デュラ「はん」と【黒騎士】

「それで、デュラハンがここら一帯に出没する理由とは何だ?」

 【黒騎士党】がペリグロの町に到着したその日の夜のこと。

 彼らは早速デュラハンを見つけ出すために見張りに立つことにした。

 夜中に四人でペリグロの町の外周を見回っていると、それまで疑問だったであろうことをライナスがジルガに尋ねた。

「もしもの話……あくまでも仮定の話だが、それでいいか?」

「ああ、構わない。どうやら俺が知るデュラハンの情報は、実際とは大きくかけ離れているようだからな」

 肩を竦めながら、苦笑するライナス。

 ジルガの話が本当であるならば、世間一般で信じられている首無し騎士は、実際のそれとはかなり違うようだ。

 ならば、本物の首無し騎士を知るジルガの話を聞いた方がいい。ライナスはそう判断した。

「もしも……もしもこの界隈に出没しているデュラハンがなら……何か目的があるわけではあるまい。いや、当初は目的があっただろうが、今はそれを見失っていると言った方が正しいか」

「どういうことだ? もっと分かりやすく説明して欲しいものだな」

「うむ、つまりだな──」

 その時だった。

 ジルガの話を打ち切るように、レディルが夜空を見上げながら叫び声を上げたのは。

「ジルガさん! ライナスさん! あ、あれを見てくださいっ!!」

 彼女が指差す先には、月明かりを受けて黄金に輝く「ナニか」が、夜空を高速で横切っていた。

「あ、あれは……?」

 姉が指差したモノを見上げ、レアスが呆然とする。

 やや距離はあるが、鬼人族特有の鋭い目は確かに捉えたのだ。

 黄金の首無し馬が牽く黄金の戦車が、きらきらと輝きながら夜空を飛んでいるのを。

 そして、その黄金の戦車を御するのは、黄金の全身鎧に身を包んだ「ナニか」。その「ナニか」に首はなく、左手が小脇に何かを抱えているようだ。

「ほ、本当に金色の鎧だった…………」

 その衝撃的な光景に、さすがのライナスも驚きを通り越して呆れてしまった。

 黄金の首無し馬が牽く黄金の戦車に乗った、黄金の鎧を着た首無し騎士。

 実際に目の当たりにしても、到底信じられるものではない。

「ふむ、やはりアイツだったか。おーい!」

 驚くやら呆れるやらの仲間たちとは違って、ジルガは夜空を飛ぶ「黄金の塊」に向かって大きな声で呼びかけた。

 そしてその声は夜空の「黄金の塊」に届いたようで、軽快に空を往く黄金の戦車がその進路を変える。

「あれぇ? ジルガさんじゃないですかぁ。お久しぶりですねぇ。お元気でしたかぁ?」

 地上に舞い降りた黄金の戦車から、黄金の首無し騎士がどこか間延びした口調で問いかけてきた。

「ああ、私は相変わらずだ。そういうおまえも変わりないようだな。いや、鎧が白黒マーブルから金色に変わっているが」

「前はマーブル模様の鎧にするのが流行っていましたけどぉ、今ぁ、ウチらの間ではぁ、鎧や戦車をメタリックカラーにするのが最先端なんですよぉ」

 けたけたと楽しそうに笑う黄金の首無し騎士。もちろん、その声は左の脇に抱えられた首から聞こえてくる。

 しかし。

「いや、まだ変わっている点があるな」

 漆黒の兜の奥で、ジルガの双眸がきらりと光る。

「兜が何とも可愛くなっているではないか!」

 そう。

 黄金の首無し騎士の脇に抱えられたその頭部は、何故かファンシーにディフォルメされた虎の縫いぐるみを被っていた。



「ほらぁ、ウチらってぇ、人間さんたちから何故か気味悪がられたりぃ、怖がられたりするじゃないですかぁ。なのでぇ、人間さんたちに少しでも危機感を与えないようにってぇ、みんなで考えたんですよぅ。どうですぅ、可愛いでしょぉ?」

「うむ、実に可愛らしい。私もそんな大きくて愛らしい縫いぐるみがひとつ欲しいところだな!」

 見た目は禍々しい全身甲冑。だけど中身は可愛いものが好きな年頃の娘さん。そんなジルガ……いや、ジールディアにとって、ファンシーな虎の被り物はクリティカルヒットだったようだ。

「…………私もファンシーな被り物をすれば少しは……」

「いや、それだけは止めておけ。というより、鎧の上から何かを着るのは例の呪い的に大丈夫なのか?」

 ファンシーな縫いぐるみを被った黒騎士を想像して、思わず口を挟んでしまうライナスであった。だが、最後は賢者としての性なのか、疑問点の方が大きくなったようだが。

「うむ、この鎧の上から何かを着るのは問題ない。だが、この鎧の上から着られるようなサイズの大きな服はまずないし、着たとしても相当不格好になるだろう」

 確かにジルガの言う通りだろう。全身甲冑の上から着られるような服など、そうそうあるわけがないし、着たとしてもおかしな目で見られるだけだ。

「ただぁ、この着ぐるみはどうしても蒸れるんですぅ。それだけが欠点でぇ、後でお肌のお手入れが大変なんですよぅ」

「ああ、ここでは変な心配は無用だ。暑いのなら脱いでしまっても構わないぞ」

「そうですかぁ? ではぁ、失礼してぇ」

 そう言いながら、首無し騎士は左手で自らの首を支え、右手で器用に被り物を取り去る。

 そうして被り物の中から現れたのは、何とも美しい女性の

「な、じょ、女性だったのか……?」

「わ、私、てっきり男の人かと……」

「僕もだ……」

 恐ろし気な首無し騎士と聞き、何となくその中身は男性だと思っていたライナスたち。

 だが、実際に被り物の中から現れたのは、真紅の瞳と長く伸ばした黄金の髪のとても美しい女性──の頭部──だった。

「デュラハンは女性だけの精霊らしいぞ」

「デュラハンとは一体…………」

「ウチぃ、みんなからはデュラはんって呼ばれてますぅ。これからよろしくぅ」

「でゅ、デュラはん………………………………それは個人の名前なのか……?」

「そ、それで……そ、そのデュラはんさんとジルガさんは、どういう関係なんだ?」

「ん? 私たちか?」

「ウチらぁ? ウチとジルガさんはぁ──」

マブダチだ!」

マブダチですぅ!」

 と、漆黒の全身甲冑と黄金の全身甲冑が、がしぃっと肩を組んだ。

 凄い迫力だった。

 いろいろな意味で。



 首無し騎士──デュラハンとは、死した者の魂を迷うことなく冥界へと誘う役目を持った精霊である。

 と、黄金のデュラハンことデュラはんはそう告げた。

「それでぇ、最近ここらで亡くなった人間さんがいるからぁ、その魂を正しく冥界まで導けって上司に命令されたんですけどぉ……」

 両手で体の前に持ち上げられたデュラはんの首が、悲しそうな表情を浮かべる。

「ほらぁ、ジルガさんも知っているようにぃ、ウチぃ、生まれた時からひどい方向音痴でぇ……亡くなった人間さんがどこに住んでいるのか分からなくなっちゃってぇ……この近辺なのは間違いないんですけどぉ……」

 それで、その亡くなった人間──の魂──を探してこの周辺をうろついていたらしい。

「やはりな。そんなところだと思っていた」

「ほ、方向音痴のデュラハン……」

 納得したとばかりに何度も頷くジルガと、「そんなデュラハンがいたのか」とか「方向音痴の奴に一人で行動させる上司は何を考えている」とか、いろいろなことが頭の中で渦巻いているライナス。

 そんなライナスの懊悩に気づくわけもなく、ジルガは淡々とデュラはんと言葉を交わす。

「その人が亡くなったというのはいつ頃だ?」

「そうですねぇ、ざっとぉ……10日ぐらい前ぇ?」

「えっ!? そんなに前なんですかっ!?」

「そんなに前なら、その亡くなった人の魂は大変なことになってないか?」

 と、驚いた声を上げたのはレディルとレアスである。

 彼ら鬼人族の間では、死んだ者は「自然の一部に帰す」ものとされてきた。

 遺体は土葬して草木の養分となったり、山奥に放置して動物の糧となったりと、その辺りは氏族によってまちまちらしい。

 そして、死後の魂は体から離れたのち、鳥や獣などの姿をした「御使い」によって「原初なる巣」へと運ばれ、そこで新たな命と体を得るまで休眠すると考えられている。

 レディルとレアスからすれば、目の前にいるデュラハンはその「御使い」に相当するだろう。

 そして、「原初なる巣」へと正しく導かれなかった魂は悪霊となり、周囲一帯に災いをもたらすとも信じられている。よって、10日ほども放置された魂は、レディルとレアスからすると悪霊化しかねない危険な存在だった。

 もちろん、人間や他の種族の「死」に対する考え方が、鬼人族のそれと違っているのは言うまでもない。

「デュラはんは相変わらずのようだな。だがまあ、その亡くなった人に関しては、心配することもあるまい」

「どういう意味だ?」

 何かを悟っているらしいジルガに、ライナスが問う。

 本来なら、賢者であるライナスに他者が問うものだろうが、今回の件ばかりは【白金の賢者】の知識の外にあるので、仕方ないとしかいうほかはない。

「おそらく、他の者たちが既に動いているだろう。デュラはんの方向音痴は皆が……他の首無し騎士たちもよく知るところらしいからな」

「ちょっと待て。他にも首無し騎士はいるのか?」

「当然だろう。首無し騎士がデュラはんだけでは、全ての死者の魂を冥界へ導けないからな」

 世界中の至る所で、毎日のように誰かが死んでいるのは間違いない。それは天寿を全うした結果だったり、事故や病気だったりとその理由は様々だろう。

 であるなら、死者の魂を冥界へと導くのがデュラはん一人だけのわけがない。他にも首無し騎士が存在していて、死へと至った者の魂を日々導いているのだろう。実際、つい先ほどデュラはんも「上司」という言葉を口にしたばかりだ。

 それはつまり、他にも彼女のような首無し騎士がいるという証拠である。

「ん? どうやら来たようだな」

 と、ジルガが夜空を見上げながら言う。

 ライナスとレディルとレアス、そしてデュラはん──の頭部──が見上げれば、そこに空を駆ける二両の戦車が。

「あれは……デュラやんとデュラちゃんだな」

「あぁ、ホントですねぇ。あれは妹たちですぅ」

 新たに現れた、二体の首無し騎士たち。それらはメタルグリーンとメタルピンクに輝く鎧を着ていた。

 もちろん、首無し馬とそれが牽く戦車も同色なのは言うまでもない。



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