナスは大きく溜息を吐いた。

「何て物言いをするのやら……とはいえ、お久しぶりです、我が師よ。本当にこの王都におられるとは思いもしませんでしたがね」

 ライナスが軽く頭を下げたその先で。

 彼が師と呼んだその人物──の大魔導士である【黄金の賢者】レメット・カミルティがにっこりと微笑んだ。



「それで、どうしてライナスちゃんがここにいんの? ライナスちゃんが自分から黎明の塔を出るなんて、近い内にこの大陸が海に沈むんじゃ……」

「先程よりも例えが酷くなっていますが……俺が黎明の塔の外に出るのはそれほどのことですか?」

「えー、そりゃそうじゃん。だって、あのライナスちゃんだよ? 私が何を言っても頑なにとうから出ようとしなかった、あの引きこもりのライナスちゃんが自分の意思でとうから出るなんて……そう簡単に信じられるわけないじゃん」

 あははーと笑い飛ばす妖精族の大魔導士。

 腰の辺りまで長く真っすぐに伸ばされたその髪は、二つ名が示すような黄金色。

 瞳は蒼玉のごとく。そして、そこに宿るは深い知性。これまた賢者の二つ名を体現していた。

 だが、そんな大魔導士の見た目は幼い。妖精族であるため実年齢は知り得ないが、人間でいえば13歳ぐらいだろうか。丁度、今のレディルと同じぐらいの年齢に見える。そして、身長でいえばレディルより頭半分ほど低いぐらいだった。

「それで、それで? ライナスちゃんはどうしてここにいるのかなー? 何か、おもしろそうなことをしちゃってる? だったら、私もそれに混ぜて欲しいなー?」

 にこにこと微笑みながら言葉を続ける【黄金の賢者】。その態度は、先ほどまで会っていた男と実によく似ていた。が、さすがは親子といったところか。

「実は今、ヴァルヴァスの五黒牙について調べていまして、ここなら何か手がかりがあるのではないかと……」

「ありゃ? ライナスちゃん五黒牙について調べてんの?」

 師の言葉に、思わずライナスは眉を寄せる。

「そりゃまた奇遇だねぇ。実は私も五黒牙について調べようと思って、ここに来たんだよ」

「師も五黒牙について調べていると?」

「そそ。封印されている五黒牙だけどさー、どうやらその一つの封印が解けちゃったみたいなんだよねー。で、五黒牙のが、どこに封印されているのかを調べようと思ってねー」



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