新たな指名依頼と【黒騎士】

 それは、もう戦闘ではなかった。

 敢えて言えば、「殺害」……いや、「破壊」と言った方が正確かもしれない。

 【黒騎士ジルガ】がハルバードを振るう度に、巨大なカエルの姿をした魔物であるガルガリバンボンの体の一部が弾け飛ぶ。

 時には、片腕が丸ごと飛ぶことさえあった。

 巨大カエルの攻撃を時に受け、時に弾き、時にまともにくらい──黒魔鎧ウィンダムには傷一つ付かず、当然ジルガ自身はノーダメージ──ながらも、【黒騎士】は巨大カエルの体を一方的に破壊していく。

 その光景を前にして、幸か不幸かこの場に居合わせてしまった村人たちや組合勇者たちは、ただただ呆然と眺めるばかり。

「あーあ、やっぱりこうなったか」

「まあ、ジルガさんが出てきたら、当然こうなっちゃうわよね」

 いつの間にか姿を現した鬼人族の少年──レアスが呆れたように言えば、姉であるレディルが苦笑しつつ答える。

「だから俺は言ったんだ。『もう戦闘は終わり』だとな」

 少し前に地上へと降りたライナスが、肩を竦めながら告げた。

「さて、あちらはジルガに任せて、俺たちは怪我人の治療に当たろう。君たちも手伝ってくれ」

「うん、分かったよ」

「ジルガさんに任せておけば、大ガエルは問題ありませんからね」

 あっさりと戦場に背中を見せる【黒騎士党】の面々。それに対し、組合勇者たちと村人たちが、再び呆然とした顔をする。

「お、おい、いいのか……? 戦いはまだ終わっていないぞ? …………いないよな?」

「さっきも言ったが、もう終わったようなものだ。あいつが出た以上、勝ちは絶対に揺るがんよ」

 白い魔術師──ライナスがちらりと背後を見て問いに答える。

 その視線に含まれるのは、絶対的な信頼。どんなことがあっても、【黒騎士】が負けるはずがないという確信。

 実際、それは正しかった。

 先行したパーティのリーダーが【黒騎士】へと再び目を向けた時、【黒騎士】のハルバードが巨大カエルの右膝を破壊し、件の魔物が倒れ込むところだった。

 ずしん、という重々しい音と共に、巨大カエルの緑色の体が大地に伏す。そして【黒騎士】は上半身側へと素早く回り込むと、高々と振り上げたハルバードを巨大カエルの頭部へと思いっきり振り下ろした。

 びしゃん、という湿った音と共に、巨大カエルの頭部が粉砕された。びくびくと体と四肢が痙攣した後、巨大な魔物はその命の炎を燃やし尽くしたのだった。



「いや、実に簡単な依頼だったな!」

 王都セイルバードに存在する、勇者組合本部にて。

 緊急依頼であるガルガリバンボンの討伐を果たした【黒騎士党】は、依頼完了の報告を終えたところだった。

「ガルガリバンボンの討伐を、簡単だと言い放てるのはおまえぐらいだぜ、【黒騎士】」

 先行パーティのリーダー──名をガティスといい、彼が率いるパーティは【焔の刃】という名前らしい──が、呆れたように肩を竦めた。彼らもまた【黒騎士党】と共に王都へ帰還し、依頼を終えた報告をしたところだ。

「だがまあ、今回はおまえのおかげで俺たち全員命拾いをしたぜ、【黒騎士】。今後何か困ったことがあれば、遠慮なく声をかけてくれよな」

 ガティスと共に、【焔の刃】の面々が頷く。彼ら全員、今回のことを感謝しているようだ。

「ならば、早速だが諸君らに一つ頼みがある」

「おう、何でも言ってくれ。できることであれば、全力で応えてみせるぜ」

「もしも依頼で出かけた先などで鬼人族に関する噂を聞いたら、その真偽を問わず私たちに知らせて欲しい」

「鬼人族……?」

 【焔の刃】のメンバーたちの視線が、ジルガの後ろにいる姉弟へと集まる。

「そっちの嬢ちゃんと坊主に関することか?」

「その通りだ。実は彼らの両親を探していてな」

 そういえば、鬼人族に関する情報ならばどんなものでも勇者組合に報告すれば、その情報の確かさに応じた報酬が出る、という依頼がここ最近あったことをガティスは思い出した。

「そうか、あの依頼はおまえたちが出したのか」

「そういうことだ。どこかで鬼人族に関することを聞いたら、大至急知らせて欲しい」

「おう、任せな。その程度のことでいいなら、いくらでも頼まれてやるぜ」

 互いに笑い合い、ジルガとガティスはその手を握り合う。

「おお、そうだ。俺たちはこれから依頼達成の打ち上げをやるんだが、良かったらおまえたちも一緒にどうだ?」

 合同で依頼を達成した複数のパーティが、一緒に打ち上げを行うことは珍しくない。

 そのため、ガディスも軽い気持ちで声をかけたのだが、【黒騎士党】の面々はそれにあいまいな笑顔で応えた。

「悪いが、これから少々組合に話があってな。ありがたい申し出だが、今回は遠慮させて欲しい」

 飲み食いするためには、当然鎧を脱ぐ必要があるのだが、それができないジルガである。このような申し出はこれまでいくらかあったが、さすがにそれを受けるわけにはいかなかった。

 それに、勇者組合に話があるというのも事実ではある。レディルとレアスの両親に関する情報が届いていないか、確かめる必要があるからだ。

 ジルガたちがリノーム山中にあったレディルたちの家からこの王都セイルバードに移動してから、もうすぐ30日ほどの時間が経過する。

 王都に到着してすぐ、レディルたちの両親に関する情報収集の依頼を勇者組合に出したのだが、いまだに有益な情報は集まっていない。

 あったとしても根も葉もないガセネタばかりで、それでもその情報を確かめるため、ジルガたちは王都を拠点にあちこちへと出かける日々を送っていた。

 同時に、彼女ら本来の目的である「ヴァルヴァスのこく」に関する情報もまた、役立ちそうなものはさっぱりだった。

「そうか。そいつは残念だな。ま、また機会があったら一緒に飲もうや」

 そう言い残し、【焔の炎】は組合本部を後にした。これからどこかの酒場で、予定通り祝杯を上げるのだろう。

 そんな彼らの背中を見送ったジルガは、先ほど依頼達成の報告をした窓口へと引き返す。

 途中、【黒騎士】の異様なまでの迫力に周囲の者たちが慌てて逃げ出す場面もあったが、それもまたいつものことなのでジルガたちは気にもしない。

「おや、【黒騎士】さん。もしかして、何か報告し忘れたことでもあったのかい?」

 窓口に座っていた男性職員が、にこやかな笑みを浮かべた。彼はこの組合本部でも、【黒騎士】を全く恐れない珍しい人物である。

 そのため【黒騎士党】に関する案件は、全て彼を通して行われていた。

「報告のし忘れではないが、私たちが依頼している情報収集に関して、何か新しいものはないかと思ってな」

「ああ、そっちの案件か。残念だが、今のところ真新しい情報は届いていないよ。あ、そういえば……」

 ふと、男性職員が何かを思い出した様子を見せた。

「鬼人族関係じゃないが、【黒騎士党】にひとつ、仕事をお願いしたいんだ。緊急依頼から帰ったばかりで恐縮だが、話だけでも聞いてもらえないかね?」

「ほう、我々を名指しでの依頼か。どうやら、かなりの難易度の依頼のようだが?」

「高難易度の依頼には違いないね。なんせ、『首無し騎士』に関する依頼だからな」



 『首無し騎士』。それはデュラハンと呼ばれる存在の別称である。

 デュラハンは主に戦場跡などに出没し、戦死した者の魂を集めて回る存在として知られている。

 また時には町中にも出没し、死期が迫った人の前に現われてはそれを当人に告げ、一年ほどした後に再訪してその人物の魂を刈り取るとも言われている。

「…………などなど、デュラハンとは古来より人の魂と密接な関係を持ち、死した人々の魂を集めて回る魔物だと言われているな」

 ここは王都に存在する最高級の宿屋のひとつ、〔黄金の木の葉亭〕のとある一室。

 勇者組合王都本部を後にした【黒騎士党】の面々は、王都に来て以来定宿にしているここで、これからのことを話し合っていた。

 すなわち、勇者組合から依頼された、『首無し騎士』に関することである。

「そうなんですか……ちょっと怖いですね」

「そのデュラハンって魔物、どうして人の魂を集めているんだ?」

 デュラハンに関する知識を持っていなかったレディルとレアスは、ライナスからデュラハンに関するレクチャーを受けていた。

「その辺りは諸説あってはっきりとはしていないな。集めた魂を自分で食べるためだとか、信仰する邪神に捧げるためだとか……まあ、碌な理由ではないだろう」

「でも、どうしてデュラハンって魔物は『首無し騎士』なんて呼ばれているんです?」

「それは、デュラハンは自分の首を片手で抱えているからだ。どうして自分の首を自分で抱えているのかは……これまた諸説あってはっきりしない。謎の多いデュラハンという魔物に関して、はっきりしていることは──」

 一旦言葉を切り、ライナスはレディルとレアスを見る。そして、なぜかこれまで一言も口を開くこともなく、腕を組んで何やら考え込んでいるジルガもちらりと見た。

「──漆黒の鎧で全身を包み、漆黒の首無し馬が牽く黒い戦車に乗り、数多くの死者が出た場所や死期が近づいた人々の前に姿を見せる魔物であるということだ」

「え? 漆黒の鎧?」

「それって……?」

 レディルとレアスの視線が、ジルガへと向けられた。

 その様子にライナスが苦笑する。

 過去、実際にジルガは何度もデュランと勘違いされている。中には、首を本来の位置に固定して、人間のフリをしている本物のデュラハンだと思い込んでいた者もいたほどだ。

「私はデュラハンではないぞ」

 それまで黙って考え込んでいたジルガが、姉弟の視線に気づいて口を開いた。

「私はデュラハンほど善良で純真な存在ではない。どこにでもいるごく普通の人間だからな」

 ジルガのその言葉に、三人はきょとんとした表情を浮かべた。

「あ、あの……ジルガさんが普通の人間っていうのは……」

「う、うん、さすがに……そ、その……無理があるよな……?」

 互いに顔を見合わせて、そんなことを呟く鬼人族の姉弟。そして、三人目の白い魔術師は、そんな姉弟のことなどまるで無視して漆黒の全身鎧へと詰め寄った。

「ま、待て! ちょっと待て! デュラハンが善良で純真……? それはどういう意味だ?」

 賢者としての性か、それとも単なる好奇心か。ライナスはジルガの言葉に異様に反応するが、ジルガはいつも通りだ。

「言葉通りの意味だが?」

「だから、それが分からんのだ! デュラハンと言えば、人の死に深く関わる不死の魔物……アンデッドの一種ではないのか?」

「【白金の賢者】ともあろう者が、デュラハンがアンデッドだと思っていたのか? 彼女らはアンデッドなどではなく、れっきとした精霊の一種だぞ」

「でゅ、デュラハンが精霊の一種だと……そんな説は聞いたこともない。君は一体どこでそんな知識を得た?」

「ん? 本人から聞いたが?」

「ほ、本人……? そ、それはデュラハンと直接言葉を交わしたことがあるということか?」

「その通りだとも。以前、とあるデュラハンと知り合う機会に恵まれてな」



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