山賊と【黒騎士】
「なんだ? また山賊か? 今日はよく山賊と遭遇する日だな」
突然聞こえてきた、低く響く声。
鬼人族の姉弟と彼女たちを取り囲む山賊たちが、思わず声がした方へと目を向けると。
そこに。
黒い悪魔が。
いた。
禍々しい雰囲気を周囲にこれでもかと撒き散らし、がちょんがちょんと重々しい足音を響かせ、その手には真新しい血がこびりついた巨大なハルバード。
その鬼気迫る存在感だけで、気性の荒い山賊の何人かがその場で失禁して気を失ってしまう。
「く……【黒騎士】……ジルガ……」
【緑林団】の頭目、【鉄塊】のドーセが思わずといった感じで呟いた。
「いかにも。私が勇者組合に所属するジルガだ」
どん、と大きな音を響かせ、ハルバードの石突を地面へと打ち付けるジルガ。その音が、山賊たちには地獄の門が開く音に聞こえた。
時間は少し巻き戻る。
「ライナス。捕らえた奴隷商人と山賊の押送を頼めるか?」
「それぐらいなら俺一人でも問題ないが……ああ、そういうことか」
何かを悟ったらしいライナスは、にやりと微笑むとぽんとジルガの肩を叩く。
「こっちは任せろ。だから、向こうは任せたからな」
「心得た」
ジルガはにゅっと右手の親指をおっ立てた。
そして、彼女はゆっくりと歩き出す。
先ほど、鬼人族の姉弟が立ち去った方角へと。
「山賊どもに告げる。今すぐに武装解除して投降するのであれば、この場で命は取らぬと約束しよう。だが──」
ジルガは手にした巨大なハルバードを軽快に頭上で振り回す。ハルバードによって巻き起こされた風が、山賊たちの頭髪を激しく揺らした。
中には残り少ない頭髪を風によって飛び散らされ、思わず涙目になった山賊もいたがそれはさておき。
頭上で回転させたハルバードの切っ先を、ぴたりと山賊──【鉄塊】のドーセへと突きつけ、ジルガは宣言する。
「歯向かう奴には容赦はせん。私を恐れぬというのであれば、遠慮なくかかってくるがいい!」
宣言の終了と同時にぶわりと押し寄せたおぞましいほどの鬼気に、山賊たちは思わず数歩後ずさる。そしてそれは、頭目である【鉄塊】のドーセも例外ではなかった。
「くっ……こ、ここで投降したとしても、どうせ捕まった山賊は縛り首よ! なら、てめぇをぶっ殺してここからトンズラしてやらぁ! 野郎ども!」
ドーセが配下たちを鼓舞し、得物である両手剣を構える。
それに合わせて、配下の山賊たちもそれぞれに凶器をジルガへと向けた。
「かかれぃっ!! いくら【黒騎士】が強かろうが、十人以上を相手にできるわけがねえっ!!」
頭目の号令に背中を押されるようにして、山賊たちが一斉に【黒騎士】へと襲い掛かる。
それに対し、ジルガはまるで臆することもなく前へと歩を進めた。
そして、手にしたハルバードを片手で横に一閃。それだけで、先頭にいた山賊の体が上下に断たれた。
「え?」
そんな声を零したのは、果たして山賊たちか、頭目のドーセか、それともたった今体を両断された本人か。
血と内臓を大地にぶちまけ、二つに断たれた山賊の上半身と下半身が自ら作り出した血の池に沈む。だが、それでジルガの行動が終わったわけではなかった。
血溜まりに足を取られることもなく、ジルガは更に踏み込む。そして、彼女がハルバードを振る度に、山賊が一人、また一人とその命を散らしていく。
しかも、そのほとんどが体を両断されている。縦と横の違いはあれど、山賊たちは強引に自分の体を倍に増やされていく。
「す…………すごい……」
「ば、バケモノかよ、あの騎士……」
空中にいくつもの血の花を咲かせるジルガを、鬼人族の姉弟は呆然と見つめる。いや、呆然と見つめることしかできない。
一方、ドーセはジルガが暴れ回るのをただ見ていただけではなかった。
「ゆ、弓を使えっ!! あのバケモノがいくら強かろうが、得物が届く外から攻撃されたらただじゃ済まねえっ!!」
頭目の指示に従い、山賊たちが弓を構える。そして、ドーセの命令のもと、一斉に矢を放つ。
風を切り、ジルガへと殺到する数本の矢。襲い来る矢に対し、ジルガは避けるでもなく自ら突っ込んだ。
そして。
かんかんかんかんと何度も響き渡る、甲高い金属音。
「………………は?」
ジルガへと向けて放たれた矢は、その全てが彼女に命中した。だが、矢は鎧によって全て弾かれてしまった。
虚しく地面に転がる数本の矢。その矢を足で踏み折り、ジルガは弓を構えた山賊たちへと迫る。
「ぬるい! その程度の矢で私が止められると思うな!」
再び一閃するハルバード。そして、弓を構えた数人の山賊の体が一気に両断された。
山賊の体から噴き出した返り血が、ジルガの鎧を赤黒く彩る。
ハルバードを一振りする度に血の花が咲き、血煙と共に命が霧散する。
全身から返り血を滴らせたその様は、まさに血に飢えた漆黒の悪鬼のようだった。
「あ、あ…………あ………………ば、バケモノ…………」
残る山賊は、頭目のドーセを含めて数人。その山賊たちに、黒い悪魔の視線が向けられる。それだけで、山賊たちは明確な死を感じ取った。
「残るはおまえたちだけだ。覚悟はいいか?」
ジルガは血が滴り落ち、肉や臓物などの肉片が付着したハルバードを、残る山賊たちに向ける。
「こ、このバケモノめっ!! だ、誰が覚悟なんかするものかよっ!!」
残された僅かな矜持を声に代え、ドーセが叫ぶ。そして、ジルガの鬼気に圧されて座り込んでしまっていた幼い姉弟へと、その太くて毛むくじゃらな手を伸ばす。
ドーセは姉弟を人質にしようとしたのだろう。だが、ジルガがそれを黙って見ているわけがない。
「お、大人しくしやがれっ!! さもないと、ガキどもがどうなあがあああああああああああああああっ!!」
ひゅん、という風切り音は、ドーセの野太い悲鳴にかき消された。
空中に真新しい真紅の花が咲き、同時に何かがドーセから少し離れた地面にぼとりと落ちる。
それは腕。
鬼人族の姉弟へと伸ばされたドーセの腕が、ジルガが投擲した剣──予備の武器として腰に下げていたもの──によって斬り飛ばされたのだ。
「う、うでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! お、俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
両断面から滝のように血を零しつつ、ドーセが泣き叫ぶ。
「子供を人質にしようなど、許し難き所業。さあ、これで最後にしようか」
言葉を終えると同時に、ひゅひゅひゅん、という連続した風切り音が響く。
そして、ドーセを筆頭とした生き残っていた山賊たちの首が落ちる。
山賊たちの首から噴き出す血を浴びつつ、ジルガは残心を解いて鬼人族の姉弟へと視線を向けた。
「ひぅ…………っ!!」
「うぅ…………っ!!」
声にならない悲鳴を上げる姉弟。返り血にまみれ、山賊たちの肉片や内臓の破片を全身にくっつけた漆黒鎧の巨漢に見つめられれば、誰だって恐怖するだろう。
がたがたと震えながら、互いに抱き締め合う鬼人族たちに、足音も重々しくジルガは近づいた。
そして。
「すまん! 君たちを怖がらせるつもりはなかったのだ!」
と、得物を放り出してその場で土下座した。
自分たちに対し、ひれ伏す漆黒の巨漢。その姿に、姉弟は固まって動くことさえできない。
「え、えっと…………」
腕の中にいる弟レアスの顔と、現在進行形で土下座している黒騎士を、何度も何度も見比べて困惑するレディル。
彼女にしてみれば、目の前の黒騎士は自分たちを二度も助けてくれたわけで、土下座されるようなことは何もしていないからだ。
対して、ジルガは目の前の姉弟に対して申し訳なくて仕方がない。
まだまだ子供である二人に、人間を
子供たちに少しでも危害が及ばないよう、山賊の殲滅速度を優先した結果、ジルガたちの周囲は血と生首と肉片と内臓と手と足が飛び散る、阿鼻叫喚なちょっとした地獄絵図になってしまっている。
このような光景を成人前の子供が見れば、夜中にうなされるようになっても不思議ではないだろう。
「あ、あの、頭を上げてください。助けてもらったのは私たちの方ですから……」
「た、助けてもらった相手に頭を下げさせるなんて、お、
「う、そうか。そう言ってもらえると、私としても助かる。だが、君たちのような子供が見ていることを、やはりもう少し配慮すべきだった……」
頭を上げ、それでも申し訳なさそうに座り込んだままのジルガに、レディルとレアスが言う。二人の言動が多少ぎこちないのは、やはりまだジルガに対する恐怖心があるからだろう。
「そ、それに私たち鬼人族は狩猟で生活を支えています。血や内臓なんて、それほど珍しくはありません。た、確かに人間の血や内臓はアレですけど……」
「じ、自分で獲った獲物を自分で捌けるようになって、鬼人族としては一人前だからな」
「なるほど、そういうものなのか」
正真正銘深窓の令嬢であったジルガ、いや、ジールディアと、物心ついた頃から野山を駆け回っていた姉弟とでは、育った環境と培った感覚が違い過ぎた。
組合の勇者となってから血や内臓に対する耐性ができたジルガ──正確には呪いによる性格の変化によって、最初から割と平気だった──と、幼い頃から獲物を自分で捌いてきたレディルたちとでは、その辺りの感覚が違っても仕方がないことだろう。
「それはともかく、君たちの事情を話してもらえまいか? こうして顔を突き合わせて言葉を交わしたのも何かの縁というものだ。無論、無理にとは言わないが」
「そ、そう……ですね。二度も助けていただいた以上、もう無視するわけにもいきません」
「…………いいのか、姉さん?」
「私だって人間は好きじゃないし信用もしていないけど……それでも、この騎士様は他の人間とは違う気がするのよ」
「そういえば、人間全てが悪人じゃないって母さんもよく言っていたな。姉さんがそう言うのなら、僕もこの騎士さんを多少は信じてもいい」
「うむ、感謝する。では、場所を移動しよう。さすがにここで話をするのもな」
できれば辺りに散らばる死体の埋葬をしたいところだが、これだけの数を埋葬しようとすれば日が暮れてしまうだろう。
ライナスがいれば、先ほどのように魔術を使って短時間で埋葬することもできるだろうが、太陽が天頂を過ぎ去ってかなり時間が経過している現在、明るい内に全ての死体を埋葬するための穴を掘るのは難しい。
せめて他の旅人の邪魔にならぬよう、死体を街道から少し離れた場所に運んでおく。
この辺り、ジルガはそれなりに手慣れていた。組合の勇者となってからこれまで、似たような状況に何度も遭遇してきたからだ。
嫌な慣れもあったものである。
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