首無し騎士と【黒騎士】

「おや、【黒騎士党】のみなさん。昨日の依頼の件、考えてくれたかい?」

 翌日。

 ジルガ率いる【黒騎士党】は、勇者組合本部を訪れていた。目的はもちろん、昨日の首無し騎士に関する依頼を受けるためである。

「うむ、受ける方向で考えている。よって、依頼の詳細を聞かせて欲しい」

「詳細と言っても、昨日話した通りなんだけどな」

 昨日、勇者組合の職員から聞いたところによると、この王都セイルバードにほど近い一定の地域内で、首無し騎士──デュラハンを見かける頻度が異様に高いということだった。

 本来、デュラハンは頻繁に見かけるような存在ではない。一般人どころか組合の勇者でも、一度も遭遇することなくその生涯を終えることの方が圧倒的に多いほどである。

 そんなデュラハンが異様な頻度で目撃されているとなれば、その調査が勇者組合へともたらされるのも不思議ではない。

「相手がデュラハンである以上、やっぱり実績のある人にお願いしたいんだよね、こちらとしても」

「ふむ……つまり、依頼の正式な内容としては、『デュラハンが頻繁に出没する原因の調査』ということだな?」

「そうそう。依頼内容的に無理にデュラハンを倒せとは言わないけど、出没する原因によっては討伐も視野に入れて欲しいところだね」

「ではその依頼、【黒騎士党】が承ろう」

「ありがとう! 【黒騎士】さんならデュラハン相手でも後れは取らないだろうから、組合としても安心して任せられるよ。ああ、そうそう」

 ほっとした様子を見せる組合職員。その職員が、何かを思い出して言葉を付け加えた。

「最新の追加情報があったんだった。えっと……最近目撃されたデュラハンだけど、月明かりにきらきらと黄金に輝いていた───らしいよ?」



「職員さんが言っていたこと、どういうことでしょう?」

 デュラハンが頻繁に目撃される地域──セイルバードから南へ一日ほどの距離──へと向かう【黒騎士党】。

 その道中で、レディルがジルガ……ではなくライナスに問う。

「確かに、気にはなるところだな。普通、デュラハンと言えば漆黒の全身鎧を着ているのが定説だが……」

 ちらりと、ライナスの視線が一行の先頭を行くジルガへと向けられ、同じようにレディルとレアスの目もまた、同じ所へと向けられた。

「月明かりがデュラハンの着ている鎧に反射して、金色に輝いているように見えただけじゃないのか?」

「まあ、普通に考えればレアスの言うとおりだろうが……ジルガ、君はどう思う?」

 レアスの答えに頷いたライナスが、かつてデュラハンと言葉を交わしたことがあるらしいジルガに問う。

「いや、そうではないな」

「ほう? では、デュラハンが黄金色にきらきらと輝いていたというその理由は?」

「デュラハンが黄金の鎧を着ていたのだと私は思う」

「……………………いや、待て。ちょっと待て」

 デュラハンと言えば、先ほども言ったように夜の闇を固めたような漆黒の鎧を着ているというのが定説である。

 更に付け加えるのであれば、デュラハンはヘッドレスホースと呼ばれる漆黒の毛並みを持った首無し馬に牽かれた、これまた漆黒の戦車に乗って現れるとも言われている。

 中にはその戦車は空を飛ぶことさえできるという説もあるが、それはさておきデュラハンが黄金の鎧を着ているなどという話はライナスも聞いたことがなかった。

「デュラハンが黄金の鎧? ありえんだろう?」

「そんなことはない。事実、私が以前に出会ったデュラハンはラメ入りで白黒のマーブル模様の鎧を着ていたからな」

「……………………それは本当にデュラハンだったのか?」

 こめかみに指を当て、思いっきり顔を顰めながらライナスが言う。

 死を象徴する宵闇の化身、這い寄る死の黒影、間近に迫った死を告げる黒い死神……などなど、デュラハンといえば「黒」と「死」を連想するのが一般的だ。

 それなのに、ジルガが告げたのは「ラメ入り白黒マーブル」。確かに黒も入っているが、デュラハン本来の「黒」とは全く別物と言っていいだろう。

「そう言えば夕べ、君はデュラハンがアンデッドではなく精霊だとも言っていたな?」

「その通りだ。人間たちはなぜ、いつも自分らをアンデッドと誤解するのか全く分からない……と、デュラハン自身も言っていたな」

「定説や常識がひっくり返るとは、こういうことを言うのだろうな……」

 どのような賢者に尋ねても、デュラハンはアンデッドの一種だと答えるだろう。それが一般的に信じられている知識であるからだ。だがしかし、実際にはデュラハンはアンデッドではなく精霊であるらしい。

 世間一般で信じられていることや常識が、常に正しいとは限らない。

 そんなことはライナスも理解していたが、実際にそれを目の当たりにするのは彼をしても結構アレだった。

「君と出会って以来、どうもいろいろなことがひっくり返り続けているのだが……」

 疲れたように呟かれたライナスの一言は、誰の耳にも届くことなく虚空へと消えていくのだった。



「く、くくくく首無し騎士だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 という絶叫が、ペリグロの町の中に響き渡った。

 ここペリグロの町は、王都セイルバードから南に徒歩で一日ほど離れた場所にある中規模の町である。

 交易の要所というわけでもなく、目立った特産や観光資源もない、ごくごくありふれた町。

 だが、そんなありふれた平和な町で、ここ最近相次いで首無し騎士の姿が目撃されていた。

 最初こそ、酔っ払いが何かを見間違えたと思われていたが、夜な夜な首無し騎士の姿を目撃する者が続出したとなれば、放置するわけにもいかない。

 誰かの悪戯であれば、それでいい。首無し騎士など存在しないことが明らかになれば、それに越したことはない。

 だが、もしも本当に町の周辺に首無し騎士が潜んでいたとしたら? 町の住民に危険が及ぼうとしているのだとしたら?

 住民一同が危機を感じたこともあり、町長が首無し騎士に関する調査を勇者組合に依頼したというわけだ。

 そして、依頼を出して三日ほど経過した日の夕方、それは現れた。

 世界が朱色から群青へと移行する中、重厚な鎧をがっちゃんがっちゃんと鳴らしながら、町の正門から村へと足を踏み入れたソレ。

 世界が群青色に染まる黄昏時ということもあり、鎧姿の人物の細部は分からない。だが、その鎧が漆黒の全身鎧であることは、夜の帳が迫っていてもはっきりと見て取れた。

 哀れにも最初にそれを目撃したのは、一人の農夫。町の外周にある畑で今日の仕事を終え、これから酒場で一杯ひっかけようかと町の中を歩いている時、ソレは町の正門から現れたのだ。

 そして、農夫は絶叫した。

 彼自身は首無し騎士を直接見たことはない。だが、今のペリグロの町で首無し騎士の話を聞いたことのない者などほとんどいない。

 だから、その農夫は恐怖のあまり絶叫してしまったのだ。噂の首無し騎士が、町の正門から現れたと信じ込んで。

「いや、待たれよ! 私は断じて首無し騎士ではない!」

 慌てて首無し騎士……じゃない、【黒騎士】ジルガが弁明するが、農夫は既に走り去ってしまった。

「…………やはり、この時間帯に町に到着したのはまずかったか……」

「どこかで野営して、朝になってから町に入るべきでしたね」

「こう薄暗いと、ジルガさんを首無し騎士と見間違えても不思議じゃないよなぁ」

 慌てるジルガの背後で、ライナスたちが呆れたような疲れたような、何とも複雑な表情で必死に弁明するジルガの背中を見守っていた。



「本当に申し訳ございませんでした」

 と、深々と頭を下げたのは、ペリグロの町の町長で名をオリクトという中年の男性だった。

「わざわざ王都から来てくださった組合の勇者様を、首無し騎士と間違えるなど……」

「ああ、そのことは気にしなくてもいい。私の方こそ紛らわしい姿で申し訳ないな」

 それはもう大騒ぎだった。

 首無し騎士が現れるという町に、漆黒の全身鎧を着た人物がやって来たのだから、町の住民たちが恐怖のあまり大騒ぎになったのは無理もないことと言えよう。

 もしもジルガたちが到着したのがまだ明るい時間帯であれば、このような誤解も起きなかっただろうが、黄昏時の見通しが悪くなる時間帯に漆黒の鎧を着たモノが現れれば、それを噂の首無し騎士と勘違いするのもむべなるかな。

「やはり、『デュラハン』と言えば『黒』を誰もが連想する、という証左でもあるな」

 と、ジルガの背後ではライナスが一人納得したように何度も頷いている。

 本当のところはともかく、「首無し騎士=黒」という図式はそれだけ広く一般に浸透しているのだろう。

 たとえ実際に首無し騎士を見たことがなかろうと、首無し騎士自体はかなり有名な存在だ。

 御伽噺などにもよく登場するし、「悪い子のところには首無し騎士が来るわよ」というのは親が子供をおどす定番の台詞だったりもする。

 対して、レディルとレアスの姉弟がデュラハンを知らなかったのは、人間と鬼人族とでは文化が違うからである。

「では、改めて詳しいことを聞かせていただこうか」

 オリクト町長によると、ここペリグロを中心にして付近の町や村で首無し騎士の目撃が相次いでいるらしい。

「それで、この周辺のまとめ役でもある儂が、代表して勇者組合に依頼を出した次第でして」

 ペリグロの町は、この辺りでは中心的な存在である。そのペリグロの町長は、周囲の村や町のとりまとめ役でもある。

「ふむ……では、見かけられる首無し騎士は、同じ存在なのかね?」

「さ、さすがにそこまでは……」

 ここら一帯で首無し騎士が目撃されているのは間違いない。だが、それが同じ存在であるかどうかなど、住民たちに分かるはずもなく。

「…………」

 町長の話によると、一番目撃数が多いのはやはりペリグロ周辺らしい。

「ただ単に住民の数が多いから目撃数が多いのか、それともこのぺリグロの周辺にデュラハンを呼び寄せるような何らかの原因があるのか……」

 町長の話を聞きながら、ライナスが呟きながら何やら考え込む。

 そんな彼にジルガははっきりと告げた。

「デュラハンが出没する理由に心当たりがある。もっとも、この近辺に出没しているデュラハンが、私が知るならの話だがな」










~~~ 作者より ~~~


 来週はお盆休み!

 次回の更新は8月22日です。

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