閑話─ナイラル家の末っ子
あれから──大好きな姉が突然呪われてから、3年の月日が経過した。
3年前のある日……姉が15歳の誕生日を迎えた日の夜、突然宝物庫に現われた漆黒の全身鎧。
その全身鎧に取り込まれた姉を助けるべく、彼、ナイラル侯爵家の三男であるアインザム・ナイラルはあの日から今日までの3年間、絶えることなく鍛錬を続けてきた。
彼が得手とする槍の腕前は、既に師であり父でもあるトライゾン・ナイラルと肩を並べるほどとまで言われている。
王都に存在するナイラル侯爵家のタウンハウス。その広々とした庭で、今日もアインザムは父トライゾンと槍を交える。
二本の槍が高速で振り回され、周囲に風を巻き起こす。その風の隙間を突くように、鋭い穂先が何度も行き交う。
槍の穂先が銀の尾を引いて繰り出される度、ナイラル侯爵家の屋敷に甲高い金属音が木霊する。
「…………一段と鋭さが増したようだな」
「はい! これも父上のご指導の賜物です!」
まだまだ幼いながらも、日に日に精悍さを増していく末っ子と槍を交えながら、ナイラル侯爵家の当主であるトライゾン・ナイラルの心中は複雑だった。
我が子が逞しく育ってくれたのは素直に嬉しい。既に自分と互角に槍を扱う末の息子を誇らしくさえ思う。
だが同時に、まだ成人前の息子に肩を並べられたことが悔しくもあった。
アインザムが秘めた才能は、下手をしたら今のナイラル家の中で一番かもしれない。まだ若い彼は、今後もどんどんとその才能を開花させていくだろう。
それに対し、自分はこれから年老いて衰えていく一方。そう遠くない内に、自分はこの才気あふれる息子に追い抜かれるに違いない。
それが父親として嬉しくもあり、同時に武人として悔しくもある。
だが。
だが、それはまだまだ先のこと。
「まだまだアインに後れは取らん!」
気合一閃。
自らの槍を捩じるように操り、トライゾンは息子が繰り出した槍をその手の中から弾き飛ばすのだった。
「やはり、アインは勇者組合に所属するつもりなのか?」
「はい、本来なら僕の年齢ではまだ所属できないのですが、勇者組合は特例処置を取ってくださるそうです」
場所を屋敷の庭から室内へと移し、父子はのんびりと言葉を交わす。
アインザムは現在13歳。勇者組合には14歳以上でなければ所属できない決まりがあるが、当の勇者組合はアインザムの実力と人格を鑑み、特例措置を取って近々組合に所属させる方針でいるらしい。
既に勇者組合はそのために動き出しており、特例措置に必要な組合上位者複数の推薦も取り付けているとのこと。
「確か……【雷撃団】というパーティに所属する予定だったか?」
「はい、そうです。【雷撃団】は勇者組合でも相当実力のあるパーティだそうで、今から彼らと共に活動するのが楽しみです!」
ただ、真っすぐに前を見て、瞳をきらきらと輝かせるアインザム。既に【雷撃団】との顔合わせも済ませており、後は実際に加入するのみ。
ちなみに、彼を推薦したのも【雷撃団】のメンバーである。【雷撃団】のリーダーが組合の階位第31位、サブリーダーが階位42位と、特例措置を認めるための資格を有していた。
他のメンバーも全員階位二桁であり、組合でもトップクラスのパーティと言えるだろう。
「……まあ、【雷撃団】の皆さんが本当に僕自身を求めているのは……少々疑問ではなりますが……」
ちょっとだけ表情を陰らせ、アインザムが呟く。
さすがに勇者組合トップクラスのパーティが、まだ組合に所属さえしていない人間を、戦力として特例措置を用いてまで欲しがるとは思えない。
【雷撃団】が求めているのは、自分たちの名を広めることと、ライナス侯爵家とのパイプだろう。
現時点ですでに噂になるほど、アインザムは武技に優れている。そんなアインザムがパーティに加入することは、【雷撃団】の名を広めるのに十分役立つ。
そして、貴族の後ろ盾を得るということは、組合の勇者にとってもやはり大きい。活動の資金的援助や、発掘品の買い取りなど、いろいろと便宜を図ってもらうことができるからだ。
実際、【雷撃団】以外にもアインザムを受け入れたいと申し出たパーティは複数あった。彼らもまた、【雷撃団】と同じことを考えているのだろう。
だが、それでもいいとアインザムは思っている。最初のきっかけは何であろうとも、勇者組合に所属して、そこで活動できればいいのだ。
それがいつか、呪いに縛られた姉を救うために繋がる。アインザムはそう信じていた。
「それより、父上の方はどうなのですか? あの漆黒の鎧について、何か分かったのでしょうか?」
「う、うむ……執事長のギャリソンを始めとして、信頼できる者たちと共に所蔵されている文献などを当たっているのだが……」
ナイラル侯爵家のたった一人の娘であるジールディアが、謎の全身鎧に呪われてから3年。その間、トライゾンもナイラル侯爵家の使用人たちも、呪いを解く方法を探し求めてきた。
だが、いまだに手がかりは全く見つかっていない。いつ、誰が、どんな理由であの黒鎧をこの屋敷の宝物庫に封じたのか、一切不明のままだった。
「サルマンも独自に動いてくれているようだが……」
「そう……ですか……」
「文献の調査以外にも、解呪の能力を秘めた遺産や神器を探しているのだが、そちらもいい報告はない。おお、解呪の神器と言えば──」
ふと、トライゾンはとあることを思い出した。それは友人であり、この国の筆頭宮廷魔術師でもあるサルマン・ロッドからもたらされた話を。
「勇者組合に所属する【黒騎士】ジルガなる人物が、治癒系神器を集めているそうだ」
「勇者組合の【黒騎士】ジルガ……それって……」
「ああ、おそらくジールだろうな」
3年前に家を出た最愛の娘にして姉である、ジールディア・ナイラル。
彼女はあれ以来、一度も実家に顔を出したことはない。
表向き、ジールディアは領地で病気療養中であり王都にはいないことになっているため、王都の屋敷に戻ることをよしとは考えていないのだろう。
実際は、ジールディアは毎日のように勇者組合の依頼をこなしており、また、自身を縛る呪いを祓うためにあちこちに出向いているため、家に戻ることをすっかり失念しているだけなのだが……そんなことを父と弟が知るよしもなかった。
「噂の【黒騎士】がジールであることは間違いないだろうが、そのジールが家に戻らないということは……」
「いまだ、呪いを祓うことはできていないということですよね」
「アインの言う通りだろう……本当に忌々しいあの黒鎧めが……っ!!」
吐き捨てるように呟く父を見て、アインザムは苦笑する。だが、その思いはアインザムも同じだった。
できるものなら、姉を呪ったあの黒鎧をこの世から消し去りたい。
姉を縛る呪いを祓うことができた時は、本当にそうしてやるとアインザムは密かに誓っているほどだ。
今後、自分は組合の勇者となり、各地で活動することになるだろう。
その際、姉を縛る呪いを祓う方法や、あの黒鎧に関する情報を入手できるかもしれない。
もちろん、パーティに所属する以上は、パーティの意思に従う必要もある。特に最初は駆け出しでもあるので、自分の思った通りに動けないことの方が多いだろう。
それでも、ただ家にいるだけよりは絶対にましだ。【雷撃団】に加入し、そこで組合の勇者としての実力を高める。
そして十分な力を得た時、【雷撃団】を脱退して好きなように行動する。
【雷撃団】が自分を利用するのであれば、自分も【雷撃団】を利用すればいい。
自分が最も優先するのは、大好きな姉を呪いから解放すること。
そのためにやや遠回りするのは、仕方がないこととアインザムは割り切った。
そして、その時は遠からず訪れることになる。組合の勇者にして【雷槍】のアインザムとして、彼の名は広く世の中に知れ渡っていくのだから。
「俺が【雷撃団】のリーダーのサイカスだ。これからよろしくな!」
「同じく、【雷撃団】のサブリーダーのジェレイラよ。よろしくね、期待の新人くん」
アインザムにそう自己紹介したのは、二十代半ばほどの男女だ。
サイカスと名乗った金髪の男性は、各所に補強を施した鎖帷子を着込み、巨大な両手斧を持っている。
ジェレイラという名の赤髪の女性は、鈑金製の鎧に大盾を装備し、腰には片手で扱うにはやや長めの剣。
察するに、サイカスが攻撃役でジェレイラが盾役なのだろう。
そして。
「はいはいはい! アタイ、アルトルだよ! 見た通り弓が得意なんだ!」
飛び跳ねるようにそう告げたのは、茶色い髪の小柄な少女。年齢は15歳ほどだろうか。
その少女は自分で言った通り、小ぶりな弓を持っていた。防具の方は革製。だが、その素材は弓も鎧も魔物の素材が使われているようで、普通の弓や革鎧よりよほど強力だろう。
「オレはヴォルカン。パーティ内では斥候や罠の感知解除を担当している」
「私はコステロ。見ての通りの魔術師で、パーティでは回復、支援、攻撃と何でも屋を押し付けられておりますよ」
斥候役のヴォルカンは髪も目も服も黒一色という出で立ちだ。年齢は20歳よりやや下あたりか。
一方のコステロは、見た目15歳前後と思しき銀髪の男性。だが、尖り気味の長い耳は、彼が
そう。
この五人が、【雷撃団】のメンバーだった。
そして、今日から【雷撃団】は六人となる。
「今日からお世話になります、アインザム・ナイラルです! まだまだ若輩の未熟者ですが、よろしくお願いします!」
~~~ 作者より ~~~
これにて第2章は終了。
二週間ほど休みを挟みまして、第3章へと入っていく予定です。引き続き、お付き合いいただけると幸いです。
次回の更新は7月25日の予定です。
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