階位第2位と【黒騎士】
「か、階位第2位だと? 貴殿がか?」
あまりにも想定外のことを聞かされ、しばらく凍り付いていたジルガがようやく復活して尋ねた。
勇者組合階位第2位。それは事実上、組合の最上位を意味する。
「ああ、勇者組合階位第2位は私に間違いないぞ」
もしもこの場に「勇者の首飾り」の読み取り装置があれば、首飾りに記録されたその階位を示すことができただろうが、生憎と読み取り装置はここにはない。
「読み取り装置ならあるぞ。何なら持ってこさせるが?」
「どうしてここに読み取り装置があるのだっ!? あれは勇者組合でも最上位の極秘機構だろうっ!?」
兜でその表情は見えないが、ジルガが相当驚いていることがライナスにはよく分かった。
そんな彼女の様子がちょっとおもしろく、あの兜の中でどのような表情をしているのかと想像して【白金の賢者】はくすりと笑みを漏らす。
「あなたは私が【黄金の賢者】の弟子であることは聞いているか?」
「あ、ああ、その話ならば噂程度には聞いてはいはいるが……事実なのか?」
「事実だとも。【黄金の賢者】レメット・カミルティは間違いなく我が師だ」
現在、行方不明といってもいい【黄金の賢者】レメット・カミルティ。彼女が今どこで何をしているのか、それは弟子であるライナスにも分からないらしい。
「勇者組合の基幹と言ってもいい、『勇者の首飾り』とその読み取り装置。それらは我が師が考案し、作り出したものだ。だが、師が行方不明にも拘らず、勇者組合で『勇者の首飾り』が不足したという話を聞いたことがあるかね?」
「確かに、『勇者の首飾り』が不足しているなどという話は聞いたことがない……ああ、なるほど。『勇者の首飾り』もその読み取り装置も、レメット様の弟子である貴殿が作っているわけか?」
「その通りだ。そして、それこそが私が階位第2位の理由だな」
勇者組合における階位は強さで決まるわけではなく、どれだけ組合に貢献したかによるところが大きい。
もちろん組合に貢献するためには、ある程度の強さを求められることは間違いない。だが、決して強さだけが基準ではないのだ。
階位を決定づける「勇者の首飾り」とその読み取り装置。もしもそれらがなくなれば、勇者組合の今のシステムは瓦解すると言っても過言ではないだろう。
その「勇者の首飾り」と読み取り装置を、現時点では唯一作製することができる者。その者の組合に対する貢献度は計り知れないことになる。
無論、その作製者に関する情報は極秘中の極秘。もしも作製者が誰か分かってしまえば、何らかの悪辣な手段を取ろうとする者がいないとは限らないからだ。
「そのような重大な秘密を、私に話してもいいのか?」
「なに、あなたが黙っていてくれればいいだけのことだ。それに、私もあなたの秘密を知ってしまったからな。ま、おあいこというわけさ」
ひょいっと肩を竦めつつ、ライナスが笑う。
対して、ジルガは彼の前で裸体を晒したことを改めて意識し、その顔を真っ赤に染める。
もっとも、漆黒の兜のせいでそれは誰にも見ることはできないのだが。
「お、おあいことは言うが……わ、私の方がはるかに被害が大きかったような……そ、そもそもだ!」
恥ずかしさのあまりか、ジルガが突然立ち上がる。
「わ、私が死ぬほど恥ずかしい思いをしたというのに、貴殿は言うにこと欠いて痴女などと……っ!!」
「ああ、それは済まなかった。あの時はあまりにも予想外過ぎて思わず変なことを口走ってしまった。その点に関しては心から謝罪しよう」
と、ライナスが素直に頭を下げるものだから、ジルガとしてはそれ以上強く言うこともできない。
「ま、まあ、その謝罪は受け取ろう。だが、本来であれば謝罪だけでは済まないところなのだぞ?」
「なに? それはどういう……ああ、そうか。『責任』か。それはまた古風な考え方だな」
「わ、笑いごとではない! 私は未婚の貴族の娘、それも侯爵家の娘なのだぞ! その私の……は、裸を見た以上、せ、責任を追及されても仕方のないところなのだ! 貴殿がもしも貴族であれば、間違いなく責任を取ってもらうところだ!」
未婚女性の恥ずかしい姿を見てしまった場合、その相手には責任を取って婚姻を結んでもらう、という考え方が貴族社会にはある。
とはいえ、そのような考え方は今の貴族社会においては古風なものであり、最近では裸を見たから責任を取って結婚するようなことはあまりない。
「ははは、なかなか可愛い考え方をするな、あなたは」
「だ、だから笑いごとではないと言っているだろう!」
果たして、あの兜の中で彼女がどのような表情をしているのか。
それを考えると、ライナスはどうしても笑いを隠すことができなかった。
ともかく、ジルガとライナスが今後はパーティを組み、一緒に行動することは決まった。
とはいえ、それは明日からになるだろう。本日は既に陽が沈みつつある。
「今夜はこの塔に泊まるといい。明日、ビシェドの町の勇者組合で、パーティ結成の手続きをしよう」
「うむ、私もそれで構わない」
「であれば、もう少しあなたの話を聞かせてもらえるかな? もちろん、その鎧についてだ。その間に食事の準備もさせよう」
何でも、ライナスにはジルガが纏う黒鎧について心当たりがあるらしい。
その心当たりに関しては、ジルガの話を聞いてから今夜中に調べておくとのことだ。
「筆頭宮廷魔術師のセルマン様でさえ、この黒鎧に関しては何の情報もお持ちではなかったが……さすがは【黄金の賢者】様のお弟子というところか。で、聞きたいこととは何だ?」
「まあ、ただ単に弟子というわけでもないが……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、こちらの話だから気にしなくてもいい。それであなたは呪いのせいで、その鎧の下には何も着ていないな?」
「う、うむ、そ、その通りだ……そ、それは先ほど……そ、その、き、貴殿自身が確認したはずだ……っ」
徐々にジルガの声が小さくなっていくのは、裸を見られた羞恥からだろうか。
そんな彼女に内心で笑みを浮かべつつ、それでも顔に出すことなくライナスは続けた。
「では、鎧の内側に肌が引っかかったり、肌に傷がついたりしたことはあるかね?」
「そのようなことは一度もないな……実は私も前々から不思議ではあったのだが」
普通に考えれば、素肌の上に鎧を、それも全身鎧を着ようものなら、鎧のパーツや可動部に肌が引っかかったり、肌が擦れて傷ついたりするはずだ。
だが、黒鎧に呪われてから今日まで、そのようなことは一度もなかった。
「では、気温的なことはどうだ? 素肌の上に金属製の鎧を直接着ていれば、暑さや寒さはより厳しく感じるはずだろう?」
「…………それもないな。いつでも快適で、汗をかくことさえほとんどないほどだ」
実際、竜が吐く炎を真正面から浴びても全く熱を感じないほどだ。そして、気温の低い時期や地域でも殊更それを感じたことはない。
「ふむ…………その鎧の内側は特殊な結界に覆われて……いや、竜の炎さえ効果がないとなれば、鎧の内側がひとつの異世界になっている可能性も……」
ジルガの話を聞きながら、ライナスは彼なりの推測を組み立てていく。
その後も、あれこれとジルガに質問をしたライナスは、ひとつの結論を導き出した。
「その黒鎧の呪いを祓うには、外から解呪魔法を使っても意味がない。おそらく……いや、確実にその黒鎧にはほとんどの魔法を無力化する能力が備わっている」
黒鎧に備わっているであろう、魔法の完全無効化。それは悪意ある魔法だけではなく、回復魔法や解呪魔法のようなものも無効化してしまうのだ。
そのため、どれだけ優れた魔術師が解呪を試みようとも、鎧そのものが魔法を弾いてしまう。
「それは……貴殿でも解呪は無理ということか?」
「ああ、私でも無理だろうな。聞けば、筆頭宮廷魔術師のセルマンが既に解呪を試みて失敗したのだろう? であれば、私が試みても同じ結果になるに違いない」
試しにライナスが解呪魔法を行使するが、やはり結果は予測したとおりだった。
「貴殿でも呪いを祓えぬか……」
ジルガの両肩が力なく落ちる。どうやら、ライナスならば何とか解呪してくれるのではないかと相当期待していたようだ。
「だが……まだ完全に呪いが祓えないと決まったわけではない。少なくとも、二つほど解呪できるかもしれない心当たりがある」
「な、何っ!? そ、それは本当かっ!?」
全身から喜色を放ちながら、ジルガが思わず身を乗り出す。
「まず一つめ。神器の力を借りる。世の中にはどのような怪我をも癒し、強力な呪いでさえ解呪できる神器が存在する。その黒鎧の呪いを打ち祓えるほど強力な解呪の神器もきっと存在するだろう」
「うむ、その手段であれば、セルマン様からも聞いている」
「ふ、さすがはセルマンだな。そして解呪の神器といえば……そうだな、有名なところでは『
「神癒の宝珠なら、既に試したが駄目だったぞ?」
「……………………………………………………………………………………なに?」
思わずぽかんとした表情を浮かべながら、ライナスはジルガを凝視する。
「い、いや、待て待て。
「ああ、あやつはなかなか話が分かるいい
はっはっは、とジルガが愉快そうに笑う。
だが、ライナスはそんな彼女を呆然と見つめるばかり。
「…………あの【ルドラルの黒魔王】をいい
【黒騎士】ジルガはこれまでに何度も竜を討伐している、という情報は、ライナスも聞き及んでいた。しかも、常に単独で竜を討伐してきたということも知っている。
だがしかし。
凶悪なことで知られる【ルドラルの黒魔王】を、いい
「そ、そうだったか……で、では、『賢者の杖』と呼ばれる治癒の力を秘めた……」
「それも試したが駄目だった」
「な、なに?」
「呪いを解く神器があるかもしれないと、セルマン様に聞いていたからな。この三年でいろいろと神器を探し出しては試してみたが…………駄目だったのだ……」
「そ、そうか……」
しゅんと大きく肩を落とすジルガと、何をどう言っていいか分からないライナス。
とりあえず、ライナスは話を続けることにした。
「で、では、『破邪の指輪』と呼ばれる……」
「それも無理だった」
「『慈雨の壷』は……」
「駄目だった」
「『光輝の大槌』──」
「それも試した」
「な、ならば、死者さえ蘇らせるという『ルミナスの真珠』ならばどうだっ!?」
「あれは見た目こそ派手で綺麗だったが、死者蘇生どころかちょっと治癒ができるだけのガラクタ神器だったぞ」
「……………………………………………………………………………………もう、その鎧の呪いを祓うことは不可能じゃなのか?」
と、【白金の賢者】は片手で目を覆いながら天を仰ぐのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます