倉庫と【黒騎士】

 鬼人族の姉弟であるレディルとレアスが、正式にジルガたちと行動を共にすることが決まった。

 既に陽は落ちて周囲は完全な闇に包まれている。

 熾した焚火が彼らの周囲だけを橙色に照らす中で、ジルガが何かを思い出したかのように告げた。

「そういえば、レディルたちの格好を何とかしないといけないな」

「ああ、一緒に行動するなら、今の格好のままというわけにはいくまい」

 現在、レディルとレアスは簡素な貫頭衣を着ているだけ。実は下着さえ身に着けていない状態なのだ。

「鬼人族であれば、君たちの年齢でもある程度武器は使えるだろう?」

「はい、私もレアスも弓と剣が使えます」

 ライナスの問いに、レディルが答える。狩猟中心の生活を送る鬼人族は、幼い頃からある程度武器の扱いを学ぶので、彼女たちの年齢でもそれなりに武器が扱えても不思議ではない。

「ふむ……弓と剣か。二人の体格に合う武器があればいいが……よし、これから探してみようか」

「探す? どこをだ?」

「無論、ここだ」

 ライナスの質問に、どこか自慢げに答えたジルガは、腰に装着しているポーチから錆びついた小さな鍵を取り出した。

 そして、ジルガはその錆ついた鍵を夜空へと翳す。

「開け! 次元倉庫!」

 ジルガがそう言った途端、どこからともなく「ぱらららっぱぱっぱぱーん」という軽快で珍妙なファンファーレが鳴り響き、【黒騎士】が掲げた鍵からぱらぱらと錆が落ちてゆく。

 錆が落ちた鍵は徐々に光輝き、その輝きが頂点に達した時、ジルガたちの目の前に一枚の扉が現れた。

「こ、これはまさか……神器の次元倉庫かっ!?」

「さすがはライナス、次元倉庫を知っていたか」

「知っているもなにも……神器の中でも特に有名かつ希少なシロモノだぞ……こんなものをどこで手に入れた?」

「希少かどうかはよく知らんが、以前知り合った赤竜……いや、青竜だったか? どの竜かは忘れたが、とにかく竜からもらったものだな」

「一体、君はこれまで何体の竜を倒したのだ…………」

 おそらく、その竜は命乞いの代償としてこの鍵を差し出したのだろう。それぐらいは、ライナスにも容易に想像できた。

 呆れて肩を大きく落とすライナス。一方で、ジルガは気楽な様子で現れた扉の鍵穴に鍵を差し込み、そのままかちゃりと開錠して扉を開く。

 扉の向こうには、通路だった。

 どこまで続いているのか、先が見通せないほど真っすぐ伸びた通路である。

 その通路の両側には、一定間隔で扉があった。こちらもいくつ扉があるのか、数える気も起きないほどの数だ。

「こ、これが伝説の次元倉庫の内側か……」

「うわぁ……」

「この通路、一体どこまで延びているんだ……?」

 扉の中を覗き込んだライナス、レディル、レアスが呆然とする。

 そんな彼らを置き去りにして、ジルガは実に気楽に次元倉庫の中へと足を踏み入れた。

「さて、まずはレディルたちの服だが……女性用の服はあるが、レディルには少々サイズが合わないだろうし、レアスの方はさすがに女性用の服を着せるのは可哀そうだしな……」

 ジルガが倉庫内の一番手前の扉を開けると、そこには無数の服が吊り下げられていた。

 色とりどりの女性用の服たち。貴族の令嬢が着るような豪奢なドレスや、平民が祝い事の際に着るようなちょっとお洒落な服など、実に様々な服がそこにあった。

 これらの服たちは、いつか自身を縛る呪いが解けた時、自分で着るためにジルガが……いや、ジールディアが集めたものだ。

 さすがに新品を注文するわけにはいかないのでどれも古着だが、彼女が【黒騎士】ジルガとして活躍してきた今日まで、旅先で見つけては気に入ったものを買い込み、この部屋の中に保管しておいたのである。

 そのため、ここにあるのは全て女性用の服であり、レアスが着られる男性用の服はさすがにない。

 なお、しんの宝珠を手に入れた際、新たに古着を買い込んでから試したのは、倉庫に入れてあるお気に入りの服を万が一にも破りたくなかったからだ。

「さあ、レディル。もしも着てみたい服があれば、遠慮なく袖を通してみていいぞ」

「え、そ、そんなことを言われても……これまで、こんな服は着たことないし……」

 鬼人族が用いる衣服は、狩猟で得た獲物の毛皮を利用して作られる。そのため、布製の服などレディルもレアスもこれまで着たことがない。

 それに、女性用とはいえジールディアに合わせたサイズばかりなので、まだまだ小柄なレディルには大きすぎるだろう。

「ふむ……二人の服は次の町で探すとするか。では、次は武器だな」

 衣服が保管してあった部屋を出たジルガは、別の扉を開ける。そこには、無数の剣があった。

 よく見れば、各扉には小さく切った羊皮紙が貼りつけられており、そこには「服」、「剣」、「斧」などと書き込まれている。

 どうやら、倉庫内を分類整理するためにジルガが貼ったものと思われた。

「なるほど……今日捕らえた山賊たちを縛った縄も、この倉庫から取り出したわけか」

 ライナスは「道具」と書かれた羊皮紙が貼りつけられている扉を見つめながら、納得したとばかりに頷いている。

「質問なのだが、この倉庫内の時間の流れはどうなっている? 外と一緒なのか?」

「おそらく外と一緒だと思うぞ。以前、ここに食料を入れておいたら、普通に駄目になったからな。まあ、多少の差異はあるかもしれないが、それほど大きなものではあるまい」

「ふむ、確かに倉庫内の時間が止まっているのであれば、そこに足を踏み入れた者の時間も止まってしまって二度と出られなくなるか……では、倉庫内に保管した物は、いちいち倉庫に入らなければ取り出せないのか?」

「当然だろう。倉庫とはそういうものだ」

 賢者と呼ばれる者の性なのか、いくつもの質問をしていくライナス。その質問に、ジルガも律義に答えていく。

「その鍵がなければ次元倉庫に入れないのなら、この中で野営をすれば安全が確保できそうだな」

「ああ、それは止めた方がいいぞ。倉庫の中から外の様子を窺うことができないため、外に出たら魔獣と遭遇、なんてことになりかねない」

「なるほど……では、見張りを倉庫の外に配置して、残りは中で休むというのはどうだ?」

「倉庫の扉を開いておける時間は限られている。ゆえに、見張りだけ外で孤立することになる」

「それはそれで危険だな。ふむ、そうそうこちらに都合良くはいかないか……」

 次元倉庫をあれこれ有効利用しようと考えるライナス。そんな彼に、ジルガは以前に倉庫内で一夜を明かして外に出たら、ぐまが目の前にいたことがある、と笑いながら告げた。

「いや、それは笑いごとではないだろう……」

「火熊って……あの火熊ですかっ!?」

「父さんでも火熊には勝てないって言っていたよな……」

 火熊とは、炎の力を宿した熊に似た大型の魔物である。その怪力と炎を操る特殊能力から、「組合勇者」でも階位二桁でなければ討伐できないと言われているほどだ。

「突然のことなので少々慌てたが、一撃で首を落としたので被害は受けなかったぞ」

「ひ、火熊を一撃……」

「じ、ジルガさんって一体……」

 感心を通り越して呆れた様子のレディルとレアル。彼女らがジルガを見る目は、何とも表現の難しいものだった。



 その後、レディルとレアルは次元倉庫の中から使えそうな武器を選び出した。

 レディルは小剣と短剣を、レアルは小型の弓と短剣を。

 この倉庫に収められている武具は、ジルガが呪いを祓う神器を求めて遺跡などに挑んだ際に見つけたものである。

 いつか呪いが解けて実家に帰った時、武人である父や兄たち、そして弟への土産とするつもりで溜めこんでおいたのだ。

 遺跡で見つけた武具であるため、どれも魔封具であり品質も上等だ。

「ほ、本当にこんないい剣をもらってもいいのですか?」

「構わんよ。私にはちと物足りない武具ばかりだし、しまい込んでおくよりも実際に使った方が武具も喜ぶだろう」

 姉弟はジルガに礼を言うと、早速自分が選んだ武具を確かめてみる。

 レディルが選んだ小剣と短剣は、二つとも同じ意匠で対となっているようだ。鞘から引き抜けば、磨かれた鏡のような美しい刀身が姿を見せる。

「すごい……きれい……」

 現れた刀身を見つめながら、レディルが感嘆の溜め息を吐く。

「ふむ……この剣に秘められた効果は……なるほど、〈状態保存〉か。刀身が折れでもしない限り、この剣は今の状態を保つことができるようだ」

 魔封具作製の専門家ともいうべき付与術師のライナスは、レディルが持つ剣が秘めた能力をあっさりと見抜いた。

「もしかして、僕が選んだ弓にも何か魔力があるんですか?」

 レアルが選んだ小弓は、特に装飾などもないありふれた外観をしている。だが、この弓もまた魔封具であり、隠された能力があった。

「この弓は、放つ矢に風属性を付与することができるようだ。その影響で、通常の短弓よりも射程が長くなっている」

 さすがに矢は別に用意する必要があるが、短弓でありながらも長弓並みの射程があり、放たれた矢は風を纏ってその威力を底上げする。

 ライナスの鑑定結果を聞いたレアルは、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「ほう、この小剣や弓にはそんな能力があったのか。知らなかったぞ」

 なぜか、本来の持ち主であるジルガは、小剣や弓の能力を全く把握していなかった。

「これらの武具を入手した際、勇者組合で鑑定を頼まなかったのか?」

「どうせ使うこともないだろうと、特に鑑定もせずにこの倉庫に放り込んでそのままだった」

 はははは、と豪快に笑うジルガに、ライナスはこっそりと溜息を吐く。

「さて、そろそろ倉庫から出て休もうか。朝になったら、宿場町を目指して出発するぞ」

 扉を潜り抜けて外へと出ると、次元倉庫の扉は光に包まれて消失した。

 焚火はまだ燃えていて、周囲を温かい色に染め上げている。

「夜番は私とライナスが交代で務めるので、レディルとレアスは朝までゆっくり眠るといい」

「そうだな。今日まで奴隷商人に囚われていたのだから、気づかないうちに心労も溜まっているだろう」

「何なら、私が朝まで見張りを続けても構わないぞ? ライナスも野営には慣れていないだろう?」

「そういうわけにもいくまい。私が先に見張りをするから、月が頂点を過ぎたら交代だぞ」

「心得た」

 ジルガはそのままごろりと地面に横になる。漆黒の全身鎧の内側は常に一定の温度に保たれているので、毛布などは必要ないのだ。

 気づけば、レディルとレアスも身を寄せ合い、毛布を被って眠っていた。ライナスが言ったように、自分たちでも気づかない内に心労を溜め込んでいたのだろう。

 昨日知り合ったばかりのジルガと、今日出会ったばかりの鬼人族の姉弟きょうだい。これから長い付き合いになりそうな仲間たちを見回したライナスは、焚火の中に追加の薪を放り込んだ。



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