邪神王の秘宝と【黒騎士】

「そ、そんなことは言わないで欲しい! 私はどうしてもこの呪いを祓いたいのだ!」

「そうは言うがなぁ…………」

 疲れ果てたようにぐったりと体をソファに預けながら、ライナスはちらりとジルガを見る。

 全身を覆う漆黒の鎧。確かに他に比肩するもののないほど強力な神器だ。

 神器であるならば、同じ神器を用いればその呪いを祓うことは可能だと思っていた。

 しかし、名の知れた治癒・解呪系の神器のことごとくを、彼女は既に試した後だという。

 そして、それらの神器が黒鎧の呪いを祓うことはできなかった。

 やはり、とライナスは考える。

 ──どうやらこの黒鎧は、私が考えている通りの存在らしい。

 心の中でそう呟きつつ、彼は体を起こしてジルガと改めて向き合う。

「まあ、落ち着け。先ほども言ったが、その黒鎧の呪いを解く方法には、二つほど心当たりがある。まあ、その一つは既にあなたが試した後だったようだが」

 別の神器を用いて黒鎧の呪いを解くことは、おそらく不可能だろう。

 名立たる治癒・破邪系の神器を既に彼女自身が試して駄目だったのだから。

 もちろん、世の中には知られざる神器は存在する。そのような中に黒鎧の呪いを祓うことができる物もあるかもしれないが、それを探し出すのは難しいだろう。

 ならば、ライナスの言うもうひとつの方法を試した方が早いかもしれない。もっとも、こちらの方法もかなり難易度が高いのは間違いないのだが。

 そして、その方法とは。

「まだ確定とは言えないが、おそらくその黒鎧は『ヴァルヴァスのこく』のひとつ……『こくがいウィンダム』だろう。であるならば、『ヴァルヴァスの五黒牙』の他の四つに呪いを祓う能力を秘めた物があるかもしれない」



「『ヴァルヴァスの五黒牙』……? その『ヴァルヴァス』とは、【獣王】ヴァルヴァスのことか?」

「その通り。『ヴァルヴァスの五黒牙』は、【獣王】ヴァルヴァスが眷属の鍛冶神に鍛えさせたと言われる神器だ。その名の通り、全部で五つ存在すると伝わっている」

 【獣王】ヴァルヴァス。

 それは「かんづきの闘争の時代」の折、数多くの邪神たちの上に君臨した邪神の王であると伝えられている。

 その邪神の王、【獣王】ヴァルヴァスが「神月の闘争の時代」に愛用したのが「ヴァルヴァスの五黒牙」であったと、ライナスは言う。

「『ヴァルヴァスの五黒牙』に関しては私もうろ覚えだが……確か師が残していった蔵書の中に、『ヴァルヴァスの五黒牙』に関する文献があったはずだ。明日の朝までに詳しく調べておこう」

「おお、【黄金の賢者】様が残された文献か! それは期待できそうだな!」

 全身から嬉しそうな気配を醸し出すジルガ。だが、黒鎧が発する禍々しい雰囲気のせいで、傍から見れば禍々しさが増しただけにしか見えない。

「そろそろ食事の準備もできよう。とはいえ、一緒に食事をする、というわけにもいかないな」

「あ、ああ。それに関しては、できれば私一人で食事させてもらえると……」

 なんせ、ジルガが食事をするためには黒鎧を脱がなければならない。そうすると、当然ながら彼女は全裸になってしまうわけで。

「本当に申し訳ない。一夜の宿と食事を用意してもらうというのに、そのような不作法まで……」

「なに、あなたの事情は理解しているのだから、気にする必要はない。食事は客室に届けさせよう」

「こんなことを聞くのは今更かもしれないが、料理はどなたが作っておられるのだ? もしかして、料理人を雇っているのか?」

「料理なら、あなたを玄関先で出迎えたモロゥが作っているよ」

 ジルガを玄関先で出迎えた初老の執事。モロゥとは彼の名前らしい。

 聞けば、この塔にいるのは主であるライナスを除けばその執事だけだとか。

「とはいえ、モロゥは私が作った魔法生物ホムンクルスなので、ある意味この塔で暮らしているのは私だけとも言えるがな」

「何? あの執事殿は魔法生物だったのか? とてもそうは見えなかったが……」

 言われて、ジルガは改めて先ほどの執事を思い出す。

 彼の振る舞いに特に不自然なところは全くなかった。普通、魔法生物といえばどこか人間とは違うぎこちない動きや言葉遣いなどがあるものなのだが。

 逆を言えば、そこまで人間そっくりな魔法生物を造り出せるライナスは、それだけ優れた魔術師ということになる。

「ともかく、今日はもう休むといい。客室は既に準備が終わっているからな。後ほど、食事も届けさせるし、風呂の準備もさせてある」

「何から何まで……礼を言わせてもらおう」

「今後しばらくは一緒に行動するのだ。礼など不要だよ。ともかく、これからよろしく頼む」

 と、ライナスが差し出した右手を、ジルガはしっかりと握りしめた。

 その際、少々力が入り過ぎてライナスが盛大に顔を顰めることになったのだが、それはまあ、ご愛敬というものの範疇であろう。



 明けて翌朝。

 早朝より「黎明の塔」を出た【黒騎士】ジルガと【白金の賢者】ライナスの二人は、ビシェドの町を目指して歩いていた。

 ジルガが前を歩き、少し遅れてライナスが続く。普段人の通らない細い獣道は、大人二人──片方が大柄な全身鎧だけに尚更──が並んで歩くことは難しい。

「それでライナス殿。昨夜言っていた『ヴァルヴァスの五黒牙』について、詳しいことは分かったのか?」

「ああ、やはり師の残した文献に書かれていた。とはいえ、それほど詳しくは記されていなかったがな。それからジルガ」

「ん?」

「私のことを改まって呼ぶ必要はない。これから一緒に行動するのだから、もっと気軽に接してくれると嬉しいのだがな」

 そう言われてジルガは思う。先ほど、彼の方から自分を「ジルガ」と呼んだのだ。それに彼が言うとおり、パーティを組んで一緒に行動するのだから、あまり他人行儀なのもよくはないだろう。

「心得た。今後はライナスと呼ばせてもらおう。それで『ヴァルヴァスの五黒牙』についてだが……」

 『ヴァルヴァスの五黒牙』。邪神の王である【獣王】ヴァルヴァスが愛用していたとされる、どれもが最上級に分類される五つの神器たち。

 現在ジルガが着用しているとおぼしき『こくがいウィンダム』の他に『こくけんエクストリーム、こくらいフェルナンド、こくせいじょうカノン、こくえんきゅうファルファゾンから成る。

「その内、黒魔鎧ウィンダムこそがメインの神器であり、他の四振りの武具はオプション的なもののようだ。とはいえ、どれもこれも強力な神器なのは間違いないだろうがな」

 昨夜の内に完全に暗記したのか、ライナスはすらすらと『ヴァルヴァスの五黒牙』について解説する。

「それぞれの武具についての詳しい説明は文献にもなかった。同時に、現在どこにあるのかも不明だ。ただウィンダムについてはやや解説があった」

 その文献によれば、黒魔鎧ウィンダムの内側は異相空間となっているらしい。

「異相……空間……? どういう意味だ?」

「早い話が、その鎧の内側はある種の異世界というわけだ。よって、鎧の外からいかなる打撃を加えようが、その内側に影響することはない」

 要するに、ウィンダムを着ている間ジルガ自身は小さな異世界に転移していると言ってもいい。

 そのため、肌が鎧と擦れて傷つくこともないし、暑さ寒さの影響も受けないというわけだ。

 この辺りは、昨日ライナスがある程度予想していたことだった。

「更には、身体能力の大幅な向上。そのため女性でも、陸亀をひっくり返すなんて人間離れしたことができたわけだな。まあ、鎧としてはこれ以上ない究極の性能と言っていいだろう…………呪いさえなければ」

 その呪いが問題なのだ、とジルガは歩きながら零した。

 その呟きを聞きながら、ライナスは言葉を続ける。

「これはあくまでも私の推測なのだが、ウィンダム以外の四つの武具に、その呪いを解除するものがあったのではないだろうか」

「ふむ、そう考える根拠は?」

「『かんづきの闘争の時代』、本当に【獣王】ヴァルヴァスがその鎧を愛用していたとするなら……何らかの方法で呪いを解く方法があったと考えるべきではないか?」

 もちろん、ヴァルヴァスは邪神の王とまで呼ばれる存在であり、黒鎧の呪いさえ彼の神には及ばなかった可能性もある。

 それでも万が一、自身が呪われた時のために解呪方法を準備していたとするならば。

「他の四つの武具に、その力──解呪の力を持たせたとは考えられないかね?」

「ふむ……確かに考えられなくはないな。しかし、疑問があるぞ」

「ほう、どのような疑問かな?」

「そもそも、【獣王】はどうして自身が愛用する鎧に呪いなど仕掛けたのだ?」

 確かに、自身が愛用する武具に呪いを施すなど普通はありえない。しかし、そこは人間とは精神が大きく違うであろう神々のすること。神々に比べたら矮小でしかない人間には思いもしない理由があったのかもしれない。

 もしくは、自分以外にこの鎧を使われることを恐れた、という可能性もある。

 なんせここまで強力な鎧なのだ。もしも敵対する者の手にこの鎧が渡ったら、これ以上厄介なことはあるまい。

「他にも考えられるとするなら……他ならぬ【獣王】自身がウィンダムに呪いを施したのかもしれん」

「【獣王】自身が……?」

「『神月の闘争の時代』の終盤、【獣王】ヴァルヴァスがどうなったのか聞いたことはあるか?」

「ああ、子供の頃に知識の一環として教えられたことがあるな」

 神話や伝承によれば、邪神の王である【獣王】ヴァルヴァスはとある戦士に討たれた、とされている。

 知られるべき名のなき戦士。【獣王】を討った者はそう呼ばれていて、世代や地域でその正体には様々な説が存在する。

 とある王家の祖先であったり、とある教団に属する聖騎士であったり、時には単なる雑兵だったりもする場合もあるようだ。

 その戦士の正体が何にしろ、【獣王】ヴァルヴァスは『神月の闘争の時代』の終盤、誰かに討たれたのだと神話や伝承は伝えていた。

「確か……神話や伝承では、【獣王】が所持していた全ての財産はその知られるべき名のなき戦士が受け継いだとされているな。では、その中に『ヴァルヴァスの五黒牙』も含まれていたとおまえは考えているのか?」

「もしも神話や伝承が真実であれば、その可能性は高いだろうな。そして、自らを討った戦士を憎むあまり、死に瀕した【獣王】が最後に残された力で自分の所有する武具に呪いを施したとしたら?」

「なるほど。自分を討った戦士が、自分の死後に己の武具を奪うであろうことを考えて呪いを施したわけか。確かにあり得ない話ではないな」

「まあ、どれもこれも神話や伝承が真実であったと仮定した場合の推測にすぎんがね。本当の理由など正に神のみぞ知る、だ」

「違いないな。神話や伝承が全て正しいとは限らんことぐらいは私にも理解できる」

「だが、とりあえずの目標にはなるだろう。今後の私たちの目標……君が受けているその呪いを祓うための手段として、ウィンダム以外の四つの武具を探す出すこと。そして、それと並行して呪いを祓うことのできる神器の捜索もする……といったところか」

 ライナスの言葉に、ジルガも頷く。

 「ヴァルヴァスの五黒牙」の残り四つと、解呪の神器を探し出す。

 どちらも簡単ではないのは間違いない。だが現状では、他に呪いを祓う方法は考えられないのだ。

 ならば、どれだけ困難であろうとも必ず成し遂げてみせる。

 前方に見えてきたビシェドの町を眺めながら、ジルガは──いや、ジールディアは改めてそう決心するのだった。



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