組合の階位と【黒騎士】
バーレンの町を後にした【黒騎士】は、新たに仕入れた情報を基に【
件の賢者が「黎明の塔」と呼ばれている所に住んでいることを、【黒騎士】は追加情報としてバーレンの「勇者組合」で入手したのである。
「【白金の賢者】か……噂によれば建国の三英雄のお一人、【黄金の賢者】レメット・カミルティ様のお弟子だとか。となると、彼もまた優秀な魔術師であろうな。それならば、この呪いを解く手がかりを何か知っておられるやもしれん」
誰に聞かせるでもなく零れ出た呟きには、確かに希望と期待が込められていた。
ガラルド王国の建国王、【漆黒の勇者】にして【勇者王】とも呼ばれるガーランド・シン・ガラルド。
彼には二人の美しい仲間がいた。三人で力を合わせ、当時辺り一帯を恐怖で支配していた【銀邪竜】ガーラーハイゼガを封じ、ガラルド王国を打ち建てたのである。
一人は後の建国王の伴侶となる【真紅の聖者】ミラベル・ペイズリック。
類稀なる治癒魔法の使い手にして、常に【漆黒の勇者】ガーランドを陰に日向に支え続けた女性。
そしてもう一人は、
彼女はガーランドがガラルド王国を興し、ミラベルと結婚すると同時に彼らの前から姿を消したと言われている。
なぜ、【黄金の賢者】が仲間たちの下を去ったのか、これには諸説がある。
その中でミラルベ同様にガーランドを愛していたレメットは、自身が妖精族であるという種族の違いが将来的にガラルド王国に問題を起こしかねないと考え、あえて愛するガーランドの下を去った、という説が最も有力である。
中には、妖精族であるレメットに嫉妬したミラベルが彼女を追放したのだという説もあるが、それは三人の偉大な勇者たちを題材にした演劇や物語から派生した説であると言われており、あまりこの説を支持する者はいない。
その他にも、実はガーランドとレメットの間に子供ができてしまい、その子供が将来の王位継承に関わる問題になると考えたレメットがそっと二人の下から姿を消した、などという説まで存在する。
だが、その真実を知る者は極めて少ない。ガーランドとミラベルは既に天寿をまっとうして神々の下へと旅立ったし、二人の息子にして現在の国王である【剣王】シャイルード・シン・ガラルドも、そのことに関しては何も公言していないからだ。
謎と言えば、二人の下を去った【黄金の賢者】が現在はどこで何をしているのかもその一つ。
妖精族である【黄金の賢者】レメット・カミルティは、現在も存命していると考えられているものの、二人の下を去ってからその消息は知られていない。
「そのレメット様がどこかでひっそりと弟子を育てていたとしても、特に不思議ではないというものだ。うむ、これはかなり期待できそうだな」
がしょん、がしょんと禍々しい全身甲冑が重々しい金属音を響かせる。だが、その発生源である【黒騎士】の足取りは僅かとはいえ見えてきた光明にとても軽かった。
バーレンの町を発ってから数日後。
【黒騎士】は「黎明の塔」から最も近いビシェドという町に到着した。
まずは初めての町に着いた時のお約束、「勇者組合」のビシェド支部へと向かう。
いつものように町の通りを【黒騎士】が歩けば、その禍々しい姿に町の人々は思わず道を開けてしまう。
特にこのビシェドを訪れるのは【黒騎士】も初めてということもあり、禍々しい雰囲気を纏う漆黒の全身甲冑が堂々と歩く姿は、ビシェドの住人たちに大きな恐怖を与えた。
だが、あまりにもその恐怖が大きすぎて、人々はただ黙って道を開けるぐらいしかできない。衛兵に通報するとか考える余裕などありはしない。
もっとも、たとえ衛兵に通報したところで、衛兵が何かできるわけでもない。【黒騎士】はただ黙って歩いているだけなのであり、何らかの犯罪をしているわけではないのだから。
恐れおののく人々が開ける道を、【黒騎士】は鎧の音を響かせて歩く。やがて、彼女の前方に大きな建築物が見えてきた。
このビシェドの町は、確かに田舎だがそこそこ大きい。そこに置かれた「勇者組合」の支部だけあって、ビシェド支部の建物もそれなりに大きかった。
もっとも、ナールやバーレンの「勇者組合」の支部と比べればかなり小さいが、そこは仕方がないだろう。
入口の扉を揺らし、【黒騎士】が支部の中に足を踏み入れる。
途端、それまでざわざわと騒がしかった建物の中が、しんとした静寂に支配された。
これもまたいつものことなので【黒騎士】は気にもしない。
静寂が広がるビシェド支部の中を、【黒騎士】が重々しい足音と共に足を進めていく。
「お、おい、あれって……」
「も、もしかして……噂の【黒騎士】ジルガか?」
「【無敵の黒騎士】、【不敗騎士】、【竜倒者】など、いくつもの二つ名を持つというあの……?」
「組合内の序列も相当高位だって噂だぞ」
「そ、その【黒騎士】が、なんだってこんな田舎町に……?」
「あいつの行く先では血煙が絶えないって言われているからな」
「何にしろ、巻き添えだけは食らわないようにしないと」
館内にいた「組合の勇者」たちは、手近な者同士でこそこそと【黒騎士】に関する噂を囁き合う。
そのような声が聞こえているのかいないのか、【黒騎士】は真っすぐに空いているカウンターへと向かった。
「少々尋ねたいことがあるのだが」
「ひ…………ぃっ!!」
ずいっと身を寄せる【黒騎士】の迫力に、カウンターに座っていた男性職員が反射的に仰け反った。
間近で見る【黒騎士】は、とてもおっかない。頭部をすっぽりと覆う兜で素顔は見えないが、どことなく機嫌が悪いように職員には思えて仕方がない。
更には近くで見てようやく気付いた、鎧の所々についているシミのようなもの。これはもしかして血液ではないだろうか。
こ、これってやっぱり返り血なのか? でも、返り血だとしたらそれって魔獣? それとも……ま、まさか……人間の?
と、職員の中で嫌な考えがどんどんと広がっていく。
だが、その怯えを何とか封じ込め、必死に笑顔を浮かべて【黒騎士】に相対する。
「い、一体どのようなご用件で……?」
「この辺りに『黎明の塔』と呼ばれる場所があると聞いた。その塔の詳しい場所を知らないだろうか?」
「れ、『黎明の塔』……ですか……?」
「うむ。その塔に暮らすという【白金の賢者】殿に会いたくてな。可能であれば、紹介状も用意してもらえるとありがたい」
「勇者組合」は、特定の人物へ組合に所属する者を紹介することもある。
もちろん、誰でも紹介するというわけではない。「勇者組合」と繋がっているのは、組合へと依頼を持ち込む「お得意様」であり、その「お得意様」は裕福な商人や貴族である場合が多い。
当然ながら紹介が認められるのは、氏素性のはっきりとした、それでいて組合内で一定の功績を積み上げている者に限られる。
そして、普段は「勇者組合」と取引のない相手だったとしても、「勇者組合」の紹介状はそれなりに効果を発揮する。先代国王が作り上げた「勇者組合」という組織は、現在では一定以上の社会的影響を与えることができる組織へと発展しているからだ。
「え、えっと……紹介状をご用意するとなりますと、まずはあなた様の組合での階位を確かめる必要があるのですが……」
必死に笑みを浮かべ、男性職員が対応する。
「もちろん、そこは私も承知しているとも」
【黒騎士】は首にかけられていた装飾品を外して組合の職員へと渡す。
その装飾品──親指の爪ほどの大きさの、透明な水晶がついているだけのシンプルな首飾り──は一般に「勇者の首飾り」と呼ばれている魔封具であり、「勇者組合」に初めて所属した際に無料で配布される一種の身分証である。
「勇者の首飾り」の所有者が、これまで「勇者組合」でどのような依頼を受けてきたのか、そしてそれら依頼の達成率、過去に獲得した報酬の総額、受けた罰則の有無など、組合に登録してから今日までの活動が全て記録されているのだ。
だが、どのような仕組みでこの小さな首飾りに過去情報の全てが記録されるのか、それを解明した者はいない。
この魔封具を考案し、製作したのは【黄金の賢者】レメット・カミルティだと言われている。
【漆黒の勇者】が「勇者組合」を設立する際、彼から依頼されてこの魔封具をレメットが作り出したらしい。
現在、「勇者の首飾り」の製造方法や製造場所などの関連情報は、「勇者組合」の最重要機密の一つであり、一般の職員はおろか組合の支部長辺りでもそれを知らされることはない。
それらの事実から、この小さな魔封具を見るだけでも【黄金の賢者】がどれだけ偉大な人物であるか、推測するのは難しくないだろう。
【黒騎士】が差し出した「勇者の首飾り」を、職員は恐る恐る専用の読み取り装置にかける。
もちろん、この読み取り装置の考案開発も【黄金の賢者】によるものである。
おどおどとした様子の男性職員。だが、その表情がどんどんと引きつっていく。
読み取り装置に表示される、【黒騎士】のこれまでの履歴。それは、とても人間に達成できるとは思えないものばかりだった。
数十体もの竜を討伐。
竜に及ばずとも、相当討伐が困難と言われている様々な魔物にことごとく勝利。
組合の規則に違反し、罰則を受けたことは一度もなし。
常に単独で行動し、これまでに受けた依頼は全て成功させ、その総合報酬は、下手な貴族の年間収入を大幅に上回っている。などなど
更に、履歴の最後に示される現在の「勇者組合」での階位。そこに浮かぶ数字は何と「3」。
階位第1位は組合の始祖たる【漆黒の勇者】に与えられ永久不変なので、【黒騎士】の階位は実質2位と同義。
つまり、男性職員の目の前にいる黒い全身鎧を身に着けた巨漢は、「勇者組合」第2位の実力を持っていることをその数字が示していた。
「…………か、階位第3位……」
震える声で、男性職員が呟く。
その声は、「勇者組合」ビシェド支部の中に異様によく響いた。
それまでがやがやと騒がしかった組合の内部──【黒騎士】が支部に入った時に騒ぎは一旦収まったが、【黒騎士】と受付のやり取りを聞いていてまた騒がしくなっていた──が、一瞬で静まり返る。
そして数拍の後、先ほど以上の騒々しさが組合内部のあちこちで湧き上がった。
「か、階位……だ、第3位……?」
「お、俺……今、階位第849位なんだけど……」
「お、俺なんて1381位なんだぜ? おまえ、俺より遥かにマシじゃねえか……」
「階位一桁の勇者なんて初めて見た……」
「……ぼ、僕……【黒騎士】様ならお尻を許してもいい……」
組合内部で囁かれる様々な声を無視し、【黒騎士】は目の前の組合職員へとその凶悪なまでに迫力のある体をずずいっと詰め寄らせた。
「それで……紹介状は用意してもらえるのかな?」
「も、もちろんでございますっ!!」
様々な意味の汗を浮かべた男性職員は、必死に笑みを顔に貼り付けながら答え、大慌てで席から立ち上がると組合の奥へと駆けていく。
──だ、誰か【黒騎士】との対応を代わってくれ!
と、心の中で叫びながら。
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