物資補給と【黒騎士】
「うむ、これで依頼は無事完了だな」
レディルとレアスを特例として勇者組合に加入させたジルガたち。
マイア支部のオラング支部長は、【黒騎士】ジルガと【白金の賢者】ライナスが鬼人族の姉弟の推薦人となることに改めて驚いていた。
さすがに支部長ともなれば、階位第三位でいろいろと有名なジルガはともかく第二位のライナスの名前ぐらいは知っていたようで、「階位トップ二人の推薦など、過去にもありはしねぇよな」と驚きを通り越して呆れていたほどだ。
そして、マイアの町からここナールの町まで、違法奴隷商人や山賊たちを押送してきたジルガ一行。
マイアの衛視隊から貸与された大型の馬車──捕らえた奴隷商人や山賊を檻に入れたまま乗せていた──を、ライナスが作り出した簡易ゴーレムに牽かせたことで、日程を大幅に短縮することができた。
馬よりも力が強く、疲れることを知らないゴーレム。更にはその異様さに野獣や山賊たちが恐れて近づかなかったのも、道程を早める理由の一つだろう。
【黒騎士】が放つ禍々しい鬼気もまた、魔物や野生動物を遠ざけた一要因であったのは言うまでもない。
「さて、では当初の予定通り、リノーム山へ向かおうか」
勇者組合マイア支部の建物を出たジルガが、町を囲む城壁の遥か向こうに見えるリノーム山へと目を向けた。
「あそこが……私たちが暮らしていた場所なんですね……」
「遠いな……」
ジルガの視線を追うようにして、レディルとレアスの姉弟もリノーム山を見る。
あそこへ……数日前まで彼女らが暮らしていた場所まで行けば、二人の両親について何か分かるかもしれない。
マイアの町でライナスが奴隷商人から聞き出したところによれば、レディルたちの家を襲った商人たちは、彼女らを捕らえた後で二手に別れたらしい。
片方はレディルとレアスの姉弟を「商品」として山の麓まで運び、残る片方は彼女らの両親を「処理」するために現地に残ったそうだ。
「現地に残ったのは奴隷商人が雇った傭兵が二人。鬼人族とはいえ縄で自由を奪った状態であれば、二人もいれば十分と考えたのだろうな」
その判断は間違っていないだろう。人間に比べると身体能力に長けている鬼人族ではあるが、自由を奪われた状態なら苦労することなく「処理」できる。
「後にこのナールの町で合流の予定だったそうだ。もしかすると、これからリノーム山へ向かう途中でその傭兵たちと出くわすかもしれん」
「もしもそうなったら、レディルたちのご両親に関する情報が手に入るということでもある。私としては、その傭兵たちと是非とも出会いたいものだな」
「…………君ならそう言うと思ったよ」
どこか遠くを見つめるような表情で、小さく呟くライナス。
そんなライナスを見てレディルとレアスもまた、納得したとばかりに何度も頷くのであった。
リノーム山へと向かうことを決めたジルガたちだが、そのまますぐに旅立てるわけでもない。
リノーム山までの日程を予測し、それに十分な食糧を用意しなければならないし、リノーム山へと向かう街道を選定する必要もある。
それほど多くないが、リノーム山に足を踏み入れる者は存在する。例えばリノーム山の麓に暮らす人々が山菜や木の実を集めるためであったり、狩人がその獲物を求めてだったり。リノーム山は決して人跡未踏の秘境というわけではないのだ。
そのため、リノーム山方面へと向かう街道はいくつか存在する。とはいえ、それらはリノーム山の麓に少数点在する集落までの街道であり、そこから先は獣道のような細々とした道があるだけだ。
「ともかく、今日は出発のための準備に費やす。そして明日の朝一番でリノーム山に向けて出発するぞ」
ジルガが下した決定に、他の面々が頷く。
「では、手分けして準備に取り掛かるとしようか。私とレアスで旅に必要なものの買い出し、ライナスとレディルはこのまま勇者組合で、リノーム山まで至る街道に関する情報を集めてくれ」
「宿はどうする? どこか心当たりはあるのか?」
「それなら、以前この町にいた時に使った〔星降る夜空亭〕が良かろう。多少値は張るが、いい宿だったからな」
「ふむ、君がそう言うのであればそこでいいだろう。買い出しに行くついでに、その宿で部屋を確保しておいてくれ」
「心得た」
こうして、一行は二手に分かれた。ライナスとレディルは再び勇者組合の建物の中へ、ジルガとレアスは商店が軒を連ねる町の中心部へと。
途中、ジルガたちは〔星降る夜空亭〕へと立ち寄る。
「おお、これはこれは【黒騎士】様。お久しぶりでございます。再び当宿をご利用いただけるのでしょうか?」
以前にも会った中年男性が、ジルガを見て慇懃に対応する。
「うむ、また世話になる。部屋は空いているか?」
「はい、空いております。して、いくつお部屋をご用意すればよろしいでしょうか?」
男性はちらりとジルガの横に立つレアスへと視線を向け、そのように問う。
「今回は連れがいるのでな……レアス、君とレディルは一緒の部屋の方がいいか?」
「あ、う、うん、できれば姉さんと一緒の方が……」
もの珍しそうに宿屋の中を見回していたレアスがそう答える。
今まで家族だけで山奥で暮らしてきた彼は、宿屋という場所に足を踏み入れたのはこれが初めてだった。というか、人間たちの集落に入ったこと自体が初めてだ。
そんな場所で、一夜とはいえ姉と別の部屋になるのはやはり不安だろう。そもそも、彼ら姉弟にとって何とか信頼に足る人間など、ジルガとライナスだけなのだから。
「では、一人用の部屋を二つと二人用の部屋を一つ、用意してもらいたい。できれば、そのうちの一つは前回利用した部屋を希望する」
「心得ましてございます」
優雅な仕草で頭を下げる男性。その彼に見送られながら、ジルガとレアスは再び町の中心部へと向かう。
「なあ、ジルガさん。人間たちが物を手に入れる時、『お金』ってやつが必要なんだよな? 僕も姉さんも、そのお金ってやつを持っていないぞ?」
これまで家族だけで自給自足の暮らしをしてきたレアルは、貨幣というものを見たことがない。貨幣というものについての最低限の知識はあるが、どうすれば貨幣を手に入れられるのか、その貨幣をどのように使うのかはまるで分からない。
「なに、金の心配はいらん。私はかなり稼いでいるからな。それに稼ぎ方もこれから教えてやるとも。勇者組合に所属したのだから、それほど難しいことではないさ」
実を言えばジルガ──いや、ジールディアも、以前はお金の稼ぎ方については詳しくはなかった。
なんせ文字通りの深窓の令嬢だったのだから、お金に困ったことなどあるわけがない。
そして、鎧に呪われて勇者組合に所属し、そこで初めて自分で金を稼ぐことを知った。だが鎧の能力もあり、尚且つ彼女自身の才覚もあって、これまでに依頼を失敗したことがない。
そのため、彼女自身も金を稼ぐことをかなり甘く捉えているところがある。組合の依頼も失敗すれば当然報酬は支払われず、時には違約金が発生する場合さえもある。
更には依頼を達成するために必要な食料などの物資の調達、武具のメンテナンスにかかる費用などもあり、組合所属の勇者たちのほとんどはその日暮らしを余儀なくされる。
「僕たち、人間の暮らしについてもっと知らなくちゃいけないんだな」
「それも教えてやろう。なに、しばらくは私とライナスに任せるがいい」
その後、商店が軒を連ねる市場に到着した二人は、旅に必要なものを片っ端から買い込んでいく。
貴族出身であるジルガは、物を買う際に値切るということを全くしない。売り手が告げる売値で疑うことさえせずに買うので、売り手としてはこれ以上にない「上客」だろう。
なんせ、相場よりも相当高い値段を吹っかけても、ジルガはその値段で買ってしまうのだ。
だが、実際にジルガを目の前にして、そのような行為をしようとする商人はほとんどいない。皆、ジルガが放つ鬼気に怯えて、相場かそれよりもやや安い値段を告げてしまうのだから。
もしも騙したことがバレて、この見るからに恐ろしい悪魔のような人物に報復されたら? 商人たちがついついそう考えてしまうのも無理はない。
こうして、相場よりもかなり安い金額──決してジルガたちが望んだわけではないが──で旅に必要な物を揃えたジルガとレアスは、大量の荷物を抱えて宿へと戻るのだった。
ちなみに、大勢の人で溢れる市場で次元倉庫を展開したりはしない。もしもそんなことをすれば大騒ぎ間違いなしである。
その程度の分別はジルガにもあるのだ。
大荷物を抱えてジルガとレアスが宿に戻ると、ライナスとレディルの姿が既にあった。
「おお、早かったな」
「こちらは勇者組合で道を尋ねたぐらいだからな。それよりも、随分と大荷物だな」
ジルガとレアスが抱える大量の荷物を見て、ライナスが苦笑を浮かべる。
「食料などは多いにこしたことはないからな。無論、日持ちがしないようなものは駄目だが」
なんせ、ジルガには次元倉庫がある。どれだけ大量の荷物であろうとも、次元倉庫に入れておけば好きな時に好きなだけ取り出せるのだ。
「では、こちらも集めた情報を報告しよう」
四人は〔星降る夜空亭〕の一階にある酒場に腰を落ち着けると、ライナスが取り出した地図を覗き込む。
「ここ、ナールの町からリノーム山方面へと伸びる街道は大きく三つ。現在、どの街道も何らかの理由で塞がれて通れないということはなく、また、山賊などが頻繁に姿を見せているという情報もない」
ライナスの指が、地図の上を何度も往復する。それに合わせて、ジルガたち三人の視線がナールの町とリノーム山の間を何度も旅をした。
「ということは、どの街道を通っても問題ないということだな」
「そういうことだ。さて、どの道を選ぶ?」
「決まっている。最短距離の街道を行く」
もしかすると、レディルとレアスたちの両親はまだ生きているかもしれない。ならば、少しでも早く彼らが住んでいた場所に行ってみる必要がある。
たとえそうでなくてもレディルたちの心情を考えれば、彼らの家がある場所に行くのは早い方がいい。
「承知した。では、明日の夜明け前にこの町を発つ。君たちもそれでいいな?」
「はい」
「僕もそれでいい」
ライナスの言葉に、レディルとレアスは迷うことなく頷く。
おそらく明日以降、先を急ぐためにやや厳しい旅程となるだろう。そのため、今日はゆっくりと休息を取る必要があるだろう。
だが。
「おお、忘れていた。悪いが、レディルとレアスはもう少し付き合ってくれ」
「え? 私たちですか?」
突然ジルガに付き合ってくれと言われ、姉弟は顔を見合わせて首を傾げる。
「うむ。君たちの防具を用意せんとな。旅に出るのに、町中用の普段着では心もとないだろう?」
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