レディルと【黒騎士】

「君と同部屋になるのは………………レディルだ」

 そう告げたライナスは、それまでよりも声を落として更に続けた。

「そろそろ、レディルたちにも君のことを知らせてもいいのではないか?」

「た、確かにそうだが……わ、私もそのことは常々考えていた……」

 鎧を脱ぐとすっぽんぽん。まるで痴女のごとき姿を晒すことになってしまうジルガ……いや、ジールディア。

 いくらまだ幼いとはいえ、レディルとレアスの前でそんな姿を晒したいわけがなく。そのため、今日まで呪いに関する詳しいことを話せないでいた。

「いきなり二人に説明することもない。まずは同性であるレディルにだけ説明してみてはどうだ? 何なら、レアスの方にはレディルから言ってもらうのもありだと思うぞ」

「そ、それもそうだが……い、いや、やはりこういうことは直接言わねばなるまい。た、確かにレアスに説明するのはまだ覚悟ができていないが……そ、そうだな、レディルであれば……」

 貴族の令嬢であったジールディアは、同性であればそれほど肌を晒すことに抵抗がない。

 鎧に呪われる前は、入浴や着替えを侍女に手伝ってもらうなど当然のことだったからだ。

「わ、分かった。今夜、レディルには呪いのことを打ち明けよう」

 どこか悲壮感すら感じる覚悟を見せ、ジルガが頷く。そして、そんな彼女を励ますように、ライナスはぽんとその肩を叩くのだった。



 一方。

 何やら黒と白の二人組がぼそぼそと話をしている間、レディルとレアスは呆然としていた。

 特にレディルは、その顔を真っ赤にして両手で頬を押さえたり、身もだえしたり。

「え、えとえと……じ、ジルガさんと同室ってことは……そ、そういうこと……だ、だよね……?」

 自然と共に生きることを旨とする鬼人族。そのため、男女間の子作りに関してはかなり早い時期から教えられる。

 なんせ、毎年決まった時期になれば動物は繁殖期を迎えるのだ。狩猟が生活の中心である鬼人族にとって、動物たちがうまく繁殖し、数を増やすのは極めて重要なことなのである。

 その流れから、鬼人族の子作りに関しても子供たちは親からしっかりと教えられる。自分たちも自然の一部。それが鬼人族の文化なのだから。

 よって、レディルもレアスもこの年齢にしてそっち方面の知識がしっかりあるのだった。

「べ、別にジルガさんが相手なら……というより、ジルガさんと同格かそれ以上の男の人となると、ライナスさんぐらいしか……わ、私的にはやっぱりライナスさんよりも、ジルガさんのような逞しい男の人の方が……って、ジルガさんが逞しいって決まったわけじゃないけど、あんなに重そうな鎧を着て軽々と動けるんだから、きっと逞しい男の人に決まっているよね……うん、ありよ……ジルガさんならあり……っ!」

 真っ赤になった頬に手を当て、体をぐりんぐりんと悶えさせるレディル。しかも、小さな声でなにやらぶつぶつ呟きながら。

 傍から見ると、怪しさしかない。

 そんな怪しい行動を見せる姉の傍で、レアスもまた顔色を悪くしていた。

「ね、姉さんが……姉さんがジルガさんと……い、いや、ジルガさんなら別に文句はないけど……だ、だけど姉さんが……姉さんが…………」

 レアスとてジルガのことは戦士として、そして一人の男として尊敬している。

 そのジルガであれば姉を託すに文句はない。ないのだが、それでも実際にその時を迎えるとなるとやはり複雑な感情が彼の胸を占めていた。

「いや、君たちが考えているようなことは起きないぞ? だから、そんなにあれこれ考える必要もない」

「だけどライナスさん! 姉さんがジルガさんとそ、その……うわぁぁぁぁぁ、ぼ、僕は……僕は……っ!!」

「だから、そんなことにはなりようがないと言っているだろう。少しは人の話を聞け」

 呆れた表情を浮かべながら、ライナスはレアスを連れて自分たちの部屋に向かう。

 そして、ジルガとレディルも、また。

「では、私たちも部屋に行くとするか」

「ひゃ、ひゃい……っ!!」

 ついつい「繁殖」的なことを想像し、緊張で挙動不審に陥っているレディルを伴い、ジルガもまた自分たちの部屋へ向かう。

 どきどきと高まる心臓の鼓動。それを体の内側から聞きながら、レディルは黙ってジルガの後をついていく。

──じ、ジルガさんって、どんな顔をしているんだろう? 年齢は? 髪の色や長さは? 目の色は? お父さんみたいな精悍な感じかな? ……ああ、もう緊張やら恥ずかしいやら、素顔を見られる期待やらで気絶しちゃいそう…………っ!!

 様々な思いを胸に秘めながら、ジルガの後についていよいよ部屋の中へと足を踏み入れるレディル。

 そして、ばたんと静かな音と共に扉が閉められた。

 部屋の中はしんと静まり返っており、ジルガの鎧が鳴る音だけが小さく響いている。

「れ、レディル……そ、その……な、なんだ……」

「ひゃ……ひゃい……っ!!」

 どこか緊張した様子でレディルを真っすぐに見つめるジルガ。一方のレディルもまた、部屋に入ったことで緊張が最高にまで至っていた。

「…………う、うむ……い、言わなくても分かっているかもしれないが……」

「は、はははは、はひっ!! だ、大丈夫れすっ!! な、何があっても、ジルガさんを受け入れてみせまふっ!!」

「そ、そうか……そう言ってもらえると私も嬉しい。で、では、今から鎧を脱ぐが……」

「え、えええ、えっと……わ、私も服を脱いだ方が……い、いいれす……か……っ!?」

「い、いや、別に君まで服を脱ぐ必要はないだろう?」

「そ、そうなんれすかっ!? に、人間はそ、その……服を着たままなんれすね……っ!!」

 かみ合っているのかいないのか、何ともいえない会話を続けるジルガとレディル。

 そして。

 いよいよ、その時が来た。



「え、え…………えええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」

「い、今、姉さんの悲鳴が……っ!?」

「いや、あれは悲鳴ではない。少なくとも、悲鳴ではないと断言できるから安心したまえ」

「だ、だけどライナスさん……っ!!」

「大丈夫だから気にするな……と言っても無理だし無駄だろうな」

 ふ、と大きな溜息を吐くと共に、ライナスは呪文を唱える。

 それは眠りの呪文。ライナスが唱えた呪文に抗えず、レアスはその場でぱたりと倒れた。

「やれやれ。姉が心配なのは分かるが、もう少しこっちの話を聞いてもらいたいものだ。まあ、ジルガに関しての詳細を話すわけにはいかない以上、それも難しいのだが……」

 そう独り呟き、ライナスは倒れたレアスを抱え上げてベッドへと寝かせた。

「しかし……これだけ上等な宿である以上、防音もしっかりしているはずだが……それでなおレディルの声が聞こえるとは、よほど彼女も驚いたとみえる」

 ジルガとレディルの部屋の方へと目を向けたライナスは、やれやれとばかりに苦笑を浮かべた。

「さて、明日もくろとレアスたちの両親に関する情報集めだな。それに……本当にあの人がこの王都に来ているのであれば、一度に顔を出しておいた方が得策か? いや、あの人とは関係なく、あそこの書庫ならば五黒牙に関する情報があるやもしれんし…………やはり、と一度会っておくべきだな」

 と、何やら独りで呟いた後、ライナスもまたベッドに入りゆっくりとまどろみの中へと落ちていくのだった。



 翌朝。

 朝食を摂るために宿の食堂へとジルガとレディルが姿を見せると、そこにはレアスだけが待っていた。

 そして、そのレアスは姉の様子がいつもと違うことにすぐに気づく。

「…………姉さん、な、何か機嫌が良さそうだね?」

「そ、そう? 別にいつも通りじゃない?」

 妙ににこにことしているレディルを見て、レアスは眉を寄せながら姉とジルガとを何度も見比べた。

「や、やっぱり、そ、その……姉さんは昨夜ジルガさんと……?」

「ジルガさん……とっても素敵だったなぁ……」

「え……ええ……っ!? そ、それってやっぱり……っ!?」

 何やら勘違いしている弟をそっちのけで、レディルは初めて見たジルガ……いや、ジールディアの姿を思い出してどこか陶然とした表情を浮かべる。

 漆黒の全身鎧の下から現れたジールディアの姿。それは同性であるレディルから見ても、とても美しく憧れさえ抱くほどだった。

 部屋に設置されている魔法の灯りに照らされた、やや赤みを帯びた金の髪はとてもなめらかで艶やかで。

 宝石のように煌めく緑の瞳と、穢れのないどこまでも白い肌。

 すらりとした肢体に大きすぎず小さすぎずな胸と、女性らしい曲線を描いた腰回り。

 一切の衣服を纏わず、ベッドのシーツだけをふわりと羽織ったその姿は、まるで美を司る女神のようで。

 衣服を纏っていないことが、ジールディアの美しさを神秘的な領域にまで引き上げていた。

「はぁ……ジルガさん……何度思い出しても素敵だったなぁ……」

 ほう、と吐くレディルの溜め息は、彼女の年齢以上にどこか色気を孕んだものだった。

「ね、姉さん……?」

 そんな姉に声をかけるが、当人は弟の声さえ聞こえていないようだ。

「そ、そんなに昨夜のジルガさんとのことが…………」

 いつもと違う姉の様子に、レアスの誤解はどんどん加速していく。だが、それを止める者はこの場にはいなかった。

「ん? ライナスはどうした?」

「え? あ、ああ、ライナスさんなら、行くところがあるって一人で出かけたよ。今日は夕暮れまで帰らないとか言っていたぞ」

 ジルガに対して複雑な思いを抱きつつも、レアスは質問に答える。

「ふむ……もしや、王都にいるという【黄金の賢者】様を訪ねに行ったのかもしれんな」

 【黄金の賢者】の弟子であるライナスならば、その師に会いに行っても不思議ではない。と、ジルガは勝手にそう判断した。

「では、今日は三人で勇者組合へ行くことにしよう。一日でも早く、君たちのご両親の情報が掴めるといいのだがな」

 既に部屋で食事を済ませたジルガは、レディルとレアスの食事が終わるのを待って、勇者組合へと出かけて行くのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る