目的地決定と【黒騎士】
ビシェドの町に到着したジルガとライナスは、そのまま勇者組合のビシェド支部を目指した。
それほど大きくはないビシェドの町ゆえ、すぐに勇者組合ビシェド支部に到着する。
日の出からそれなりに時間が経過しているからか、支部の中に人はまばらだった。そんな数少ない組合の勇者たちの視線が、突然支部の中に入って来た漆黒の全身鎧に集まる。
視線の集中砲火など全く気にもせず、ジルガはライナスを伴って受付に向かう。
その日、受付に座っていた年若い組合職員の女性が、近づいてくる禍々しい全身鎧を見てひっと息を飲み、助けを求めるかのように慌てて周囲を見回すが、誰も彼女と目を合わせようとしない。
半泣きであわあわとしている女性職員の前に、遂に【黒騎士】が到達する。
「あ、あの……ほ、ほほほ本日は、ど、どどどどどのようなご用件で──?」
組合職員として最後の矜持を振り絞り、必死に笑顔を浮かべて間近に迫ったジルガに対応する女性職員。目尻にちょっぴり涙が浮かんでいるが、本人はそのことに気づく余裕もない。
「うむ、パーティ登録をお願いしたい」
「ぱ?」
思わずきょとんとした顔をする女性職員。
彼女も勇者組合の職員である以上、高名な【黒騎士】が常に単独で行動していることは知っていた。
その【黒騎士】がパーティを組むという。彼──女性職員はジルガが男性だと思っている──の背後にいる白いローブを着た魔術師風の男性が、おそらくパーティを組む相手だろうと、女性職員はちらりとそちらに目を向ける。
魔術師風の男性は、線の細い印象でなかなかのイケメン。これまで一度も誰かと一緒に行動したことがない【黒騎士】が、正式にパーティを組むということは……もしかしてこの二人って……もしかする?
女性職員の脳内妄想劇場で、厳つくも美形な男性──くどいようだが彼女は【黒騎士】が男性だと疑ってもいない──とこの魔術師風の男性が濃厚に絡み合っている姿が上映された。
──うん、ありだ。
何が「あり」なのかは彼女のみぞ知ることだが、それまでの半ベソから一転、どこか興奮した様子で業務に勤しみ出す女性職員。
二人から勇者の首飾りを預かり、うきうきとした様子で読み取り装置にセットしていく。
勇者組合では、正式にパーティを組む場合はあらかじめ勇者の首飾りにその旨を記録する。こうすることで、依頼を達成した際の報酬や組合に対する貢献度を等分することができるのだ。
「はい! これで登録は完了です! 【黒騎士】さん!」
なぜか頬を赤らめ、それでいて両の瞳をきらきらと輝かせつつ、ジルガとその背後にいるライナスを見比べながら女性職員はジルガの手を両手でしっかりと握り、【黒騎士】にだけ聞こえるように囁く。
「私、応援していますから! 誰が何と言おうと、私だけはお二人を応援しますから!」
「ん? そうか。ありがとう」
一体何に対するエールなのか理解できないが、それでも応援してくれるという以上は礼を述べるジルガ。
そんな彼女らを、遠くから見つめる組合の勇者たち。
「遂に孤高の【黒騎士】がパーティを組むんだってよ!」とか、「あの白ローブの男は一体何者だ?」とか、「あの【黒騎士】とパーティを組む以上、あの白ローブもただ者じゃねえだろうな」とか、手近な者たち同士でひそひそと囁き合う。
だが、そんな周囲の様子をジルガは全く気にしない。
「さて、これでパーティ登録は終わったが、これからどうする? 何かプランはあるのか?」
「ああ。とりあえず、どこかで腰を落ち着けてから話そう。ここはどうも落ち着かない」
ライナスが背後へと目をやれば、居合わせた組合の勇者たちがさっと視線を逸らす。
ジルガは全く気にしていないが、ライナスはそうでもないらしい。
「では、この支部の談話室を借りるか」
勇者組合の各支部には、談話室と呼ばれるスペースがある。
これは依頼内容を第三者に聞かれたくない場合や、依頼主が自分の正体を他に明かしたくない場合などの内密な依頼の際に用いられる。
もちろん、誰でも自由に使えるわけでもない。談話室の利用には多少の利用料が必要となるので、駆け出しの組合勇者ではまず使うだけの余裕がないが、階位第2位と第3位のライナスとジルガであればまず問題はない。
「すまんが、談話室は使えるか?」
と、ジルガが先ほどの女性職員に問えば、なぜか女性職員はくらりと眩暈を起こしそうになった。
「こ、こんな昼間っから二人きりで談話室で……な、なんて情熱的で積極的な……」
受付の女性職員、なぜか鼻息が荒い。
「だ、大至急、談話室の準備をしますっ!!」
女性職員は、慌てて立ち上がると奥へと駆けて行った。
その際、床にぽたぽたと小さな血痕が残されていたが、それに気づく者はいなかった。
「さて、ではこれからのことを相談しようか」
借りた談話室に腰を落ち着けたジルガとライナスは、これからのことを話し合う。
「我々の目的はここに来る間に話した通り、その黒鎧以外の『ヴァルヴァスの
「うむ」
ライナスの言葉に、腕を組み大仰に頷くジルガ。
「とはいえ、正直どれも現状ではほとんど手掛かりがない。どこかで情報を集めねばならん」
「【白金の賢者】とまで呼ばれるライナスにも、全く心当たりはないのか?」
とジルガが問えば、ライナスはやや渋い表情を浮かべた。
「実を言えば、『ヴァルヴァスの五黒牙』の一つ……
「ほう、さすがはライナスだな。それで、黒地剣エクストリームはどこにあるのだ? 今すぐにでも入手しに行こうではないか!」
談話室のソファから立ち上がり、今にも駆け出しそうな勢いのジルガ。だが、そんな彼女をライナスは落ち着くように促す。
「まあ、待て。エクストリームの所在は分かっているが、そう簡単には手に入れることはできんぞ。そもそも、君もエクストリームを知っているはずだ。いや、正確に言えばエクストリームと今の所有者を知っている、だな」
「なに?」
予想外なライナスの言葉に、ジルガは再びソファに腰を落とす。そして、ずいっとその巨体をライナスへと迫らせた。
「かつて【漆黒の勇者】ガーランド・シン・ガラルドが手にし、今はその子である現ガラルド王国国王、【剣王】シャイルード・シン・ガラルドが所持する
「な、なんと……ガーランド前国王陛下が所持していた剣と言えば、【銀邪竜】ガーラーハイゼガを打倒した際に使用した聖剣のことかっ!?」
「ああ、その剣だ。あの剣は今では我が国の王権の象徴とも言える。そんな剣を呪いが祓いたいから貸してくれ、と言ってはいそうですかと貸してくれると思うか?」
「むぅ…………それは難しそうだな」
王権の象徴とも言える剣を、たとえ勇者組合の階位上位者とはいえ簡単に貸してくれるわけがない。
余程現王家と強固なコネでもあれば極秘裏に、かつ一時的に貸してもらえるかもしれないが、ジルガの実家であるナイラル侯爵家がいかに王家に信頼篤くとも、さすがにそれを望むことは難しいだろう。
実際は現国王とナイラル家の当主は旧友であり、親友であり、かつ悪友とも呼べる関係なので、こっそりと、かつ短時間だけ黒聖剣を借りることは難しくないのだが、その事実をジルガは全く知らなかった。
「まあ、そちらはいざとなれば私が何とかできるかもしれないが、まずは黒地剣以外の手がかりを探すべきではないか?」
「確かにそちらの方が現実的かもしれんな」
ジルガがそう呟いたきり、二人の間に沈黙が舞い降りた。
残りの「ヴァルヴァスの五黒牙」を探すにしろ、解呪の神器を探すにしろ、そう簡単に手掛かりが見つかるとは思えない。
「『黎明の塔』に『ヴァルヴァスの五黒牙』について書かれた文献はないのか? この
「確かに君の言うとおりだ。だが、あの塔にある文献は膨大な量があってな……」
「黎明の塔」に所蔵されている文献は、そのほとんどがライナスの師である【黄金の賢者】レメット・カミルティが蒐集したものであり、弟子であるライナスでさえあってもその全てを把握できていない。
「なんせ、我が師はふらっと塔に戻ってきては、適当に文献や魔封具などを書庫や倉庫に放り込んでいくからな……」
片手で顔を覆い、大きな溜め息を吐くライナス。彼の師である【黄金の賢者】レメット・カミルティは、現在も存命なのは間違いないが今どこでどうしているのかは彼にも分からない。
「師であれば、他の五黒牙について何か知っているかもしれないがな。何せ、かつて【漆黒の勇者】にエクストリームについて教えたのは他ならぬあの人だ」
「その話ならば私も知っているぞ。【黄金の賢者】に導かれて、【漆黒の勇者】が黒聖剣エクストリームを手にするその逸話は、さまざまな演劇の脚本や吟遊詩人の唄になっているほど有名だからな」
【漆黒の勇者】、【黄金の賢者】、【真紅の聖者】の三英雄の活躍は、現在でもかなり人気がある。
さまざまな解釈を加えた演劇がこれまで公演されてきたし、今もどこかの酒場ではその活躍譚が吟遊詩人たちによって唄われている。
「塔の蔵書の調査は執事のモロゥにやらせよう。時間はかかるかもしれないが、調べないという選択はないからな」
「では、私たちは今後どうする?」
「まずは最も多く情報が集まる場所へ行ってみる、というのはどうかな?」
この国で最も多くの情報が集まる場所。それは、この国で最も大きな都市であるという意味だ。
つまり、ライナスが言おうとしていることは──。
「我がガラルド王国の王都セイルバード……人と物が最も集まる街。まずはそこで情報を集めてみようじゃないか」
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