家族と【黒騎士】
──来るがよい、我に相応しき者よ。
永く待ち望んだ適合者よ。継承者よ。
さあ、早く我が下へと来るのだ。
目が覚めた。
何やら夢を見ていたようだが、どんな夢だったのか思い出せない。
自分のベッドでぼんやりと自室の天井……ではなく、ベッドに設置されている天蓋の裏側を眺めつつ、ジールディアは夢のことを考える。
もう何度も同じ夢を見た──ような気がする。起きた時にはどのような夢だったのか全く覚えていないので、同じ夢だと断言することはできない。だが、それでも同じ夢を見ていたとジールディアには何となく思えた。
果たして、どれくらい前からあの夢を見始めただろうか。一年前……いや、もっと前だったのかもしれない。
誰かに呼ばれているような……そんな夢。
そして、その夢を見る間隔が徐々に狭まってきている気もする。
最初は20日か30日に一回程度だったのだが、その間隔はどんどん縮まっていき、最近ではほぼ毎日同じ夢を見ている……ような気がする。
「どんな夢だったのか覚えていませんが……でも、決して悪い夢ではなかったような……」
誰に聞かせるわけでもなく、独り言葉を紡ぐジールディア。
そうやってベッドに横になったままぼんやりしていると、部屋の外から侍女の声がした。どうやら起床時間のようだ。
今日は特別な日。ジールディアが15歳となり、成人として認められる日だ。
今夜は彼女の誕生日を祝うパーティもあるし、パーティが終わった後は家族だけでの祝いの席もある。
普通であれば、招待客を招いたパーティだけを執り行うものだが、どこかの娘が大好きすぎる侯爵家当主が「家族だけで私の可愛いジールの誕生日を祝いたい!」と我儘を言い出した結果、本来の誕生パーティの後に家族だけのちょっとした祝宴が行われることになったのだ。
なんならお父さんとジールの二人だけで誕生日を祝う場を設けてもいいんだよ? というトチ狂った発言を侯爵家夫人が無言の眼圧で封殺したのだが、彼らの息子たちや当の娘はそれを綺麗にスルーした。
この家──ライナル侯爵家に生まれて十数年、すっかり両親の扱いに慣れてしまった子供たちである。
ジールディアの成人を祝う誕生パーティは盛大に執り行われ、王都にあるライナル侯爵家のタウンハウスには、数多くの招待客が集まった。
普段からライナル侯爵家と親しく付き合いのある者、今回を契機にライナル侯爵家との間に何らかのパイプを築き上げたい──特にジールディアとの婚姻という形で──者など、招待客たちはそれぞれの思惑を胸に抱えつつも、ジールディアの成人を祝ってくれる。
そんな招待客の中で最も目立ったのは、国王の代理としてパーティに参加した王太子だろう。
ガラルド王国現国王、【剣王】の二つ名でも知られるシャイルード・シン・ガラルドの長子、ガラルド王国の王太子ジェイルトール・シン・ガラルド。
祖父である【漆黒の勇者】譲りの黒髪と黒瞳を持つ優れた容姿の青年であり、未婚で婚約者さえ定まっておらず、そしてその王太子という地位もあって貴族の女性たちからとても人気がある。
そんな王太子が王の名代としてパーティに訪れるということは、それだけ王家がライナル侯爵家を重視しているからに他ならない。
若き日の【漆黒の勇者】と生き写しとまで言われるジェイルトーンと、成人前からその美貌が噂になっていたジールディア。
その二人が並ぶ姿は、招待客たちから感嘆の溜め息を吐き出させるに十分だった。
もっとも、ごく一部の娘が大好きすぎる父親などは、王太子と娘が並ぶ姿をまるで怨敵でも見るような目で見つめ、こっそりと夫人の拳をくらって撃沈していたが。
いまだ婚約者の定まっていない若き王太子と、美貌の侯爵家令嬢。
身分的にも年齢的にも、そして見た目的にも全て好条件の二人は、近く正式に婚約するのではないか、と招待客たちは密やかに噂を交えさせた。
そんな盛況だったジールディアの誕生パーティもやがてお開きとなり、招待客たちは帰途につく。
そして、招待客が全て帰った後、家族だけのささやかな祝宴が開かれる。
「ジール。誕生日、そして成人おめでとう」
「これで俺たちの妹も大人の仲間入りだな」
用意したプレゼントを手にして、ジールディアの二人の兄が祝いの言葉を口にする。
ジールディアと同じ髪と目の色をした、よく似通った二人の青年たち。似通っているどころか、そっくりと言ってもいいだろう。なんせ、二人は双子なのである。
ナイラル侯爵家長男ネルガティス・ナイラルと、同じく次男のイリスアーク・ナイラル。
二人は現在、王国騎士団に所属しており、共に将来を嘱望されている青年たちだ。
ネルガティスが剣、イリスアークが弓と得物こそ違えど、その腕前は武の名門、ナイラル侯爵家の直系に恥じない実力を持つ。
そして、現ナイラル侯爵家の男子はこの二人だけではない。
「姉上! 誕生日おめでとうございます!」
元気一杯に姉の誕生日を心から祝福するのは、侯爵家の末っ子であり三男のアインザム・ナイラル。
10歳を過ぎたばかりだが、既に槍の扱いに関しては父親譲りの実力を示しつつある将来有望な少年である。
兄姉と同じくやや赤みのかかった金の髪に緑の目をした、利発そうな少年は大好きな姉に抱き着くようにしながら微笑む。
「ネル兄さまとアーク兄さま、そしてアイン。みんなありがとう」
ジールディアは満面の笑みを浮かべて、幼い弟を抱き締める。
そして二人の兄たちは、そんな幸せそうな妹と弟を目を細めて微笑まし気に見守る。
「しかし、今日のパーティに王太子殿下がお越しになるとは驚いたな」
「俺たち、そんなこと聞かされてもいなかったしな。こちらとしても警備の問題もあるし、事前に知らせて欲しかったものだが」
「まあ、国王陛下は悪戯好きで有名なお方ですから。わたくしたちを驚かせようとあえて黙っていたのではないかしら?」
「確かに、あの陛下ならありえるな」
妻、エレジアの言葉にトライゾンは大きく頷いた。
ガラルド王国現国王、シャイルード・シン・ガラルドは【剣王】などという厳めしい二つ名を持つが、同時にとても砕けた性格をしていることで有名でもある。
王太子を自分の名代としてジールディアの誕生パーティに参加させたことは、それだけナイラル侯爵家を重視していることを周囲にアピールするためなのは間違いない。
だがそれは、同時にナイラル侯爵家の者たちに対する悪戯でもあった。突然訪問した王太子に慌てふためくナイラル侯爵家の者たちのことを考え、国王は王城にて大笑いしていたことだろう。
ガラルド王国では、上位貴族家の当主の誕生パーティならばともかく、成人祝いを兼ねているとはいえ娘の誕生パーティに、王太子を国王の名代とすることはまずありえない。
王太子と個人的な面識のある相手ならばともかく、ジールディアは過去に王太子と面識を得たことさえないのだ。
だが、本日初めて顔を合わせたジールディアに対し、王太子ジェイルトーンは実に親し気で嬉しそうであった。
「まさか王太子殿下、ウチの妹を見初めたなんてことは……」
「ありえるかもよ? だって俺たちの妹、めちゃくちゃ可愛いしな! ってか、もしかして、それが殿下を名代にした陛下の狙いだったり?」
「姉上なら、将来の王妃だって夢じゃありませんよね!」
「もう、兄さまたちもアインも、そんなことあるわけないじゃない。殿下が私に親しくしてくださったのは、本日の主役である私を立ててくださっただけよ」
やや赤くなっている頬を隠すように手を添えつつ、ジールディアは苦笑する。
だが、確かに本日初めて顔を合わせた王太子は、その涼やかな眼差しを常に彼女に注いでいた。そこにどのような感情が隠されていたのかまでは、誰にも分からないが。
「ふむ、王太子殿下か……あの方ならば、ジールの相手に……いやいや、いくら王太子殿下といえども、そう簡単に私のジールをくれてやるわけには……」
一人ぶつぶつと何か呟く当主を他所に、家族だけの祝宴は続いていった。
「あなた? そろそろあの話をジールに……」
「ぐぼぅっ!! お、おお、そ、そうだった、そうだった。す、すっかり忘れていたよ!」
妻の声──と、子供たちから見えない角度でねじ込まれた拳──で我に返ったトライゾンは、ぽんと手を打ちながら愛娘に満面の笑みを浮かべる。
「ジールに誕生日のプレゼントをあげないとな!」
「まあ、ありがとうございます、お父様」
確かに、この家族だけの誕生パーティで、兄たちと弟からはプレゼントをもらったジールディア。だが、両親からはまだもらっていなかった。
「ジールも女性とはいえライアル侯爵家の人間だ。護身用に短剣のひとつぐらいは持っていてもいいからね」
「短剣ですか? 短剣なら既に持っていますが……?」
普段は剣に触れる機会さえないガラルド王国の貴族女性も、護身用に短剣を携帯する者は少なくない。だが、あくまでもそれはファッションの一部としてであり、本気で身を護るのであれば護衛をつけるのが普通である。
ジールディアも外出する際は短剣を携帯するし、多少は短剣術を嗜んでもいる。それでも、実際に外出する際は武術の心得のある執事、もしくは兄たちのどちらかが護衛として同行する。
「ネルとアークが成人した時にもそうだったが、ライアル侯爵家の人間が成人した際には、宝物庫から気に入った武器をひとつ持っていってもいいことになっているんだよ」
ライアル侯爵家は、ガラルド王国の前身であるアルティメア王国から続く部門の家系である。
そのため先祖が蒐集し、後世へと残した数々の武具がその宝物庫に数多く眠っている。
それらの武具は全て業物、逸品ばかり。ライアル侯爵家の蒐集品といえば、王国では結構有名なほどだ。
侯爵家の人間は成人する際、その証として先祖伝来の遺産たる武具の中から、ひとつ選ぶことを許される。
「もちろん、ご先祖から受け継がれた武具の中には短剣だってある。ジールも何かひとつ選ぶといい」
「宝物庫……そう言えば私、宝物庫に入ったことがありませんね」
「我が家の宝物庫は、基本的に当主以外は立ち入り禁止だからね。それに我が家の場合は武具が数多く収められているから、小さな子供が入り込むと危険だ」
だが、今日だけは特別に、家族みんなで宝物庫へ行こう、とトライゾンは懐から一本の鍵を取り出しながら告げた。
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