姉弟のこれからと【黒騎士】

「こんな所にいたのか」

 ジルガが山賊たちの死体を街道脇へと運び終え、鬼人族の姉弟と一緒に落ち着ける場所を探して街道を歩いていると、ライナスが空から舞い降りてきた。

「おお、ライナスか。捕らえた山賊たちはどうした? 思ったより戻って来るのが早いようだが」

「この先の宿場町で衛兵に突き出した後、大急ぎでこちらに戻ってきたからな。で、子供たちは無事だったか?」

「うむ、なぜかまたもや山賊どもと遭遇していたが、子供たち……レディルとレアスは無事だ。ま、まあ、その……ちょっとばかり怖い思いはさせてしまったかもしれんが……」

 あからさまに視線を泳がせる漆黒の全身鎧。その陰に隠れるようにしながら、鬼人族の姉弟は突然現れたライナスに訝しい目を向ける。

 どうやら、ジルガは多少なりとも子供たちと打ち解けたようだ、とライナスはにこりと微笑む。

「あ……この人、さっきジルガさんと一緒にいた魔術師……」

「あんた、ジルガさんの仲間か?」

「その通りだ。俺の名はライナスという。よろしく頼む」

「ライナスはちょっと線が細くて力も体力もないが、悪いやつではないから安心するがいい」

「おい、力と体力がないは余計だ」、「ははは、本当のことではないか」と仲良く軽口を叩き合う黒白の二人を見て、レディルとレアスは互いに顔を見合わせる。

 そして、ライナスという魔術師もまた、ジルガと同じぐらいには悪い人間ではなさそうだと判断した。

「それで、これからどうするつもりだったのだ?」

「どこかでレディルとレアスの事情を聞くつもりだ。そのために落ち着ける場所を探していたのだが……」

 ジルガは空を見上げる。

 盗賊たちの死体を片付けるのに予想以上に時間を費やしてしまったため、空は既に朱色に染まっていた。

 当初よりもになってしまった盗賊たちの体を街道脇の目立たない場所に運び、飛び散った血はどうしようもなかったものの、せめて肉片と内臓だけでも穴を掘って埋めていたので、時間がかかってしまったのだ。

 あの地獄絵図をそのまま放置しておくのは、さすがに他の旅人たちに申し訳がないし、何か騒動の元になるかもしれないので、そのままにしておくわけにもいかなかった。

「今日はもう、野営の準備をした方が良さそうだな。その後、二人の事情を聞かせてもらおう。ライナスも一緒に聞いてもらえるか?」

「無論だ。君一人に全てを押し付けるつもりはないさ」

「済まんな。では、野営の準備に取り掛かろう」

 勇者組合に所属してから三年。今ではジルガもすっかり野営に慣れた。

 手際よく野営の準備をするジルガを、ライナスは感心して見つめる。ジルガと違って最近は野営などしたことがないライナス。

 師である【黄金の賢者】と旅をしていた時期もあったが、黎明の塔を拠点としてからはほとんど塔から外に出ることもなかった。

 一方のレディルとレアルも、野営には慣れているようだ。彼女ら鬼人族は狩猟生活が中心であり、獲物を追い詰めるために数日かけることも珍しくはないからだ。

「ジルガさんって、すごく器用ですよね。そんな重そうな鎧を着ているのに」

「僕なら、そんな全身鎧を着たまま野営の準備なんてできないぞ」

 野営の準備を手伝いながら、姉弟は感心しながらジルガを見ていた。

 なんせ今の彼女は頭の天辺から足の爪先まで、余すところなく金属製の鎧で覆われているのだ。当然、手の指先だって例外ではない。

 普通であれば、指先まで完全に鎧で覆われた状態で、指を素手と同じレベルで器用に動かすことなどできないだろう。

「なに、大したことではない。この鎧が少々特別製なだけだ」

 と、当の本人は何事でもないかのように軽く言うのだった。



 野営の準備を終え、食事の用意をレディルとレアスに任せたジルガは、ライナスが魔術で局地的に作り出した雨に打たれていた。

「鎧の上とはいえ、全身に返り血や肉片をこびりつかせたままは嫌だろう?」

 というライナスの気遣いを、ジルガが受け入れた結果だ。

「おお、これは楽でいいな!」

 ある程度の勢いのある雨に打たれながら、ジルガが楽し気に笑う。

「これまで、返り血などはどうしていたんだ?」

「鎧を着たまま池や川に飛び込んで洗い流していたぞ」

「………………」

 豪快すぎた。

 ライナスが予想するよりも遥かに豪快な返り血の落とし方に、思わず遠い目をする白い魔術師。

「…………その鎧は、水中で呼吸もできるのか?」

「さすがにそれは無理だな。だが、〈水中呼吸〉の魔封具を持っているから特に問題はないぞ」

「君は本当に何でも持っているな…………」

「勇者組合に所属してから今日まで、いろいろな仕事を請けてきたからな。そのため様々な魔封具や神器を手に入れる機会もあったのだ」

 呆れたようにライナスが言えば、ジルガは何とも気楽にそんなことを言う。

 だが、普通であれば魔封具はともかく神器とはそうそう出会えるものではない。現代でもライナスのような優れた魔術師であれば魔封具は作り出すことができるが、神器ともなると遺跡から発掘されるものしかないからだ。

 なお、魔封具やゴーレムなどの作製を専門とする者は、魔術師ではなく付与術師と呼ばれており、ライナスも正確には魔術師ではなく付与術師である。

「さて、そろそろ食事の準備も終わりそうだが……」

 ジルガの鎧を洗い流していた魔術を止めて、ライナスはちらりと鬼人族の姉弟の方を見る。

「さすがに、彼らと一緒に食事はできないか?」

「うむ……いくらレディルとレアスがまだ子供とはいえ、今日出会ったばかりの彼女たちの前で鎧を脱ぐのは……さすがに躊躇われるな」

「分かった。一緒に食事できないことは、俺から彼女たちに上手く言っておこう」

「いろいろと世話をかける。ライナスが仲間になってくれて本当に良かった」

 しみじみと告げるジルガに、ライナスは「気にするな」と柔らかく微笑んだ。



「なるほど、そんなことがあったのか……」

 食事を終えた後、改めてレディルとレアスから事情を聞いたジルガとライナス。

 姉のレディルが13歳、弟のレアスは10歳。

 家族四人で平和に暮らしていたが、ある日突然奴隷商人に雇われた傭兵たちに襲われて捕らえられたこと、その際に両親と引き離されて両親が無事かどうか不明なこと、そして、それまで暮らしていた場所さえ分からないこと。

「正直……これからどうしたらいいのか…………分かりません……」

 肩を落とし、悲し気に俯くレディル。そんな姉を、レアスは心配そうに見つめる。そんな彼もまた、不安に揺れているであろうことをジルガとライナスは理解していた。

「これは私からの提案なのだが……君たちさえ良ければ、しばらく私たちと一緒に行動しないか?」

 その提案に、レディルとレアスがはっとした表情でジルガを見た。

「こうして出会ったのも何かの縁というものだろう。それに、私にはとある目的があり、その目的のために方々を旅することになる。その途中で、君たちのご両親や、住んでいた場所の手がかりも見つかるかもしれない」

「いや、住んでいた場所に関してなら、捕らえた奴隷商人に訊いてみれば分かるだろう。明日、次の宿場町に着いたらそちらを当たってみよう」

「おお、その手があったな。さすがはライナスだ」

「ははは、無敵の【黒騎士】に褒められると悪い気はしないな」

 焚火を囲み、穏やかに笑い合う黒白の二人。そんな二人を鬼人族の姉弟は複雑な表情を浮かべて見つめる。

「あ、あの……お二人はどうしてそこまで私たちのことを気にかけてくださるのですか?」

「もしかして、何か裏があるんじゃないのか?」

 多少打ち解けたとはいえ、姉弟はまだまだ完全にジルガとライナスを信用してはいない。彼女たちが受けた仕打ちを考えれば、それも当然なことではあるだろう。

「裏など何もないぞ。君たちと関わろうと思ったのは、先ほども言った通りこれが何かの縁だと思えたこと。それに…………」

 兜に隠されたジルガの視線が、レディルとレアスへと静かに向けられる。

「私には弟がいてな。最後に会ったのは三年前で、その時は丁度レアスと同じぐらいの歳だった。三年経った今は、レディルと同じ年齢になっているな」

 ジルガの脳裏に弟を始めとした家族の姿が浮かび上がる。呪いを祓う手がかりを求めて家を出て三年。家族たちは元気だろうか。

「それでレディルたちを見ていたら、ふと弟のことが思い出されて、放っておくことができなかったのだ」

「要は、君たちは何も気にしなくてもいいということだ。それに、鬼人族である君たち二人だけでは何かと不便もあるだろう。だが私とジルガが一緒であれば、多少はそれがましになると思うぞ」

「ライナスの言う通りだ。私自身若輩であるし、呪いに冒されている身だが、君たちの面倒ぐらいは見ることができるだろう」

「え……の、呪い……?」

「ジルガさん、呪われているのか?」

 ジルガの台詞の中に含まれていた言葉に、レディルとレアスが驚愕の表情を浮かべる。

「これから一緒に行動するのであれば、私が呪われていることを教えておくべきだろう。ああ、他人に影響するような呪いではないから安心していいぞ」

 呪われていると聞けば、誰だってその当人とは距離を置きたがるだろう。だからジルガは、自ら進んで呪いのことを姉弟に教えることにした。

 先ほどの彼女の言葉にもあったように、一緒に行動するのであれば予め説明しておいた方が変に誤解されることもないからだ。

「簡単に言うと、人前でこの鎧を脱ぐことができない。それが私を縛る呪いの内容だ」

 あまりにも簡単すぎる説明に、ライナスがこっそりと溜息を吐く。でも、あながち嘘でもないのもまた事実で。

「え? 呪いってそれだけ?」

「それだけと言えばそれだけだが、私にとっては十分死活問題なのだ」

 鎧が脱げなくて死活問題となるのはあくまでも貴族令嬢としてだが、レディルとレアスはそこまで考えが及ばない。というか、目の前の巨漢が実は妙齢の女性で貴族の令嬢だとは思いもしない。

「うーん……確かに鎧が脱げないのは困りものだよなぁ」

「じゃあ、ジルガさんの旅の目的って、その呪いを祓う方法を探しているってことですか?」

「その通りだ。ライナスもその方法を探すのを手伝ってくれている。もっとも、彼と出会ったのもつい昨日のことだがな」

 その言葉に、レディルとレアスは先ほど以上にびっくりする。

「え? ジルガさんとライナスさんって、昨日出会ったばかりなのか?」

「かなり仲が良さそうなので、てっきりずっと前からのお知り合いなのかと……」

「つまり、ここにいる私たちは皆、出会ったばかりということで、変な気兼ねなどする必要もないということだな。改めて、これからよろしく頼むぞ」

「…………その理屈はよく分からないけど……」

「でも、ジルガさんたちは信用できる人間だと思いますから……こちらこそ、よろしくお願いします」

 こうして、黒白の二人組に新たに鬼人族の姉弟が加わることになった。

 これが後の世に語り継がれる最強パーティ、【黒騎士党】の誕生の瞬間であるのだが、その名が知れ渡るのはもう少し先の話である。












~~~ 作者より ~~~


 来週はG.W.明けのお休み!

 次の更新は5月16日(月)です!

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