第2章

パーティ結成と【黒騎士】

「──とまあ、以上がこの黒鎧と関わるようになった経緯だな」

 黎明の塔の中に存在する、来客を迎えるための一室で。

 随分と長かった【黒騎士】ジルガの身の上話がようやく終わった。

 彼……いや、彼女がこの塔を訪れたのは、太陽が天頂近くに差し掛かったころ。そして今は空が朱色に染まり出している。

 それだけの時間をかけて、【黒騎士】は自身の身に起こったことを説明したのだ。

「なるほど……そのような事情があったのか。だが、その鎧がナイラル侯爵家に封印されていたのであれば、納得はいかなくもないな」

「ほう?」

「ナイラル侯爵家と言えば、古くから続くことで知られる家系だ。それゆえに、そのような鎧が封印されていたとしても不思議ではないだろう。無論、いつ、誰が、どのような目的でその鎧を封印したのかまでは知る由もないが……封印されていた理由はやはりその呪い故、と考えるべきだろうな」

 果たして、この漆黒の全身鎧がどのような経緯を辿ってナイラル侯爵家の宝物庫の奥、開かずの扉の向こうに封印されたのか。それはまだ分からない。

 現在もジルガの父親であるトライゾンが、過去の記録や先祖が残した手記などの文献をあたってくれているが、明確な理由は判明しないままだ。

 何せ、歴史が長い分だけ残された記録も膨大だ。その中から黒鎧に関する情報を探し出すのに時間がかかるのは当然だろう。

 しかも、黒鎧に関することは極力秘密にしなければならないので、文献を調べる人員も執事のギャリソンを筆頭に数人程度に限られてしまう。

 結果、いまだに目ぼしい発見はないのであった。

「ナイラル侯爵家はただ単に歴史があるだけではなく、これまでに優れた武人を何人も輩出していることでも知られている。特に建国王が【銀邪竜】を討った際、先々代のご当主が大きな功績を打ち立てたことは有名で、演劇や吟遊詩人の題材にもなっているほどだ。更には、今代、次代とも非常に優れた人物が揃っていると聞く」

 現当主トライゾン・ナイラルは騎士団の団長を務めているし、息子二人もまだ若輩ながら騎士団の中核に食い込もうという逸材だ。

 末っ子はまだ成人していないにも拘らず、非常に優れた槍の使い手として既に評判になっている。

 そして、現ナイラル侯爵家に一人しかいない令嬢のジールディアも、他の兄弟たちとは別の意味でとても有名だった。

 成人に至る前から、彼女のその美貌は貴族の間ではかなり噂になっており、更には実家の地位も侯爵と高く、歴史ある名門であり、王家の覚えもめでたい。

 これで求婚者が現れないわけがなく、実際にかなりの数の求婚者が現れている。

 だが、それらの求婚は娘大好きな父親が全て断っており、現在に至るまでジールディアには正式な婚約者が存在しない。

 そして、そんな貴族にはあるまじき某父親のせいで、余計にジールディアの噂は高まっているのだった。

「ほう、賢者というものは世俗に関しても詳しいのだな」

「情報というものは決して馬鹿にはできないのでな。普段はこのような僻地に暮らしてはいるが、様々な伝手を使って情報は常に集めている。そのため、ナイラル侯爵家に関することも知っているというわけだ。もっとも、そのナイラル家の令嬢がこのような呪いに侵されていたとまでは知らなかったが……」

 真面目なでそう語るライナス。

 賢者とはただ魔術を高いレベルで扱えるだけではなく、様々な知識を有する者を言う。その知識の中には世俗の噂話や国家間の情勢まで含まれるようだ。

「…………しかし、噂に違わぬ……いや、噂以上の……」

「む? 何か言われたか?」

「いや、何でもない」

 ライナスはふるふると軽く頭を振る。だが、それでも消えることはなかった。

 先ほど凝視してしまった、美貌と噂に高いナイラル家令嬢の最も眩しい姿は。

 それは噂以上であり、彼の脳裏にくっきりと焼き付いてしまっていた。

「…………ともかく、あなたの望みはその鎧の呪いを祓うこと、でいいのだな?」

「ああ。たとえそれができなくとも、この黒鎧に関する何らかの情報を知りたい。頼めるだろうか? 無論、相応の報酬は支払おう」

 賢者と呼ばれるほどの人物に頼みごとをする以上、そこには当然報酬が発生する。

 そして、今回の依頼に関する報酬は、それなりに高くなることは間違いないだろう。

 何せ、筆頭宮廷魔術師でも呪いを祓うことが叶わず、更には彼の知識にも黒鎧に関する情報は全くなかったのだから。

 ちなみに、この世界にも宗教組織は存在し、人々は日々ごく自然に神々に対して祈りを捧げる。

 だが、宗教組織に所属する者──いわゆる司祭や神官たちが、特別な魔法を使うという事実はない。

 もちろん、司祭や神官たちの中には魔法を使う者もいるが、彼らが操る魔法と魔術師たちが操る魔法は同じものでしかなく、いわゆる「神聖魔法」や「神の奇蹟」と呼ばれるものは存在しないのである。

 今回の依頼の報酬が相当高額になることは間違いない。だが、【黒騎士】ジルガはそれに関してあまり心配はしていなかった。

 彼……いや、彼女が実家を出てから今日まで約三年。その期間で彼女は勇者組合から相当数の依頼を受け、それらを全て達成してきたのだ。

 更には、竜を打倒した際に竜が貯め込んだ財宝を得ることもある。そのため、現在の彼女が有する財はかなりの額に至っていた。

 たとえ【白金の賢者ライナス】がどれほどの報酬を提示しようとも、それを支払うことは難しくはないであろう。

 もちろん、そんな彼女も最初は最も簡単な依頼から──定番である薬草の採集から最弱の魔物と呼ばれる角鼠の退治など──始めたものだ。

 最初の実戦であった角鼠退治などそれはもうへっぴり腰もいいところで、彼女が戦う様を見た他の組合の勇者は、「あんな立派な鎧を着て、角鼠に苦戦するのかよ」と大笑いしたほどだ。

 しかし、【黒騎士】はくじけなかった。どのような依頼も進んで請け負い、それらを全て達成していったのだ。

 結果、依頼の難易度は徐々に高くなっていき、最終的には単独で竜さえも打倒して組合での階位もどんどん上がり、今では第3位にまで上り詰めた。

 全く剣さえ握ったことのない少女が、わずか三年で竜さえ圧倒するほどまでになったのだ。

 もちろん、それには黒鎧の能力が大きく影響したのは間違いない。

 この黒鎧は確かに呪われてはいるが、鎧としての性能は破格である。ほとんど全ての攻撃を無効化し、着用者の身体能力を大幅に引き上げるのだから。

 それこそ、巨体を誇る陸亀を一人でひっくり返し、竜が吐く炎さえも無効化するほどに。

 しかし、それ以上に【黒騎士】ジルガには……いや、ジールディアには才能があったのだろう。

 彼女もまた、ナイラル侯爵家の血を引く者。その身に武に関する才能が秘められていても不思議ではないのだから。



「報酬……ね。さて、いかほどを要求したものか……」

 柔らかなソファにその身を委ね、【白金の賢者】ライナスはその視線を目の前の【黒騎士】から外して考え込む。

 【黒騎士】の依頼を請け負うことは、彼の中では既に確定していた。

 魔術師である彼であっても、神器に触れる機会はあまり多くはない。それほど神器というものは希少なものなのである。

 しかも、目の前に存在する黒鎧は、そんな神器の中でもおそらく相当上位に位置すると思われる

 それほどの神器に触れ、わずかなりとも研究できることは魔術師として非常に興味を引かれる。それこそ、彼の方から報酬を支払ってもいいほどに。

「まず…………あなたのこの依頼、受けさせていただこう」

「おお、受けていただけるか!」

「そして、今回の件に関して報酬は必要ない。その代わりと言ってはなんだが、その鎧に関して研究させていただきたい」

「この鎧を研究……?」

 やや首を傾げ、ジルガは不思議そうに呟く。

「それに関しては、魔術師のさがとでも思ってくれればいい」

「ふむ、そういうものなのか? 確かに魔術師には変わり者が多いとは聞くが……ああ、いや、貴殿を貶すつもりはないのだ。そこだけは誤解しないで欲しい」

 慌ててそう付け加えるジルガに、ライナスは苦笑する。

 確かに彼女の言うとおり、魔術師には変わり者が多い。

 果てなき知識の探究者──と言えば聞こえはいいが、ようは研究に没頭する変わり者だ。それこそ、寝食を忘れて研究に没頭する者もいるほどに。

 そして、そんな魔術師が研究の対象とするのは、何も魔術だけではない。

 生物学、鉱物学、薬草学などの各種専門的学問、自然現象、魔獣の生態、神話など、魔術師たちは自身が興味を覚える何か一つ、もしくは複数をその研究対象とする。

 そして、【白金の賢者】ライナスの専門分野は各種魔封具の研究開発であった。もちろん、その中には最高峰の魔封具である神器も含まれる。

 そんな彼にとって、目の前に存在する神器の鎧はまたとない研究対象なのである。

「そして、その鎧を研究するため、できればあなたにはこの塔に留まって欲しい。なんせ、あなたがその鎧を脱ぐことができない以上、着用者ごとここに留まるしかないのだが……」

「それは難しいぞ。私も勇者組合での仕事がある。幸い、今は何の依頼も受けてはいないが、今後も何も受けないというわけにもいかないからな」

「で、あろうな」

 勇者組合における階位は決して不動のものではない。

 誰かが何らかの功績を上げる度、組合内の階位はその都度変化する。更には、何の成果もあげられない者は、徐々にその階位が下がっていく。

 勇者組合における階位は、組合に対する貢献度によるところが大きい。それを考えれば、何の貢献もしていない者の階位が下がるのは当然であろう。

 【黒騎士】ジルガの目的は、勇者組合で階位を上げて様々な情報を手に入れることにある。

 そのため現在第3位という階位を下げるべきではない、と彼女は考えていた。

「ならば、私があなたと同行する、というのはどうだ?」

「貴殿が私と同行する……それはつまり、私とパーティを組む、ということか?」

「ああ、その通りだ。鎧を脱ぐことはできない。そして、この塔に留まることも不可能。となると、私があなたと同行するより手段はないと思うが?」

 むぅ、と唸りながら、ジルガは考え込む。

 これまで彼女はずっと一人で活動してきた。その理由は、自身の秘密を守るためだ。

 貴族の令嬢が、禍々しい全身鎧を着用して「組合の勇者」として活躍する。その事実は、貴族社会ではあまり褒められたものではない。

 そのため、彼女は性別を偽り、出自を隠してきた。

 初対面であるライナスに本当の性別と出自を明かしたのは、それはこちらから仕事を依頼する以上、それなりの誠意を見せる必要があると考えたからだ。

 それに、噂によれば彼は【黄金の賢者】の弟子であるらしい。【黄金の賢者】の弟子ともなれば、人柄の方も信頼できるだろう、と安直に考えてもいた。

 その辺りは少々甘い判断と言わざるを得ないが、ジルガ……いや、ジールディアは正真正銘深窓の令嬢である。そのため、どうしても世間知らずな面があった。

 一人で活動していたその他の理由として、彼女もまた人間である以上飲食はどうしても必要、という点もある。

 全身鎧を着ている以上、飲食の際はどうしても鎧を脱がなくてはならない。その度に全裸になってしまうのだから、他の誰かと一緒に行動するのは難しかったのだ。

 しかし、ライナスは彼女の出自や黒鎧の下に何も着ていないことを既に知っている。ならば、その辺りの配慮もしてくれよう。

 そう考えれば、ライナスとパーティを組むのは不可能ではないだろう。

 だが。

「私と正式にパーティを組む以上、貴殿も勇者組合に所属しなければならないが……?」

「ああ、それなら問題はない。私も既に勇者組合には属しているからな」

 と、ライナスは首元からペンダントを取り出した。それは間違いなく勇者組合に所属する証である勇者の首飾りだ。

「組合の階位も2位であることだし、3位であるあなたとパーティを組むことも可能だと思うが?」

 と、ライナスはしれっととんでもないことを告げた。

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