デュラ姉妹と【黒騎士】

 がらがらと車輪が回転する音──空を駆けていても車輪は回っているらしい──を響かせながら、メタルグリーンとメタルピンクの戦車が舞い降りてくる。

「姉さまったら、大切なお仕事を放り出して何をしていらっしゃいましたの?」

「お姉ちゃんのこと、あちこち探し回ったんだからねー!」

 メタルグリーンとメタルピンクの戦車から降りてきたのは、戦車と同色の全身鎧。そして、本来頭がある場所にそれはなく、二人とも左脇にそれぞれの頭を抱えていた。

 ただし、メタルグリーンの方は鼠、メタルピンクの方は鶏のファンシーな被り物をしていたが。

「デュラやん、デュラちゃん、久しぶりだな!」

「あら、ジルガ様ではありませんか。お久しぶりでございますわね」

「あー、ジルガちゃんじゃーん! やほやほ、元気だったー?」

 メタルグリーンの鎧──デュラやんは優雅に一礼し。

 メタルピンクの鎧──デュラちゃんは元気に片手をぶんぶんさせて。

 そして、そんな光景をライナスとレディル、レアスは唖然茫然と眺めていた。

「…………デュラハンって、全員派手好きなんですね……」

「…………ああ、俺もたった今、知ったところだ……」

「…………ホント、ジルガさんてすごいな……いろいろな意味で……」

 メタルグリーン、メタルピンク、そしてゴールド。派手な色合いの全身鎧が三体、月光を受けてきらきらと……いや、ぎらぎらと輝いている。

 いつもならいろいろな意味で目立つはずのジルガが、とっても地味に見えているこの不思議。

「それで、デュラはんが導くはずの魂はどうなった?」

「もちろん、わたくしたちが姉さまに代わって冥界へと導きましたわ」

「その後、あーしたちはいつまでも帰って来ないお姉ちゃんを探していたワケー」

「やはりな。以前に君たちと出会った時も同じような状況だったからな」

 と、和やかに会話をする四体の全身鎧。しかもその内の三体はきんきんぎらぎらのメタリックカラー。更には、そのきんきらの三体は自分の頭部を抱えているものだから、その威圧感と恐怖は相当なものである。

「デュラやーん! デュラちゃーん! お姉ちゃんを迎えに来てくれたのぉ? お姉ちゃん、とっても嬉しいよぅ。これでようやくお家に帰れるぅ」

 脇に抱えた頭部から、ぽたぽたと涙を流すデュラはん。そんな姉を、二人の妹たちは溜め息を零しながら優しく見つめる。

「さて、ジルガ様。今回もまた姉がご迷惑をおかけいたしました。このお礼は後日必ず」

「うんうん、またまたお姉ちゃんを助けてくれてありがとーねー」

「なに、礼には及ばん。デュラはんとはここで出会っただけだからな。まあ、後のことは私が上手く処理しておくから安心するがいい」

「本当に何から何までお世話になりっぱなしで、感謝の言葉もございませんわ」

「あーしらで力になれることがあったら、何でもするからそう言ってねー」

「ジルガさん、今回は本当にありがとうねぇ。また、どこかでお会いしましょうねぇ」

 三人の姉妹は口々に礼を述べると、それぞれの馬車に乗って空へと舞い上がった。

 月光を受けて、ぎらぎらと輝く三色のメタリックカラー。

 その光景は、神秘的を余裕でぶち抜いていっそ喜劇的であったと、後にとある白い賢者は語るのだった。

 なお、「首無し騎士=漆黒の鎧」というイメージが人間社会で広まっているのは、かつて彼女たちの間で黒い鎧が長期間に亘ってトレンドだったからだ、と首無し騎士三姉妹は白い魔術師に語ったとか語らなかったとか。



「は、はい? も、申し訳ありませんが、もう一度言っていただけますか?」

「うむ、問題の首無し騎士は、ただ単に道に迷っていただけで、迎えが来て冥界へと帰っていった。よって、もう首無し騎士が出没することもあるまい」

 翌朝。

 ジルガは夜中のできごとをペリグロの町の町長に報告した。ありのままを。

「く、首無し騎士が道に迷っていたって……そ、そんなことがあるんですか……?」

 町長は不信そうにジルガ……ではなく、その隣にいる白い魔術師を見やる。

 世間一般において、魔術師や神官は知識階級と認識されている。町長とてジルガの言葉を信じていないわけではない──そんな恐ろしいことできるわけがない──が、それでも魔術師であるライナスの方を見てしまうのは当然のことだった。

「どうやら、人間がそうであるように、首無し騎士にもいろいろなやつがいるようだ。よって、道に迷う首無し騎士がいてもおかしくはない…………俺も夕べ初めて知ったがな」

 最後の一言は誰に告げるわけでもない小さな独り言だったので、町長の耳には届いていなかった。

「もしもまた首無し騎士が現れるようなら、勇者組合を通して再び私に声をかけてくれ。その時は無償で対処しよう」

「は、はい、ありがとうございます! 名高き【黒騎士】様にそう言っていただけると、非常に安心できます」

 「こんな恐ろしそうな人とはもう二度と会いたくはない」という感情を心の奥底に沈めながら、村長はにこやかにそう告げた。



「今回の依頼は大変だったな…………いろいろと」

「そうか? 私としては簡単な部類の依頼だったぞ?」

 ペリグロの町から王都へと帰還し、勇者組合本部に依頼達成の報告をした【黒騎士党】一行。

 無事に報酬も受け取り、最近ではすっかりと【黒騎士党】の拠点となっている〔黄金の木の葉亭〕へと戻っていた。

「あの衝撃的な依頼内容を簡単だと言えるのは君ぐらいだ。大体、デュラハンがあのような存在だったなど、世の賢者たちのほとんどが知らないのではないか?」

 首無し騎士デュラハン。その実態はあまりにもパブリックイメージとはかけ離れていた。かけ離れ過ぎていた。

 仮に今回の一件をライナスが報告書として纏め、どこかの研究機関に提出したとしても、おそらく信じてはもらえないだろう。

「……デュラハンと交流経験がある者など、まずいないからな……」

 死を伴う恐ろしい怪物。それが世間一般のデュラハンのイメージである。普通であれば、もしもデュラハンを目撃したとしても一目散に逃げてしまい、交流するなどまずあり得ない。

「だがまあ……新しく正しい知識が得られたのは喜ぶべきことではあるな」

 ライナスもまた賢者であり、新しい知識の蒐集は歓迎すべきことである。

 そうやって今回の依頼に関して、〔黄金の木の葉亭〕の酒場であれこれと話をしているところに。

 〔黄金の木の葉亭〕の支配人がやって来た。

「【黒騎士党】の皆様、無事のようで何よりでございます」

「おお、ヴィント殿。またしばらく世話になるぞ」

「はい、いつも当店をご贔屓にしていただき、感謝しております」

 優雅な仕草で一礼するヴィント支配人。だが、そのに僅かな陰りがあることをジルガは気づいた。

「何かあったのか?」

「はい、実は……大変申し辛いのですが……本日はお客様が大勢いらっしゃいまして、部屋の空きが少ないのでございます」

 ここ、〔黄金の木の葉亭〕は王都でも最も高級な宿のひとつである。つまり、サービスも最高級なら値段もまた最高級。そのため、〔黄金の木の葉亭〕が混み合うことは少ない。

 とはいえ、経営に問題があるほど閑散としているわけではなく、客数は多くはないが、経営に問題が出るほどでもない。そもそも、最初からこの宿は部屋数がそれほど多くない。

 ゆったりとした時間を高級な空間で。それが〔黄金の木の葉亭〕の経営コンセプトなのである。

 そんな〔黄金の木の葉亭〕であるが、確かに今日は客が多いようだ。宿に併設されているこの食堂兼酒場にも、いつも以上の人がいた。

「はて、近日王都で何か催しでもあったかな?」

「それが……このセイルバードで……【黄金の賢者】様の姿が目撃されたという噂がありまして……」

 【黄金の賢者】。その言葉を聞いたジルガは、さっとライナスを見る。対して、ライナスは静かに首を横に振った。どうやら、彼は何も知らないらしい。

「【黄金の賢者】様に関してはあくまでも噂に過ぎませんが……それでも【黄金の賢者】様にお会いしようという方々が大勢王都にやって来たらしく……」

 この国に住む者であれば、知らぬ者はないと言っても過言ではない【黄金の賢者】。その偉大な賢者に会いたいと思う者は少なくはないだろう。

 【黄金の賢者】を召し抱えようと考える者、何らかの相談をしたい者、一目会うだけでいい者などなど。

 噂の真偽はともかく、【黄金の賢者】に会おうとする者が王都に集まり、ここ〔黄金の木の葉亭〕にもその一部が流れ込んできたのであった。

「あの人は気まぐれだからな。ここ王都にいても不思議じゃない」

「だが、会えるのであれば私も会ってみたいぞ。そして、いろいろと相談に乗ってほしいものだ」

「もしも本当にあの人が王都にいるのであれば、会えるかもしれんな。その時は俺も口添えしよう。しかし、あの人の行動は俺にも読めん。実際にここにいるとは限らんぞ」

「分かっているとも。もしも会えるようなら、その時はよろしく頼む」

 ジルガの言葉に無言で頷いたライナスは、ヴィント支配人へと目を向ける。ジルガとライナスの会話に何か思うところもあるだろうが、それをこの場で支配人が口にすることはなかった。

「本日、ご用意できるのは二人部屋が二部屋しかなく……それで構いませんでしょうか?」

「二人部屋が二部屋なら問題な……んんんっ!? そ、それはまずいぞっ!?」

 彼ら【黒騎士党】は四人。二人部屋が二部屋なら、数的には全く問題がない。

 だが、ジルガには問題が大ありである。なんせ、彼女は人前で鎧を脱ぐことができないのだから。

 事情を知っているライナスと同部屋になるか? いや、いくら事情を知っているとはいえ、若い男女が同じ部屋で一晩を過ごすなど以ての外。

 しかも、鎧を脱いだジルガ……いや、ジールディアはすっぽんぽんなのだ。ライナスも男性である以上、何か問題が起こるかもしれない。

 漆黒の鎧の中で顔を真っ赤にしながら、そんなことを考えるジールディア。もちろん、真っ赤になった顔色は誰にも見えない。

 そんな彼女を横目で見つつ、ライナスは苦笑しながらもヴィント支配人に告げた。

「それで構わない。二人部屋を二部屋、用意してくれ」

「かしこまりましてございます。大至急、ご用意いたします」

 優雅な一礼を残して、ヴィント支配人が立ち去る。

「ど、どういうつもりだ、ライナス! い、いいいいいい、いくら何でも私とおまえが同部屋というのは、も、問題があり過ぎだろうっ!!」

 普段以上の鬼気を振りまいて、ジルガがライナスへと迫る。だが、そんな致死量レベルの鬼気を向けられても、ライナスは平然としていた。

 実は鬼気に中てられてちょっぴり怯えていたりするのだが、それは男の矜持をフル回転で発揮して表には出さない。

「勘違いするな。君と同部屋になるのは俺じゃない」

 と、そこでライナスはとある人物へと目を向けた。

 これまで、弟と共に黙って話を聞いていたその少女に。

「君と同部屋になるのは………………レディルだ」













~~~ 作者より ~~~


 もちろん、デュラ姉妹には他にメタルレッドとメタルブルーの鎧を着た姉妹がいます。

 名前はレッドが「デュラっち」でブルーが「デュラさん」(笑)。

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